昨年、映画『花筐/HANAGATAMI(2017)』を観たときに、大林宣彦監督の「戦争3部作」と呼ばれるこの『この空の花 -長岡花火物語(2011)』も、いつか観ようと思っていた。幸い、Amazon Prime Videoで観れるようになった。今年4月10日に逝去された大林監督の追悼をしないまま年を越すわけにはいかないのだ。映画を観て想いを受け止めるとともに、映画を紹介することで、監督が人生を通して学び取ったこと、若者たちに伝えようとしていたメッセージを広めることが僕にとっての追悼である。
戦争3部作:
『この空の花 -長岡花火物語(2011)』
『花筐/HANAGATAMI(2017)』:紹介記事 予告編
『海辺の映画館-キネマの玉手箱(2020)』:予告編 舞台挨拶 Prime Video
また、『海辺の映画館-キネマの玉手箱(2020)』が製作されるまでは、『この空の花 -長岡花火物語(2011)』の姉妹作品『野のなななのか(2013)』(予告編&Prime Video、監督インタビュー、舞台挨拶 Prime Video)を3作目としていた。結局、戦争4部作になったと考えてよいのだと思う。
映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』ストーリー:
新潟県長岡市を訪れた、女性新聞記者・遠藤玲子はさまざまな人と出会い不思議な体験をする。2004年の新潟県中越地震を乗り越え復興した長岡市は、2011年の東日本大震災のときはいち早く被災地を援助した。その地を取材するため、また、元恋人から届いた手紙に引き寄せられ、玲子は長岡市を訪れた。『まだ戦争には間に合う』という舞台を書いた女子学生・元木花を中心に、長岡空襲からはじまる長岡市の記憶が鮮やかに蘇る。
映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』予告編
[Blu-ray, DVD]、[Prime Video]、[YouTubeムービー]
ウィキペディア:「この空の花 長岡花火物語」
この空の花「長岡映画」制作委員会
https://www.locanavi.jp/konosora/
映画『この空の花 長岡花火物語(2011)』公式サイト(インターネット・アーカイブ)
http://www.konosoranohana.jp/
大林監督の著書: 単行本 Kindle版
東日本大震災の衝撃があまりにも大きかったため、僕は2004年10月の「新潟県中越地震」を忘れかけていた。(そしてその2か月後には30万人の死者を出した「スマトラ島沖地震」も起きていた。)どちらかというと震度6強にみまわれた「山古志村」という名前で記憶に残っている。この村は2005年に長岡市に編入合併されている。
長岡は花火大会のイメージしかもっていなかった。この映画を観て、中越地震、東日本大震災、そして太平洋戦争末期の長岡空襲が僕の中でひとつにつながった。その起点は戊辰戦争からの復興にある。僕はこの映画によって、長岡花火は戦禍や自然災害による犠牲者を悼み、悲しみを乗り越えて生きようとする市民の祈り、復興への願いの象徴なのだと教えてもらった。「慰霊と復興、平和への祈り」である。
この映画が製作された2011年7月には、新潟・福島豪雨がおきてしまい、花火大会の開催は無理だと思われたが奇跡的に開催することができたのだ。当時のことは、この映画で描かれているほか、この空の花「長岡映画」制作委員会のこのページで読むことができる。(2011年の長岡花火大会の動画を確認する)
非常に多くの方が大林監督と映画を愛しているのがよくわかる。大林ファミリーの俳優の方々も、継続して監督の作品に出演している。この作品では尾美としのりさん、村田雄浩さん、根岸季衣さんが、特に古いメンバーだ。戦争3部作からメンバーに加わりその後の作品にも出演されている方々もいる。役者にとって大林映画に起用されるのは名誉なことだと思う。
今年は新型コロナウィルスにより長岡花火大会が中止を余儀なくされた。それが発表されたのは4月10日で、まさに監督がお亡くなりになった日なのだ。(参考:「2020年 長岡まつり大花火大会開催中止のお知らせ」)2つの知らせを同じ日に知って愕然とした。せめて、花火大会中止のニュースを知らないまま旅立っていてくださっていればよいと僕は祈っていた。
その後、市長の会見を目にしたが、大林監督の逝去の知らせを受け、大変申し訳なく思うとおっしゃっていた。緊急事態宣言が東京を含む7都道府県に出されたのは4月7日、それが全国に拡大されたのが4月16日である。監督は新型コロナウィルスの感染拡大をご存知だったかもしれないが、長岡花火大会は開催してほしいと願いつつ旅立たれたのだと僕は思いたい。
広島と長崎に落とされた原爆が、あまりにも正確に投下されていたことを僕はこれまで不思議に思っていた。しかし、この映画で謎は解けた。アメリカは原爆と同じ形で中に通常火薬を詰めた「模擬原爆」を作り、7月中に日本全土の50ヶ所以上で投下訓練を行っていたことをこの映画で知ったからだ。史上初の原爆実験(トリニティ実験)が行われていた頃である。そのうちの1つが長岡市にも投下され、畑の中に直径20メートルの大穴を作った。死者と負傷者もでている。
映画が製作されたのは2011年。それから9年が経ち、今では平和の大切さを主張したり、戦争反対の気持ちをツイートすると反日呼ばわりされるようになってしまった。監督は、戦前の軍国主義的な雰囲気が忍び寄っていることを2010年以前から敏感に感じとられていた。それが、最後の仕事となる「戦争3部作」制作の動機となったのである。
来年は、新型コロナウィルスがおさまり、長岡花火大会をはじめ、全国で花火大会や祭りが開催できるようになってほしい。(ただし、東京オリンピックは除く。10月23日に追記:IOCは日本政府に五輪中止を通知したようだ。)
監督によるインタビュー動画、関連動画をいくつかピックアップしておこう。最初のインタビュー動画には心を打たれた。若者に対してこのように語れる大人はほとんどいなくなってしまったと思う。まだ1537回しか再生されていないようなので、ぜひご覧いただきたい。
映画「この空の花 -長岡花火物語」大林宣彦監督インタビュー(YouTubeで再生)
長岡開府400年記念メッセージ 大林宣彦さん:2018年7月(YouTubeで再生)
2020【長岡】大林監督追悼の花火:2020年9月(YouTubeで再生)
2012長岡花火 この空の花 「うつくしすぎる・・・」(YouTubeで再生)
2019長岡花火 マルゴー「この空の花」すげぇ~良かった!!(YouTubeで再生)
[4K] 長岡花火 2020 慰霊の白菊3発+コロナ終息祈願花火1発(YouTubeで再生)
長岡花火大会の動画: YouTubeで検索
余談だが、一輪車に乗る少女役の元木花を演じた猪俣南さんは、現在RAB青森放送でアナウンサーとしてご活躍されている。彼女は一輪車の元世界チャンピオンである。
アナウンサー・プロフィール(猪俣南)
https://www.rab.co.jp/announcer/prof/inomata.html
猪俣南アナは学生時代に一輪車世界チャンピオンや女優活動
https://joseiana.com/archives/24333
青森放送・猪股南アナ 世界大会で優勝した「一輪車の少女」
https://www.news-postseven.com/archives/20180713_718276.html?DETAIL
映画をご覧になりたい方は、こちらからどうぞ。『この空の花─長岡花火物語』全記録」(2014年DVDプレミアBOX版)には、5時間53分のDVD封入メイキング映像が入っているそうだ。
映画『この空の花 -長岡花火物語(2011)』
[Blu-ray, DVD]、[Prime Video]、[YouTubeムービー]
ところで、たまたまこの記事を目にして愕然とした。大林監督がこの記事をもし読んでいたら、さぞ悲しんだことだろう。監督が私たちに遺したメッセージを若者たちに広めていきたいと思った。
SNSで揺らぐ平和意識 戦争容認、簡単に「いいね」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65424360U0A021C2CE0000/
------------------------------------------------------
大林宣彦氏からの手紙(このページから引用)
「戦争を憎み、人を赦し合うことでしか、平和は生まれない」
-- ある米国傷痍軍人の友の言葉から --
2009年夏、縁有って僕は長岡の花火を見学しました。折からの群青色の不思議な明るい空に純白の雲が浮び、この空に巨大な花火が咲く。名立たるイヴェント花火かと思っていたが、然にのみ非ず。ここには何だか深い物語が秘められた、人の思いの気配を感じて、僕は思わず、温く、涙した。そしてこの花火は「戦禍を忘れぬ」追悼の花火であると知った。人集めのイヴェントならば土・日に開催されるべき大会を毎年同じ日に行う誠実さに、長岡の人の魂を学んだ。「映像の背後にどれほどの人の願い、思いが言葉となって秘められているか」を問う「映画」の思いと、この「長岡花火」の願いが僕の中でひとつに結びついた。——「世界中の爆弾を全て、花火に替えたい!」。これは映画の骨格を成す、良き人の言葉である。更にまた、この空の花火に怯える老女の話など、戦争の痛ましさを忘れ得ぬ人間の、純なる心ではあるまいか。そしてこの悲しみを忘れぬ強い願いこそが、全世界の人びとに語りかけていく「物語」の力と美しさではないだろうか。
2010年になって「長岡花火」を映画にしようという企画が持ち上がった。その際、来年の12月、「長岡市はハワイの真珠湾で追悼の花火を打ち上げようとしている」という話を聞いた。それはかつての日本の「敗戦少年」である僕の魂を激しく揺さぶる「物語」でありました。
―1945年以降の日本には「終戦」は有るが「敗戦」(の体験)がない。その「戦争を忘れよう」という姿勢によって、戦後日本の半世紀を超える「平和」が、どこか不安定で真実の姿を見せ得ないという不安要素となっている(どこか実質に欠ける、まるで「イヴェントのような平和」なんですね)。1960年代、「敗戦」の痛みを忘れ、一気に「平和日本」を迎えた日本の青年であった僕など、そのままアメリカに渡り、訪ねる先先で「ゲラウト・ヒア(出てけ)・ジャップ! 俺の倅は真珠湾でお前ら日本野郎に殺されたんだ!」と罵声を浴び、ホテルを追い出された。しかし又アメリカ人の親友も出来、「悪いのは戦争だ。戦争を憎み、人を赦し合うことでしか、平和は生まれない」と語る、片脚をパールハーバーで失った老人とも親しくなりました。「原爆」や「東京大空襲」などと共に「真珠湾を忘れない」ことこそが、この日本の平和を、更には日米両国の友情を築くことだと信じる僕など日本の「敗戦少年」は、故にこの長岡市が願う「真珠湾追悼花火」の実現に、「平和の世」を導くための、一つの「日本の奇蹟」を見る思いなのであります。8月1日の「長岡追悼花火」をプロロオグにして、「真珠湾の追悼花火」をこそエピロオグに、そして「この空」に咲く「花」の祈りの物語を主題に、この映画は「長岡古里映画」、一本の願いのファンタジー、健気な「夢」として完成されるべきでしょう。
映画を創るには「旬」があります。今こそこの「長岡花火物語」の映画の花をスクリーンたる「この空」に、大きく深く美しく咲かせるべき時ではないか。映画は小説や絵画のような「個人芸術」ではなく、ビル一棟、船一艘建設するが如き大事業であります。この「長岡花火」一本が実現するために、私たち映画製作スタッフも深い情熱を一歩一歩未来へ向かって進めて参ろうと決意して居りますので、古里のみなさま、何卒宜しくお願い申し上げます。
2010年 夏の初め。
------------------------------------------------------
関連記事:
映画『花筐/HANAGATAMI(2017)』大林宣彦監督
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/27b0f30d3c8eace1f73a348a18be447c
番組告知: 映画「ひろしま(1953)」
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13384a02216be844ab1681e8a4d1d92a
地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相:飯田進
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ac46ac40b155a4ef430bd92074db2a5b
メルマガを書いています。(目次一覧)
応援クリックをお願いします。
戦禍を忘れず、戦争や災害で亡くなられた方の追悼するという意味があったとは知りませんでした。「この空の花 -長岡花火物語」の映画も観たくなりました。
反戦の意思とはまた違うジャンルに入るのですが、大林監督の作品では「異人たちとの夏」が好きでした。
返信遅くなりすみませんでした。
ぜひこの映画ご覧ください。SD画質あと300円でレンタルできます。
「異人たちとの夏」もPrime Videoで見つけました。観てみようと思います。