神奈川絵美の「えみごのみ」

腹黒い女。 -12月文楽東京公演 その2-

(前回の続き)

十二月文楽、東京公演。今回の演目は
「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」
      竹の間の段
      御殿の段

そして
「紙子仕立両面鑑(かみこじたてりょうめんかがみ)」
      大文字屋の段


伽羅-の方は、歌舞伎でも有名な演目ですが
一言でまとめれば
子どもがお腹を空かせた上、後継ぎを庇って悪者に嬲り殺される という
伝芸らしいといえばそうだが、あまりに可哀想な筋。

観ていて辛くならないだろうか、と心配していましたが
予想以上に勘十郎さんの八汐が素晴らしくて、ぐいぐい惹き込まれ。

この、一癖ありそうな悪人顔が、お家乗っ取りを画策する一派の八汐。

そしてこちらが

後継ぎの鶴喜代丸を守る乳母、政岡。

前半で、八汐がよりによって政岡に、謀反の疑いありと仕組んだ悪巧みも、
鶴喜代丸が
 「乳母を牢に入れるなら、おれも一緒に向かうぞよ」
八汐
 「でも、あなたの伯父の刑部さまの仰せだから」

 「いや、その刑部もそちたちも、皆おれの家来じゃないか。
  それほど牢へ入れたくば、政岡の代わりにそちたちが牢へ行け」と
痛快な玉砕モードで、客席にも笑いが。

牢へ行け! の場面。
            ※上記会話は、床本を元に現代語を交えアレンジしています。

このときや、この後、悪巧みがばれたときに
八汐が「ちえっ、失敗した。いまいましい」という表情になったのを
私はオペラグラスでしっかり見ました。お人形なのに、表情が変わる!


でも、中盤の「飯(まま)炊き」は、
鶴喜代丸と、政岡の子の千松がひたすら、お腹を空かせているので、
私は(早くご飯を食べさせてあげて!)と気が気でなく。
申し訳ないのですが、大夫さんが微妙でもあり……
非礼を承知ですが、ここは10分くらいでいいのに……なんて思ってしまいました。

終盤はいわゆる「政岡忠義」の場面で、

千松が、鶴喜代丸にと差し入れられた菓子(実は毒入り)をぱくぱく。
「何と無礼な!」ということで、八汐に嬲り殺されてしまう。


息子が殺されても、平静を装っていた政岡だが、
人がいなくなると、すがりついて……。
 (プログラム写真の政岡も、今回も、主遣いは和生さんでした)
この日の「出来(か)しゃった」は、私の好きな呂勢大夫さん。
歌舞伎をよくご覧になる友達は、
故・中村勘三郎さんの「出来しゃった」が今でも耳に残っている、と
お話くださいましたが、
私は呂勢さんの「出来しゃった」でも、涙があふれて
零れ落ちそうになりました……。

最後は政岡が八汐を刺して、息子の仇をとるので、
今まで観た身代わり物の中では、救いがあったかな。


紙子-の方は、ごめんなさい、正直退屈でした。
ほとんどの時間、ほとんどの登場人物が泣いている演目。

ひたすら、泣いてます。
  (退屈なのは、当時の「義理」の在り方に共感できないせいもあるのだと思います。)

千歳大夫さんも、私は好きだけれど、
こういう感想は変だと思いますが、千歳大夫さんの良さが
あまり活かされないような…。
加えて、富助さんの三味線が……
クールでオトコマエ、静かに重く音を置いていくような富助さんの三味線は
私、大好きなのですが、
この演目では却って眠気を誘ってきました。
 
最後は一転、ちゃり場チックな展開にはなるのですが、
とってつけたようで、あまり後に残るものがない、大文字屋の段でした。

最後、つるし上げられた悪党が、鴨居を使って懸垂してました(笑)。


それにしても、今回、
切場語りのお二人(咲大夫さん、嶋大夫さん)がお休みで、
人間国宝のお二人も引退してしまった今では、
義太夫の層が……薄い……とつい思ってしまいました。
呂勢大夫さんは大好きだし、千歳大夫さんも魅力があるけれど、
まだ「重石」という感じではないですし。
文楽を観始めて3年程度の私に、そんなことを思わせてしまう現状は
あまりよくないのでは……。
若手のイケメン大夫、咲寿大夫さんが大成するまで、
私は果たして生きているかどうか。



吉田玉女さんの、玉男襲名披露公演は
東京では来年五月、一谷ふたば軍記の熊谷次郎直実だそうです。
このお写真……お正月に飾ったら、ご利益がありそうなお姿

コメント一覧

神奈川絵美
朋百香さんへ
こんにちは
私もぜーんぜん知識はありませーん
好みかそうでないか、感じるままに、です。
娯楽ですから、それでもいいかなと
(もちろん興味あれば深めるもよし)。
こちらこそ、ぜひまたご一緒させてくださーい。

私は、自宅が遠いので
国立劇場のサイトに載る
タイムテーブルをいつもチェックするようにしています
朋百香
http://www.tomoko-358.com
絵美さま
まだまだ初心者の私、大夫の云々は分かりません。
(ただ浄瑠璃が心地良いかとか、声が好きかとか、
語りがどうか?くらい)
でもお陰さまで楽しくお勉強させて頂いてます。
また、ご一緒させてくださ~い。
あの日の猛烈帰宅ダッシュも楽しかった(笑)
文楽って長いって事を忘れていた私、次回は
夕飯を作ってから臨みます(反省)
神奈川絵美
すずらんさんへ
こんにちは ご解説をありがとうございます。
確かに、この場面がないと、次の場での政岡のふるまいが、理解しにくいのでしょうね。
ただ、この日のまま炊きはそれにしても、冗長に感じられました。
老後の政岡…そのお芝居は涙なしには観られませんね、きっと…。いつか観る機会があれば、と思います
すずらん
先代萩
玉さんは飯炊きの為に茶道のお稽古をされたそうです。
飯炊きの場面は冗長になりがちですが
2人の子供の健気さと政岡の悲哀が際立って私は好きです。この場がなければ政岡と千松の置かれた状況がわかりません。政岡と千松は親子であって親子でない、忠義ゆえの厳しく悲しい状況にある、ということが示されます。忠義というのはこの時代、「死ぬ」ということです。そんな状況に我が子をおかねばならない政岡の悲哀、そこにグッと来てしまう場なんですね。
余談ですが後日談として「老後の政岡」という芝居があります。老いてお暇を頂くことになった政岡が立派に大名となった鶴喜代に挨拶に行きます。鶴喜代は千松に会ってゆけ、と千松の位牌をもってこさせます。二人千松の回想となり、鶴喜代があの頃よく歌ってくれたあの歌を歌ってほしい、と所望します。そこで政岡が歌う歌こそ、御殿の場で千松の歌った「一羽の雀の言うことにゃ…」のあの歌なのです。何とも涙腺を刺激するお芝居です。
神奈川絵美
セージグリーンさんへ
こんにちは
まあ! 玉さまの政岡
「まま炊き」のときの仕草はさぞ、
美しかったことでしょう。
今回、私たちの席は下手で、政岡からは遠かったのですが、お人形の手つきもなめらかで、
なかなかのものでした。
歌舞伎でも観てみたいなーと思いつつ、
子役が不憫で(役の上で)、観ていられないかも…

(あ、でも歌舞伎では、雀や狆はやっぱり黒子・・・?
なんてところも気になります
セージグリーン
「伽羅先代萩」は、数年前に歌舞伎座で、玉三郎さんの政岡、吉右衛門さんの仁木弾正、仁左衛門さんの八汐という豪華キャストで鑑賞しました。
台子の道具仕立てでままを炊く流れるような「お手前」に、玉三郎さんは茶道の鍛錬も相当積まれているのだと分かりました。
文楽はあの表情が変化する仕掛けが一瞬見えた時、どきりとしますね。
ごひいきの太夫さんがいらして、一層文楽鑑賞の醍醐味もますというものですね、さすがです。
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