東京でカラヴァッジョ 日記

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【再訪】「ウィリアム・ホガース版画(大河内コレクション)のすべて」展(東京大学駒場博物館)&中村隆著『ホガースの時代-版画で読むイギリス』

2023年06月15日 | 展覧会(西洋美術)
東京大学経済学図書館所蔵
ウィリアム・ホガース版画(大河内コレクション)のすべて
近代ロンドンの繁栄と混沌(カオス) 
2023年5月13日~6月25日
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部
駒場博物館
 
 
 東京大学経済学部で長く教鞭をとられた大河内一男・暁男両教授が親子二代にわたって収集し、2017年に東京大学経済学図書館に寄贈された、18世紀イギリスの画家ウィリアム・ホガースの銅版画のコレクション全71点を一挙公開する本展。
 
 大河内一男は、自分の専門(社会政策・労働問題)とホガースの関連について、次のように述回しているという。
 「ドロシー・マーシァルが取扱ったような下層階級、そしてホガースのエッチングに出てくるような頽廃的な生活の中におち込んだ下層の男女、その意味での十八世紀における『貧民』問題、その中からどうやって近代的な賃労働がつくり上げられるのだろうか...」 
 
 2週連続で土曜午後に訪問する。
 
 期待どおり、来場者の少ない静かな環境で鑑賞する。
 
 
【本展の構成】
・風刺の美学
・近代ロンドンの繁栄と混沌(カオス)
・寓意画で見るロンドン風俗1-勤勉と富、暴力と犯罪
・寓意画で見るロンドン風俗2-階級、女性、性愛
・政治と外交-財政軍事国家の陰影
 
 
 風刺版画を主戦場とするホガースは、18世紀イギリス社会・文化を描く。
 密に描きこまれる人物・事物は、18世紀イギリスを反映する。当時の時事問題をテーマにしたり、当時の有名人を登場人物のモデルにしたりして、それぞれの人物・事物に意味を持たせたり、特段の意味を持たせなかったり。
 情報の量が多すぎるうえに、同時代のイギリス市民に向けたもの。
 私が見て楽しめるのは、ホガースが仕掛けたメッセージのごく一部、これは私の手に負えない、と鑑賞しながら思う。
 
 
 本展に図録はない。
 代わりに、展示室の一画に「ウィリアム・ホガースと18世紀イギリス社会」参考文献コーナーが設けられており、その一部は東大駒場生協で販売中。
 
 気になる一冊。値段も手頃。
 生協は閉店時間帯のため、後日、一般書店で購入する。
 
中村隆著
『ホガースの時代-版画で読むイギリス』
2023年3月初版、山形大学出版会
 
 同書は、6枚組《遊女一代記》1732年と8枚組《放蕩息子一代記》1735年、および若干数の関連版画を対象として、「細部に神が宿る」「ホガースの真価は細部にある」と、1図ずつ、描かれた人物・事物、ホガースの仕掛けについて丁寧に説明する。文章も読みやすい。
 知らないこと、ピンとこないことばかり。
 半分くらい読んだところだが、ホガースの版画はやはり私の手に負えない、と改めて思う。
 
 
本書により知ったこと3選
 
・債務者監獄
 19世紀半ばまでイギリスに存在した、債務を支払うことのできない者を収監する施設。
 ロンドンの下位中産階級生まれのホガース10歳の頃、ラテン語の教師で物書きを目指していた父親が、3年ほど前に始めたコーヒー・ハウスの経営に失敗して破産し、債務者監獄に収監されている。
 このため、ホガースは、上の学校に進めなくなり、銀細工師の徒弟となる。
 監獄内は「金がものを言う」世界。看守が酒を持ち込み、販売する。より良い部屋を貸し与え、部屋代を取る。と、囚人から利益を上げる仕組みが当たり前になっていたという。
 なお、父親は4年ほどで出獄するが、借金を返せたからではなく、大規模な特赦のためだという。
 
・ホガース版画の販売方法
 予約販売方式。予約時に半額、受取時に残りの半額を支払う仕組み。
 その宣伝は、新聞・雑誌に広告を多数出すことに加え、油彩画バージョンを見本としてまず制作し、自身の店(アトリエ)に陳列し、それを見た人の購買欲をあおる、というもの。
 だから、同じ絵柄の油彩画と版画が存在しているのだ。版画販売用の見本だったとは。画家のメイン収入は版画にあるのだ。むろん油彩画も、見本としての役割が終われば、一点しかない貴重な作品として販売している。
 
・ホガース法
 1735年に成立した版画家の権利を守る著作権法。俗にホガース法。
 海賊版の横行に悩まされていたホガースは、自らが主体的に動いて、岳父ソーンヒル卿(地方の名家の出身で、一代限りであるがナイト爵を授けられた当代随一の画家で、イギリス議会の下院議員)を通じたロビー活動を展開し、著作権法を成立に導く。
 8枚組《放蕩息子一代記》の出版日は、予約開始時に示した予定日をそれらしい理由をつけて9ヶ月遅らせ、ホガース法の施行日に合わせている。
 このときの著作権の保護期間は、初版の日から14年。
 その後、ホガースの死を引き金に、前にも増して海賊版が横行していることに悩んだ未亡人。自ら働きかけ、1767年の著作権法の改正法を導く。保護期間は20年延長され、都合34年となる。
 
 
 さて、中村氏の著書、残りを読もう。


4 コメント

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Unknown (k-caravaggio)
2023-06-25 07:46:34
old-dreamer様
コメントありがとうございます。
そうですよね、産業革命前でも後でも、同じだったのでしょうね。
ホガース展には、またこの週末にも行きました。
前回にはなかった、初年次ゼミの学生さんたちによる解説プリントが貼出しされていました。
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ホガースとロンドン (old-drreamer)
2023-06-24 11:58:59
>同書は、1902年のロンドンが舞台とのことなので、18世紀のホガースの時代は、また異なる様相なのでしょうか。<

ジャック・ロンドン、『どん底の人びと』The People of the Abyss、大変懐かしい?書名です。フリードリッヒ・エンゲルス、H.G.ウエルズ、ジョージ・オーウエルなど、多くの作家たちとの認識の類似点が指摘されていますね。産業革命は、ホガースの死後、急速に急速に拡大を見せましたが、どん底で貧窮の極みにおかれた人びとの状況は、ほとんど同じだったのではないでしょうか。
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Unknown (k-caravaggio)
2023-06-21 17:22:28
old-dreamer様
ご丁寧なコメントいただきましてありがとうございます。
 17日の講演会については、参加しておりませんが、オンラインでもあったようなので、参加すればよかったですね。惜しいことをしました。
 ホガースの作品は「見ていてかなり疲れます」とのお話で、学生時代にジャック・ロンドン『どん底の人々』を読み、あまりにしんどくて、途中で放棄したことを思い出しました。
 同書は、1902年のロンドンが舞台とのことなので、18世紀のホガースの時代は、また異なる様相なのでしょうか。
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ホガース展 (old-dreamer)
2023-06-20 22:05:12
土曜日の講演にも参加されたのですね。私も会場の片隅におりましたので、お礼を申し上げる機会を逸し、大変残念に思っております。再度本展をご紹介いただいたご尽力に御礼申し上げます。
早速、充実した記事を追加されたご努力に感服するとともに、拝読いたしました。
講演内容は大河内先生が生前ご関心を寄せておられていた問題意識とは、微妙に異なっていたのですが、興味深く拝聴しました。大河内先生がしばしば言及されたのは、ご専門の社会政策、労働問題を背景に、18世紀イギリス社会における貧困の生成、富裕層の台頭と退廃、そしてそれらがイギリス社会にもたらした影響でした。とりわけ、ディケンズへの論及が記憶に残っています。
三浦篤先生も仰っていましたが、ホガースの作品は戦後の貧しい時代にはともかく、物質的には豊かになった現代人が見ると、かなり厳しく衝撃的です。見ていてかなり疲れます。
今後ともご活躍を期待しております。
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