「ぜひ、着物で来てくださいね」と、若い編集者からのメール。
少し前に、「私も着物が着たいんです」と
澄んだ目で話してくれた、20代の可愛らしい女性だ。
私は迷っていた。
制作に関わったとはいえ、私はあくまで裏方だ。
監修者、クライアントも集まる中で、着て行っていいものだろうか…。
彼女には申し訳ないが、
パーティの出席そのものも、実は気が進まなかった。
だけど、私もそんなに人間ができていないので、
結局は、着物を着てみたい気持ちが勝り…
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選んだのは、チャコールグレーの絽の軽い附け下げに、
西陣の夏帯。
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ピンクの絽と迷ったが、こちらにしてよかった。
というのも、出席者のほとんどは、見事に黒やグレーの服で身を固めた、
50~60代の男性ばかりだったからだ。
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「わぁ、今日もステキですねぇ」
編集者は無邪気に歓迎してくれる。
クライアントさんも、私が仕事で着物を着ている姿を
見慣れているので、特別なリアクションもなく、
いつものように、丁寧に対応してくれる。
だけど…、出過ぎないようにと会場の隅にいても
落ち着かないし、
取材のときにはフランクに接してくださった医師たちとも、
顔を合わせにくく、距離を感じてしまった。
(やっぱりこういうときには着物は難しいな)
適当な時間いて、先に失礼しようとしたそのとき。
「あの…、私実は、会社辞めるんです」と編集の彼女。
「えっ? そ、そうなの…」と私。
詳しくは訊かなかったが、新たな道を探したいとのこと。
そうなんだ…、それじゃいったんここでお別れなんだね。
と思ったら、着物姿を楽しみにしていた彼女に、
最後に夏着物を見せてあげられてよかったかな、と、気持ちが少し軽くなった。
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複雑な思いのまま帰宅し、翌日。
ふと思い立って、今までの仕事の資料をばっさばっさと捨て始めた。
次に同じような案件がきたら役立つかも…と
保管しておいた書類を、古いものからどんどん破る。
捨てることで、新たに得るものもあるのだ。きっと。
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この話には実は後日談がある。
処分が進んでスッキリしてきたときに、
「こ、これは…!?」
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何と、高校時代につくった自作の曲のデモテープが出てきたのだ。
ラベルに「S58.3.26」と書いてあるから、1983年、16歳になったばかりのころ。
日付の下には「○○先輩へ」と、当時私が懐いていた中学時代の一級上の
男性の名前が。
どうして贈らなかったんだろう…。まったく思いだせないが、
取材用のカセットレコーダーで聴いてみて納得。
贈らないでよかった…
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ユーミンなど、当時よく聴いていたアーティストの影響が色濃い
曲の数々。(それ自体が悪いのではなく、出来と録音状態が悪いので、
贈らないでよかったと思ったのです)
でもまあ、懐かしいので、そのうち手頃な打ち込みソフトが見つかったら、
再現してみよう…。
捨てることで、取り戻したものは確かに、あった。