東京でカラヴァッジョ 日記

美術館訪問や書籍など

【その2】スタンダール症候群、ブロンツィーノ

2021年08月31日 | 西洋美術・各国美術
   スタンダールは、フィレンツェのサンタ・クローチェ教会にあるヴォルテラーノ作のフレスコ画を観て、「スタンダール症候群」に陥った。
 
 
『イタリア旅日記2   ローマ、ナポリ、フィレンツェ(1826)』1827年
臼田紘訳、新評論、1992年刊

   僕は美術から受けたこの世ならぬ印象と興奮した気持が混じり合ったあの感動の頂点に達していた。サンタ・クローチェを出ながら、僕は心臓の動悸、ベルリンでは神経の昂ぶりと呼ばれるものを覚えていた。僕の生命は擦り減り、倒れるのではないかと心配しながら歩いた。

 
 
   他バージョンのイタリア旅行記を確認すると、サンタ・クローチェ教会では、もう1点、ヴォルテラーノのフレスコ画と同じかそれ以上にスタンダールが感銘を受けた作品があったことを知る。
 
 
『イタリア日記(1811)』1817年
臼田紘訳、新評論、2016年刊
 
しかしサンタ・クローチェ教会をいちばん私の心に焼き付けるものは、そこで見た二枚の絵だ。それらは私に、絵画がかつてこれまでに与えたことのないもっとも強い印象を作り出した。
 
畜生、何て美しいんだ!観る一つひとつの細部ごとに、魂は次第しだいに喜びを覚える。涙を流しそうになっていく。
 
私はこの興奮を昨日、ニッコリーニ礼拝堂で、ヴォルテラーノによって描かれた四人の巫女を前にして体験した。
 
これらのシビュラと同じくらい美しいものは何も見出せないと思っていた。そのとき、私の臨時雇いの召使いが、『リンボ』の絵を観るために、ほとんど無理やりにわたしを引き留めた。
 
私はあやうく涙をこぼしそうになるほど感動した。これを書きながらも目に涙が浮かびそうだ。これほど美しいものはこれまで見たことがなかった。
 
私は死ぬほど疲れていたし、新しい長靴のなかで足はふくれて締め付けられていた。つまりちょっとした痛さが、栄光のさなかの神を讃えることも妨げただろうが、それを『リンボ』の前では忘れていた。畜生、何てそいつは美しいんだ!
 
 
 
『リンボ』の絵とは。
 
ブロンツィーノ
《キリストの冥界への降下》
1552年、443×291cm
フィレンツェ、サンタ・クローチェ教会メディチ家礼拝堂
 
   ヴァザーリによると、本作は、ジョヴァンニ・ザンチーニが、サンタ・クローチェ教会中央の扉から中に入った左手に造らせた礼拝堂に設置するためにブロンツィーノに注文した。
   公開当初は賞賛されたものの、その後の対抗宗教改革の流れがあって、1584年、裸の女性のポーズが問題視されたという。
   1821年にウフィツィ美術館に移されるが、1912年にサンタ・クローチェ教会に戻され、付属美術館に設置される。
   1966年の洪水で深刻な被害を受ける。修復後は、旧修道院の食堂に置かれる。洪水被害のリスクを回避するため、2014年に現在の設置場所・メディチ家礼拝堂に移される。
 
 
 
   なるほど、スタンダールは、これら2作品に過去最大級に感動した。
   ただ、『イタリア日記(1811)』によれば、「スタンダール症候群」に陥ったというよりも、足の酷い痛みをすっかり忘れていたほどであった、ということのようである。
 
   なお、サンタ・クローチェ教会のジオットのフレスコ画については、私が確認した範囲では、文豪のイタリア旅行記において一切触れられていないようだ。


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