ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
2020年3月3日〜6月14日
→開幕日未定
国立西洋美術館
ポッティチェッリ
《聖ゼノビウス伝より初期の四場面》
1500年頃、66.7 x 149.2 cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
(本展出品作)
聖ゼノビウス。424年頃没。
フィレンツェ市民として最初にフィレンツェの町の司教となった人物。
本作品は、フラ・クレメンテ・マッツァが1475年に著した『聖ゼノビウス伝』を典拠とする、ボッティチェッリ晩年期の作品。
この極端に横長の絵画は、部屋の壁に据え付けられる装飾羽目板「スパッリエーラ」として制作された。「スパッリエーラ」の名は、人間の肩(スパッレ)辺りの高さに据え付けられることから来ている。一般的には、貴族男性の初めての結婚の際に、屋敷のなかで与えられる居室のうち主要な居室を飾る装飾だという。
本作については、「スルプリ」と呼ばれる白い衣装を着た多くの若者が描かれていることから、個人の邸宅向けではなく、その白い衣装をユニフォームとしていた同信会の集会所向けに制作されたと考えられているとのこと。
この「聖ゼノビウス伝」は本作を含めて全4点から構成されていて、2点がロンドン・ナショナル・ギャラリーに、他の2点はニューヨークとドレスデンに所蔵されている。
以下、全4点について、描かれた場面を見ていく。
ポッティチェッリ
《初期の四場面》部分
1500年頃、66.7 x 149.2 cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
(本展出品作)
1 キリスト教徒になるが故、結構できない旨許嫁に告げるゼノビウス。俗世から立ち去るゼノビウス。
2 司教テオドロスから洗礼を受けるゼノビウス。
3 司教テオドロスから洗礼を受けるゼノビウスの母ソフィア。
4 教皇からフィレンツェの司教に任じられるゼノビウス。
ポッティチェッリ
《三つの奇跡》全図と部分
1500年頃、64.8 x 139.7 cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
1 悪魔祓いをするゼノビウス
2 死んだ少年を蘇らせるゼノビウス
3 盲人を癒すゼノビウス
ポッティチェッリ
《三つの奇跡》全図と部分
1500年頃、67.3×150.5cm
メトロポリタン美術館
1 名家の息子を蘇らせるゼノビウス
2 落馬した死者を蘇らせるゼノビウス
3 エウゲニウスの親戚の蘇生
ボッティチェッリ
《最後の奇跡とゼノビウスの死》全図と部分
1500年頃、66×182cm
ドレスデン国立美術館
1 荷車にひかれる子ども
2 子どもの死を嘆く母親
3 死んだ子どもを蘇らせるゼノビウス
4 ゼノビウスの死
ロンドン・ナショナル・ギャラリーのボッティチェッリ作品と言えば、晩年期の《神秘の降誕》や、館の見るべき30点にも選ばれた「カッソーネ」として制作された最盛期の《ヴィーナスとマルス》に目がいくが、本作も見逃せない。
実物と対面できる日が1日でも早く来ますように。
この聖ゼノビウスの物語が描かれた1500年前後は、レオナルドが聖アンナ画稿を発表したり、ミケランジェロがピエタやダヴィデを作ったり、まさにフィレンツェでは新しい芸術活動が盛り上がった時期です。フィレンツェ市民にはボッティチェリの絵がいかにも時代遅れに映り、(ヴァザーリが芸術家列伝で書いたように)絵が売れなくなって晩年は貧しさのうちに亡くなったというのが事実だったということは、この聖ゼノビウスの物語を見ると理解できるように思います。(遺族が相続放棄するほど借金があったという記録が最近発見された―2018.5.28の「神秘の磔刑」に関する貴ブログ記事に対するコメントで書いたことです。)
私にとってこの聖ゼノビウスの物語の4枚は昔ロンドンNGとNYメトロポリタンで3枚を見てから、ドレスデンの1枚だけが最後に残っていて、いつかは見たいと思い続けていた絵です。3~4年前に行ったウィーンと旧東独側の旅行で、ベルリンの聖セバスティアヌス、バルディ家の聖母とともに、約30年かかってボッティチェリで見残していた絵を見るという思いが叶いました。ロンドンNGに最後に行ってからも30年ぐらい経過してしまったので、今回東京で再会できることを楽しみにしていますが、さてどうなることか。東京が中止となった場合、大阪まで行くかは悩むところです。(本日西美の4月の講演会中止が発表され、上原真依のクリヴェッリ受胎告知講演会も聞けなくなりました。がっかりです。)
なお、メトロポリタンの絵の「落馬した死者を蘇らせるゼノビウス」の場面で棺の中に骸骨が2人分見えますが、この部分、修復前は塗りつぶされていて骸骨は消されていました。矢代幸雄の「サンドロ・ボッティチェルリ 日本語訳版」(岩波1977年発行)には1929年発行の英語第二版の写真を使っているので、修復前の骸骨が消された状態が掲載されています。何故骸骨が消されたのかは分かりません。
また、余談ですが、聖ゼノビウスの墓がフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレの中にあったような曖昧な記憶があるので、ネットで検索してみたら、洗礼堂の横に聖ゼノビウスゆかりの「楡の木の円柱」というのがあるそうで、その前はよく通っているのに全く記憶がありません。次に行ったらよく見てこようと思います。(下記URLの写真と金原由紀子の文を参照)
http://www.collegium-mediterr.org/geppo/332.html
コメントありがとうございます。
ロンドンの《神秘の降誕》は実に素晴らしい作品ですよね。ミラノの《ピエタ》も魅力的です。
一方、画力の衰え、中世的な様式への回帰、時代遅れ、を表しているとされる「聖ゼノビウス伝」、BS日テレの番組でもほぼスルーされていましたが、どんな作品なのか逆に楽しみです。東京がダメでも大阪で開催されるのであれば行きます。(上原真依氏の講演会中止は私も非常に残念に思っていたところです。大阪で予定されているのであれば、その日に合わせて訪問を検討したい。)
聖ゼノビウスの「楡の木の円柱」のことは初めて知りました。14世紀に再建したものが現存しているのですね。
いろいろ教えていただきありがとうございます。
録画しておいたブラ美(LNG前編)、先日やっと見ることができました。このボッティチェリスルーの件、私は巧妙に考えられた演出だと感じました。その理由の一つ目はあのヴィーナスの誕生やプリマヴェーラで有名なボッティチェリの絵でさえスルーしてしまうほど今回の展覧会には素晴らしい作品がたくさん来ているということを視聴者に印象づけることができること。二つ目はもしこの聖ゼノビウスの絵をスルーしないで解説するとしたら、晩年の画力が低下した絵であることに触れざるをえなくなる。LNGにはボッティチェリ最盛期のヴィーナスとマルスや晩年作でも画力に衰えが見られず、サヴォナローラの影響で非常に魅力ある神秘の降誕があるのに、画力が低下した聖ゼノビウスの絵を持ってきたということになる。
私はこの聖ゼノビウスの絵はボッティチェリの晩年の活動を理解するためにとても重要な作品であると思っていますが、芸術作品としての魅力があるかは別問題です。上記のコメントで書いた摩寿意善郎も形而上絵画に通じる面白さがあることを述べる一方で、芸術家としての活動が終わりを告げたことを示すとしています。
テレビ番組の話に戻ると、どの作品を番組の中で取り上げるかはテレビ制作者側と美術館側で協議して決めるのだと思いますが、今回の番組は川瀬さんの意向が強く働いていると想像しています。ボッティチェリのスルーが川瀬さんの意向だとしたら、さすが川瀬さんだという気がします。川瀬さんのことで印象に残っているのはカラヴァッジョの署名の件です。2016年西美カラヴァッジョ展での記念講演会で個人蔵のメデューサの楯の署名について、宮下先生から主催者側としての意見はどうかということを振られた時に、川瀬さんは「マルタの聖ヨハネの斬首の署名の原型がこのメデューサの楯の署名だと考えれば、よく似ていてもおかしくない」というご意見でした。ZoffiliのFirst MEDUSAの確認と発表を終えた今、改めてこの川瀬さんのご意見を振り返ってみると、なかなか重要なご指摘をされている、そして宮下先生といえども従来からの常識にとらわれているのかという感じを持っています。この個人蔵のメデューサの楯については、1月の代官山での講演会前に宮下先生からも直接ご意見を伺いましたので、近いうちにコメントしたいと思っています。
なお、西美のLNG展ですが、緊急事態宣言が出されて5月連休明けまで世の中全てが自粛ということになったので、5/6からすぐ開催できても会期は残り1か月少々。これはいよいよ東京展は開けずに終わりという恐れが現実味を帯びてきた、更に大阪展もどうなることかという気がしています。
コメントありがとうございます。
BS番組でのボッティチェッリスルーは、川瀬氏の意向が反映されたのだろうと私も思います。芸術新潮4月号でも、ほぼスルーですから。それならば何故この作品がツアーメンバーに選ばれたのかその経緯が気になります。
私的には「画力が低下した」とされるボッティチェッリ作品がどんなものなのか非常に興味がありますし、クリヴェッリやウッチェロほか観たい作品多数ですので、大阪展が予定どおり開催されることを願っているところです。
『THE FIRST MEDUSA』は、図版を見て満足しているどまりです。
ガイドブックでは「地球の歩き方」と「イタリア旅行協会公式ガイド(NTT出版)、美術書ではSADEA/SANSONI出版のGHIBERTI(伊語版)、小学館の超大型美術書「フィレンツェの美術」シリーズの第1巻、NHK出版の大型美術書「フィレンツェの美術(日本語訳版)」の3冊に出ていました。SANSONIの本は日本では鶴書房から美術文庫として30冊以上出ていますが有名画家、彫刻家のみでギベルティは邦訳されていません。
これらによると、思っていた通りお堂の中に墓があり、場所は入口を入って一番奥の突き当たり、中央後陣の真ん中の礼拝堂祭壇の下。墓というよりも棺であり、浮彫り彫刻はギベルティの作。90×180×80cmのブロンズ製で、この中に聖ゼノビウスの首だけが納められていて、前後左右の4面に浮彫りがあり、正面と左右は聖人の奇跡の場面(正面はボッティチェリの絵のうちLNG所蔵で来日していない2番目の絵の中央部、子供を生き返らせる絵と同じ主題)、裏面は天使が銘文を囲む楡の葉の輪を捧げているところ(洗礼堂横の楡の木の円柱と同じく聖ゼノビウスゆかりの楡の葉です)。この浮彫りの制作時期は、洗礼堂の有名な「天国の門」の1436~37年の鋳造完了後に取りかかり、1442年に完成。NHK出版の本には「ギベルティの業績の到達点」とあり、一方、小学館の本には「天国の門と比べると、横長の画面なので絵画的な光の効果は希薄」とあります。
今度行ったら天国の門の浮彫りと見比べたいと思いますが、この棺の浮彫りには蘇生した子供が自分の遺体のすぐ上に立ち上がっているという表現があり、ボッティチェリの同一主題では「異時同図法」でも画面の中で複数の場面を分けて描いているのに、この浮彫りは同じ場所に生死2人の子供を描くという不自然に見える表現をしていて、ボッティチェリの絵が時代遅れとはいっても、この浮彫りと比べると約60年という時間差による進歩を感じます。
聖ゼノビウスの墓の情報ありがとうございます。
挙げられた5冊のうち持っているのは、NTT出版のものだけなので、浮彫り彫刻の画像を求めてネット検索。画像の限界もありますが、子どもは、生き返った、というより、魂が抜けた、という感じに見えます。
本彫刻については、壺屋めり氏のブログ記事が楽しめました。
https://tbyml.com/2018/04/03/ghiberti_e_arte_di_calimala/
この機会にギベルティ作の聖ゼノビウスの棺について、私もネット検索をしたのですが、日本語サイトでは写真なし(日本ではギベルティは人気がないのですね。まあ私も「ブルネレスキに勝って洗礼堂の扉を作った人」という認識しかありませんでしたが)。この聖ゼノビウスの棺については、例えばミケランジェロ以前の初期ルネサンス彫刻に関する本の決定版とも言える小学館世界彫刻美術全集のルネサンス編にも収録されていないぐらいですから、日本ではこの作品があまり知られていないのは仕方ないと思います。すぐ見られる作品なのにもったいないですね。また、ネットの写真で「子どもは魂が抜けた感じ」とのご感想というので、私も本の掲載写真を見直しましたが、空中に浮いているような感じであっても、魂が抜けたようには見えませんでした。
なお、ネット検索で古いものですが専門誌に掲載されているのを見つけましたので、コロナ騒動の自粛が解除されたら上野(文化財研究所か芸大図書館)で閲覧しようと思います。(美術史18号1955.12 三輪福松「ルネサンスにおける花のサンタマリア」、図版:聖ゼノビウスの棺)
ギベルティへの認識については、確かに私にとって今も「ブルネレスキに勝って洗礼堂の扉を作った人」ですね。
手元の書籍で、松本典昭氏の『パトロンたちのルネサンス』(NHKブックス、2007年)を確認したところ、洗礼堂門扉、オルサンミケーレ教会、カタスト申告など、ギベルティを結構取り上げていますが、浮彫り彫刻の記載は見当たりませんでした。