東京でカラヴァッジョ 日記

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カラヴァッジョ「聖マタイ伝連作」の制作年代

2021年03月01日 | カラヴァッジョ
   ローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会のコンタレッリ礼拝堂のために、カラヴァッジョが描いた「聖マタイ伝連作」4点。
 
・《聖マタイの召命》
・《聖マタイの殉教》
・《聖マタイと天使》第1作
・《聖マタイと天使》第2作
 
   その制作年代については、画家の画歴+西洋美術史における重要性から、かつてカラヴァッジョ研究における議論の中心テーマであったという。
 
   若桑みどり氏も、1962年にそのテーマにかかる論文を発表する。

   1951年、ミラーノでの大回顧展を境として、カラヴァッジオ研究はその初期の歴史的再評価と位置づけを終り、現在は、細部にわたる資料の発見を基礎として、作品の鑑定と、この年代の究明が行われている。然し、資料不足のため、かれの芸術活動の詳細に関する諸史家の説は、各々の様式判断に従っている非常に異つており、いまだに、カラヴァッジオの総括的な伝記を書く事はむずかしい。ことに、ローマのサン・ルィージ・デイ・フランチェージ寺のコンタレッリ礼拝堂にある、聖マタイ伝全4作の制作年代は、最近10年間、カラヴァッジオ研究の議論が、最も集中した点である。(略)

   然し、R・ロンギ、L・ヴェントゥリ、D・マホン、J・ヘスを主とする史家の推定年代は、1590年から1604年にわたって14年間の開きがある。この差は、凡そ、1590年から1610年迄の20年のカラヴァッジオの活動期に対して、極めて不確実な推定である。

   与えられた記録と文献の整理と再検討を基礎とし、カラヴァッジオの画歴に於ける、当作品の様式的位置づけを加えて、この14年間に、コンタレッリ礼拝堂作品の妥当な年代を推定することが、本稿の趣旨である。

山本みどり(若桑みどり)「カラヴァッジオ「聖マタイ伝」の制作年代」(『美術史』、1962年)の序文より。
 
 
   その数年後、1964〜65年、H・レットゲンが、新発見の資料に基づく論考を発表する。この論考によって、制作年代の問題は劇的に解決する。
 
・《聖マタイの召命》1599〜1600
・《聖マタイの殉教》1599〜1600
・《聖マタイと天使》第1作  1602
・《聖マタイと天使》第2作  1602
 
   若桑氏が論文で名前を挙げたR・ロンギ、L・ヴェントゥリ、D・マホン、J・ヘスの4名の美術史家、そして若桑氏とも、その推定は「不正解」。
 
   5人全員が《マタイと天使》第1作を一番最初の作とし、制作年代を1590〜1600年の間のいずれかの年に設定していた。
   また、《マタイと天使》第2作を2番目または3番目に置く史家もあった。
 
 
   R・ロンギは、レットゲンの論文が出た後でも、「いかなる資料による歪曲も、様式的証拠を拒否することはできないだろう」と、「《聖マタイ》の第一作を見、そしてよく記憶している者」の確信を述べているという。
 
 
   4部作のうち3点は、作品完成時から現在までずっとローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会にある。
   一方、《マタイと天使》第1作については、ベルリンのカイザー・フリードリヒ美術館にあった。第2次世界大戦中は、本作品を観ることはできなかっただろう。そして、テューリンゲンの岩塩坑に疎開していた本作品は、1945年に火災により消失し、永遠に実物を観ることができない、白黒写真によりその図像を伺えるのみの作品となってしまった。
 
   1931年生まれのレットゲンは、確かに実物を見たことはなかっただろう。
   大家がそういうことを言うと後進は困る。
 
✳︎   なお、現在も一部の学者は、《マタイと天使》第1作の制作年代について、第2作との様式的違いから、1602年ではなく、1599年(礼拝堂の開堂の折に暫定的な祭壇画として描かれた)と考えているようだ。
 
 
   石鍋真澄氏は、これら議論の歴史や画家の制作経緯について、「天才はわれわれの想像力(能力)を超えているということであり、様式分析などはしばしば偏見によってゆがめられる、ということだろうと思う」と述べている。
 
 
   改めて《聖マタイと天使》第1作の白黒図版を見る。
 
   無骨な風貌の聖マタイは、足を組み、片足をこちらに突き出している。
   マタイに馴れ馴れしげに体を寄せてくる天使は、薄い衣装から臍や腹、足が透けて見えている。
   そんな天使が、白黒図版で見る以上にエロティックな雰囲気を鑑賞者に感じさせたのかもしれず、それが撤去・描き直しの理由になったのかもしれない。
 
 
参照:石鍋真澄「カラヴァッジョの《聖マタイ伝連作》をめぐる二、三の考察」(『美學美術史論集』第22輯、2020年3月)


2 コメント

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石鍋氏による聖マタイ連作の制作順序に関する本 (むろさん)
2021-03-02 20:04:46
カラヴァッジョに関する論文のご紹介、ありがとうございます。この1年以上、コロナのために芸大その他の大学図書館が利用できず、この種の大学紀要やバーリントンマガジンなどの海外美術雑誌もほとんど確認できないので、ネットで読める論文紹介はとても助かります。

本文でご紹介されている聖マタイ連作の制作順序に関して、同じ石鍋氏が以前に出した著書でも書いているので、取り上げておきます(既にお読みになっていると思いますが、このコメントを読んでいる読者の方で、ご存じない人のためにも役に立つと思います)。その本は「ありがとうジョット」吉川弘文館1994発行(再版2009)で、P201~203にこの件が書かれています(P226,227に研究者毎の想定年代一覧)。今回の論文掲載の「美術史研究者の反省点」などについて、多少のニュアンスの差もありますので、比べてみるとより理解できると思います。

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Unknown ()
2021-03-04 20:31:16
むろさん様
コメントありがとうございます。
「反逆的革命児」のところですね。
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