あゝりんどうの花咲けど (昭和40年学習研究社「美しい十代」10月号P90~97)
第二章:佐千夫の目は燃えた。玲子は本能で、佐千夫の感情のあらし
を直感した。玲子は目を閉じ、佐千夫の腕に力がこもる・・・・・・・
今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版 【1】P20~P22 (原本P90~P92)の紹介です。
玲子の父母に会うのに、佐千夫はやはりある気おくれとはじらいをおぼえていた。けれども、ふたりの交際のこれからの
ために、会っておく必要があった。玲子はいくつもの予備知識を佐千夫にあたえ、また父母のユーモラスな面を語って、
佐千夫の気持ちをやわらげようとした。佐千夫以上に玲子は、佐千夫が父母に好感をもたれることを願っていた。また
父母が佐千夫に尊敬されてほしかった。
それまで一度も男の友だちを連れてきたことがないだけに、父母は強い好奇心を示した。とくに母は、佐千夫の来訪を
おおげさに考えていたようだ。とわいえ、そこはやはりおとなで、じっさいに佐千夫があらわれたとき、父母は、玲子の
学校友だちの明子や節子が来たときと同じようにもてなした。佐千夫をさぐるような言動はせず、玲子のえらんだ友だち
だから信頼するという態度が、にじみ出た。
玲子が予想していたよりも、佐千夫は落ち着いて父母と応待した。はきはきと話し、動作にもあいまいな点はなかった。
そこには少年らしい清潔さがあふれていた。かといってなれなれしくなく、また多くの少年たちのようにまだ未成年である
ということにあまえた様子を示さず、折り目正しかった。帰途、バスの停留所まで送っていきながら、玲子は言った。
「父も母も、あなたを見て安心したと思う」「どうだかな?とにかくきらわれちゃたいへんだと思って、いっしょうけんめい
だった」と佐千夫は答え、つけ加えた。「でもおとうさんとおかあさん、とても仲がいいみたいだったね」「そうなのよ。とき
どきあたしがヤキモチやきたくなるくらい」期待どおり、玲子の父母は佐千夫に好意をもった。父はとくに、玲子が作法に
したがってたてたお茶をのんだときの佐千夫の態度にしきりに感心した。
玲子は、茶の湯を母に習っている。母には教師の資格があった。しかしまさか、佐千夫にお茶をたてて出すのはめに
なろうとは思わなかったので、そういう場合の作法を言っていなかった。出された大きな茶わんを、佐千夫は両手でしっ
かりと握り、そのまま口にあててのみ、にがそうに顔をしかめ、前に置いただけである。
「へんにてれたり、なまはんかにかじり知っているかたちにとらわれたりしなかった。青年らしくてよい」という父のことば
を聞きながら玲子は、父が「少年」と言わずに「青年」と言ったのに、妙に胸がときめいた。まもなく、今度は玲子が佐千夫
の家を訪れ、その母に会った。佐千夫の母は、予想よりはるかに若々しかった。まだ幼かったころの佐千夫のエピソード
を語ることばには、ひとりっ子の佐千夫への愛情がみちていた。上品な感じの人で、はたらいている未亡人にありがちな
とげとげしさはすこしもなかった。しばらく話をしていると、じぶんの母のようにあまえたくなるふんいきを、佐千夫の母は
もっていた。
「きれいで、明るくって、あたまもよさそうだし、おまえにはもったいないくらいのお嬢さんだよ」母は佐千夫にそう言った。
ぼくが好きになったんだもの、すばらしいにきまっているじゃないか。佐千夫はそう思ったが、もちろんそんなことは母には
言わない。「ほんと?おかあさん、あたしを気に入ってくれた?」玲子は、顔を笑いにほころばせてくり返し念を押してうれ
しがった。佐千夫はうなずきながら、「でも、からだが弱そうなのが心配ね」とつけ加えた母のことばは、玲子には伝えな
かった。悲しませたくなかったからである。
次回は【あゝりんどうの花咲けど】編集版 【2】P22~P25 (原本P92~P93)を紹介します。