サンヒョクが廊下を失意のまま俯いて歩いていると
「サンヒョク、嘘ついたわね」
という声がした。顔を上げると鋭い目つきのチェリンが立っていた。まだお気に入りの毛皮を着こんで、不敵な笑みを浮かべている。
「わたしは騙されないわ。ユジンはどこなの?」
しかしチェリンの顔もまた真剣で切迫詰まっている。チェリンもまだミニョンに未練があるのだ。ユジンがミニョンと夜を共にしているなら、心穏やかではいられなかった。
「関係ないだろ」
「やっぱりミニョンさんと一緒なのね。」
すると意外な言葉が返ってきた。
サンヒョクの眼差しはするどく、氷の様に冷たかった。
「ユジンと彼のことを母親に吹き込んだのは君だろ?」
チェリンは返事をせずに俯くしかなかった。
サンヒョクは自嘲したような笑みを浮かべて言った。
「気持ちは分かるよ。二人の仲を壊したかったんだろ?でも思い通りにならなくて残念だったな。もう余計なことはしないでくれ。」
そう言うとサンヒョクは去って行った。チェリンはその寂しげな背中を見つめていた。サンヒョクが最後にそっとつぶやいた気がした。
「君も僕も同類だな」と。チェリンは言葉もなく立ち尽くすしかなかった。
サンヒョクはその足でユジンの母親のギョンヒの部屋に寄った。ギョンヒはベッドに座り洋服を畳んでいた。どうやら身支度をしているようだ。
「お母さんを悲しませて申し訳ありません。全て僕の責任なんです。」
ギョンヒはそんなサンヒョクを全く見ずに、身支度を終えるとキッパリと言った。
「わたしはソウルに行きます。悪いけどご両親に伝えてもらえるかしら。」
サンヒョクは座っているギョンヒの前に膝をついて、ギョンヒの両膝に手を置いて頼んだ。
「お母さん、ユジンは僕が連れて帰りますから、春川で待っていてください。」
「なぜなの?ユジンはソウルにいるんでしょ。だったら叱りに行かないと。それが母親としての役目よ。」
サンヒョクは焦って目を伏せるしかなかった。そんなサンヒョクを見て、ギョンヒは静かに言った。
「サンヒョク、正直に言って。ユジンはどこなの?」
サンヒョクの目が泳ぐのを見て、ギョンヒは悟った。
「やっぱり。あの子はあの男性と一緒にいるの?あなたがユジンにそんな酷いことをするなんて信じられないもの。ユジンだってそんなことを許すはずがないわ。ねえ、あの子はソウルにいないんでしょう?本当にあのイミニョンとか言う人といるの?」
サンヒョクはこれ以上嘘がつけなくなり、謝るしかなかった。ついに、ギョンヒの目からショックのあまり、涙が溢れ出た。サンヒョクという婚約者がいながら裏切って、他の男性と夜を過ごすなんて、あのユジンとは思えなかった。サンヒョクが気の毒で、ギョンヒはこれ以上ホテルにはいられないと思った。
ギョンヒは荷物を持ち、ホテルを飛び出した。
サンヒョクは後から追いかけてすがったがギョンヒの決意は変わらなかった。ユジンとサンヒョクのためにソウルに行く芝居を打たなければならないと言う。
「わたしがユジンを追ってソウルに行くフリをしないとユジンの立場が、、、」
「それなら僕が送りますから」
「あなたに雪道を何時間も運転させるなんて、、、気の毒で出来ないわ。サンヒョク、、、本当にごめんなさい。サンヒョク、ユジンを許してちょうだいね」
そう言うと、ギョンヒはサンヒョクの手を振り解き止まっているタクシーに乗り込んだ。
走り去って行くタクシーを見つめながらサンヒョクは呟いた。
「僕も同じなんです。ユジンを、ユジンを失いたくないんです、、、」
サンヒョクの言葉は深々と降る雪の中にただよい消えていくのだった。