
ミニョンは母親のミヒを見送った後、またチュンサンの家に戻った。居間には、前回来た時に見つけてショックを受けた、若かりし頃の演奏をしているミヒの写真が置かれていた。その顔は真剣にも寂しそうにも見えた。ミニョンは昔は飾られていたであろうその写真を、壁にかけて眺めてみた。そこには自分の知らない母の顔があった。

それからもう一度チュンサンの部屋に入ってみた。朝のひかりの中で見ると、チュンサンの部屋は、男子高校生の部屋にしてはシンプルで片付けられていた。ベッド、勉強机、クローゼット、タンス、今にも物陰からチュンサンが出てきそうな気がして、不思議な気持ちになるのだった。

そのあと、思い立って押し入れ部屋に行ってみた。そこに行けば、いろいろな思い出の品があるかもしれない、と思ったからだ。ごたごたした荷物の中に、小さな白い箱を見つけた。先日見つけたものと同じだろう。中を開けると、春川高校の校章や「カンジュンサン」と書かれたネームプレートが見つかった。そして箱の隅に、小さく折りたたまれたメモが入っているのを見つけた。そっと開いてみると、几帳面だけれど、踊りだしそうなかわいらしい字が並んでいた。それは高校生のユジンからの手紙だった。

『カンジュンサン、寝ちゃだめよ!今日も放送当番を忘れたら許さないからね。塀越えの時はありがとう。わたし、授業中に手紙を送るのも初めて!光栄でしょ?ところで、冬休みの予定はある?今日の掃除当番の時に話し合おうよ。パンでも食べながらね!あっ、もちろんチュンサンのおごりよ。ユジンより。』
読み終わったミニョンの目から涙があふれだした。このころのユジンは、今と違って元気いっぱいではつらつとしていたんだろう。手紙の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきそうだった。ミニョンと出会ってから、いつも切なそうな沈んだような顔をして、涙ばかり流している彼女からは、想像もつかなかった。彼女をそんな風にしてしまった原因はチュンサンなのだ。それなのに、チュンサンの記憶が全くないことが悲しくて、申し訳なかった。

そして箱の中からもう一つ、青色のカセットテープが出てきた。きっと大切なものに違いない。ミニョンはチュンサンの部屋でテープを再生した。すると何かのピアノ曲が流れ始めた。演奏はすぐに終わり、自分の、、、いやチュンサンの声が聞こえ始めた。
『ユジナ、メリークリスマス!プレゼントだよ。楽しいクリスマスを!、、、、ユジナ、「初めて」って曲を好きだったよね?、、、うーん、やり直そう。ユジナ!クリスマスに一緒にトッポッキを食べ、、、うーんユジナ、「初めて」って曲が好きだろ?だから弾いてみたんだけど、、、恥ずかしいなぁー。ユジナ、遅れたけどメリークリスマス!クリスマスプレゼントだよ。楽しく過ごしてね。うーん、違うな。ユジナ、あの時、僕、、、はぁ、何で口下手なんだろう、、、。ユジナ、ユジナ、、、何を言えばいいんだろう、、、』
それは、チュンサンがユジンにあてて送った「初めて」という曲と、メッセージ入りのカセットテープのプレゼントらしかった。自分の声なのに自分ではないその少年は、何度も何度もいとおしそうにユジンの名前をユジナ、ユジナと呼んでいた。どんな気持ちでこのテープを吹き込んだんだろう。この前写真で見た少年は、とても孤独そうで暗い雰囲気をまとっていた。母親を憎み、見知らぬ父親を夢見て、愛に飢えて引っ越した春川で、優しいユジンに会いたちまちのうちに恋に落ちたことは、想像に難くなかった。でも、不器用すぎて、気持ちを伝えられなくて、「初めて」という曲にメッセージを込めて贈ったんだろう。何度も何度も恥ずかしそうに、うれしそうにテープに声を吹き込むチュンサンが、いとおしくて哀れで仕方がなかった。母親にも存在を否定されて、父親は誰かも知らず、すべての人から存在を忘れられた少年、カンジュンサン。10年間も彼を思い続けたユジンにも気づいてもらえず、もう一人の自分であるミニョンにもその記憶はない。ミニョンは彼を思い出したくて、彼に会いたくて涙を流し続けた。このままでは彼は、ユジンがいつか言っていたように、『影の国で誰にも気づかれずに一人ぼっちでいる』気がして仕方がなかった。
そのころユジンも春川に帰ってきていた。一晩寝て体調が回復した母親のギョンヒを家まで送ってきたのだった。
「オンマ、高校に行ってくるね。カガメル(ゴリラ先生)に結婚式の招待状を渡したいの。あと、ちょっと調べものもしたいし。」
吹っ切れたような笑顔を見せる娘に、ギョンヒも安どしていた。しかし、ユジンはすべてをあきらめたのではなく、調べたいことがあったのだ。それはカンジュンサンの学生記録だった。かれはいったい何者だったのだろうか?一緒にいたのはほんの数か月だけだった。知っているようで知らないことばかりなのに、気が付いてしまったのだ。一度じっくり彼の記録を見てみたくなった。それに、ここ最近のミニョンの不可思議な変化や、サンヒョクの動揺ぶりもおかしかった。ユジンはゆっくりと春川高校に向かった。

そのころ、同じように春川高校の前でただずむ男性がいた。それはミニョンだった。