「ねえチュンサン、いつ照明は来るのかな?」
ユジンはチュンサンの記憶が戻ってから、ミニョンのことを二人きりのときはチュンサンと呼んでいる。しかし、ミニョンは見当たらずに、ユジンはあたりをきょろきょろと見まわした。すると、誰もいないはずのカフェの片隅からピアノの音色がしてきた。それは二人の思い出の曲『初めて』だった。すると突然ミニョンが結婚行進曲を弾きながら叫んだ。
「新婦、入場」
ユジンはミニョンのおふざけに付き合ってにやりと笑った。そして、誰もいない空中に左手を伸ばし、見えない介添え人にエスコートされて、しずしずとピアノの方に歩いて行った。ユジンはピアノの横まで歩いてくると、にっこり笑うミニョンの前で、すました顔で一礼して見せた。すると、突然ピアノの音が止まった。
「何よ。最後までやろうと思ったのに。どうして止めるの?」
「ねえ、春川に行こうか?」
「えっ?」
「お母さんに会って、結婚のお許しを得ようよ」
ミニョンの想い付きのお遊びは、思いがけずに真剣な話に変わった。二人はにっこりと微笑んで、春川に旅立つ準備を始めるのだった。
キム次長が、ホテル内のミニョンのオフィスに向かうと、ミニョンはいそいそと支度をしてた。
「何やってるんだ?」
「春川にユジンのお母さんに結婚の挨拶に行きたいんです。先輩、後の処理はよろしくお願いします。」
これにはキム次長もあきれるやら喜ぶやらで、ミニョンを送り出した。
「先輩、僕たちが戻るまでにちょっと頼みたいんですが。」ミニョンは悪びれずにキム次長に頼みごとをした。そして、キム次長はその日半日かけてある準備をする羽目になるのだった。
その日の夕方、ミニョンとユジンはユジンの実家に来ていた。「初めてのことだから緊張するな」というミニョンを、ユジンが「きっと大丈夫」と落ち着かせていた。二人はギョンヒの前で神妙な面持ちで座っていたが、ギョンヒはいつになく怖い顔つきで二人と目も合わせなかった。二人ともびっくりして戸惑ってしまい、顔を見合わせて黙ってギョンヒを見つめた。ついにミニョンが口を開いた。
しかしギョンヒはミニョンを見ようともせずに、そっぽを向いてしまっている。たまらずにユジンも言葉をつづけた。
「お母さん、どうか私たちを許してください。」
「お母さん、私はユジンさんを幸せにする自信があります。どうか許してください。」
しかし、ギョンヒは硬い表情のまま、うつむいて言った。
「そんなこと急に言われてもわからないわ。」
「お母さん?」
「今日はとにかく帰ってください。」
ミニョンはなおも食い下がって、真剣な顔で言った。
「私をお気に召さないかもしれません。今までユジンさんを散々苦しめて苦労させました。しかし、これからは幸せにできるように努力します。努力しますからどうか、、、」
しかし、ギョンヒはそれを遮った。
「そうじゃないの。そんなに現実は単純じゃないの。あとはユジンと話すからあなたは帰ってください。」
ギョンヒはミニョンを悲しそうに見ていった。そして席を立つと部屋を出て行ってしまうのだった。後に残された二人は予想外の展開にびっくりするやらショックやらでお互いに顔を見合わせた。仕方なくユジンはミニョンを外まで送っていった。玄関の階段を降りると、ユジンとミニョンは同時にお互いの名前を呼んだ。そして、「大丈夫?」とお互いに声をそろえてきいた。それだけ二人とも、お互いのことを心配していたのだった。
ミニョンは「大丈夫」と気丈にふるまうと、強くユジンを抱きしめた。しかし、ユジンはミニョンのウソを見抜いていた。
「チュンサン、嘘でしょう?こんなに鼓動が早いのに、平気なわけないわ。理由はわからないけど、きっと私が説得して見せるから。たぶんサンヒョクに遠慮して、かたくなになってるだけだと思うの。だから私がちゃんと話してくるから心配しないで。」
ユジンは真剣な顔でミニョンに話した。しかし、ミニョンもまたユジンのウソを見抜いていた。
「ユジンも嘘ついてるだろう?全然平気じゃないだろ。だって体が震えてる。」
「ねぇ、わたしたちどうしてこんなに不安なんだろう?」
「大丈夫、きっとうまくいくから」
しかし、ユジンもミニョンも何かが違うとわかっていた。あのギョンヒがあれだけかたくなに結婚を許さないと言っている。これは何か事情があるのだ、二人ともいいようのない不安に包まれたまま別れるのだった。