2013.11.19
昨日までは「小春日和」。
地球全体での異常気象が続く中、日本の気候を表すこういう言葉がいつまでリアルタイムで使えるんだろうと思ってしまう。
過去を思い出すノスタルジックな表現アイテムになっちゃうのかなあ。
■「未来コオロギ」から
ふっと頭の中に、スピッツの「未来コオロギ」の歌詞が浮かぶ。
「丸や四角や 名もない形も」とか好きな歌詞はたくさんあるんだけど、なんだか優しいなとふっと安心するのは、
「時の流れ方も 弱さの意味も違う♪」
かな。
あのときのあとの過ごし方、心の回復のしかた・・・、みんなそれぞれだったんだ、と思い起こせる。それは過去形ではなく、進行形で語られるべきことなのだろうけど。
それでも、最後に決めるのは、決めなくちゃいけないのは・・・、あるいは「決めることができる」のは、「さっきまで泣いていた君」なんだよね。
それは、優しくもあり、厳しくもあり・・・そんなふうに響きます。
若くても若くなくても、不安はあるものだ。昔は強くしたたかに見えた大人も、実はそんなことなかったって、そういうことがわかる「十分すぎる年齢」になりましたから。
■子どもと遊ぶ才能
昨日の昼間、ちょっと仕事を中断して、よみうりランド脇の「キドキド」で幼子たちを遊ばせ、そのあと若葉台付近の広い公園でドングリ拾いに興じる。
「キドキド」は初めてだけど(春に仕事で取材したことあり)、短時間を過ごすにはいい施設かもしれない。例えば普段母親と家で二人で過ごす幼児には、ほかの幼児との微妙な関わり合いとか力関係とか、おもしろい経験ができるかも。
工夫して遊べるようになっている面もありそう。
あくまで、たまに訪れる遊び場のひとつ・・・くらいの感覚だけど。
昨日みたいに天気がいいと、やっぱり外で遊びたい!
ちなみに同行の相方は、とくに子ども好きを自称しているわけではなく、淡々とした人なんだけど、なぜか子どもの遊び相手としての「才能?」がある。
昨日も、お店屋さんごっこのコーナーで、いつのまにかかっこうのお客さんになっていて、周辺には連れて行った幼子たち以外の初対面の子どもたちが集まって、にぎやかだったっけ。
この人を見ていると、子どもの目線に合わせているんじゃなくて、あくまで自分の目線を維持しているのがわかる。そういうところに、子どもがひかれることもあるってことか。会話をきいていると、子ども相手とは思えないやりとりもあり。子どもがわからなければ「わかんないか~」と苦笑いですませる。
帰り際、若いママたちに「ありがとうございましたー」とお礼を言われていました(平日のこの時間帯、男性の付添いは少ない)。
年齢不詳のおじさまってな雰囲気だったでしょうか(笑)。
ドングリ拾いは大人でも楽しい。
暖かい秋の陽射しの中、心地よい汗をみんなで流しました。
自民党を支持したことはないけれど、でも昔はリベラルと呼ばれる議員もいて、それなりの議論が成立していた・・・と報道で知る昨今。
最近は、強気な?リーダーのもと、みんな「同じ」顔で、色で進んでいく怖さ。
秘密保護法、教科書問題、教科としての「道徳」の内容、そしてまぎれもなく先の見えない原発の問題・・・。みんな同じレールの上を行く大きなおかしな流れにのってはいけないのだと思う。
昨日の「刑事のまなざし」を録画で見たけど、よかったな。母親との関係はとてもリアルで現実の問題だ。
押し付けがましさ皆無の主人公がステキだ。
「ダンダリン」の話のゆくえも気になる。南三条さんは道を見つけられるんだろうか。
「リーガル・ハイ」は、黛さんの巣立ちに期待。
ウィンウィンの彼の登場で、話の全体がちょっと甘ったるくなってきていたので(笑)、ここでガツンと現実を私たちに見せてくれ!という心境。
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