その日、ギョンヒは春川からミニョンの入院している病院にやってきた。ユジンの友達のチンスクから、ミニョンがチュンサンだったこと、ユジンを助けるために交通事故に遭って、意識が戻らずに入院していること、ユジンは仕事を休んでずっと付き添っていることを聞いたからだった。ユジンとギョンヒは待合室で顔を合わせた。ミニョンはやつれた様子のユジンを見つめた。
チュンサンが死んだとき、ユジンがどんなに憔悴したかをっているので、ギョンヒは感慨深げな様子でもあった。
「あの人がほんとにチュンサンだったなんてね、、、。本当に信じられないわ。でもね、あなた、ここにいちゃいけないわ。わかるでしょう?サンヒョクをどうするつもり?ユジン、罰が当たるわよ」ギョンヒはユジンをバシバシとたたいた。しかし、ユジンはギョンヒの目をまっすぐに見ていった。
「サンヒョクには、、、本当に悪いと持っている、、、。申し訳なくて胸が痛むの。でも、あの人は初恋の人だし、運命の人なの。だって、同じ人を2度も好きになったのよ。そして、私のせいで2度も事故に遭ってしまったの、、、。助からなかったら2度も見殺しにしたことになる。」
「ユジン、でもここにいたらだめよ、、、。」
「今はね、今は彼が目を覚ますことしか考えられない。私を愛してなくてもいいの、覚えてなくてもいい。ただ生きていてほしいだけ。オンマ、罰が当たるって言ったでしょ。でもね、わたし罰なんて、全然怖くない。」涙を流しながらきっぱりと答える娘に、もはやギョンヒは何も言えなくなった。ユジンは昔からこうと決めたらテコでも動かない頑固なところがある。ギョンヒは娘の説得を諦めると、静かに涙をぬぐいながら下を向いて、病院を後にするのだった。ギョンヒはただただサンヒョクに申し訳なくてたまらなかった。
それと入れ違いに病院に入ってきたのは、カンミヒだった。二人にとっては約29年ぶりの再会であったが、二人とも気が付かずにそっとすれ違った。ミヒは急いでチュンサンの病室に向かった。すると、途中でユジンが歩いてくるのが見えた。ミヒはユジンに微笑んだ。
「こんにちは。疲れたでしょう。」
「お久しぶりです」
ユジンが静かに頭を下げると、ミヒは微笑みながら病室に向かった。ミヒはミニョンのそばにずっといるユジンに、一定の理解を示すようになっていた。どちらもミニョンを愛する女性であることには変わりないのだから。その時ミニョンの病室に医師や看護師が次々と駆け付けた。ミニョンの容体が急変したのだった。その夜、ミヒは一晩中病室に泊まり込み、ユジンは廊下で一晩中祈り続けた。
「神様、どうかチュンサンを助けてください」というユジンの声が、真っ暗になった廊下に静かにこだましていた。
やがて、朝日がカーテンの隙間から差し始めたころ、やっとミヒが病室から出てきた。ユジンは廊下をうろうろしていたが、急いでミヒのもとに駆け付けた。
「ミニョンさんはどうですか?」
ミヒは疲れた顔で言った。
「まだ私のことが誰だかわからないけれど、とにかく峠は越えたわ。意識が戻ったの。今の状態が続くと思うから、まだまだ見守らないといけないわね。」
そういいながらもにっこり笑った。ユジンは
「私が見守っていますから、どうぞうちに帰って休んでください」
といった。ミヒはよろしく頼むわ、と言ってミニョンをユジンに託して帰っていくのだった。
ユジンは安心のあまり涙を流しながら、病室のミニョンの顔を見つめていた。今日ほど神様に感謝したことはなかった。ユジンは、ほっとしたあまり、ミニョンの手を握りながら、ベッドサイドでいつの間にか眠ってしまったらしかった。
ユジンがふと目を覚ますと、誰かがユジンのほほを撫でていた。身を起こすと、ミニョンが目を開けて、じっとユジンを見ている。その顔はまるで知らない人をみているような、何か言いたそうだが、何も言葉が出ないという様子だった。ユジンは信じられなくて、目を真ん丸に見開きながら、話しかけた。
「ミニョンさん、目が覚めたんですね。私が、私が誰かわかりますか?」それでも反応はない。ユジンは慌てて医師を呼んだりミヒに電話をしようと急いで席を立って歩きはじめた。すると、背後でミニョンの声がした。
「ユジナ、、、ユジナ、、、。」
ユジンはびっくりしてゆっくりと振り向いた。ミニョンは懐かしいチュンサンの声で、チュンサンだけの呼び方で自分を呼んでくれたのだ。それは間違いなくチュンサンの話し方だった。
「チュンサン、、、チュンサンなの?」
するとミニョンはユジンをしっかりとみて小さくうなずいた。その目は遠い過去から急に現在に放り出されたような、心もとない感じであった。ユジンはゆっくりとベッドサイドに戻ってきて、ミニョンをじっと見つめた。その目からは次々と涙がこぼれ落ちた。そしてミニョンのベッドに顔をうずめて泣いた。それは喜びの涙だったら、そんなユジンの髪の毛を、ミニョンが優しくなでている。ユジンの脳裏には、次々とチュンサンとの思い出が蘇った。
バスの中での出会い、戸惑うような眼差しで自分を見つめるチュンサン。とてもきれいな顔をしていると思った。
2人で自転車に乗ったこと、何度もぐらついて、ついには転んでユジンはお尻をぶってしまい、二人は大笑いした。
カガメルにクラスメイトの前で怒られたこと。恥ずかしかったけれど、二人の関係が特別になったようで、本当は嬉しかった。みんながハートマークを黒板に書いて、散々揶揄われた。
『初めて』を聴いたピアノ講堂。あんなにピアノの音色が美しいなんて思わなかった。彼がわたしだけに弾いてくれた、特別な曲。
落ち葉を踏み締めた秋の南怡島。わたしは倒れている丸太の上を歩いて、彼はそんなわたしの手をそっと握ってくれた。