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 故郷は遠くにありて・・・忘れかけてた【遠い背景の記憶】原点回帰[213]【あゝりんどうの花咲けど】 

2023-12-22 | こころの旅

    あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」9月号P127~135)
第三章:はじめて玲子を見たとき、佐千夫は吸いかけた息をとめた。濃いまつげにかこまれた
      玲子のひとみに、窓外の景色が流れていた・・・・・。
 今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【3】P41~P44 (原本P80~P82)の紹介です。
 玲子が発作をおこして入院したのを、二日間、佐千夫は知らなかった。(心配かけてはいけない) 知らせてあげようか
という友だちに、玲子は首を横に振りつづけたのだ。 玲子は心細かった。そばにいてほしかった。しかしそれはわがまま
だとじぶんにいいきかせて、意志強くがまんしたのである。 (あの人の気がつかぬうちに退院できるように) ただそれば
かりを祈った。じぶんの学業や健康のためではなく、佐千夫に心配をかけまいという理由で、早い退院を願った。 発作
をおこしたのは、これまで何回もある。だからあわてなかった。 しかし医者のことばは、早期退院の玲子の希望をうちくだ
いた。 「今まで普通の生活をしてこられたのがふしぎなくらいだ。あなたの心臓は相当に弱っている。普通、心臓の病気
というものは、実際よりも病人自身のほうが大げさに思い込むものだが、あなたの場合は逆だ。徹底的に精密検査をする
だけで、すくなくとも一か月はかかる。 玲子は、病床で佐千夫に手紙を書いた。佐千夫が心配しすぎないように、できる
だけ明るい調子で書いた。 佐千夫はすぐにかけつけた。ベッドの上から、玲子はほほえみかける。佐千夫は怖い顔を
して、 「どうしてすぐに知らせてくれなかったんだ」 佐千夫にしてみれば、玲子が入院して苦しんでいるのも知らずにの
んきに暮らした二日間が、うらめしかったのだ。「ごめんなさい。たいしたことはないのよ」「家へは?」「電報を打ったわ。
きょうあたり、母がくると思うけど」  夕方、玲子の父母がそろって病院にあらわれた。父母にも、玲子は元気そうにふるま
った。けれどもそのためにかなりムリをしていることが、佐千夫にはわかった。かえつていたいたしい。 このままずっとつき
そってやりたい。 しかしそれは、玲子の病状によくないことはわかりきっている。 佐千夫が病院を去るとき、玲子は送っ
て出てきた。「もういいよ」「だいじょうぶよ、歩くぐらい」 病院の廊下は、暗くて長い。ときどき、手押し車にあお向けになっ
た患者が、すれちがってゆく。 玲子はゆっくりと歩いた。 「すぐに元気になるわ。ただ用心と検査のために入院しただけ
だから」「さっきのお医者さんもそう言ってたよ」「ほんとう?」「うん」  うそだった。医者は、勇気を出して玲子の病状の
実態をききに言った佐千夫に、もっときびしいことを言ったのだ。 「あたしのこと、心配しないで勉強してしてちょうだい。
 あなたが心配していると思うと、あたしがつらい」「心配しないさ、こんな大病院に入院しているんだ。全部医者に任せな
きゃ」「また来てくれる?」「くるとも。毎日くる」  こうして、玲子の入院生活がはじまつた。父は三日ほどいて田舎へ帰り、
母だけが残つた、母は病院内に寝泊まりして、玲子の看病にあたった。 それまでのにぎやかな寮での生活にくらべて、
それは単調でたいくつな毎日だった。食事をし、診察を受け、その日の予定の検査を受けると、あとの一日の大部分は、
することもない。ただ病室の窓の外に植えられている桜の木の葉が風に揺れるのを眺めながら、ぼんやり暮らすのである。
あまりほんをよむことも、医者から禁じられている。 (このままなおらないのではないだろうか)(検査の結果、手術をして、
手術の途中で、そのまま死んじゃうかもしれない) (そんなことってない。あたしは生きなきゃ。あたしが死ねば、それこそ
あの人はひとりきりになってしまう)(こんな弱いからだのあたしなんて、あの人の重荷にしかならないかもしれない。死んだ
ほうがあの人のためかな?)  なにもすることがないので、考えることが多かった。考えることだけが、自由であった。考え
ることは、いつも佐千夫に結びついた。 そして、見舞に来た佐千夫と会っているときだけが、玲子のもっともうれしい時
間であつた。 佐千夫は、約束どおり、毎日、あらわれた。午前中のときもあれば、夕方のときもある。その日の佐千夫の
学校の時間割やアルバイトのつごうによって、時刻はまちまちであった。 いつのまにか、佐千夫自身、玲子を見舞うこと
が生活の一部になってきた。見舞からの帰り、もう佐千夫は、翌日の見舞いを待ち遠しがっていた。できれば玲子の母に
かわつて、玲子につきそっていたい。 見舞うたびに、玲子はやせてゆくようであった。別れの際に握手をする。その手の
細さを、佐千夫は強く感じるようになった。 夜中に、おそろしい不安に佐千夫はおそわれてうなされることがある。ひょっ
としたら、玲子は今、苦悶しているのではなかろうか。その不安がたかまると、いてもたってもおれない気持ちになる。しか
し病院に行ってたしかめるわけにはゆかない。それこそ、玲子の安眠をさまたげて、からだによくない。佐千夫は夜の明け
るのを待ちかねて病院にかけつけ、おどろく玲子の母に、「変わったことはありませんか?」「いいえ」「じゃ、ぼく、このまま
帰ります。あとでまた来ます。」  不安に襲われるのは、夜だけでない。授業中、アルバイトをしている最中、なにもかも
投げ出して病院にかけつけたくなることが、しばしばだった。

 次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版【4】P44~P46 (原本P82~P83)を紹介します。
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