あるとき
老人ホームへ講演に行ったら
葬式とか
死ぬという言葉はタブーだから
絶対つかわないでほしい
・・・ とクギを刺されました。
老人ホームという
これから先死を待つだけの老人ばかりの社会で
死とか葬式という話題を禁句としているというのは
なんともせつない現実 ・・・ ではあります。
死を切り捨てた
「生存」だけを課題としてきた人たちが
その「生存」の終末期において
死という絶対に訪れてくる事実を認識して
ひたすら回避することにのみ
生存の支えをもち
周囲もまた
そのことに細心の注意を払うことを
最大の親切として心を砕いているという光景は
もはや
「荒涼」としか ・・・ 言いようがありません。
だから
老人の日に
幼い学童なんかが
ホームに慰問にやってきて
お見舞いのプレゼントなどを贈ったあと
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、
いつまでもお元気で長生きしてください」
などとメッセージを読みあげると
お年寄りたちは
思わず手で目頭をおさえた
などという報道は
一つのパターンになっています。
このメッセージが
先の制約と全く無関係に成立したものである
と強弁するならば ・・・
この学童を
背後であやつっている教師なりPTAといった連中は
偽善という行為感覚に対して
完全にマヒしきっている ・・・ といわねばなりますまい。
所詮
ウソで固めた世界 ・・・ なのです。
老人ホームへ講演に行ったら
葬式とか
死ぬという言葉はタブーだから
絶対つかわないでほしい
・・・ とクギを刺されました。
老人ホームという
これから先死を待つだけの老人ばかりの社会で
死とか葬式という話題を禁句としているというのは
なんともせつない現実 ・・・ ではあります。
死を切り捨てた
「生存」だけを課題としてきた人たちが
その「生存」の終末期において
死という絶対に訪れてくる事実を認識して
ひたすら回避することにのみ
生存の支えをもち
周囲もまた
そのことに細心の注意を払うことを
最大の親切として心を砕いているという光景は
もはや
「荒涼」としか ・・・ 言いようがありません。
だから
老人の日に
幼い学童なんかが
ホームに慰問にやってきて
お見舞いのプレゼントなどを贈ったあと
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、
いつまでもお元気で長生きしてください」
などとメッセージを読みあげると
お年寄りたちは
思わず手で目頭をおさえた
などという報道は
一つのパターンになっています。
このメッセージが
先の制約と全く無関係に成立したものである
と強弁するならば ・・・
この学童を
背後であやつっている教師なりPTAといった連中は
偽善という行為感覚に対して
完全にマヒしきっている ・・・ といわねばなりますまい。
所詮
ウソで固めた世界 ・・・ なのです。