とね日記

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フェルミ熱力学:エンリコ・フェルミ

2013年01月05日 22時20分47秒 | 物理学、数学
フェルミ熱力学:エンリコ・フェルミ

理数系書籍のレビュー記事は本書で203冊目。

ひとつ前の「現代の熱力学:白井光雲」の記事の中で『初めて学ぶ方には「フェルミ熱力学」または「熱力学を学ぶ人のために:芦田正巳」(PDF)と合わせてお読みになることを僕はお勧めしたい。』と書いたものの、「フェルミ熱力学」を僕は読んでいない。これでは無責任きわまりないと思ったので読んでみることにした。やはりこの名著をはずすわけにはいかないということもあるし。幸い正月休みは読書時間がたっぷりとれるので集中して読みきった。

僕が紹介するまでもなく著者のエンリコ・フェルミは20世紀を代表する物理学者のお一人で、1942年に世界で初めて原子炉を設計、開発した人物として知られている。その設計は通常の2倍の長さの計算尺を使って行っていたという。彼は実験家と理論家との2つの素養を備えた最後の物理学者とも言われている。

本書は1936年にコロンビア大学で彼が行った初学者向けの講義の内容を、後に教科書としてまとめたものだ。日本語版は加藤正昭先生が翻訳し1973年に出版された。(余計なことだがテレビドラマ「雑居時代」が放送されていた頃のことだ。)僕が中古で購入したのは2005年に印刷された初版第29刷である。

150ページほどのコンパクトな本にもかかわらず、熱力学の教科書としてはほぼ完成形に近い。さすが天才による名著だと思った。入門者にとっても、他の教科書でひととおり学んだ人にとっても得ることが多い内容だった。

章立ては次のとおり。

第1章:熱力学的な系
第2章:熱力学第一法則
第3章:熱力学第二法則
第4章:エントロピー
第5章:熱力学ポテンシャル
第6章:気体反応
第7章:希薄溶液の熱力学
第8章:エントロピー定数

第5章までで熱力学の基本的な関数が導かれる。平易な説明であるにもかかわらず、その内容は本質を突いていて、明快な論理の積み重ねを次々と示す間に基本的な法則と熱力学的物理量の表現が導かれていく。その手際は実に鮮やかで熱力学の理論体系の美しさを堪能させてくれる。全微分の形式で表された物理量については、その存在性の有無を慎重に吟味した上で示されているのが印象的だった。全微分のことを本書では「完全微分」と呼んでいる。

エンタルピーについての説明は本書全体を通して見つからなかった。また本書ではヘルムホルツの自由エネルギーのことを「自由エネルギー」、ギプスの自由エネルギーのことを「熱力学ポテンシャル」と表記しているので、初めて学ぶ方は注意してほしい。物理量の「示量性」と「示強性」の区別についての説明も無い。

あと熱現象の可逆性と不可逆性についての深い議論、不可逆性と「時間の矢」についての説明はされていなかった。

第6章から若干難しくなる。気体反応や希薄溶液をテーマにした化学平衡や相転移(気体、液体、固体)に関連する熱力学の応用理論だ。これらの事柄は以前「熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)」で学んでいたが「フェルミ熱力学」のほうがはるかにわかりやすかった。それは多くのページを割いて詳しく解説がされていることと、数式導出がていねいなことによる。化学系に進もうと思っている学生ならば絶対に読んでほしい。

田崎先生の本はタイトルに「現代的な視点から」とあるように、さまざまな教科書を研究なさった上で先生ご自身が物理量としての「仕事」に焦点を当てて熱力学を再構築した高度な教科書である。今回田崎先生の教科書を参照しながら「フェルミ熱力学」を読んでいたのだが、以前の読書の仕方が浅かったことに気づかせられた。その後、物理学書籍の読書経験もかなり積んでいるので、時間を見つけて田崎先生の本をもう一度読んでみようと思った。

最終章(第8章)には本書の素晴らしい「オチ」が含められている。第4章ではエントロピーが紹介されその表式が示されているのだが、その中に「a」という文字で表される「エントロピー定数」が入っている。その値は「不定な定数」なので実験で測定すべきものなのか、理論的な計算で導かれるものかは最終章に至るまで明らかにされていない。読者は最後までこの定数のことが頭にひっかかってしまうのだ。

そして最終章では熱力学第三法則とも言われる「ネルンストの定理」が示され、この定理を使ってエントロピー定数が他の熱力学的量による数式として具体的に導出し、読者の疑問を解消してくれる。

その表式は複雑なものだがこれによってエントロピーは「サッカー・テトロードの式」として完成する。そして最後に水銀が気化するときのエントロピーをこの式を使う方法と実験で測定した水銀の定圧比熱を使う方法で計算し、両者の結果がぴったり一致することが示されている。

フェルミの実験家としての素養は各章末に提示される演習問題によってうかがい知ることができる。どれも具体的な数値で計算させるものだが、章の内容に沿った基礎的なものばかりなので、解答が与えられていなくても問題ないはずだ。

馬鹿の一つ覚えのように「名著だ」を連発するのは能が無いが、本書は「初学者にもお勧めできる名著だ」というのが今回の結論である。

英語版でお読みになりたい方はこちらからどうぞ。

Thermodynamics:Enrico Fermi



ところでこの記事を書いている間にツイッターを通じて知り合った方から次のようなホットな(いや、とてもコールドな)お知らせをいただいた。新年早々すごいニュースが飛び込んできたものだ。熱力学はまだまだ枯れていないと思った。

Quantum gas goes below absolute zero (Nature)
量子ガスが絶対零度の限界を破る
http://www.nature.com/news/quantum-gas-goes-below-absolute-zero-1.12146

Science gets colder than absolute zero (Fox News)
科学によって絶対零度より低い温度を達成
http://www.foxnews.com/science/2013/01/04/science-gets-colder-than-absolute-zero/

なお、絶対零度より低い温度の達成については「統計力学(裳華房): 小田垣孝」にも記述がある。しかし今回のニュースはこれとはまた別の方法のようだ。


関連ページ:

現代の熱力学:白井光雲
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75ea63d19b1108d479a1cecb6df618f3

熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b4897aa001b274d176c3d676f691ced2

はじめて学ぶ物理 [熱力学]: 野田学
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/357c6de68655e6d435fa47909f8b055a


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フェルミ熱力学:エンリコ・フェルミ


序論

第1章:熱力学的な系
- 系の状態および過程
- 理想気体(完全気体)

第2章:熱力学第一法則
- 熱力学第一法則の表現
- 状態が(V,p)図上に表わされる系に対する第一法則の適用
- 第一法則の気体に対する適用
- 気体の断熱過程

第3章:熱力学第二法則
- 熱力学第二法則の表現
- カルノーサイクル
- 熱力学的絶対温度
- 熱機関

第4章:エントロピー
- サイクルの性質
- エントロピー
- エントロピーの性質
- 状態が(V,p)図に表わされる系のエントロピー
- クラペイロンの式
- ファン=デル=ワールス方程式

第5章:熱力学ポテンシャル
- 自由エネルギー
- 定圧熱力学ポテンシャル
- 相律
- 可逆電池の熱力学

第6章:気体反応
- 気体中の化学平衡
- ファント=ホッフの反応箱
- 気体平衡式の別の証明
- 気体平衡の検討:ル=シャトリエの原理

第7章:希薄溶液の熱力学
- 希薄溶液
- 浸透圧
- 溶液中の化学平衡
- 溶質の二相間への分配
- 溶液の蒸気圧・沸点・氷点

第8章:エントロピー定数
- ネルンストの定理
- ネルンストの定理の固体への適用
- 気体のエントロピー定数
- 気体の熱電離:熱電子放出

訳者あとがき
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