悪しき友とまじわるなかれ 上士(よきひと)を伴侶とせよ。
(法句経)
・・・ と 釈尊はいっておられます。
してみると
釈尊が「よきひと」を選べ 悪しき友とは絶交しろということは
・・・ 何を意味しているのでしょうか。
私は このことばを 「善と悪」というふうに
二つに分けて受けとってはならない ・・・ と 思います。
これは ひとりの自分の友のなかに
善きところ 学ぶべきところと 価値のない
まねしてはならない面とをはっきり分けてつきあいなさい
・・・ という教えとして受けとるべきだと思います。
釈尊は 善とか悪とか
どちらかに偏ったものの考え方をしりぞけた人です。
浄と穢(けがれ) ・ 勝と負 ・ 善と悪
それは いつも一緒になっています。
どちらか一方をなくして 善だけとか 浄らかさだけがある
・・・ などということありません。
上があるから下があり 毒があるから薬もあるのです。
・・・ これが 釈尊のものの見方です。
(法句経)
・・・ と 釈尊はいっておられます。
してみると
釈尊が「よきひと」を選べ 悪しき友とは絶交しろということは
・・・ 何を意味しているのでしょうか。
私は このことばを 「善と悪」というふうに
二つに分けて受けとってはならない ・・・ と 思います。
これは ひとりの自分の友のなかに
善きところ 学ぶべきところと 価値のない
まねしてはならない面とをはっきり分けてつきあいなさい
・・・ という教えとして受けとるべきだと思います。
釈尊は 善とか悪とか
どちらかに偏ったものの考え方をしりぞけた人です。
浄と穢(けがれ) ・ 勝と負 ・ 善と悪
それは いつも一緒になっています。
どちらか一方をなくして 善だけとか 浄らかさだけがある
・・・ などということありません。
上があるから下があり 毒があるから薬もあるのです。
・・・ これが 釈尊のものの見方です。