

*今回は、2012年に別んトコで書いていたブログに加筆・修正したモノをお送りします。
最も醜い感情は“羨望”であると、何かで読みました。
“憎しみ”は対象者と同一目線であるのに対し、“羨望”は対象者より低い位置におり、且つ同一位置に這い上がる努力もしていないという訳です。
その時点で対象者に負けており、更に負けを認め、己が己であろうともしていない、とも。
なるほど、その通り。
で、思ったんです。羨望とはすなわち嫉妬でもある、と。
以前、聞いた事があります。
ある立派で高名な坊さんが居りました。
この坊さん、厳しい修行により、様々な事象に感情が左右される事がなくなりました。
そんなある日、村人たちの話しを聞きます。
それは、村はずれの山の向こう側には、もっと立派な坊さんが居るという噂。
その晩から、坊さんは羨望と嫉妬で眠れなくなったそうです。
ことほど左様に、人間の最終的な負の感情というものは“羨望”“嫉妬”ではないか、というお話しでした。
確かに、ヒトを羨むという感情ほど、無意味で無価値なものはないでしょう。
この負の感情から脱却するには、まず世俗の溢れる情報から己を解き放つ必要があります。
そして、ヒトと群れない環境を整える事。
自他を愛し、行動に魂を入れ、一所懸命に生きていれば、評価してくれるヒトというのは必ず居ます。
一所懸命に生き、一所懸命に食い、一所懸命に仕事をし、一所懸命に愛する。
シンプルに生きるのは闘いですが、その代償として“羨望”“嫉妬”という感情から解放されるのであります。
『倦怠する者が倦怠に身をもてあますように、羨望する者は、羨望で身をいじめる』エミール=オーギュスト・シャルティエ(フランスの哲学者・1868~1951)

羨望の巻。
羨望の巻、ふたたび。
羨望の巻、みたび。
羨望の巻、よたび。
シンプルの巻。
シンプルの巻、ふたたび。
シンプルの巻、みたび。
シンプルの巻、よたび。
シンプルの巻、いつたび。
シンプルの巻、むたび。
シンプルの巻、ななたび。