図書館で予約していた山本文緒さんの「無人島のふたり」
ようやく順番が回ってきて読んだ。
山本文緒さんが緩和ケアを受け始めて書かれた日記だ。
作家が日々の心情や生活の様子を記してくれたこの本で、
想像でしかなかった緩和ケアの実情を垣間見ることができたような気がした。
もう、この方がこの世にはいないのだと思うと切なくなった。
コタロウも長い緩和ケア中。
人間でいうところの標準治療を一切せずに緩和ケアに入った。
今はつらいのを少なくするためにステロイドを始めたところ。
治療をしていないから、病状は少しずつ進行していく。
つらいのをできる限り取ってあげて、ソフトランディングを目指している。
私は、自分に同じことが起きた場合、コタロウと同じようにしようと思っている。
自分にしないことはコタロウにもしない、が正しいだろうか。
コタロウが病気になって調べ進めていくうちに、結局は人の病気に繋がっていき、
終末医療の本を何冊も読んできたが、悪性腫瘍に限って言えば
とことん闘うのが標準医療だが、ある程度の年(シニア)になったら
刺激せずに共存していく道を選ぶ、というのもアリかな、と思うようになった。
治療をしなければ当然進行していくけども、一定期間は普段通りの生活ができる。
つらさ、痛みを取る対処療法はかなり進歩してきたので
命のけっこうギリギリまで、そこそこ普段通りの生活ができると言うお医者さんもいる。
私はその時間で会いたい人に会い、お礼とお別れを言い
家の片付けをして後のことを頼む人に頼んで・・・ということしたいと思う。
私はビビリでヘタレなので、確定診断~標準医療に耐えられないだろうから
緩和ケアに行こう、と思っているのもある。こちらの方が本音かな・・・。
本を読んだら、痛い苦しい(だろうとは思うが)、より人と会ったり
カフェに出かけたり読書したり、在宅ならではの自由で普通の生活が書かれていて
おおよそ私の願望に近い時間の流れを見ることができた。
コタロウは今もほぼ普通の生活をしている。
食べて寝て遊んでチッコうんしてってことを全部自分でしている。
おかげで私はまだ介護らしい介護をしていない。
コタロウが病気と診断されてから6年。
あの頃は、今のコタロウを想像すらできなかった。
今、あのとき悩んで決めたことは悪い判断ではなかったと思う。
でも、それは過去を振り返ってわかること。
その真っ只中にいる時は、どうする?どうしよう!と悩んで迷って
わからないまま決断するしかなかった。
どうする?どうしよう!と悩んで泣いて毎日なんとかやって今ここにいる。
緩和ケアは終末にむかっていくものだから思えば切なくなる。
ただ、それをわかっているのは私だけで、コタロウは淡々と毎日を送っている。
それがいい。それが私の助けになっている。
コタロウとゆっくりのんびりいこう
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