とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

映画『インセプション(2010)』

2018年01月02日 18時44分52秒 | 映画


みなさんは初夢をご覧になっただろうか?今日紹介するのは夢にまつわる映画である。昨年末に友達からいただいたDVDで観てみた。

昨年紹介した映画『インターステラー(2014)』はクリストファー・ノーラン監督の作品だが、こちらも彼が監督・脚本・製作を担当した。2010年のアメリカのSFアクション映画で、第83回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、撮影賞、視覚効果賞、美術賞、作曲賞、音響編集賞、録音賞の8部門にノミネートされ、撮影賞、視覚効果賞、音響編集賞、録音賞を受賞した作品である。

映画『インセプション』オフィシャルサイト - 英語サイト、Flash使用
http://wwws.warnerbros.co.uk/inception/mainsite/


「夢の世界と現実がかかわりを持っていたら?」というのは、どなたも空想したことがあるだろう。また、恋愛中の人は「夢で逢えたら」などと夢想することもあるだろう。さらに「夢の中で夢を見る」という経験をしたことがある人もいるかもしれない。

この3つを同時に体験することをSFとして映像化したのがこの作品である。何とロマンチックな。。。いやいや、そうではない。これはアクション映画なのだ。

この映画の感想をネットで検索すると、「難しくてついていけない」とか「頭がこんがらがる」というコメントが目につく。確かにそうなのだ。通常の映画でさえ、登場人物が多いと配役どうしの関係や、シーンの背景事情を把握するまでは集中して見なければならない。登場人物の善人と悪人、敵と味方の区別が配役の顔つきではっきりしていればよいのだが、そうでなければ把握するまで時間がかかる。この作品がそうなのだ。

そしてさらに、この映画の理解のハードルを上げているのが「夢の世界」であり、現実と夢の世界で同じ人物が登場して、しかも数分ごとに夢と現実のシーンが切り替わる。時間的な前後なのか夢と現実の切り替わりなのか混乱するのである。そして映画の途中から「夢の中で夢を見る世界」が持ち込まれ、現実、夢、夢の中の夢の3つの層が互いに関連を持ちながら同時進行してしまうのだ。これで混乱しないほうがどうかしている。

第1層:現実の世界
第2層:夢の世界
第3層:夢の中の夢の世界

だから全部理解するまでには2、3回観ることをお勧めする。

あらすじはウィキペディアの記事を引用すると次のようになる。

「ドミニク・コブ(通称コブ)とアーサーは、標的の無意識に侵入する軍の実験段階の技術を用いて、標的の夢から重要情報を引き出す、「引き出し人」と呼ばれる産業諜報員(産業スパイ)だった。ところが、今回の標的である日本人実業家サイトウは、コブが、標的の無意識にある考えを植え付ける(inception)、遂行困難な仕事をこなせるか試したと言う。

病気である競争相手モーリス・フィッシャーが経営するエネルギー複合企業を破滅させるために、サイトウは、コブに、モーリスの息子で後継者であるロバートに父親の会社を解体させるよう納得させる事を依頼する。サイトウは、見返りとして、コブの殺人容疑を取り消して、コブが子供達の待つ家に戻れるように影響力を行使する事を約束する。コブは依頼を引き受け、口達者な「なりすまし人」イームス、夢を安定させる強力な鎮静薬を調合するユスフ、亡き妻の父であるステファン・マイルズ教授の助けで勧誘した、夢の中に設置する迷宮を設計する建築学科の学生アリアドネで組織を組む。アリアドネは、入り込んだコブの夢の中で、亡き妻モルが侵略的に投影されているのを知る。」

この文章で理解できるとしたら、あなたは相当物分かりのよい人だ。(僕は映画を観終えてから理解できた。)

夢を共有するためにはアタッシュケースに入れられた装置を使う。その装置から伸びる電極をそれぞれ手首につけて、何人かが眠ることで夢の世界を共有することができる。登場人物たちは夢の中で行動をおこして、現実世界での問題の解決を試みる。



夢の中では現実の10倍の速さで時間が進む。(そして第3層の夢ではさらにその10倍の速さで時間が進むという設定だ。)夢から現実に戻るためには現実の世界の人が眠っている人を起こすか、眠っている人が夢の世界で死ねばよいことになっている。ただし、夢の中でも痛みなどの感覚はそのままなので、死ぬのは恐ろしい。ましてナイフで刺されたり銃で撃たれたりするわけだから。。。そして鎮静薬をうってから眠ると、夢の中で死んでも現実世界には戻れないのだ。これがストーリーに緊張感をもたせる設定として効いている。


夢の世界では何でも起きてしまうのが見どころのひとつ。夢と現実を区別するのは空間が曲がったり、無重力状態になったりするなどの超常現象があるかどうか、そして周囲の群集(エキストラのような人たち)が自分たちに向ける敵意の視線をもっているかどうかで判断することができる。これは遠方の街並みがせり上がってくるシーンである。



開始から最初の1時間は、このように不思議で奇妙な映像に驚きながら、ストーリーの進行を理解していく。夢の中のシーンは変幻自在であるとともに、ロケーションも自由だ。東京や京都近郊も含めて世界6か国でロケが行われている。夢と現実のパラレルワールド、そして場所についてのテレポーテーションが理解のハードルを上げていく。


ようやく把握できたかな?と思い始めるのは開始からおよそ1時間後、しかしそれもつかの間、登場人物たちはとんでもない危機に見舞われることに。。。アクション映画の始まりだ。わけのわからない所を残しつつ、ハラハラドキドキ。なんだか凄いことになってきたなぁと、見続けてしまうわけだ。

ヒューマンドラマとしての側面もある。主人公のドミニク・コブ(レオナルド・ディカプリオ)には自殺してしまった奥さんがいて、夢の世界ではむかし彼女と過ごした家での生活がある。切ない。。。また、現実世界には長い間会うことができない幼い息子と娘がいるのだが、夢の中で子供たちの幻影を何度も目撃して、現実世界での再会を切望している。奥さんがなぜ自殺してしまったのか、コブは子供たちと再会できることになるかは、映画を観てのお楽しみとしておこう。

空間が曲がったり時間の進みが変わるのは相対性理論を思い出させるし、夢と現実はパラレルワールド、そして夢の中の場所が切り替わるのはテレポーテーションを思い起こさせる。理系的要素たっぷりの映画だし、心理的な葛藤や幻想とノスタルジー、そしてアクション映画としてのスピード感も満喫できる。ぜひご覧になっていただきたい。

映画『インセプション』予告編



しかしながら。。。しかしながらである。残念に思ったことが2つあった。

ひとつはアジア人差別があるかな?と感じてしまったこと。そしてもうひとつはアメリカ映画ならではの暴力シーンに関してだ。

クリストファー・ノーラン監督が、俳優の渡辺謙さんを高く評価していることを知っている上での感想であるが、この映画で銃で撃たれたり、瀕死の重症を負わされて痛々しい姿をさらすのは渡辺謙さんが演じる「斉藤(映画字幕ではサイトーと表記)」だけなのだ。誘拐されたエネルギー複合企業の御曹司ロバート・フィッシャーでさえも血は流さない。アメリカ人だけカッコよく描かれていると感じてしまった。

もうひとつは暴力的なシーンへの嫌悪感である。夢の世界の住民や敵が襲ってくるのだが、コブを始め登場人物は何の躊躇もなく彼らを殴り倒したり、撃ち殺したりする光景が何度も映される。こういう暴力シーンを見慣れてしまうから、アメリカ人はこの世界には善人と悪人しかいないという単純思考を植え付けられてしまうのだと思った。アメリカ社会で警官が、銃を持たない容疑者や無抵抗の黒人を殴ったり、撃ち殺したりする背景に、人種差別以前の「善悪二元論」があると思うのだ。そして暴力シーンはこれを助長する。


夢の世界を映像化したり、他人と共有できたら、この映画に近い体験ができるのだろう。そのように空想するのは楽しい。しかし、もしこれが実現したらと思うと少し怖くなる。

目の網膜が受ける光の刺激によって脳が視ている映像を、電気的に取り出す実験がすでに始まっている。夢の世界の映像ではないにしても、脳の中にある動画映像の可視化が成功しつつあることは、次の記事で紹介したことがある。夢の映像化の第一歩だ。そして映像を他の人の脳に視せることができれば夢の共有が実現する。

NHKニューヨーク白熱教室:第4回 変貌する“心の未来”
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/af868d9e78346e91a6f2056201a0afa3







数学の世界は「イデア界」にあるのかもしれない。数学のイデア界は幻想的な夢のように思える。そして「夢の中で夢を見ること」というキーワードで思い浮かぶのは「改訂版 微積分のはなし〈下〉:大村平」で使われていたこの挿絵だ。イデア界がイデア界を無限に含んでいるようなもの。



現実の世界では解くことができない微分方程式をラプラス変換して、もう一つの世界(夢の世界?)に移すと、単純な分数方程式に変わってしまう。変換後の世界では簡単に解けてしまうのだ。そして解けた結果を逆ラプラス変換して現実の世界に戻してあげる。するとそれは現実の世界での解になっているのだ。

もし与えられた微分方程式が(より難易度の高い)高階の方程式であれば、ラプラス変換を何度も行なってから(つまり夢の中で夢を見てから)解いて、元の世界に戻してやれば、不思議なことに問題は解けてしまうのだ。

現実の生活には人間関係や仕事上の問題、恋愛問題など頭を悩ます問題がいくつもある。夢の中で解決するのは簡単だろうし、それで現実の問題が解決できたらよいのにと思ってしまう。ところが数学の世界ではこれに似たようなことを、ときどき経験するのだ。


また、別世界どうしがかかわりをもっていることに関しては、次の例を思い出す。「フェルマーの最終定理」という「数論」の世界の問題は難問であり、350年もの間、数学者たちを悩ませ続けた。最終的にこの定理は「調和解析」の世界の「志村・谷山・ヴェイユ予想」が1995年にワイルズとテイラーによって証明されたことによって解決したのだ。(1995年のワイルズによる証明はこのPDFで読める。)



「フェルマーの最終定理」の証明は一例に過ぎず、他にもいくつか不思議なつながりを示す例が見つかっている。この図は「数論」と「調和解析」の世界がつながっていることだけでなく、「幾何学」の世界ともつながっていることを示している。この3つはイデア界にある数学だ。

そしてさらにこのイデア界は、あろうことか「量子物理学」の世界ともつながっているそうなのだ。「イデア界が現実世界と関わりをもっているらしい」というのは、にわかに信じられないかもしれない。

数学と物理学の境界とは、空想上のイデア界と現実世界の国境のことである。この国境は存在しないという予想のもとに研究が進んでいるのが「ラングランズ・プログラム」である。詳しいことは、次の記事をお読みいただきたい。

感想: NHK数学ミステリー白熱教室
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b0d53d030bf82e8016a1071fadb16063

映画の話からだいぶ脱線してしまったが、僕にとって「夢と現実のつながり」から連想するのは、このようなことである。


映画『インセプション(2010)』をご覧になりたい方は、次のリンクからどうぞ。

Blue-ray, DVD
 Amazonビデオ


英語台本
Inception: The Shooting Script



関連記事:

映画『インターステラー(2014)』
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/58711fc5335ca00f51a5d22df3f6cc58


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