1993年から1995年にかけ、日本ー成都を頻繁に行き来することがあった。
弊ブログ 1993年中国・成都の旅 その1、その2、その3 に綴った。
今回は、それ以来の久しぶりの訪問・滞在だ。前回も探索した杜甫草堂を再訪したので、綴ってみよう。
杜甫草堂(Dofu Caotang)
杜甫といえば詩聖として,李白と並び称される唐代の大詩人です。彼が生存中は詩人として有名でなく、生活は貧しいものだったようです。 「安史の乱」を避けるため、乾元二年(759年)12月、杜甫は長い苦しい旅の末に成都にたどり着きました。
ここで杜甫は、友人の高適や親戚の杜済などにも会い、友人の援助を受けて、錦江の西、浣花渓(かんかけい)のそばに空地を得て、茅ぶきの家(草堂)を設けます。これが今日の杜甫草堂の始まりです。
写真上:「花径」という言葉は杜甫の詩「客至」の「花径不曽縁客掃、蓬門今始為君開、」(花の咲く小道は、客がないので掃除もせず、粗末な門を、今貴方のために開くのです。)から来ています。 下:杜甫像
後年、成都の長官・厳武の後押しで役人(検校工部員外朗という官職->杜工部とも呼ばれるゆえん)となったが、性にあわず辞めています。当時の杜甫の生活ぶりは、厳しいものであったようで、その様子は彼の詩からもみられます。しかし、とにかく流浪の旅を続ける杜甫にとって、この草堂は、心休まる場所だったと思います。このころの詩には、自然を歌詠した、愛すべき絶句があります。これは従来の彼には見られなかったものです。
現在の杜甫草堂は、杜甫の詩からは想像も出来ないほどの立派な公園になっています。宋代に居住跡に祠堂が建立され、以後、明と清の時代に13回もの修復がなされ、現在の規模になったのは、明の弘治十三年(1500)及び清の嘉慶16年(1811年)の大規模改修といわれてます。
写真:清代に立てられた石碑「少陵草堂」
写真:茅屋
藁葺きの屋根があり、中に「少陵草堂」いう清代に立てられた石碑が見えます。「少陵」とは杜甫が以前に住んでいたところの地名です。杜甫がよく詩の中に「杜少陵」「少陵野老」と自称していたことから「杜甫草堂」は「少陵草堂」とも呼ばれております。その屋根となっている藁葺きは当時の杜甫の家の茅葺きと同じにするよう造られたもので、石碑と一緒に「杜甫草堂」のシンボルとなっています。
765年(54歳)に草堂を去るまで、成都で、約4年暮らしました。その間、生涯に渡っての詩の六分の一にあたる240余りの詩を書いたそうです。その中の有名な詩を紹介します。
成都に来てほどなく、三国志の劉備玄徳・諸葛孔明を祀る武侯祠を訪れた時の詩です。
蜀 相
丞相祠堂何處尋 丞相の祠堂 何れの処にか尋ねん
錦官城外柏森森 錦官城(きんかんじょう)外 柏 森々たり
映堦碧草自春色 堦(かい)に映ずる碧草(へきそう)は自ずから春色
隔葉黄鸝空好音 葉を隔つる黄鸝(こうり)は空しく好音
三顧頻繁天下計 三顧頻繁(ひんぱん)なり 天下の計
両朝開済老臣心 両朝開済す 老臣の心
出師未捷身先死 出師 未だ捷(か)たざるに 身は先ず死し
長使英雄涙満襟 長く英雄をして涙襟(きん)に満たしむ
蜀の丞相諸葛孔明の祠堂(廟)は、何処に尋ねたらよいのか、成都城外の柏の木がこんもりと茂るところ、すなわちそれである。
きざはしに映る緑鮮やかな草は、まさに春の色、木々の葉を隔てて鳴くうぐいすはただいたずらに好い声で鳴いている。
思えば昔、劉備が三顧の礼をとって、頻りに孔明を訪れ、天下を安定させる計を問い、孔明は二代に渡って補佐し、重臣として心を傾けた。 魏を討とうとして、軍を発して、まだ勝利せぬまま死んでしまい、その無念さは後世の英雄達をして、涙を襟に満たさせている。
春夜喜雨 春夜雨を喜ぶ 上元二年(七六一)の春の作と言われてます
好雨知時節 好雨 時節を知り
當春乃発生 春に当たって乃ち発生す
隨風潜入夜 風に随いて潜に夜に入り
潤物細無聾 物を潤して細にして聾無し
野径雲倶黒 野径 雲と倶(とも)に黒く
江船火獨明 江舶 火ひとり明かなり
暁看紅濕處 暁に紅の濕(うるお)う処を看れば
花重錦官城 花は重し錦官城
よい雨はその降るべき時節をよく心得て、春になるとともにふり出して、 万物生育のはたらきを始める。
雨は風につれて忍びやかに夜に降りつづき、 細かに音もなく物を潤している。
野の小みちは、垂れさがる雲とともにまっ黒で、 江上の船のいさり火だけが明るく見える。
夜があけて見るならば、紅の色が雨にぬれて、 錦官城には咲き満ちた花がしっとり重くぬれていることであろう。
絶 句 二首 広徳二年(764年)春の作。
一
遅日江山麗 遅日(ちじつ) 江山麗はしく
春風花草香 春風 花草香(かんば)し
泥融飛燕子 泥融けて燕子飛び
沙暖睡鴛鴦 沙暖かにして鴛鴦(えんおう)睡る
うらうらとした春の日ざしに、江も山も麓わしく、 春風に送られて、花も草も芳しく匂ってくる。
泥がとけたので、燕は巣を作ろうと、泥をくわえて飛び交い、 河べりの砂があたたかなので、鴛鴦(おしどり)がなかよく睡っている。
二
江碧鳥逾白 江 碧(みどり)にして鳥逾(いよいよ)白く
山青花欲然 山 青くして花然えんと欲す
今春看又過 今春 看(みすみす)又た過ぐ
何日是歸年 何の日か是れ歸年
江の色は紺青で、鳥はいよいよ白く、 山は青緑で花は燃えるように紅だ。
今年の春も、みるみるうちに過ぎ去ってゆく。 ああいつの日になったら、故郷に帰れることだろう。
(この詩は、杜甫の代表作の一つで、不遇な時代、望郷の念を読んだものです。「碧・白・青・赤」という色彩の対比がみごとなことで知られています。)
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