東京でカラヴァッジョ 日記

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「吉備大臣入唐絵巻の謎」(黒田日出男著)

2012年04月22日 | 書籍

東博のボストン美術館展に出品中の「吉備大臣入唐絵巻」。


筋はかなり無理があります。下剤が登場するなど品もよろしくないですが、
「空を飛ぶ吉備大臣と鬼」(正座しています)
「文選を盗み聞きする吉備大臣と鬼」(吉備大臣の表情がいかにも)
「服を脱がされた吉備大臣とその横で便を調べる役人たち」(なんとなく色っぽさを漂わせる吉備大臣。さすがに便は描かれていないが、下剤の瓶は描かれている)
の場面は印象的。
空を飛ぶ等の超能力は鬼の力と思っていたら、どうやら吉備大臣自身の力なのだそうだ。


展覧会図録にて本書「吉備大臣入唐絵巻の謎」(黒田日出男著)の存在を知り、即amazonで注文(中古)。面白い本でした。


まず、第1章。本絵巻の軌跡が興味深い。


・現存する絵巻は、前半部分に過ぎず、後半部分は欠失していること。また、冒頭の詞書も失われていること。(それでも24mの長さ)
・現存する絵巻は、もと1巻であったが、昭和39年に保存と展示の便宜を考え、4巻構成に補修されたこと。
・大正12年の酒井家からの売り立て後、9年間買い手がつかなかったところ、昭和7年にボストン美術館が購入したこと。
 本絵巻の海外流出を契機に、文化財保護法の前身である「重要美術品等の保存に関する法律」が整備されたこと。
・ボストン美術館の所蔵となってから、日本に3回来ていること(本書出版の平成17年時点。その後今回を含め2回来日)。
 1)昭和39年 東京オリンピック記念の特別展(補修実施)
 2)昭和58年 ボストン美所蔵日本絵画名品展(たぶん全巻)
 3)平成12年 日本国宝展(第3巻のみ)
 4)平成22年 大遣唐使展(第1巻・第4巻)
 5)平成24年 ボストン美 日本美術の至宝(全巻)


本書の白眉は、絵巻の「謎解き」、そして「原型の復元」である。


・「楼→門→宮殿」という同一構図の繰返しを完遂するがゆえの、ストーリー展開上の意味が不明な場面が多く、そのため研究者の評価が低かったこと。
・しかし現存する絵巻の姿は本来の姿ではなく、実は錯簡(順序の乱れ)があること。失われたと考えられている後半部分の一部が錯簡として3箇所、現存の絵巻に紛れ込んでいること。
・以上の仮説をもとに絵巻の原型の復元を試みていること。


著者は、本絵巻を実見したことはなく、書籍の図版情報に基づき、これら謎ときを行ったのだそうだ。


こういう本を読むと実物を見たくなるのが常。今はそれが叶う実に貴重な時。今日約1カ月ぶりに再訪。前回訪問時も、本書で「錯簡」とされている部分は、確かにストーリー展開上引っかかっていました。今回「錯簡」部分は「錯簡」と認識したうえで観賞しました。それはそれでいいのですが、宮殿の場面は何箇所か出てきますが、少なくともぱっと見ではストーリー展開に合わせた意味のある描き分けがきちんとなされているのかわからない。作者の苦心したところかもしれません。


しかし、これまでどの研究者にも気づかせなかった見事な錯簡を成し遂げたいにしえの人。そのとき絵巻がどういう状態にあったのか、気になるところです。

 



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