没後200年 亜欧堂田善
江戸の洋風画家・創造の軌跡
2023年1月13日〜2月26日
千葉市美術館
江戸時代後期に活躍した洋風画家、亜欧堂田善(あおうどうでんぜん・1748〜1822)の回顧展が、2月7日より後期入り。
前期に引き続き、後期を訪問する。
後期から登場、田善の油彩画の代表作3点。
1)亜欧堂田善
重文《浅間山図屏風》
東京国立博物館
江戸時代最大の油彩画といわれる作品。
師の谷文晁の『名山図譜』の木版挿絵をもとにして、雄大な浅間山を描く。
本作には、近年発見された下絵があり、その下絵も出品される。下絵の段階では、田善らしい風俗描写(2人の炭焼き人夫)が構想されていたが、最終的には、人物を削り、炭焼きの煙と切り出された材木や切り株を残した。
そのためだろうか、実にシュールな風景で、東博総合文化展でも何度か見ているが、印象に強く残る作品。
2)亜欧堂田善
《両国図》
秋田市千秋美術館
隅田川沿いの船宿の前。
2人の力士は、船宿の主人に見送られ、女性に案内されつつ、これから舟遊びに向かう。
船宿では、軒下の縁台に2人の男が座り、2階に外を眺める男、芸者の後姿が見られる。
往来には、前景・中景・後景で大きさを変えて、縦長・細身の人物たちが往く。
両国橋の架かる隅田川には、多くの船たち、帆を下ろす漁船、渡し舟、屋形船などが浮かび、やはり縦長・細身の人々が乗っている。
人物描写が実に楽しい作品。
3)亜欧堂田善
《今戸瓦焼図》
神戸市立博物館
もうもうと黒い煙を吐く、隅田川沿いにある窯。
その傍らで1人の職人が立ち働く。
左手のもう1人の人物は、やはり職人なのか、それとも散策中の人なのか。
対岸にある三囲神社の鳥居との位置関係から、隅田川西岸沿いの今戸が舞台となっているとわかる。
隅田川界隈の名物であったという、立ち上る黒い煙の描写が印象的な作品。
銅版画も、前後期で多くが展示替え。
亜欧堂田善
重文《銅版画東都名所図》
須賀川市立博物館
2012年に重要文化財指定。全25図のうち、前期が13図、後期が12図展示される。
以下、後期展示の12図。
本作のような風景画あるいは人物を置いて風俗画要素を加えた作品も楽しい。
また、定信の後ろ盾により接することのできた多くの船載銅版画からモチーフを抜き出して組み合わせた西洋風銅版画がおもしろい。
なかでも《イスパニア女帝コロンブス引見図》は、モチーフの抜き出し元である4点の船載銅版画を紹介する解説パネルが用意されているのだが、一体どうすればこのモチーフからイスパニア女帝とコロンブスになるのか全く分からず、田善の自在ぶりに感心するしかない。
意外な展示品としては、銅版画を紙ではなく布に摺ったもの、さらには、その布を絵柄に用いた煙草入れや筒袋、帽子、合切籠などの日用品。
田善の須賀川帰郷後に銅版画用具一式を譲り受けた門人の呉服商・八木屋が販売していたというが、江戸時代の白河周辺で、西洋図像を絵柄とする日用品が受け入れられていたとは。
没後200年を記念する本展は、福島県立美術館からの巡回で、首都圏では、2006年の府中市美術館「亜欧堂田善の時代」展以来、17年ぶりとなる個展。
【本展の構成】
第一章:画業の始まり
第二章:西洋版画との出会い
第三章:新たな表現を求めて-洋風画の諸相
第四章:銅版画総覧
第五章:田善の横顔-山水と人物
第六章:田善インパクト
第七章:田善再発見
田善は、司馬江漢(1747〜1818)と並んで、江戸時代後期に活躍した洋風画家。
現在の福島県須賀川市の裕福な染物屋の次男として生まれる。兄に絵を学び、伊勢国の画僧・月僊(1741〜1809)に師事したこともあるようだが、兄が営む家業の手伝いが主で、絵は余業にとどまっていた。
47歳のとき、田善に転機が訪れる。
白河藩主松平定信(1759〜1829)にスカウトされたのである。
幕府老中職を辞した定信が領内巡視の途中に須賀川に立ち寄り、田善の「江戸芝愛宕図屏風」を見てその出来ばえに感心してのこと、との伝がある。御用絵師であった谷文晁(1763〜1841)に師事する。
51歳頃、定信の命により江戸へ行き、銅版画を学ぶ。
試行錯誤の末、腐食銅版画技法の当時最高峰の技術を身につけ、日本初の銅版画による解剖図『医範提鋼内象銅版図』や、幕府が初めて公刊した世界地図『新訂万国全図』などの大仕事を手掛ける。一方で、版画や肉筆の油彩画にも取り組み、洋風画史に残る作品を生み出す。
亜欧堂の画号は、田善の銅版画を見た定信が、アジア(亜)とヨーロッパ(欧)を眼前に見るかのようだと賞賛して、彼に与えたものと伝えられている。本名の姓と名から号した田善は、月僊の弟子になった頃、使い始めたようである。
67歳頃、須賀川に戻り、ふたたび日本画を描いて暮らしたという。
洋風画家の作品は、画家それぞれに独特の味があって、おもしろいのだが、田善の洋風画は、より不思議感が強くて、一層おもしろい。