「●年前の今日」と題した過去の投稿は、
懐かしい反面、ときに残酷で
アウトドアが楽しい季節……
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3年前の5月。
こんなにハレバレとした、楽しそうな写真なのに
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見れば見るほど、寂しくなり、
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4年前の五月。
こんなピントがぼけた写真なのに
リアルな像が胸に押し寄せてきて、わっと泣き。
「いつまでも…」とか「犬いっぴきのことで…」と
どんなに思われようと、
可愛い記憶は薄れるどころか、深まるばかり。
悲しい気持ちは、愛していたことの裏返し。
「虹の橋で待っていてくれるよ!」と言われても
なお、泣けてくるのは、
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今ひとつ、この子の記憶力が信じられないから。
(以前看取った甲斐犬ミックスは、本当に聡明で、思慮深く、賢い子でした。
それに比べて・・・)
そんな私に、ここ数カ月、何人もの人が
なぐさめの手紙、花、メッセージをくださいました。
先日は
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着物友が、「チビワンちゃんに寄せて」と
名前に因んだ白い小さなお花の帯留をくださって
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季節問わず、いつも一緒にいられそう。
“可愛い”には、“可愛い”ものが集まってきます。
うちの小さなカーネーションも
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花を咲かせるたびに、私はチビワンの写真に話しかけます。
「ちびちゃんは、亡くなってから “スーパーちびちゃん” になったのね。
花まで咲かせられるなんて、すごいね」
そんな風に口にすると、写真のチビワンが
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へへへ、と得意げに笑っているように見えてきて
ますます、“可愛い”が止まらないのです。