■『流星に捧げる』(作・山田太一 演出・木村光一)
地人会第100回公演(2006年3月10日~26日)
新宿南口・紀伊國屋サザンシアター
「地人会」(http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~CJK/)はご存知のように、特定の所属劇団員をもたずに、演出家木村光一氏がプロデュースした作品を上演する。なかでも山田太一は今回で14作品目、ということで、地人会の常連脚本家だそうだ。
ネットのサイトに書き込まれた「動かない風見鶏 車椅子 ひとり」に誘われて、東京・世田谷の古いお屋敷を訪ねてきた男3人、女3人、サイトに書き込みをしたその屋敷の老主人、28年間住み込んでいる家政婦…。なんの関係もなかった彼らが、その老主人の痴呆の進行とともに不思議なつながりをもっていく。
老主人(山本学)は妻に逃げられ、自分の運転で息子を失い…、そういう過去をへて世間とは隔絶された世界で生きてきたけれど、自分がしだいに正気ではなくなってきていることに気づきはじめて、それに恐れを抱いている。
その老主人のもとで生活を始める若者たち、老主人の財産を利用しようとする中年男・井原(風間杜夫)、辛らつな言葉を吐きながらも人生の機微を知っているかのような中年女性(根岸季衣)。
自分の都合ばかり考えている、ごくごく普通の彼らがいつのまにか老主人の境遇に心を寄せるようになるクライマックス。息子と間違えられた井原はその息子になりきって、老主人の心のわだかまりを解き放ってやる。その瞬間、車椅子からよろめくように立ち上がり、周りを取り囲む人たち一人一人を、妻や母親やかつての愛人になぞらえていくのだ。
山田太一氏は「地人会」のHPで、「人はみな何処から来て 何処へ行くのかも分からず、短い間それぞれの輝きで空を横切る流れ星のようなものとはいえないでしょうか。-多くの流れ星に、この舞台を捧げます」と書いている。
何かを意図した集団とか単純に血のつながりとかではなく、理由も意味もない、単なるゆきずりの人と人でも、どこかで出会って挨拶以外の言葉も交わせば、ひょっとして魂がぶつかりあう、ということもあるのかもしれない。ただ私たちは最近、挨拶以外の言葉どころか、挨拶さえ交わさない人関係を生きていることがあるかもしれないし。それじゃあ、流れ星たちはめぐり合うことはないだろう。
風間杜夫がお得意の役柄を達者に演じていた。彼の得意な…、とは、気弱な詐欺師。そこに狂気や怖さをにじませる役もうまいけど、今回は「気弱な…」で終始していた。
若者の一人を演じた田中壮太郎(俳優座所属の若手らしい)(http://www6.ocn.ne.jp/~haiyuza/)がちょっと印象的で、また舞台を観てみたいなと思わせてくれた。昨年の「小林一茶」(作・井上ひさし、演出・木村光一)にも出演していたようだが、どの役だったのだろうか。不明。
老主人が最後に車椅子から立ち上がったとき、音がうるさいから動かないように固定したと説明されていた「風見鶏」が動き始めた。「動かない風見鶏」は、心の奥深くに苦しみを封印していた、あの老主人そのものだったのだと、そのとき気づいたのです。
中年男女の事情や人物像は描かれていたけれど、あの若者たちはどんなやつなのか、心に何を抱いて屋敷を訪れたのか、そのあたりには何も触れていないのがちょっと消化不良。
またカーテンコールでも疲れきった老主人の様子のまま、そこから抜け出せないかのような山本学が印象的だった。余談:帰りに高層ビルの古株?「住友ビル」の「地鶏や」で飲んだのですが、住友ビルって土曜の午後、あんなにすいているもんなんですか。以前はもっと混雑していたと思うんだけど。私たちも最初はセンタービルの韓国料理「ノルブネ」に行くつもりで、なぜか気が変わって(笑)住友ビルに入ってしまったのですが。
それにしても高層ビルから見た東京の風景、あれはもう異常な世界。あんなにビルやら住宅やらがひしめき合って(という形容はあまい。もう息できないくらい密集してるよ!)、もう「街」とは言えないね。
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