うかつにも見逃していたが、はらわたの煮えくり返るような事件が起こっていた。しかも事件は、昨日今日ではなく5年前に起こっていたとは・・・
この事件は、2002年に起こった強姦事件が発端だ。ほどなく犯人は逮捕され、懲役3年の実刑となったというのだが、今般この事件の犯人は別人だったことが明らかになったというのだ。
強姦などで服役の男性無実 別の男が容疑認め逮捕 富山(朝日新聞) - goo ニュース
確かに、身に覚えのない人がどうして犯行を認めたのか、疑問の節もあるだろう。だが、現在公開中の映画「それでも僕はやっていない」などのケースもそうだが、痴漢なども含めて、警察は、犯人という前提で捕まえた者の主張は基本的には無視、または信じないのが通例だ。
だから、誤認逮捕された人にしてみれば、「真実はいずれわかるはずだ」と思っていたのではないか。ところが、アリバイについても、アリバイ成立の可能性に気付きながらも「偽装だろう」と思い込み詳しく調べていなかったという。
あげく、家族に対しては、「証拠がある」と言いつつ、今になって証拠がなかったという。
逮捕時「証拠ある」 富山の無実男性の兄に県警(朝日新聞) - goo ニュース
我々はこういう事実を聞き流していいのか、痴漢の冤罪など晴らすための犠牲と時間はとてつもなく、しかも逮捕の時点で(公務員でもなければ)会社はクビである。
仮に数年後、無罪が証明されても、普通は会社に復帰もできず、ましてやその間の収入すら誰も責任はとってもらえない。
そう、明日にもわが身にふりかかりかねないことなのだ。今回のこの件で、警察は謝罪したいといっているらしいが、どう考えても謝罪だけで済む問題ではない。
このこと自体がどうして罪に問われないのか、あるいはなんらかの責任や賠償の対象にならないのか、どうあっても小生には納得できない(怒)
この方は今どこにいるのか連絡が取れないというが、心中察してあまりある状況だ。怒鳴ったところでどうなるものではないが、それでも言わずにいられない。
この事件、いやこれに類する事件はたくさんあるはずだ。我々は、これを対岸の火事としてはいけないのではないか・・・
警察は誰を守るのか、疑問を禁じえない。もっとも、写真のような一日警察署長なら、それはそれでいいが・・・(←まじめに書いてて、結局最後がこれかよ)
この事件は、2002年に起こった強姦事件が発端だ。ほどなく犯人は逮捕され、懲役3年の実刑となったというのだが、今般この事件の犯人は別人だったことが明らかになったというのだ。
強姦などで服役の男性無実 別の男が容疑認め逮捕 富山(朝日新聞) - goo ニュース
確かに、身に覚えのない人がどうして犯行を認めたのか、疑問の節もあるだろう。だが、現在公開中の映画「それでも僕はやっていない」などのケースもそうだが、痴漢なども含めて、警察は、犯人という前提で捕まえた者の主張は基本的には無視、または信じないのが通例だ。
だから、誤認逮捕された人にしてみれば、「真実はいずれわかるはずだ」と思っていたのではないか。ところが、アリバイについても、アリバイ成立の可能性に気付きながらも「偽装だろう」と思い込み詳しく調べていなかったという。
あげく、家族に対しては、「証拠がある」と言いつつ、今になって証拠がなかったという。
逮捕時「証拠ある」 富山の無実男性の兄に県警(朝日新聞) - goo ニュース
我々はこういう事実を聞き流していいのか、痴漢の冤罪など晴らすための犠牲と時間はとてつもなく、しかも逮捕の時点で(公務員でもなければ)会社はクビである。
仮に数年後、無罪が証明されても、普通は会社に復帰もできず、ましてやその間の収入すら誰も責任はとってもらえない。
そう、明日にもわが身にふりかかりかねないことなのだ。今回のこの件で、警察は謝罪したいといっているらしいが、どう考えても謝罪だけで済む問題ではない。
このこと自体がどうして罪に問われないのか、あるいはなんらかの責任や賠償の対象にならないのか、どうあっても小生には納得できない(怒)
この方は今どこにいるのか連絡が取れないというが、心中察してあまりある状況だ。怒鳴ったところでどうなるものではないが、それでも言わずにいられない。
この事件、いやこれに類する事件はたくさんあるはずだ。我々は、これを対岸の火事としてはいけないのではないか・・・
警察は誰を守るのか、疑問を禁じえない。もっとも、写真のような一日警察署長なら、それはそれでいいが・・・(←まじめに書いてて、結局最後がこれかよ)
体制を守る暴力装置=警察
自衛隊もそうですね。
国民のためではないことだけは確かなようで・・・