明け方眠ってしまったらしいチュンサンは、明るい陽射しを感じて、隣に眠っているはずのユジンの姿を探した。寝ぼけながら隣の布団を探ってみるが、ユジンの姿はどこにもなかった。
チュンサンはドアのところまで這って行ってそっと引き戸を開けた。すると、もうまぶしいぐらいの日が昇っていて、チュンサンは目を細めて外を眺めた。真っ白な日の光の中に、笑顔で振り向くユジンの姿が見える。
「起きたのね。今日は何する?ほら早く起きて」ユジンは寝そべっているチュンサンの手を一生懸命引っ張って起こそうとしたけれど、全くその気がないチュンサンの様子にあきらめてしまった。
そこで、つぎに戸口で体育座りする彼の横にお尻をねじ込んで一緒に座ってみた。チュンサンが頬杖をつくとユジンも真似して、二人は顔を見合わせてにっこりと微笑みあった。
それから手をつないで堤防の上をそろりそろりと歩いたり、浜辺をスナック菓子を法張りながらじゃれあって歩いた。今日も空は晴れ渡り、海面はキラキラと光っていた。
「今から何する?」チュンサンが聞いた。
「どうしよう?」ユジンが楽しそうに答えた。
「今日は何でもユジンの望みを聞いてあげる」
「なんでも?!」ユジンは喜びの声を上げた。
「うん」
しかし、ユジンは信じられないという顔でチュンサンをにらみつけた。チュンサンの方をバシッとたたくと
「ちょっと、カンジュンサン。おかしいわね。どうしちゃったの?」
「別に」
「やっぱり変よ。あやしい。」
「今日だけ特別。だから何でも言ってみて。」
「本当に何でも?」ユジンの顔が輝いた。
「じゃあ、我はあそこにあるプンオパン(タイ焼きを模倣したフナ焼き)が食べたい!買ってまいれ。」とおどけた口調で命令した。チュンサンはびっくりして言った。
「さっき夕食食べただろ?」
「あのね、プンオパンは別腹なの」ユジンはふくれっ面をして答えた。
チュンサンは笑ってしまった。
「かしこまりました。どうぞお待ちください。」
「早くしてちょうだいね。」
チュンサンは急いでプンオパンを買いに走っていった。ユジンが暇そうにぶらぶらしていると、独りの老女がやってきた。
「お嬢さん、ちょっとこれを一緒に運んでくれないかしら?すごく重いのよ」
ユジンは少し迷ったが、おばあさんを助けてあげようと急いで荷物を持つのだった。しかし、数分するとチュンサンがプンオパンを片手に、待ち合わせの場所まで戻ってきた。そして慌ててユジンを探し始めて他の方向に探しに行ってしまった。今度はユジンは待ち合わせの場所に戻ってきてチュンサンを探すものの、彼の姿はどこにもなかった。チュンサンは完全にパニック状態になってしまい、ユジンの姿を求めて街を走り回った。袋の中のプンオパンはすっかり冷めてしまい、チュンサンの体は寒さで少しづつ冷えてきたが、それよりもユジンがどこで何をしているかがとても心配だった。すると、ユジンが金物屋の前をぶらぶらと歩いているのが見えた。ユジンはきょとんとした目でチュンサンを見ていたが、チュンサンは知らず知らずのうちにいら立ちをにじませた口調になってしまった。
「ユジン!どこへ行ってたんだよ」
「おばあさんに、、、おばあさんに荷物運びを頼まれてしまって、、、戻ったらあなたがいなかったから、、、」ユジンはびっくりしながら答えた。
「ちゃんと待ってなければだめじゃないか」チュンサンはとても怒っていた。ユジンにはそれが何でなのか全然わからなかった。
「そんなに怒らないで、、、あなたが見つけてくれるでしょう?」
「僕がいなくなったらどうするんだよ。さあ、行こう」チュンサンは怒った声のまま、くるりと背を向けて歩き始めた。ユジンは怒りをにじませた背中を見ながら、いぶかしく思った。チュンサンは何をそんなに怒っているんだろう?
チュンサンはずんずん歩きながら、言いようのない不安を覚えていた。ユジンがたった数十分いなくなっただけで、どうしようも不安が込み上げてきた。ユジンは、こんなに無防備で無垢なまま、自分がいない世界で、生きていくことができるのだろうか。チュンサンはユジンのことが心配でならなかった。しかし、それはチュンサン自身も同じことで、ユジンのいない世界で、ちゃんと生きていけるか自信がないという自覚はなかった。
ふたりは海辺の松林で休憩をした。チュンサンは今起きたことに動揺してしまい、ひとり煙草をくゆらせていた。ユジンはそんな彼を見つめてため息をついている。そしてふと胸元に手をやって気が付いた。
「チュンサン、あのね、この間ネックレスを落としたら、星が取れちゃったの。そのせいできっと道に迷ったのね。急いで直さなくちゃならないわ。」
すると、チュンサンはユジンを見てぽつりと言った。
「そのネックレス、返してくれる?」
「どうして?」
「僕が直してあげるから」
チュンサンはユジンの首からそっとネックレスを外した。夕日を浴びて、ポラリスのネックレスはキラキラと輝いていた。
「でも、直したらすぐ返してね。宝物だから」
チュンサンはかすかにうなづくと、ネックレスをそっとしまった。心の中でユジンに謝りながら。『思い出はすべて回収しなければ』チュンサンは心を鬼にするのだった。