昨日、病院へ行ったと、メールした姉から電話がかかってきた。
「どうしたの? 病院て」
さすがに、心配そうな声。
「お姉さん、あたし、整形外科デビューしたわ!」
「整形外科? どうしたの」
「この間話したでしょ。寝違い」
「ああ」
その「ああ」が、調剤薬局の薬剤師の「ああ」と、そっくりで、不満だった。
「だって治らないんだもの、数日で治らなかったら整形外科を受診することって、いくつものネット記事に書いてあったもの。今まで経験した寝違いと全然違う、重症の寝違いなのよ、重症の! だから病院へ行ったのよ」
「寝違いなんて、そ~んなカワイイ痛みなんて、私なんか毎朝湿布貼っても気休めだったり効かなくて痛かったりでも、病院は行けないし」
「行けばいいのに。病院、行くほうがいいわよ」
行かない理由を知っていて、そう言った。
「コロナが終わらなくちゃ病院なんて行けないわよ。その病院、ソーシャル・ディスタンスになってた?」
「特にそれはなかったけど、待合室に患者が少なかったし、密になりそうなスペースは利用中止の札が貼ってあったわ。大丈夫よ、マスクしていれば。病院へ行くのは不要不急の外出じゃないでしょう。必要緊急の外出だもの」
「それはそうだけど。病院なんて、こんな時によく行けるわね」
コロナ以降、歯科へ行ったと言えば、「歯医者なんて、こんな時によく行けるわね」、パスタレストランでピザ食べて来たと言えば、「レストランなんて、こんな時によく行けるわね」、デパート行ったら空(す)いてたと言えば、「デパートなんて、こんな時によく行けるわね」と言う姉だったから、聞き慣れた言葉だった。
「だって3日経てば治ると思ってたら、治るどころか、何と頭痛がしてきて、生まれて初めての頭痛って、ほんとに初めて経験したけど、もう生きる意欲を失って絶望的になって精神的に落ち込んで、本当に辛かったんだから! 首の寝違いで頭痛が起こるってネット記事で読んでたけど、まさか本当に頭痛が起こるなんて思わなかったし、常備薬に頭痛の薬がなくて、パブロンの効能に頭痛、筋肉痛って書いてあったから飲んだけど全然効かないの」
「パブロン? 風邪薬の?」
「そう。常備薬にパブロン顆粒を置いとくの。でも全然効かなかったわ。効能に頭痛、筋肉痛って間違いなく書いてあるのに」
「ふーん。だけど……」
姉の声に、かすかな笑いが滲んでいる。
「だけど、何?」
「整形外科はずいぶん前から行ってるし、同じように行ってる人も何人か知ってるけど、寝違いで整形外科行った話って聞いたことない。今、初めて聞いたわ」
「だからネット記事に病院へいくことって」
「寝違いなんて、ちょっと我慢してれば1日1日良くなっていくのよね。それに寝違い治すのに風邪薬飲むなんて話も、初めて聞いたわ」
呆れたような口調の姉に、反発心が湧く。
「だって本当に痛かったんだもの、それに頭痛って精神的なダメージが強烈なの。薬買いに行く気力もないほど落ち込んで、常備薬を見たらパブロンに頭痛、筋肉痛って書いてあるから、飲めばようやく痛みが消えるって思って、毎食後に飲んでは副作用で眠くなって、眠っても眠っても痛みが起こるんだもの」
「痛いのって辛いわよね」
ようやく、姉の同情心に触れ、安堵した。と思ったら――。
「痛みの程度にもよるけどね。だいたい、あなたは子供のころから少しでも具合悪いと大げさに騒ぐところがあるからね。子供のころ家族のみんながチヤホヤして甘やかしてくれるから。ぽんぽん痛い、おでこ熱い、って言えば、みんなチヤホヤチヤホヤ心配してくれるから、そう言って甘える癖がついてたのよね」
「お姉さん!」
と言ったきり、私は声をあげ笑い出してしまった。姉が、幼児時代の私の声と言葉を真似て、「ぽんぽん痛い、おでこ熱い」と言ったからだった。もう、おかしくておかしくて笑い転げ、笑いは、なかなか止まらなかった。〈ぽんぽん〉とは幼児語でお腹のことだが、そう言っていた記憶があった。
「何がそんなにおかしいの」
つられたように姉の声も笑っている。
「よく覚えてるわね~、そんな、ぽんぽん痛い、おでこ熱い、なんて」
と言ったとたん、また笑い出してしまった。
「しょっちゅう言ってたからね」
「だってお姉さんとお兄さんは健康な子供だったでしょう! あたしは身体の弱い病弱な子供だったのよ!」
「健康でも私だって少しは具合悪くなった時あったわよ」
「じゃ、言えば良かったじゃないの」
「我慢できないほど痛かったら、言ったわよ、それほどでもないから我慢してるうち治ったんでしょ。末っ子のあなたと違って、私はお姉ちゃんなんだからっていう自覚っていうか意識っていうか、それがあったからね、子供心に、少女心に」
その言葉に、驚愕と、強いショックを覚えた。人生で、そんな言葉を姉の口から聞くとは夢にも思わなかった。
「今、初めて聞いたわ、何と半世紀以上ずうっと経って、幼少時代のお姉さんの気持ちが初めてわかるなんて!」
「それで、今日はどうなの?」
「何が」
「何がって、寝違いよ、少しは治ってきたんでしょ」
姉の声に、やさしさが戻った。
「お姉さん、大発見よ! 病院の薬って、ほんとによく効くの! 湿布もね、病院から処方されたロキソニン湿布って、ほんとによく効くの! それからね、薬が思ってたより小さくて、一度で飲み込めるの! 薬が進化したのね、3種類の中の1つなんて凄く小っちゃいのよ! 漢方薬は粉だからいいけど錠剤の薬って嫌いだし、昔はコートのボタンみたいに大きくて、なかなか飲めなかったわ」
「コートのボタン! 大げさねえ。病院の薬はね、ふだん、あまり市販の薬飲んでない人は、よく効くのよ」
「あら、そうなの」
「ほら、時々いるじゃない? バッグに入れて持ち歩いてて、何かあると、すぐ薬出して飲む人って」
「いるいる、見たことある」
「そういう人って家でも、すぐ飲んだりしてるから、病院の薬が効きにくいんだって」
「じゃ、どうするの?」
「強い薬を飲むんでしょう。あたしたちは薬嫌いのお母さんの血を引いてるから、ふだん薬はあまり飲まないし、いざという時は病院の薬が効くのよ。良かったじゃない、よく効いて」
「あたし、処方された3種類の薬、ちゃんと飲んだわ。昨日は病院から帰宅して昼食後と夕食後、今日は朝昼夕と3回。湿布はお風呂上がりに貼るのが今夜で2回目。湿布と薬を処方した担当医師、大学病院の先生だったのよ、イケメン・ドクターだったわ!」
「民間の病院に大学病院の医者が来るのは珍しくないわ。私が行ってる病院、あれは一番最初の何の時だったかしら、20年前だから忘れたけど」
「事故のムチウチの時じゃない?」
「そうかもしれない。看護師さんから聞いたの。あの先生は優秀で、大学病院の先生ですよって。それから5、6年後にその病院行ったら、またその先生だったわ。週に2回、病院に来る、たまたま同じその先生。その時は、何だったかしら、腰だったかしら」
「座骨ナントカ」
「それかもしれない。お久しぶりですって感じだったわ」
「その先生、イケメン?」
「そんなことはどうでもいいの! ちゃんと治療して治してくれる医者を求めて患者は病院へ行くんでしょう」
姉が叱るような口調になった。
「はい、そうです」
と、素直な私。
「その何年か後の時に行ったら、別の医者だったわ。あまり好きじゃない医者」
「コロナの前に行った時の担当は?」
「その好きじゃない医者。前の先生のほうが良かったわ。だから、手術すすめられたけど断ったの」
「やっぱり医師と患者は相性なのね。他の整形外科に行けば?」
「この辺、ないのよ。個人のクリニックなら、いくつかあるけど、総合病院がいいの。他の診療科にもすぐ行けるし、入院設備もあるし」
「コロナ終息するまで病院、行かないの?」
「だって感染しそうで怖いわ。コロナが落ち着いたら行くわよ」
「それからね、レントゲンも撮ったわ、背中からと首の横から、4回も!」
「整形外科はレントゲン撮るわよ」
「自分の骨の写真、初めて見たわ。どこも異常なしって先生に言われた」
「良かったわね。異常なしって言われると、うれしいわよね。今度、市のガン検診、申し込むの。それで電話したら、まだなんだって。日にちが決まってからハガキで申し込めるんだけど、申込者が多くて抽選なんだって」
「抽選!?」
「そ。費用が数百円だからでしょう。病院で検査すれば1万円ぐらいするもの」
「1万円? 検査が? たっかいのねえ!」
「検査だけは、ちゃんと、しておきたいの」
「毎年、ガン検診して、再検査が必要って結果が出ても、去年、再検査に行かなかったじゃないの」
「だって、今はコロナ感染怖いもの、病院なんて行けないわ」
昔、姉は子供の風邪の診察に病院へ行き、待合室の他の患者の咳でインフルエンザに感染してしまったことがあり、それがトラウマになっているらしかった。病院へ行くとコロナ感染が怖いというのは、無理もないような気がした。
「健診は、感染リスクないの? 検査する場所、病院じゃないの?」
「病院じゃなく、検診車の中でなの。最初にセンターの敷地内に停めた車に乗ったままでいて、看護師さんが体温を測りに来るの。熱があると健診受けられなくて、そのまま帰ることになるの」
「平熱を確認してから検診車に入って検査するのね」
「そう」
「ふうん、感染対策ちゃんとしてて健診受けられるのはいいわね」
「だから抽選になるほど大勢の人が申し込むんでしょう」
「抽選、当たるといいわね」
「そうね、当たるかしら。そう言えば寝違いの原因、何だったの? この間も聞いてないけど」
「それがね、担当の先生からも、原因について何か心当たりはあるかって質問されたわ。ちょっと恥ずかしいから具体的には言えなくて、長時間のパソコン操作とスマホ操作が原因かもしれませんて答えたわ」
「ああ、それね。最近はそういう人多いみたいじゃない。不自然な姿勢で何時間も操作するから、身体のどこかが悪くなるんでしょう。スマホ何とかって聞いたことあるわ。寝違い程度で良かったじゃない。薬効いて痛みもなくなってきたんでしょ」
「うん」
「ぽんぽんは? 痛くないの?」
「ンもう、お姉さんたら」
電話の向こうで、姉がクククククッと笑った。
「どうしたの? 病院て」
さすがに、心配そうな声。
「お姉さん、あたし、整形外科デビューしたわ!」
「整形外科? どうしたの」
「この間話したでしょ。寝違い」
「ああ」
その「ああ」が、調剤薬局の薬剤師の「ああ」と、そっくりで、不満だった。
「だって治らないんだもの、数日で治らなかったら整形外科を受診することって、いくつものネット記事に書いてあったもの。今まで経験した寝違いと全然違う、重症の寝違いなのよ、重症の! だから病院へ行ったのよ」
「寝違いなんて、そ~んなカワイイ痛みなんて、私なんか毎朝湿布貼っても気休めだったり効かなくて痛かったりでも、病院は行けないし」
「行けばいいのに。病院、行くほうがいいわよ」
行かない理由を知っていて、そう言った。
「コロナが終わらなくちゃ病院なんて行けないわよ。その病院、ソーシャル・ディスタンスになってた?」
「特にそれはなかったけど、待合室に患者が少なかったし、密になりそうなスペースは利用中止の札が貼ってあったわ。大丈夫よ、マスクしていれば。病院へ行くのは不要不急の外出じゃないでしょう。必要緊急の外出だもの」
「それはそうだけど。病院なんて、こんな時によく行けるわね」
コロナ以降、歯科へ行ったと言えば、「歯医者なんて、こんな時によく行けるわね」、パスタレストランでピザ食べて来たと言えば、「レストランなんて、こんな時によく行けるわね」、デパート行ったら空(す)いてたと言えば、「デパートなんて、こんな時によく行けるわね」と言う姉だったから、聞き慣れた言葉だった。
「だって3日経てば治ると思ってたら、治るどころか、何と頭痛がしてきて、生まれて初めての頭痛って、ほんとに初めて経験したけど、もう生きる意欲を失って絶望的になって精神的に落ち込んで、本当に辛かったんだから! 首の寝違いで頭痛が起こるってネット記事で読んでたけど、まさか本当に頭痛が起こるなんて思わなかったし、常備薬に頭痛の薬がなくて、パブロンの効能に頭痛、筋肉痛って書いてあったから飲んだけど全然効かないの」
「パブロン? 風邪薬の?」
「そう。常備薬にパブロン顆粒を置いとくの。でも全然効かなかったわ。効能に頭痛、筋肉痛って間違いなく書いてあるのに」
「ふーん。だけど……」
姉の声に、かすかな笑いが滲んでいる。
「だけど、何?」
「整形外科はずいぶん前から行ってるし、同じように行ってる人も何人か知ってるけど、寝違いで整形外科行った話って聞いたことない。今、初めて聞いたわ」
「だからネット記事に病院へいくことって」
「寝違いなんて、ちょっと我慢してれば1日1日良くなっていくのよね。それに寝違い治すのに風邪薬飲むなんて話も、初めて聞いたわ」
呆れたような口調の姉に、反発心が湧く。
「だって本当に痛かったんだもの、それに頭痛って精神的なダメージが強烈なの。薬買いに行く気力もないほど落ち込んで、常備薬を見たらパブロンに頭痛、筋肉痛って書いてあるから、飲めばようやく痛みが消えるって思って、毎食後に飲んでは副作用で眠くなって、眠っても眠っても痛みが起こるんだもの」
「痛いのって辛いわよね」
ようやく、姉の同情心に触れ、安堵した。と思ったら――。
「痛みの程度にもよるけどね。だいたい、あなたは子供のころから少しでも具合悪いと大げさに騒ぐところがあるからね。子供のころ家族のみんながチヤホヤして甘やかしてくれるから。ぽんぽん痛い、おでこ熱い、って言えば、みんなチヤホヤチヤホヤ心配してくれるから、そう言って甘える癖がついてたのよね」
「お姉さん!」
と言ったきり、私は声をあげ笑い出してしまった。姉が、幼児時代の私の声と言葉を真似て、「ぽんぽん痛い、おでこ熱い」と言ったからだった。もう、おかしくておかしくて笑い転げ、笑いは、なかなか止まらなかった。〈ぽんぽん〉とは幼児語でお腹のことだが、そう言っていた記憶があった。
「何がそんなにおかしいの」
つられたように姉の声も笑っている。
「よく覚えてるわね~、そんな、ぽんぽん痛い、おでこ熱い、なんて」
と言ったとたん、また笑い出してしまった。
「しょっちゅう言ってたからね」
「だってお姉さんとお兄さんは健康な子供だったでしょう! あたしは身体の弱い病弱な子供だったのよ!」
「健康でも私だって少しは具合悪くなった時あったわよ」
「じゃ、言えば良かったじゃないの」
「我慢できないほど痛かったら、言ったわよ、それほどでもないから我慢してるうち治ったんでしょ。末っ子のあなたと違って、私はお姉ちゃんなんだからっていう自覚っていうか意識っていうか、それがあったからね、子供心に、少女心に」
その言葉に、驚愕と、強いショックを覚えた。人生で、そんな言葉を姉の口から聞くとは夢にも思わなかった。
「今、初めて聞いたわ、何と半世紀以上ずうっと経って、幼少時代のお姉さんの気持ちが初めてわかるなんて!」
「それで、今日はどうなの?」
「何が」
「何がって、寝違いよ、少しは治ってきたんでしょ」
姉の声に、やさしさが戻った。
「お姉さん、大発見よ! 病院の薬って、ほんとによく効くの! 湿布もね、病院から処方されたロキソニン湿布って、ほんとによく効くの! それからね、薬が思ってたより小さくて、一度で飲み込めるの! 薬が進化したのね、3種類の中の1つなんて凄く小っちゃいのよ! 漢方薬は粉だからいいけど錠剤の薬って嫌いだし、昔はコートのボタンみたいに大きくて、なかなか飲めなかったわ」
「コートのボタン! 大げさねえ。病院の薬はね、ふだん、あまり市販の薬飲んでない人は、よく効くのよ」
「あら、そうなの」
「ほら、時々いるじゃない? バッグに入れて持ち歩いてて、何かあると、すぐ薬出して飲む人って」
「いるいる、見たことある」
「そういう人って家でも、すぐ飲んだりしてるから、病院の薬が効きにくいんだって」
「じゃ、どうするの?」
「強い薬を飲むんでしょう。あたしたちは薬嫌いのお母さんの血を引いてるから、ふだん薬はあまり飲まないし、いざという時は病院の薬が効くのよ。良かったじゃない、よく効いて」
「あたし、処方された3種類の薬、ちゃんと飲んだわ。昨日は病院から帰宅して昼食後と夕食後、今日は朝昼夕と3回。湿布はお風呂上がりに貼るのが今夜で2回目。湿布と薬を処方した担当医師、大学病院の先生だったのよ、イケメン・ドクターだったわ!」
「民間の病院に大学病院の医者が来るのは珍しくないわ。私が行ってる病院、あれは一番最初の何の時だったかしら、20年前だから忘れたけど」
「事故のムチウチの時じゃない?」
「そうかもしれない。看護師さんから聞いたの。あの先生は優秀で、大学病院の先生ですよって。それから5、6年後にその病院行ったら、またその先生だったわ。週に2回、病院に来る、たまたま同じその先生。その時は、何だったかしら、腰だったかしら」
「座骨ナントカ」
「それかもしれない。お久しぶりですって感じだったわ」
「その先生、イケメン?」
「そんなことはどうでもいいの! ちゃんと治療して治してくれる医者を求めて患者は病院へ行くんでしょう」
姉が叱るような口調になった。
「はい、そうです」
と、素直な私。
「その何年か後の時に行ったら、別の医者だったわ。あまり好きじゃない医者」
「コロナの前に行った時の担当は?」
「その好きじゃない医者。前の先生のほうが良かったわ。だから、手術すすめられたけど断ったの」
「やっぱり医師と患者は相性なのね。他の整形外科に行けば?」
「この辺、ないのよ。個人のクリニックなら、いくつかあるけど、総合病院がいいの。他の診療科にもすぐ行けるし、入院設備もあるし」
「コロナ終息するまで病院、行かないの?」
「だって感染しそうで怖いわ。コロナが落ち着いたら行くわよ」
「それからね、レントゲンも撮ったわ、背中からと首の横から、4回も!」
「整形外科はレントゲン撮るわよ」
「自分の骨の写真、初めて見たわ。どこも異常なしって先生に言われた」
「良かったわね。異常なしって言われると、うれしいわよね。今度、市のガン検診、申し込むの。それで電話したら、まだなんだって。日にちが決まってからハガキで申し込めるんだけど、申込者が多くて抽選なんだって」
「抽選!?」
「そ。費用が数百円だからでしょう。病院で検査すれば1万円ぐらいするもの」
「1万円? 検査が? たっかいのねえ!」
「検査だけは、ちゃんと、しておきたいの」
「毎年、ガン検診して、再検査が必要って結果が出ても、去年、再検査に行かなかったじゃないの」
「だって、今はコロナ感染怖いもの、病院なんて行けないわ」
昔、姉は子供の風邪の診察に病院へ行き、待合室の他の患者の咳でインフルエンザに感染してしまったことがあり、それがトラウマになっているらしかった。病院へ行くとコロナ感染が怖いというのは、無理もないような気がした。
「健診は、感染リスクないの? 検査する場所、病院じゃないの?」
「病院じゃなく、検診車の中でなの。最初にセンターの敷地内に停めた車に乗ったままでいて、看護師さんが体温を測りに来るの。熱があると健診受けられなくて、そのまま帰ることになるの」
「平熱を確認してから検診車に入って検査するのね」
「そう」
「ふうん、感染対策ちゃんとしてて健診受けられるのはいいわね」
「だから抽選になるほど大勢の人が申し込むんでしょう」
「抽選、当たるといいわね」
「そうね、当たるかしら。そう言えば寝違いの原因、何だったの? この間も聞いてないけど」
「それがね、担当の先生からも、原因について何か心当たりはあるかって質問されたわ。ちょっと恥ずかしいから具体的には言えなくて、長時間のパソコン操作とスマホ操作が原因かもしれませんて答えたわ」
「ああ、それね。最近はそういう人多いみたいじゃない。不自然な姿勢で何時間も操作するから、身体のどこかが悪くなるんでしょう。スマホ何とかって聞いたことあるわ。寝違い程度で良かったじゃない。薬効いて痛みもなくなってきたんでしょ」
「うん」
「ぽんぽんは? 痛くないの?」
「ンもう、お姉さんたら」
電話の向こうで、姉がクククククッと笑った。