ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《トマス・コルトマン夫妻》
1770-72年頃、127×101.6cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展の第3章「ヴァン・ダイクとイギリス肖像画」に展示される「カンバセーション・ピース」作品。
「カンバセーション・ピース」とは、18世紀の英国で流行した集団肖像画の一形式で、家族や友人のグループ肖像画と日常生活を描いた風俗画を結びつけた「団欒肖像画」。
中小規模の画面。複数の人物の小さな全身像。理想化せず飾りたてない姿。少なくとも一部の人物が互いに会話を交わしている(あるいはなんらかのコミュニケーションを行っている)様子。戸外であれ室内であれ、画中人物の生活環境を詳細に表わす背景。
肖像画は欲しいが大邸宅に住んでいるわけではない人々(ジェントリーや富裕な中産階級)に好まれ、所有地や邸内の様子なども描きこめるため、財産に対する注文者の誇りを大いに満足させたという。
本作のモデルは、画家の友人かつパトロンであったコルトマン夫妻。不自然にポーズを取る夫と馬に乗る妻。夫のポケットには、中に入れた硬貨の形がくっきりと浮かび上がる。背景には彼らの住む邸宅と彼らの馬を馬丁が連れてきている姿。
ジョセフ・ライト(1734〜97)は、イングランド中部のダービー出身で、主に同地にて活動した画家。
その活動は肖像画や風景画の制作が中心であったようだが、画家の名が今日知られているのは、光と影の対比表現が印象的な、産業革命や当時の最新の科学思想に想を得た作品群による。
以下、何点か見ていく。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《空気ポンプの実験》
1768年、183×244cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ライトの代表作。私的にはLNG展での来日を密かに期待し、叶わなかった作品の一つ。
蝋燭による光と影の対比表現。
空気ポンプに白いインコを入れてから空気を抜いて真空状態にする。再び空気を入れると鳥が息を吹き返すだろうという実演であるが、その結果はまだ分からず、子どもたちは心を痛めている。画面左にいる実演など眼中にない一組の恋人たちは、冒頭の(ただし結婚前の)コルトマン夫妻である。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《太陽系儀の講義》
1766年、147.3×203.2cm
ダービー美術館
蝋燭による光と影の対比表現。
太陽系儀は、地動説を基にした太陽系の模型。中心に太陽を置き、歯車の回転によってアームに取り付けた惑星の模型を回転することにより、惑星相互の位置を再現する。近代的な太陽系儀は、英国の時計師により1704年に開発された(Wikipedia)。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《鍛冶屋の仕事場》
1771年、125.7×99cm
ダービー美術館
鍛冶屋や鉄工所を主題とする作品もよく知られる。後年描かれた別バージョンが2013年のエルミタージュ美術館展に出品され、印象に残っている。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《ヴェズーヴィオ火山の噴火》
1776-80年頃、122×176.4cm
テート
世はグランドツアーの全盛期。ライトも、1773-75年にイタリアへ長期旅行に出ている。主にローマに滞在したが、ナポリにも出かけ、ヴェズーヴィオ火山の噴火も見たらしい。この火山を主題に、本作品のほかにも30点ほどの作品を制作したという。真っ赤な火山による対比表現、逃げる人々が印象的な、当時流行りのピクチャレスクな風景画。ポンペイの発掘が正式に着手されたのは1748年のことである。
ジョセフ・ライト・オブ・ダービー
《今は亡き夫の武器を見守るインディアンの酋長の寡婦》
1785年、101.6×127cm
ダービー美術館
座る女性を主題とする作品も多いようだ。その一つである本作。「インディアンの酋長の寡婦」とは大仰だが、白人女性がモデルであることは明らか。噴火中の火山など背景も大仰。イギリスがアメリカの独立を承認したパリ条約締結の2年後の作品である。
まだまだ知らない英国美術の世界、いつの日か実見し、じっくり味わいたいもの。