昨日は、松濤美術館へ行き鍋島松濤公園でトイレお借りして、まだ日が高かったからもうひとつ。
東京都渋谷公園ギャラリーへ。
展覧会「語りの複数性」。
会期は10月9日~12月26日。
参加アーティストは、大森克己・岡崎莉望・川内倫子・小島美羽・小林沙織・百瀬文・山崎阿弥・山本高之の8名。
視覚を使わずに見る人、手話を使って話す人がいるように、人の身体の数だけ”語り”は様々存在します。それは、限られた人の特殊な方法ではなく、本当は誰もが持っている、自分と異なる他者や物事と共に生きるための能力と言えるでしょう。
と、あいさつ文は始まる。
”語り”をキーワードに他者とわかり合うことの困難さに対峙する上で、表現が持つ可能性を探る。
大森克己。
「心眼 柳家権太楼」:2019年:デジタルCプリント・マット紙・インクジェットプリント。
大森は、古典落語・心眼を語る権太楼師匠の一部始終を撮影。
音声の無い落語家の体のみに焦点をあてる写真を見ることで、落語が本来持つ、人の想像力に委ねるという表現方法に迫る。
小島美羽。
「ごみ屋敷」:2017年:紙・布・ビニールなど。
「遺品の多い部屋」:2019年:畳・木・布・プラスチックなど。
「終の棲家」:2019年:塩ビシート・木・粘土・レース・樹脂など。
小島は、遺品整理や特殊清掃の仕事に就く。
孤独死が誰にでも起こりうるということを伝えるためにミニチュア制作を思い立ったという。
それがいつの間にか孤独死した人たちのそこにあった生を照らし出す。
岡崎莉望。
「目」:2014年:ファインペーパー・白色のボールペン。
「其処無しの浮き」:2017年:ファインペーパー・多色のボールペン。
「響動」:2019年:ファインペーパー・多色のボールペン。
一見、気分でめちゃくちゃに引かれているように見える線。
岡崎の頭の中には完成図がきっちりとあり、繊細な線は完成へとむかうドローイング。
山本高之。
「悪夢の続き」:2020年:シングルチャンネル。
子供の遊びや会話に潜在する創造的な感性を通じて、普段は意識することのない制度や慣習の特殊性や個人と社会の関係性を描き出す。
大人が見ると滑稽だけどちょっと怖い気もする。
小林沙織。
「私の中の音の眺め」:2021年:描譜・和紙・水彩絵の具・サインペン・コラージュ。
いわゆる音楽ばかりではなく、街にあふれる生活音や虫の声やなんやらあらゆる音を可視化する。
山崎阿弥。
「長時間露光の鳴る」:2021年:サウンドインスタレーション。
白い細い廊下。
バイノーラル録音で録音された複数の時間・季節・天候の渋谷の街の音を「聞こえ」と「響き」をガイドラインに編集し、窓の外の現実の風景と異なる風景をこの空間立ち上げようという試み。
係員さんは壁に手を当ててみてくださいという。
手を当ててみたけど、そこまで渋谷という街に深くかかわってない私には何も感じないことも事実だった。
軽い気持ちで立ち寄ってみたけど、ボリュームがあった。
この年になると、何かの理由で相手を理解しなければならない事態にならない限り、他者とわかり合うなんて面倒くさいことは避けたいと思うことが多い。エネルギーが無いと言い換えてもいいかもしれない。
でもほんとにそれでいいのかとどこかで思うようになったコロナ禍。
川内倫子と百瀬文の作品はまた後日。