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一番奥のテーブルには、二人分の洋風の料理が並べられており、きちんとテーブルクロスもかけられていた。手前の椅子には、真っ白でウエストの辺にピンクの飾りがついたウエディングドレスが、さりげなくかけられていた。ユジンは目を見張ってあたりを見回した。すると、ミニョンが満面の笑みを浮かべて、奥から出てくるのだった。ユジンは、そのうれしそうな様子を見ると、鉛を飲み込んだように重苦しい気分になって、無表情のままミニョンを見つめていた。
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ミニョンに促されるまま、ユジンはテーブルについて、ふたりは食事を始めた。飛び切りのごちそうを食べているはずなのに、ユジンは全く味を感じ取れなかった。それでも無理をして「とってもおいしいわ」と無理やり料理を飲み込んだ。
「なぜ料理を用意してくれたの?」
ミニョンは気落ちしているユジンの様子に気が付かないふりをして嬉しそうに言った。
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「理由は二つあるんだ。一つ目はプレゼント。君が作ったカフェだから、ここではじめてのディナーを二人で食べたかったんだ。」
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「そうだったの。」
ユジンは口の端をゆがめるように無理やり笑った。素直に喜びを表現したくても、悲しみが先立ってしまってどうしても微笑めなかった。
「でも、私一人で作ったんじゃないでしょ。あなたと二人で作ったのよ。失敗したら全部私のせいにするつもりなのね。」
ついつい憎まれ口をたたいてしまった。
「そうだよ。その通りだよ。」
ミニョンもユジンの口調に合わせて憎々しげに言った。だんだんとユジンも少しづつ明るい顔つきになってきた。
「なあ、これからは何でも一緒に作っていこうよ。一緒に見て、考えて、同じものを感じるんだ。そしていつまでも一緒にいよう。わかった?」
ミニョンの口調はどこまでも優しい。でも、今のユジンにはそれは最も約束できないことだった。
「うん、、、」適当に濁して話をそらせた。
「それで、この席を用意してくれた二つ目の理由ってなあに?」
「うーん、それは秘密」
ミニョンもはぐらかして会話は終わった。せっかくミニョンが用意してくれたロマンチックな夜は、湿っぽいムードのまま終わってしまった。
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そのあと二人は、夜道をホテルまでぶらぶらと散歩した。スキー場はナイターのために明るく照らされていて、背後にはイルミネーションがキラキラと輝いていた。ユジンは気を取り直して言った。
「昔なんかの映画で観たんだけどね、結婚できるかをコインで占ってた。表が出れば結婚する、裏が出たらしないの。」
「それで映画の結末は?」
「もちろん表が出て結婚したわよ。ねぇ、今からやってみる?私は運がいいから絶対表が出るはずよ。」
ユジンはそう言ってコインを投げたが、コインはユジンの手には戻ってこずに、ミニョンの手のひらに飛び込んでいった。
「本当にちゃんとその映画を見たの?映画ではね、どっちが出ても表が出るように2枚張り合わせてたんだよ。バカだなぁ。気が付かなかったの?もし、裏が出たら結婚するつもりはなかったのか?」
そういうと、ミニョンは上手にコインを表どうして張り合わせて見せた。ユジンは思わずすねた顔をして
「そういうわけじゃないんだけど」とつぶやいた。
様子のおかしいユジンに対して、ミニョンは穏やかな顔で言った。
「お母さんがなんて言ったか聞いてもいい?」
とたんにユジンは不安そうな顔をしてポケットに手を突っ込んだままどんどん歩き始めた。
「僕たちの結婚を許さないって言ったんだね?」
それでもユジンはうつむいたまま歩き続けている。
「そうか、本当にそう言ったんだね。大丈夫、予想してたことだから。一緒に説得してみようよ。秘密にしてた二つ目の理由を教えてあげる。反対に打ち勝つために、二人の心を一つにするためだよ。」
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ユジンはこれ以上は隠しておけないと観念した。こんなに純粋に想ってくれるミニョンに秘密を抱えてはいられない。
「あのね、わたし、母から聞いたの。」
「何を?」
「あなたのお母さんがうちの母を訪ねたんだって。」
「母さんが?なんで?」
「それがね、以前私の母はとっても憧れた人がいて、その人はすごくきれいで才能あふれる人だったんだって。でもね、その人はわたしの父親をとても愛していて、母はつらい思いをしたの。それが、あなたのお母さんだったのよ。」
「え?」
「あなたのお母さんとうちの父は、かつては愛し合って婚約した仲だったのよ。だからうちの母とあなたのお母さんは結婚に反対しているの。」
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ユジンは苦しそうに言葉を吐き出して、ほっと溜息をついた。その顔は刺されでもしたように、苦しそうに歪んでいた。その言葉を聞いたミニョンもまた、殴られでもしたかのように呆然としていた。ミニョンにとってはもちろん意外ではあったが、心の奥底では「そうか、そういうことだったのか」と腑に落ちた瞬間でもあった。放心状態のミニョンに向かって、ユジンが涙を浮かべて絞り出すような声で言った。
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さすがのミニョンも、これにはすぐに答えることができなくて、二人は無言のままユジンの部屋の前までやってきた。つないだ手が冷たくて、心が凍えそうだった。ユジンはぼんやりしたまま、部屋のキーを取り出してドアノブを回した。すると、後ろからミニョンがそっと呼びかけた。
「ユジン、きっとうまくいくよ。僕が何とかするから、、、。僕たちはきっとうまくいく。だから君は心配しないで。いいね?」
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その顔は恐ろしいほど真剣で、でも言葉とは裏腹に不安でいっぱいの様子だった。そんなミニョンを見て、ユジンの目も潤み始めた。ミニョンの大丈夫という言葉を信じられたらどれだけいいだろうか。ユジンもまた不安で胸が押しつぶされそうだった。ユジンはやっとのことでうなづいて「わかったわ」とつぶやくと、そっと背を向けて部屋に入ろうとした。
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ミニョンは、とっさにユジンの腕をつかんだ。このままユジンを行かせてしまったら、後悔する気がした。すると、ユジンがゆっくりと振り向いた。二人の視線がからまり、お互いへの想いが溢れ出しそうになる。
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その時、ユジンのほほを一筋の涙が伝った。ミニョンはたまらずに親指でそっと涙をぬぐった。指先が触れている頬と、つかんだ腕が柔らかくてかぼそくて、ユジンは消えてしまいそうなほど儚く見えた。
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ミニョンは思わずユジンを抱きしめて腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動にかられた。だれにも邪魔されないように、今夜自分だけのものにしてしまいたい、、、。
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そんな想いのミニョンに向かって、ユジンはけなげに微笑んで見せた。その表情は確かに微笑んでいるはずなのに、まるで泣きじゃくってようだった。ミニョンはそんなユジンの顔を見てハッと我に返るのだった。ユジンを傷つけてはいけない、ミニョンは曖昧に微笑んで、そっと部屋の中に入っていくユジンを静かに見送った。
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ユジンは独り部屋に入ると、閉じたドアにもたれて大きなため息をついた。いっそのこと泣きわめいてしまえばよかっただろうか、それともチュンサンの胸に飛び込んでいけばよかっただろうか、でもそんなことをしても、お互いに傷つけあうだけなのはわかっている、自分たちだけではどうにも解決できない問題が立ちはだかっているのだ、ユジンはいつまでもドアにもたれかかってチュンサンに想いをはせていた。
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ゆっくりと閉じられたドアの前でミニョンもまたぼんやりと考えていた。行くなと言って抱きしめればよかっただろうか、涙で濡れた震える唇にキスをすれば安心したのだろうか、いくら考えても結論は出なかった。何かがミニョンをひどく不安にしていた。遠い昔のチュンサンの記憶の中に、この不安の元凶があるのだとわかっていたが、それが何なのか思い出せなかった。それを思い出すまでは、ユジンを抱きしめることはかなわないのだと本能的に感じていた。
こうして二人の不安な夜は更けてゆくのだった。朝は来るのだろうかと思うほど、二人はほとんど眠ることもできずに一人きりの夜を過ごすしかなかった。