第 五 章
「ととさま……」
その時、障子の隙間から小さな白い顔が覗いた。
「おお、姫ではないか!おとなしゅう寝ていなければいかん」
「でも、その若者はわらわのために青い林檎を
持ってきてくれたのでしょう。乳母から聞きました。
どうぞ、その縄をほどいて自由にしてやって下さい」
コホンコホンと咳をして、青ざめている。
「わ、わかった、わかったから無理せんでくれ。姫」
市松人形のような漆黒の髪、熱のせいだろうか、潤んだ瞳。
ぱっちりとした濃いまつ毛。紅い頬。
森の妖精のような美しい女の子だ。
そして馬作の縄は解かれた。
「姫さま、ありがとうごぜえます。あのリンゴが姫さまの
お身体に効きますよう、お祈りしとりますだ。
直々のおでまし、ありがとうごぜいましただ」
姫はコクンと頷いてにっこりし、奥へ消えていった。
アメリカ人一行がとんでもないことを言いだした。
彼らの求める鉱物の地下脈に、
馬作が詳しいのではないかというのだ。
彼らが尋ねるところによると馬作の家には
山の鉱脈についての古地図みたいなものが
納戸に大切に仕舞いこまれている。
ひいじいちゃんの、そのまたひいじいちゃん
くらいから伝わるものらしい。
なにせ古くて褐色に変色してしまい、虫食いもひどく、
少しでも触るとボロボロになって
風に吹き飛ばされてしまいそうだ。
「こりゃあ。いくら読めと言われてもオラには無理な話だ。
字が読めん。
……しかし、もしかしたら、ばあちゃんが読めるかも!」
領主の使いは目を瞠った。
「お前のばあちゃんは?」
「姥捨て山ですよ!ご領主の言う通り」
それはただちに領主に告げられた。
領主はびっくり仰天して、
「なんだと、あの林檎を持参した若造の祖母が
鉱脈の古地図を読めるだとう~~!?
すっ、すぐに山から連れ戻し、若造と共にこれへ呼べ!」
使いの馬が村へすっ飛んでいった!!
馬作も慌てて山に向かった。
たちまち山のばあちゃんのところへ領主の馬に乗った
馬作が駆けつけた。
「え、何だって、わたしゃ掟に従ってここに捨てられたんだよ」
眉を吊り上げるばあちゃん。
「オラも何がなんだかわからんのだけんど、
とにかく、ばあちゃんが古い地図を読んでくれたら
家に帰れるかもしれん!また村で暮らせるかもしれんのだぞ」
「ホントケ、馬作ゥ~~~!!」
ばあちゃんの顔が輝き、ふたり両腕を組んで
ピョンピョン飛び上がった!!
しかし……モンダイは古地図だ。
納戸の奥から引っ張り出したものの、古ぼけすぎている。
一点の光はばあちゃんが士族の出だから字が読めること。
よその家から嫁に来たのではなく、ひとり娘だったことだ。
ひいじいちゃんはばあちゃんが幼い頃、古地図を広げて長々と
説明したことがあるらしい。
ばあちゃんは古い記憶をたどりたどり、
「この鉱物、どんな力があるのか知らんが
どうやら裏山に大きな脈があるらしいぞ」
すでにアメリカ人一行もやってきてばあちゃんを取り巻いて
固唾を飲んで見守っている。
***********************************
第 六 章
とりあえず、ばあちゃんは領主の屋敷まで呼ばれた。
いったん、山に捨てられた年寄が村に帰ることさえ異例なのに
領主の屋敷に呼ばれるのは異例中の異例だ。
領主の屋敷の庭先にばあちゃんは筵(むしろ)の上に
座って古地図を見つめた。
ばあちゃんの真剣な顔……。
そして額にはじっとりと脂汗が浮かんできた。
古地図を見つめる目付きは何かに憑りつかれている
ようでさえある。
「あっ!!」
ばあちゃんが頓狂な声を上げた。
「ここ一番の鉱床のある場所は姥捨て山の神社の
ある場所とおんなじだ!!」
「ええっ!?」
一同、目を丸くした。
「では、神社の神域を掘らなければならんっちゅうことに?」
役人が叫ぶ。
「しかし、そんなことをしたら神罰が下るのでは!?」
その姥捨て山本殿には古井戸がある。
言い伝えでは寂しさ、恐怖感、寒さ、飢餓に耐えられなくなった
年寄が身を投げる井戸らしい。
「逆だよ。」
馬作が叫んだ。
「神社があるから、姥捨てなんて慣わしがあるから、
罰が下って、ご領主さまの姫が病になったんじゃ!」
<あんな神社、無い方がいい!!>
<風習も無くなってしまえばいい!!>
「そうすれば姫様も元気になって鉱物も掘れて、
この村も栄えるんじゃ!」
仁王立ちになって叫ぶ馬作を、村の者も領主の手下も、
そしてばあちゃんも目を丸くして見ていた。
「待ってください」
鈴のような、しかししっかりとした声が皆の背後から響いた。
姫りんご姫である。
長い間、熱で伏せっていたはずが、
しっかり立って目の力もしっかりしている。
「姫、起き上がってよいのか?」
父の領主が心配そうに姫の身体を支えようとした。
「おかげさまで、あの林檎の焼き菓子のおかげで
気分がすっきりしました、父上」
姫は馬作に駆け寄った。
「ありがとう。心からお礼を申しますぞ。
わらわはもう少しで母上のおられる黄泉の国へ
行ってしまうところじゃった。じゃが、ほら、そなたの
林檎のおかげでこのように元気になりました」
姫の漆黒の髪からか、衣からか、ほのかな
甘ったるい匂いが漂う。
「ようございました、姫様。こんなにほっぺたが赤くなられて」
「今度はわらわがお返しする番です」
「えっ!?」
「その姥捨ての神社の古井戸とやらへ、わらわをあないしなさい」
一同、ギョッとした。
「姫様、いったい何をなさるおつもりで……」
馬作が恐る恐る尋ねると、
「わらわが古井戸の中へ降りて行き、その鉱脈の元には
何があるのか見届ける」
「ええっ!?」
とても鬢(びん)そぎを終えたばかりの
十二、三歳の少女の言葉とは思えない。
「姥捨ての慣わしを続けてきたのはわらわの血筋の家じゃ。
そのために村の者がどれだけ悲しんできたか……。
この救ってもらった命、無駄にしてはならぬ。
夢の中で母上がそう申したのじゃ。わらわは井戸へ入ってみる」
「それなら、オラが姫様を負ぶって井戸の中へ入りましょう」
馬作が進み出た。
「おお、優しいだけでなく勇気のある若者じゃ。名はなんと申す?」
「馬作……と申しますじゃ」
「あい、わかった、馬作とやら。わらわを背負って
井戸の中へ降りてたもれ。きっと何かナゾが隠されているはず」
「わかりました。姫様の命、お預かりいたします」
平伏して答えたものの、早くも額に脂汗がにじんできた。
「そして当日、姫はカゴで山へ登ることになり
領主とアメリカ人一行数人も駕籠を取り巻くようにして、
その後ろに馬作がつき従う。
姥捨て山に到着して神社の井戸を領主、自ら覗いてみる。
底知れぬ暗闇だ。どれほど深いのか見当もつかない。
ここに、山に捨てられた老人が孤独と餓えと寒さに耐えられず
身を投げたのだろうか?
ひんやりした空気にそんな考えが頭をよぎるとぞっとしたが、
馬作は姫を背負って、縄で強くしばりつけてもらった。
★第 七 章 に続く
「ととさま……」
その時、障子の隙間から小さな白い顔が覗いた。
「おお、姫ではないか!おとなしゅう寝ていなければいかん」
「でも、その若者はわらわのために青い林檎を
持ってきてくれたのでしょう。乳母から聞きました。
どうぞ、その縄をほどいて自由にしてやって下さい」
コホンコホンと咳をして、青ざめている。
「わ、わかった、わかったから無理せんでくれ。姫」
市松人形のような漆黒の髪、熱のせいだろうか、潤んだ瞳。
ぱっちりとした濃いまつ毛。紅い頬。
森の妖精のような美しい女の子だ。
そして馬作の縄は解かれた。
「姫さま、ありがとうごぜえます。あのリンゴが姫さまの
お身体に効きますよう、お祈りしとりますだ。
直々のおでまし、ありがとうごぜいましただ」
姫はコクンと頷いてにっこりし、奥へ消えていった。
アメリカ人一行がとんでもないことを言いだした。
彼らの求める鉱物の地下脈に、
馬作が詳しいのではないかというのだ。
彼らが尋ねるところによると馬作の家には
山の鉱脈についての古地図みたいなものが
納戸に大切に仕舞いこまれている。
ひいじいちゃんの、そのまたひいじいちゃん
くらいから伝わるものらしい。
なにせ古くて褐色に変色してしまい、虫食いもひどく、
少しでも触るとボロボロになって
風に吹き飛ばされてしまいそうだ。
「こりゃあ。いくら読めと言われてもオラには無理な話だ。
字が読めん。
……しかし、もしかしたら、ばあちゃんが読めるかも!」
領主の使いは目を瞠った。
「お前のばあちゃんは?」
「姥捨て山ですよ!ご領主の言う通り」
それはただちに領主に告げられた。
領主はびっくり仰天して、
「なんだと、あの林檎を持参した若造の祖母が
鉱脈の古地図を読めるだとう~~!?
すっ、すぐに山から連れ戻し、若造と共にこれへ呼べ!」
使いの馬が村へすっ飛んでいった!!
馬作も慌てて山に向かった。
たちまち山のばあちゃんのところへ領主の馬に乗った
馬作が駆けつけた。
「え、何だって、わたしゃ掟に従ってここに捨てられたんだよ」
眉を吊り上げるばあちゃん。
「オラも何がなんだかわからんのだけんど、
とにかく、ばあちゃんが古い地図を読んでくれたら
家に帰れるかもしれん!また村で暮らせるかもしれんのだぞ」
「ホントケ、馬作ゥ~~~!!」
ばあちゃんの顔が輝き、ふたり両腕を組んで
ピョンピョン飛び上がった!!
しかし……モンダイは古地図だ。
納戸の奥から引っ張り出したものの、古ぼけすぎている。
一点の光はばあちゃんが士族の出だから字が読めること。
よその家から嫁に来たのではなく、ひとり娘だったことだ。
ひいじいちゃんはばあちゃんが幼い頃、古地図を広げて長々と
説明したことがあるらしい。
ばあちゃんは古い記憶をたどりたどり、
「この鉱物、どんな力があるのか知らんが
どうやら裏山に大きな脈があるらしいぞ」
すでにアメリカ人一行もやってきてばあちゃんを取り巻いて
固唾を飲んで見守っている。
***********************************
第 六 章
とりあえず、ばあちゃんは領主の屋敷まで呼ばれた。
いったん、山に捨てられた年寄が村に帰ることさえ異例なのに
領主の屋敷に呼ばれるのは異例中の異例だ。
領主の屋敷の庭先にばあちゃんは筵(むしろ)の上に
座って古地図を見つめた。
ばあちゃんの真剣な顔……。
そして額にはじっとりと脂汗が浮かんできた。
古地図を見つめる目付きは何かに憑りつかれている
ようでさえある。
「あっ!!」
ばあちゃんが頓狂な声を上げた。
「ここ一番の鉱床のある場所は姥捨て山の神社の
ある場所とおんなじだ!!」
「ええっ!?」
一同、目を丸くした。
「では、神社の神域を掘らなければならんっちゅうことに?」
役人が叫ぶ。
「しかし、そんなことをしたら神罰が下るのでは!?」
その姥捨て山本殿には古井戸がある。
言い伝えでは寂しさ、恐怖感、寒さ、飢餓に耐えられなくなった
年寄が身を投げる井戸らしい。
「逆だよ。」
馬作が叫んだ。
「神社があるから、姥捨てなんて慣わしがあるから、
罰が下って、ご領主さまの姫が病になったんじゃ!」
<あんな神社、無い方がいい!!>
<風習も無くなってしまえばいい!!>
「そうすれば姫様も元気になって鉱物も掘れて、
この村も栄えるんじゃ!」
仁王立ちになって叫ぶ馬作を、村の者も領主の手下も、
そしてばあちゃんも目を丸くして見ていた。
「待ってください」
鈴のような、しかししっかりとした声が皆の背後から響いた。
姫りんご姫である。
長い間、熱で伏せっていたはずが、
しっかり立って目の力もしっかりしている。
「姫、起き上がってよいのか?」
父の領主が心配そうに姫の身体を支えようとした。
「おかげさまで、あの林檎の焼き菓子のおかげで
気分がすっきりしました、父上」
姫は馬作に駆け寄った。
「ありがとう。心からお礼を申しますぞ。
わらわはもう少しで母上のおられる黄泉の国へ
行ってしまうところじゃった。じゃが、ほら、そなたの
林檎のおかげでこのように元気になりました」
姫の漆黒の髪からか、衣からか、ほのかな
甘ったるい匂いが漂う。
「ようございました、姫様。こんなにほっぺたが赤くなられて」
「今度はわらわがお返しする番です」
「えっ!?」
「その姥捨ての神社の古井戸とやらへ、わらわをあないしなさい」
一同、ギョッとした。
「姫様、いったい何をなさるおつもりで……」
馬作が恐る恐る尋ねると、
「わらわが古井戸の中へ降りて行き、その鉱脈の元には
何があるのか見届ける」
「ええっ!?」
とても鬢(びん)そぎを終えたばかりの
十二、三歳の少女の言葉とは思えない。
「姥捨ての慣わしを続けてきたのはわらわの血筋の家じゃ。
そのために村の者がどれだけ悲しんできたか……。
この救ってもらった命、無駄にしてはならぬ。
夢の中で母上がそう申したのじゃ。わらわは井戸へ入ってみる」
「それなら、オラが姫様を負ぶって井戸の中へ入りましょう」
馬作が進み出た。
「おお、優しいだけでなく勇気のある若者じゃ。名はなんと申す?」
「馬作……と申しますじゃ」
「あい、わかった、馬作とやら。わらわを背負って
井戸の中へ降りてたもれ。きっと何かナゾが隠されているはず」
「わかりました。姫様の命、お預かりいたします」
平伏して答えたものの、早くも額に脂汗がにじんできた。
「そして当日、姫はカゴで山へ登ることになり
領主とアメリカ人一行数人も駕籠を取り巻くようにして、
その後ろに馬作がつき従う。
姥捨て山に到着して神社の井戸を領主、自ら覗いてみる。
底知れぬ暗闇だ。どれほど深いのか見当もつかない。
ここに、山に捨てられた老人が孤独と餓えと寒さに耐えられず
身を投げたのだろうか?
ひんやりした空気にそんな考えが頭をよぎるとぞっとしたが、
馬作は姫を背負って、縄で強くしばりつけてもらった。
★第 七 章 に続く