木下直之全集
-近くても遠い場所へ-
2018年12月7日〜19年2月28日
ギャラリー エー クワッド(竹中工務店東京本店)
木下直之氏。東京大学大学院教授、文化資源学専門。かつ静岡県立美術館館長。12冊の著書を出されている。
私的には『美術という見世物』と『股間若衆』の2冊を持っている。2015年の武蔵野市立吉祥寺美術館「伊豆の長八」展での記念講演会「伊豆の長八と明治の東京」を聴講したことがある。そして、最近、本屋で氏の最新刊を見かけ、本展のことを思い出し、今般訪問しようと思った次第。なお、最新刊はその場で購入済み。
本展の開催場所は「ギャラリーA4」。なに? どこ? 商業ギャラリーだったら敷居が高いなあと確認すると、竹中工務店東京本店の1階にあるとのこと。企業ギャラリーなのか。東京メトロ東陽町駅の最寄出口から徒歩3分。さらに入場無料。ならば気軽にいける。なお、日曜祝日が休みなので留意。
駅から本当にすぐの建物に入ると、1階のすぐ右手がギャラリー会場となっている。会場内の写真撮影可。
平日ならば、大企業らしい、多くのビジネスマンが行き交うロビーフロア音を聞きながらの鑑賞となる。
本展は、氏の12冊の著作を全集に見立て、「木下直之を全ぶ集める」と銘打った展覧会で、膨大な業績を包括的に俯瞰できる内容になっているとのことであるが、氏の広範囲かつ多様な関心に応じて、まるでカオスのような展示内容。
多数の展示内容から、特に気になったものを、写真とともに。
「麦殿大明神」
江戸時代、恐れられた病気の一つが麻疹。その麻疹をもたらす麻疹神を相手に闘うヒーロー、麦殿大明神。
金物一式。21,794円(後掲写真参照)。
裏に、麦殿大明神が降臨されてギャラリーにお越しになるまでのドキュメント。何故かわざわざ京浜急行金沢文庫駅前の金物屋さんまで大遠征。
金沢文庫駅から東陽町駅まで乗換1〜3回で60〜70分、大荷物を抱えて大移動したギャラリーのスタッフさん、お疲れ様です。
「猿猴庵の世界」
1826年の冬、名古屋城下における雌雄二頭のラクダの見世物の記録。
記録者は、尾張藩士高力種信(筆名:猿猴庵(えんこうあん))。名古屋城下の祭りや見世物を、見世物の口上から周辺で売られた関連グッズまで、出来事の一部始終を克明に記録する。原書は名古屋市博物館が所蔵。こういう話は好み。
「戦争の記憶」
本展では、会期中随時、「本人による加筆パフォーマンス」が行われている。青いペンで解説文が追記される。行くたびに展示内容に変化が生じているということ。
清国兵の切首に見立てた提灯や風船や石けんが出回わった。現代人から見れば嫌な風景を当時の東京市民は喜んだ。(以下省略)
「股間若衆」
氏といえば、男性裸体彫刻。
壁一面に、日本各地の男性裸体彫刻の写真。
何故か、マンガ『テルマエ・ロマエ』の主人公ルシウスの顔出しパネルまで。映画化を機に書店に出現したもので、ルシウスの腰のあたりに、股間に思い切り顔を近づけないと気づかないような小さな文字で「もし必要な場合、同送の手ぬぐいを腰に回して貼ってください」と書いてあるという。私はその文字までは確認していない。なお、同送の手ぬぐいは手に入れ損なったとのこと。
何故この人たちが男性裸体彫刻のなかに紛れ込んでいるの?と不思議に思うが、氏の関心は彼らではなく、彼らの背景にごく一部が映る官邸内の男性裸体彫刻にある。青いマジックで、「もう一歩前へ!」「いつも思うのだが、せめて1社ぐらい官邸若衆にフォーカスして欲しい」。フォーカスされる日は永遠に来ないと思います。
「下を向いて歩こう」
こんなところまで氏は関心を持っているのか!
「木下直之の、脳内地図」
氏の著作12冊(+単行本の文庫本化4冊)が並ぶが、注目したいのは、写真では見えづらいが、壁面全体に白色で記された「系統化された手書きの樹形図」。
南方熊楠の「腹稿」を思い出す。
氏の脳内地図を支えるノート(前面のガラスケース内。120冊に達したという)と本棚内のフラットファイルも圧巻。
1月から2月の毎週水曜日(2/20を除く)の15〜16時、氏本人による「紙芝居式ギャラリートーク」が開催される。
演題は次の5本から、その場で観客が2本を指定する方式。
「どうしてもお城が欲しいの巻」
「生人形師松本喜三郎大評判の巻」
「油絵茶屋でちょっと一服の巻」
「不忍池に海戦を見に行くの巻」
「股間若衆をどこまでも追いかけての巻」
最終回の2/27は、14〜17時(休憩あり)の拡大版となる。
非常に楽しい企画展である。
氏の著作全部が気になってくる。まずは、購入したばかりの最新刊を読まなければ。
櫛谷夏帆
《木下直之像》
2014年
(女子学生が描いた氏の還暦記念とのこと)