旅の途中で観る夢は(おやじの旅日記)

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平泉、国宝中尊寺へ

2024年10月18日 17時30分45秒 | 旅の途中で

  今日の郡山は、朝からしとしとと降る雨が。

 先日の大人の休日クラブの時。

  「世界遺産平泉の毛越寺へ」

 からバス で次に向かったのは。

 藤原4代、「中尊寺」です。

 

 ↑ 中尊寺金色堂建立900周年。

 平安時代後期の「前九年の役後三年の役」の合戦が終戦した1087年から。

 源頼朝に滅ぼされるまでの1189年までのおよそ100年間に。

 平泉を中心とした東北地方全域を治めていた。

 藤原清衡(きよひら)基衡(もとひら)秀衡(ひでひら)泰衡(やすひら)の4代が、奥州藤原氏と呼ばれています。

 

 

 ↑ 中尊寺境内案内図。

 

 

 ↑ バスを降りて、坂道を上り中尊寺に向かいます。      一部パンフレットより

 県道30号線より中尊寺坂下へと足をすすめると、月見坂と呼ばれる坂の入り口へとたどり着きます。

 中尊寺は標高130メートルほどの東西に長い丘陵に位置しているため、この坂が古くから本堂・金色堂へと参拝する人々の表参道として利用されてきました。

 参道をのぼり始めると、両脇には江戸時代に伊達藩によって植樹された樹齢300年を数えようかという幾本もの老杉が木陰を作り参拝客を迎えます。

 老杉と山の空気が作り出す荘厳な雰囲気に浸りながら足をすすめると、右手には奥州藤原氏に縁の深い束稲山・北上川・衣川を眺望することができます。

 

  

 ↑ 年老いた私には、この登り坂きつかった。  ↑ 美味しく頂きました。

 また機会があれば、食べたいくらい美味しかったです。

     

 

 ↑ 途中で弁慶園の弁慶餅を。

 

  

 ↑ 脇の階段を上ると。            ↑ 弁慶堂の梁。確かに素晴らしい。(^_-)-☆

 脇にいた観光客の方が、家族に教えていました。

 木組み素晴らしいいと。

 

 

 ↑ 由緒。

 

 

 ↑ 弁慶堂があります。

 表参道沿いには諸堂が点在しますが、ほとんどが江戸時代中期以降に再建・移築されたものです。

 境内の木々と共に四季折々にいろいろな表情を見せてくれます。

 弁慶堂は文政10年(1827)の建立で、ご本尊は勝軍地蔵。古くは愛宕堂と称していましたが、義経・弁慶の木像を安置し、明治以降は弁慶堂と呼ばれるようになりました。

 堂内の格天井には60種余りの草花が描かれています。

 

 

 ↑ つい私も写真に梁を納めました。

 

 

 

 

 ↑ 地蔵堂。

 

 

 ↑ 観音堂。

 

 

 ↑ 本坊表門。

 

 

 ↑ 本堂。

 

 

 ↑ 本堂。

 

 

 ↑ 中尊寺というのはこの山全体の総称であり、本寺である「中尊寺」と山内17ヶ院の支院(大寺の中にある小院)で構成される一山寺院です。

 本堂は一山の中心となる建物で、明治42年(1909)に再建されました。古くから伝わる法要儀式の多くはこの本堂で勤められます。

 本尊は丈六の釈迦如来。像高約2.7m、台座・光背を含めた総高は5mに及ぶ尊像です。

 

 

 ↑ 本堂に参拝をし。

 

 

 

 

 ↑ 不動堂。

 

 

 ↑ 本堂近くの不動堂は昭和52年建立の祈祷堂です。御本尊の不動明王は1684年、仙台藩主伊達綱村公により天下泰平を祈願し新調されました。

 不動明王様は、邪を破り、我々の過ちを正してくれる仏様で、少々厳しいお顔をされています。

 皆様の願い事に応じて家内安全・病気平癒・受験合格・交通安全などの御祈祷をしている不動堂、今日では多くの信者さんを集め一年を通して御祈祷が絶えません。

 

 

 ↑ 峯薬師堂。

 境内の別峯に建っていましたが、度重なる野火にあい、1689年に現在地に移されました。

 讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されている丈六(じょうろく)の薬師如来(やくしにょらい)はもとはこの堂の本尊でした。

 堂の向かって右傍に建つ石造の宝塔(ほうとう)は12世紀のもので、重要文化財に指定されています。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 旧梵鐘。

 

 

 ↑ 金色堂。

 中尊寺創建当初の姿を今に伝える唯一の建造物で、天治元年(1124)に上棟されました。

 堂の内外に金箔を押した「皆金色」の阿弥陀堂です(屋根部分は解体修理の際に金箔の痕跡が発見できなかったために箔補てんは見送られました)。

 まず堂内の装飾に目を奪われます。4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで、白く光る夜光貝の螺鈿細工、透かし彫り金具・漆蒔絵と、平安時代後期の工芸技術を結集して荘厳されており、堂全体があたかも一つの美術工芸品の感がします。

 須弥壇の上にご本尊阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩、左右に3体ずつ地蔵菩薩が並び、最前列には持国天と増長天が破邪の形相でこの仏界を守護しています。この仏像構成は金色堂独特のもので他に例を見ない貴重なものです。

 孔雀がデザインされた中央の須弥壇の中には、奥州藤原氏の初代清衡、向かって左の壇に二代基衡、右の壇に三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が安置されています。

 血筋の明らかな、親子四代の御遺体の存在は世界にもほかに例がありません。

 国宝建造物第1号の金色堂は、中尊寺を、また奥州藤原文化を象徴するものです。(国宝)

 

 

 

 

 ↑ 弁財天堂。

 

 

 ↑ 弁財天堂案内板。

 本尊の弁財天十五童子(べんざいてんじゅうごどうじ)は仙台藩主伊達綱村公(だてつなむらこう)の正室仙姫(せんひめ)によって1705年に寄進されたもので、堂は1716年に建立されました。

 また堂内には千手観音菩薩二十八部衆(せんじゅかんのんにじゅうはちぶしゅう)も安置されています。

 

  

                        ↑ 不動堂。

 

 

 ↑ 東物見台。

 

 

 ↑ かなり急な坂を上りきると道は平らになり、右手に眺望が開けます。

 遠くにゆるくカーブを描いて流れる大河が北上川、左手から衣川が流れ、北上川に合流しています。

 平安初期まで、この衣川以北は、中央政府の支配が及ばない「外地」であり、この川が内なる境界となっていました。

 いにしえの都人の歌にも多く詠まれ歌枕にもなっている、名に知られた衣川です。

 水田となっている一帯は、前九年の合戦の舞台となった衣川古戦場、また弁慶立往生の地と伝えられています。

 

  

 

  

 ↑ 西行歌碑。 西行と言う人を調べたら‥‥。                        

  西行の最初の陸奥への旅のハイライトはやはり平泉だったろう。

 平泉を根拠地としていた藤原氏は、西行とは同族だったから、丁寧に接待されたとも考えられるが、西行が具体的にどのような接待を受けたかはわからない。

 ただ、山家集から推し量ると、西行は冬の初めから翌年の春先まで平泉にいたようである。

 これだけ長く滞在していたというのは、藤原氏から大事にされたことを物語っているのではないか。

 当時の西行はまだ無名だったから、藤原氏が西行を大事にする理由は、同族であるという以外にない。

 と言うような事が解りました。

   「きゝもせず 束稲やまのさくら花 よし野のほかに かゝるべしとは」

 西行は、藤原秀郷の子孫で北面の武士として鳥羽上皇に仕えた佐藤義清という武士だった。

 出家後、平泉を二度訪れている。

 一度目の時期は不明だが、二度目は1186年(文治2年)8月から9月のこと。

 

 

 ↑ 平泉観光には定期バスすと、観光を目的とした循環バス(るんるん)があります。 

 

 

 ↑ 車体が白で、「るんるん」バスとボデーに書いてあります。

 平泉駅 ⇒ 毛越寺 ⇒ 悠久の湯 ⇒ 平泉文化遺産センター ⇒ 中尊寺 ⇒ 高館義経堂 ⇒ 無量光院跡 ⇒ 道の駅平泉 ⇒ 平泉駅 を循環で回ります。

 循環する時間は約20分だそうです。

 一日乗り放題券もありました。

 

 

 ↑ 観光コースの案内板が。

 平泉の毛越寺・中尊寺の電車 旅でした。


世界遺産平泉の毛越寺へ。

2024年10月16日 14時36分52秒 | 旅の途中で

 平泉の毛越寺・中尊寺。

 初めて行ったのは、私が中学生の頃。

 父方の伯父さんと従妹と。

 私は男兄弟なので、従妹とは言え。

 楽しい時間でした。

 個人的には、それ以来数回訪れましたが。

 

 ↑ 一関駅まで東北新幹線 の自由席で行き。

 

 

 ↑ 一関駅で在来線に乗り。

 平泉駅まで行きました。

 

 

 ↑ 平泉駅。

 駅前は閑散としていました。

 

 

 ↑ 平泉駅前。

 駅前を歩いている人が見当たらない。

 

 

 ↑ 改札口を出て、観光案内所により。

 平泉の観光案内図を頂く。

 

 

 ↑ 駅から徒歩で毛越寺まで歩 いて行きました。

 

 

 ↑ 平泉観光案内板。

 

 

 ↑ こちらは、観自在王院跡。

 

 

 ↑ 観自在王院跡説明文。

 

 

 ↑ 南門跡地。

 

 

 ↑ こちらは、観自在王院跡。

 

 

 ↑ こちらは、観自在王院跡。

 

 

 ↑ 旧観自在王院庭園説明文。

 

 

 ↑ 毛越寺入口。

 

 

 ↑ 山門。

 毛越寺の出入り口になります。

 拝観券(700円)はここで買い求めました。

 

 

 ↑ 本堂。

 

 

 ↑ 毛越寺はハギの花が。

 

 

 ↑ 毛越寺伽藍復原図。

 

 

 ↑ 写真は拝借しました。 

 

 

 ↑ 本堂。

 毛越寺の中心となるお堂です。

 本尊は薬師如来・日光菩薩・月光菩薩だそうです。

  

 

 ↑ 左側には能舞台。

 

 

 ↑ 能舞台には。

 

 

 ↑ 池は海に見立てられており。

 浄土式庭園の代表作と言われています。

 かっては、池の真ん中に橋がかけられていたそうです。

 

  

 ↑ 池中立石。

 眺める角度によっていろいろな景気が見らるる様になっているそうです。

 

 

 ↑ 池中立石と出島石組。

 

 

 ↑ 私は、時計回りに回ることに。

 

 

 ↑ ハギの花。

 色々ハギの花を見回りましたが、花は終わりかけが多かった。

 

 

 

 

 ↑ 築山説明文。

 

 

 ↑ 築山。

 

  

 

 

 ↑ 山ツツジ。

 右側にはあやめ園が綺麗に整備されていました。

 

 

 ↑ 撮影時、PLフィルターを使用しました。

 

 

 ↑ 開山堂。

 開山堂に祀られているのは慈覚大師だそうです。

 

 

 

 

 ↑ 喜祥寺跡地。

 

 

 ↑ 喜祥寺説明文。

 

 

 ↑ 講堂跡地。

 

 

 ↑ 講堂説明文。

 

  

 ↑ 金堂跡地。

 

 

 ↑ 金堂説明文。

 

  

 ↑ 遣水。

 平安時代の遺構としては日本唯一のものだとか。

 毛越寺曲水の宴。

 庭園の遣水(やりみず)に盃を浮かべ、流れに合わせて和歌を詠む、平安時代の優雅な歌遊びです。

 参宴の歌人のうち男性は衣冠(いかん)、狩衣(かりぎぬ)、女性は袿(うちぎ)、十二単等という装束をまとい、水辺に座ります。開宴の言葉、歌題披露に続いて、催馬楽(さいばら)に合わせて若女(じゃくじょ)の舞が奉納されます。

 やがて盃を乗せた羽觴(うしょう)が遣水に流されると、歌人たちが歌題にしたがって和歌を詠み短冊にしたためて、流れてくる盃を傾けます。結びに講師(こうじ)が歌をよみあげ、終宴となります。

 このような風流な優雅な遊びがあったようです。

 

  

 ↑ 毛越寺曲水の宴が行われたと言われています。                

 

 

 ↑ 曲水の宴・遣水の説明文。

 

 

 

  

 ↑ 鐘楼跡地。                ↑ 鐘楼説明文。

 

 

 

 

 ↑ 浄土式庭園。

 

 

 ↑ 浄土式庭園。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 経楼跡地。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 常行堂。

 

  

 

  

 ↑ 蜘蛛の巣に落ち葉が。

 

 

 ↑ 常行堂。

 

 

 ↑ 常行堂説明文。

 

 

 ↑ この辺の浄土式庭園の、池に橋が架かっていたんだろうか?。

 

 

 ↑ 法華堂跡地。

 

 

 ↑ 法華堂説明文。 

 

 

 ↑ 鐘楼堂、1732年再建、鐘楼は1975年。

 

 

 ↑ 常行堂跡地。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 東門跡地説明文。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 毛越寺境内ない至る所にハギの花が咲いていましたが。

 見ごろは過ぎていたような?。

 

 

 ↑ 自然の情景には心が癒されますが。

 興味のない方には、どうなんでしょうね。

 

 

 ↑ 平泉毛越寺でした。

 受付の方にバス の発着場を聞いて次の目的地(中尊寺)へ。


快速リゾートしらかみで五能線の電車旅。

2024年10月13日 07時39分12秒 | 旅の途中で

 今回電車旅で行きたかった最大の目的が、人気がある五能線 の旅でした。

 仙台駅から秋田駅までの秋田新幹線切符

 秋田駅から弘前駅までの五能線切符が。

 切符がとれなくて、郡山駅の緑の窓口へ3回も通いました。

 五能線の切符は。

 約1週間前に。2回目に緑の窓口に行ったら、偶然キャンセルされた切符があったようでようやくゲットできました。

 後は、秋田新幹線の切符。

 とりあえず、秋田新幹線「立席特急券」は確保しました。

  秋田新幹線は全席指定なので、指定券をとらないと乗車できない。

  特例として、どうしても乗らないといけない時は立席特急券が必要。

  切符には、立席特急券では、座席に座ることができない事が記載されていました

 前日の午後7時30分頃、後20分位で窓口の業務も終わる時間帯。

 緑の窓口へ行ったら、運よく秋田新幹線のキャンセル切符があつて。

 明日の秋田新幹線の席も確保して行くことができました。

 夢の様でした。

 まあ五能線の切符は「大人の休日クラブ」期間中は特にとれにくい。

 後は東京駅発、新函館北斗駅行きの「はやぶさ」と秋田駅までの「こまち」の一番列車の座席指定席はとれにくい。

 

 

 ↑ 郡山駅の下りホーム。

 駅前のメイン道路は、郡山の秋祭り中で、出店が道の両側に並んで居ました。

 

 

 ↑ 上りホームへ、東京行きの新幹線が。

 新幹線ホームにいると、駅を通過していく東北新幹線 の速さに関心させられます。

 私は下りの新幹線 に乗り一路仙台へ。

 郡山駅から仙台駅までは、新幹線の自由席で行きました。

 

 

 ↑ 東北新幹線、白石蔵王駅。 

 

 

 ↑ 仙台駅ホーム。

 さすが仙台、新幹線列車 がそろい踏み。

 

 

 ↑ 秋田新幹線「こまち」が入線するのが待ち遠しい。

 

  

 ↑ 仙台駅こまちに乗車。

 立席特急券から前日指定席券をゲット(キャンセルされた指定席があった)。

 それでないと、秋田駅まで立席でいかないと行けなかった。( ;∀;)

 立席特急券で乗車されている方も数人いました。

 立席特急券もこまちの号車番号(何号車に乗ってくださいと)が指定されてました。

 

 

 ↑ 途中角館駅。

 

 

 ↑ 秋田内陸縦貫鉄道。

 機会が有れば秋田内陸縦貫鉄道にも乗ってみたいが。

 

 

 ↑ 角館駅。

 過去に、桜の季節にはバスのツアーで何回か訪れた事はあるが。

 電車で訪れたのは過去に1回ありました。

 

 

 ↑ 角館駅、反対ホームの上り「こまち」が入線してきました。

 

 

 ↑ 秋田駅乗り換え通路。

 快速リゾートしらかみ3号の表示が。

 

 

 ↑ 残念ながら乗り換え時間がないので、駅の外に出られず。

 

 

 ↑ 新幹線通路から在来線通路へ。

 

 

 ↑ こちらは、秋田のなまはげ。

 

 

 ↑ 秋田駅。

 秋田駅2番線のホームに快速リゾートしらかみが入線していました。

 快速リゾートしらかみ3号秋田発10時50分に乗車。

 この日は「くまげら」の連結車両でした。

 1番古いタイプの電車でしたが。

 手前、東能代迄先頭車両になる4号車です。 

 

 

 ↑ こちらは1号車です。

 東能代駅までは最後尾車両。

 東能代駅からは、先頭車両になります。

 五能線乗車は、今回で2回目。 

 

 

 

 

 ↑ 今回は、あきらめていましたが。

 座席指定が、五能線と秋田新幹線両方確保できた、夢の様。

 

 

 ↑ 1号車先頭附近のフリースペース。

 順番に利用するのが望ましいが。

 

 

 ↑ 座席の間隔が広い。

 

 

 ↑ 前の席の椅子に備え付けてあるテーブルまでの間隔が広い。

 広すぎるのも善し悪し。

 自分の座席の脇に、もう一つのテーブルが隠れています。

 それを利用すると便利です。

 

  

 

 

 ↑ 干拓で有名のなった八郎潟。

 

 

 ↑ 五能線の起点駅、東能代駅。

 ここから、今まで最後尾の1号車が先頭車両になりました。

 

 

 

 

 ↑ 15分間の停車。

 ホームではバスケットのイベント開催。

 

 

 

 

 ↑ 私は、バスケットより、こちらの方が興味があったので。

 写真を数枚撮影 していました。

 

 

 ↑ 駅ナカを観る。

 

 

 ↑ リゾートしらかみ「橅」の、木の模型。

 

 

 ↑ 駅の待合室からの写真。

 

 

 ↑ 精密な作り。

 

 

 ↑ この駅で、スイッチバック方式により1号車が先頭車両になる。

 見送って頂きました。

 

 

 ↑ ここから、快速リゾートしらかみ「くまげら」編成の。

 最後尾だった4号車が、先頭車両として五能線に入ります。 

 

 

 ↑ しらかみ観光センター。

 

 

 

 

 ↑ いよいよ、五能線最大の魅力。

 岩舘から千畳敷迄日本海沿線を走行。

 

 

 ↑ 国道沿いを。

 国道何号線なのだろう?。

 カメラのレンズが窓のガラスから離れているので、ガラスに電車の車内の映像が。

 

 

 ↑ 日本海沿線を走る。

 電車がけっこう揺れたので、窓ガラスにカメラのレンズを付けて撮影するには抵抗がありました。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 快速リゾートしらかみ3号の五能線の電車旅。

 日本海沿いの海岸線を走るだけなので、自然界の風景興味がない方はつまらないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ↑ 電車の中からの写真撮影は難しい。

 窓のガラスに何か、反射して映ったりして。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 通称ろうそく岩と言われているそうです。

 社内案内があったので、何とかローソク岩を写真 に収めることができました。 

 

 

  ↑ お天気に恵まれたので最高でした。

 

 

 

 

 ↑ 日本海沿線を曲がりくねりながら進む五能線。

 遥か先には、トンネルが見えました。

 

 

 ↑ 写真右側にトンネルあり。

 五能線で一番短いトンネル手前右側。

 仙北岩トンネル、陸羽岩崎~十二湖間9.5ⅿだそうです。

 ここの案内も車内放送でありましたが、何とかトンネルに入るほんの少し前の写真をカメラ に収められました。

  岩場のトンネルも。

 

 

 ↑ ウェスパ椿山駅。

 

 

 ↑ 先頭車両から、こんな光景も観ることができました。

 

 

 ↑ ウェスパ椿山駅。

 ウェスパ椿山の施設は、コロナの影響で廃業されたようです。

 

 

 ↑ 深浦駅。

 以前乗車した時は、深浦駅での停車時間が長かったので。

 駅の外に出たり、ホームを散策したりできましたが。

 駅の外は、何もない駅でした。

 確か近くに不老不死温泉があったような。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 走行している電車中からの、写真 撮影は難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ↑ お天気予報は、あまり良くなかったのですが。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 千畳敷駅では15分間の停車時間がありました。 

 発車3分前に汽笛を3回鳴らして合図をするようです。

 

 

 ↑ 急いで、電車の外に出て千畳敷へ。

 

 

 

 

 ↑ 五能線快速リゾートしらかみ3号。

 

 

 ↑ 日本海で海釣りをしていた方が。

 

 

 ↑ 若い方が乗り合わせて。

 何かやりそうな予感が。

 

 

 ↑ 若いって素晴らしい。

 羨ましい。☺

 電車の中で会話を聞いていたら、台湾の方?。

 それにしても偶然カメラ に収める事ができました。

 それも、望遠レンズでの撮影でしたので。

 

 

 ↑ 発車3分前に汽笛を3回鳴らす合図が聞こえたので、電車に戻る事に。

 

 

 ↑ ごつごつした岩肌。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 急いで、車に注意しながら国道を渡り。

 

 

 ↑ 電車を撮影し  。

 

 

 ↑ 列車時刻表を撮影し。

 

 

 

 

 ↑ 1号車に乗り込みました。

 進行方向にはトンネルが。

 遅れたら大変とそれぞれ、時間厳守で戻ってきたので電車は定刻に発車しました。

 

 

 ↑ 鯵ヶ沢駅から五所川原駅区間、津軽三味線の生ライブがありました。

 隣の方に、スマホでライブ映像を撮らなかったのとアドバイスされたが。

 確かに、撮影すればよかった。

 

 

 

 

 

 

 ↑ 立佞武多は、バスのツアーで一回訪れた事がありました。

 

 

 

 

 ↑ 津軽鉄道の電車が。

 

 

 

 

 ↑ 陸羽鶴田駅から川部駅間で、津軽弁の語り部のライブがありました。

 

 

 ↑ 五能線終点駅、川部で下車。

 降りたホームの反対側の奥羽本線新青森行が入線してきました。

 急いで乗車し新青森へ。

 

 

 ↑ 新青森駅。

 

 

 ↑ はやぶさの指定席を購入し岐路へ。 

 五能線の電車旅、YouTubeに多くの方が動画をアップされていますが。


雨降る中、開成山公園に散歩。

2024年10月10日 14時20分39秒 | 日記

 庭の白いツツジの木。

 大きく育ちすぎました。

  

 ↑ 大胆に剪定(カット)しました。

 

 

 

 

 ↑ かなりスッキリしました。

 

 

 ↑ 枯れさせてから、処分する予定です。

 

 

 ↑ 楽しませてくれた、彼岸花も。

 我が家で咲いているのは数輪。

 

 

 ↑ エキナセア バウワウと彼岸花。

 

 

 

 

 ↑ 白い彼岸花も一輪。

 昨年は花芽を付けることはありませんでしたが。

 今年は、申し訳なさそうに、一輪咲きました。

 が、完全なる開花はせず、御覧のような花の開花で終わりました。

 

 ↓ 小雨降る中、郡山市開成山公園の中の散歩に出かけました。 

  

 ↑ 秋らしい光景になってきました。

 

 

 ↑ 狂い咲き一輪。

 

 

 ↑ せせらぎ小路の、水路に何か?。

 よく見たら、どんぐり(大きい)の実でした。

 

 

 

  

 ↑ ラッキー公園も雨で静か。

 

 

 ↑ 開成山公園東側の花壇。

 

 ↓ 公園内のバラ園では。

 秋の気配、開成山公園内のバラ園が解放されていました。

 

 ↑ 黒真珠。

 傘  をさしながら、カメラ を。

 

  

 ↑ フルルージュ。              ↑ ?

 

  

 ↑ 王朝。                  ↑ クリスチャンデオール。

 

 

 

 

 ↑ アメリカーナ。

 

  

 ↑ マリアカラス。              ↑ 天津乙女。

 

  

 ↑ ピンクバンデフェル。           ↑ ソトオリ姫。

 お花を中心に、新しい芽がお耳のように左右対称に感じたので、 を。

 

 

 ↑ ソニア。

 

 

 ↑ ニュースタイル。

 

  

 ↑ ピンクピース。

 

 

 ↑ マリーゴールド。

 

 

 ↑ 五十鈴湖にかかる五十鈴橋。

 

 

 ↑ 何という鳥だろう?。

 一羽見かけました。

 

 

 ↑ 餌をついばむ(確保)。

 400mm望遠レンズで撮影。

 

 

 ↑ 開成山公園内にまた新しいスペースが出来たらしい。

 スマホのニュースでは。

 

 

 ↑ バーベキューエリアのようです。

 雨の中開店準備の打ち合わせでもしているんだろうか?。

 

 

 ↑ テントがいくつも。

 

 

 

 

 ↑ BBQの文字が見え隠れ。

 

 

 ↑ 公園内にこんな建て看板が。

 

  

 ↑ 公園内カフェ。

 

 

 

 

 ↑ 公園内カフェ(写真左側)、右側には(お花屋さん)があります。

 

 

 ↑ こちらの建物には、パン屋さんが開店するらしい。

 これで、公園内には。

 カフェ ☕・お花 🌸 ・ハンバーグ ・パン ・バーベキューの5店舗が営業を行うようです。

 開成山公園も民間企業が加わると大きく様変わりしそうです。

 

  

 ↑ 花壇に咲く花。

 雨 の郡山市開成山公園でした。

 運動が苦手な私には、カメラが散歩(運動)のよき相棒です。

 食事と散歩で糖尿病の薬を飲まずに頑張っています。

 いつまでが頑張れるか?。

 私は。


「牛に引かれて善光寺まいり」。

2024年10月07日 12時02分05秒 | 旅の途中で

 大人の休日クラブでの、長野「小布施」の帰り道。

 バスに乗せられ、長野善光寺まいりに。

 

 ↑ 小布施駅ホーム。

 JR長野駅に戻る事にしました。

 長野電鉄、長野行きがホームに入線。

 電車が来るまでの待ち時間が長かった。

 電車の列車時刻表の確認ミスで。

 

 

 ↑ 長野電鉄、長野駅改札口。

 

 ↓ 「一生に一度は善光寺参り」という有名な言葉がありますが。

 

 ↑ 善光寺参道。                        パンフレットより。

 長野駅前からバスで善光寺大門前まで行きました。

 信州善光寺は、一光三尊阿弥陀如来【いっこうさんぞんあみだにょらい】(善光寺如来)がご本尊で。

 当寺は特定の宗派に属さない無宗派の寺であり、全ての人々を受け入れる寺として全国に知られますが。

 現在その護持運営は大勧進【だいかんじん】を本坊とする天台宗と、大本願【だいほんがん】を本坊とする浄土宗の両宗派によって行われているそうです。

 御本尊の一光三尊阿弥陀如来とは一つの光背の中に三尊(中央に阿弥陀如来、両脇に観世音菩薩、勢至菩薩)が配置された様式で「善光寺式阿弥陀三尊像」とも呼ばれています。 

 

 

 ↑ 仁王門。

 平日なのに参拝客が大勢。

 

  

 ↑ 火災で何回か消失し、現在の物は1918年建立の物だそうです。      パンフレットより。

 善光寺参りの入口となるのがこの仁王門です。

 仁王には仏敵からお寺を守る役割があります。

 正面には阿形【あぎょう】像・吽形【うんぎょう】像、背面には三宝荒神【さんぽうこうじん】、三面大黒天【さんめんだいこくてん】がいます。

 高村光雲・米原雲海によって作られたこの仁王像は絶妙なバランスで製作されている為、支えを用いずその足で自立しています。

 

  

 ↑ 吽形【うんぎょう】像            ↑ 阿形【あぎょう】像。

 

  

 ↑ 参道。                  ↑ 六地蔵の左隣には濡れ仏と呼ばれる大仏(延命地蔵)。

 

 

 ↑ 参道右側にある六地蔵。

 六地蔵は色々なお寺で見かける事があります。

 

 

 ↑ 六地蔵案内板。

 向かって右から。

 六地蔵の「六」は仏教の六道を表わしています。六道とは、地獄界・餓鬼界・畜生界・阿修羅界・人界・天界のことだそうです。

 

 

 ↑ 山門。

 1750年建立。

 善光寺本堂正面にある大きな門です。

 この門には有名な鳩字の額がかかっています。

 鳩字の由来は、額に書かれた「善光寺」の文字の中に五羽の鳩が隠されているためです。

 上層部は拝観可能となっており、中には智慧の仏である文殊菩薩騎獅像、四天王像、四国八十八ヶ所霊場ゆかりの仏像などが安置されています。

 更に回廊からは長野市を一望でき、本堂を上方から見ることができます。

 

 

 ↑ 鳩字の額が。

 

 

 ↑ 鳩字の額が。

 

 

 ↑ 本堂。

 外陣【げじん】には人間を裁く閻魔大王。

 私は悪い所を、おびんずる尊者さんを撫でてお願い事をしてきました

 内陣は俗世の救済者である弥勒菩薩と地蔵菩薩が配され。

 最も奥の瑠璃壇【るりだん】には絶対秘仏の一光三尊阿弥陀如来像が御安置されています。

 本堂では毎日欠かさずお朝事が行われ。

 瑠璃壇の下には、極楽浄土への往生が約束されるお戒壇巡りがあります。

 

 

 ↑ お戒壇巡り入口。                      パンフレットより。 

 私も一度暗闇の中、瑠璃壇の下の極楽浄土への往生が約束される「お戒壇巡り」をしました。

 真っ暗で手探りながら進んだ記憶があります。

 その時、手に何かが触れた記憶がありました。

 

 

 ↑ 本堂案内板。

 

 

 

  

 ↑ 本堂。                  ↑ 梵鐘。 

 

  

 

  

 

 

 

 

 ↑ 経堂。

 1759年建立。中には八角の輪蔵【りんぞう】があり、その中には全てのお経を網羅した一切経が収められています。

 輪蔵は元来、経典を収める書庫ですが、腕木がついており、これを押し回すことで、中の総ての経典を読むことと同じ功徳を得るといわれています。

 重要文化財としては珍しく、参拝者にこの輪蔵を回していただくことが可能です。

 私は、鎌倉の長谷寺で輪蔵【りんぞう】の眺めた事がありますが。

 

 

 ↑ 仲見世。

 長野と言えばおやきですが。

 

 

 ↑ え私が選んだのはおやきの🌰くりバージョン。

 考えていたよりはるかに美味かった。

 

 

 ↑ いろは堂。

 

 

 ↑ 長野駅からのバス。

 

 

 ↑ 小布施のお店。

 

 

 ↑ 郵便局だそうです。

 

 

 ↑ 長野エキナカ。

 

 

 ↑ 長野新幹線ホームの立ち蕎麦屋で食べた。

 立ち蕎麦の美味しかったこと。

 値段は確か500円以下でしたが。

 天ぷらは大きかったし、お蕎麦は当然。 

 さすが信州。

 

 

 ↑ 長野小布施・善光寺の電車旅でした。

 大人の休日クラブの1日目が終わりました。