とね日記

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幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン

2013年12月07日 15時58分53秒 | 物理学、数学
幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン

内容紹介
相対性理論の着想の源泉となった、1854年に行われたリーマンの記念碑的講演。ヘルマン・ワイルの格調高い序文・解説で読み解くリーマン幾何学の構想。ミンコフスキーの論文「空間と時間」を収録。

著者略歴
ベルンハルト・リーマン
1826‐1866年。解析学、幾何学、数論などの分野で先駆的な業績を上げ、20世紀の数学に多大な影響を与えた数学者。ゲッティンゲン大学でガウスのもと、複素解析の基礎づけと多様体概念を導入したリーマン幾何学を確立。数論では「リーマン予想」が未解決問題としてよく知られている。

翻訳者略歴
菅原正巳
1917‐2011年。東京帝国大学理学部卒業。名古屋帝国大学助教授、統計数理研究所所員、国立防災科学技術センター所長などを歴任。水文学において、河川流量の時系列を予測するための「タンクモデル」の提唱者。


理数系書籍のレビュー記事は本書で238冊目。

空間が曲がることについて考察を深めてみたい方のために今日は貴重な本を紹介しよう。なんと1854年に行われたリーマンの記念講演が「ちくま学芸文庫」で読めるようになったのだ。


中学生の頃、学習図鑑で「曲がった空間」についての解説を読んだことがある。曲がった空間の代表例として地球の表面のような球面が説明に使われていた。それは非ユークリッド幾何学というもので、「2本の平行線は交わらない。」という直観的常識を否定した立場で展開する新しい幾何学なのだという。

子供ながら僕は「ふーん、そんなものか。前提条件を変えれば全く違う幾何学が成り立つのは当たり前なんだけどな。そんな大げさに取り沙汰するほどすごいことなのかな?」と思っていた。曲面というのは曲がっているけどそれはしょせん物体だ。なにも2次元の空間と呼ばなくてもよいのに。少し譲ってそれを2次元空間としたとしても、それは(まっすぐな)3次元空間の中にある曲がった2次元空間だ。特に不思議はない。

学習図鑑で説明されていた非ユークリッド幾何学は、僕の一般常識をくつがえす程のものではなかった。

高校生になりブルーバックスで一般相対性理論について読み、天体の周囲の空間が歪んでいることを知った。本来まっすぐ進む光も曲がった空間に沿ってまっすぐ進むから遠くから見ると光線は曲線になるのだという。

不思議だと思ったが、本当のことを言えば「ふーん、そんなものか。」というのが僕の感想だ。本に書かれていたことを鵜呑みにしただけで、そのことの本質がよく理解できていなかったのだ。

それは「2次元の曲面ではなく3次元の空間が曲がること。」であり、「数学的な空間のことではなく物理的に実在する3次元空間のこと。」である。

数学的な空間なら仮想的なものにすぎないからどんなに曲がった世界だって受け入れられる。でも物理的な空間が曲がっていたとしたら宇宙を真っ直ぐ進んでいったとしても、いつの間にか元の場所に戻ってきてしまうこともあるわけだ。そもそも空間っていうのはからっぽの入れ物の中に、人間が勝手に座標を割り当てたものだから「3次元空間が曲がる」ということの意味は何なの?という感じだった。

そのように考えるようになってから僕はあることが心配になった。1次元の空間、つまり曲線が存在するためにはその曲線が含まれる2次元の面が必要になる。もしその2次元の面が曲がっているとしたら、曲面を取り囲む3次元の空間が必要になるわけだ。小学校で使う下敷きを湾曲できるのも、そのまわりに3次元空間があるからだ。そしてその3次元の空間が曲がっているとしたら、それを取り囲む4次元空間が必要になり。。。その後は5次元、6次元、・・・無限次元の空間まで存在してしまうことになる。それは数学的な仮想空間ではなく実在する物理空間としてのことなのだ。アインシュタインがとんでもないことを言い出したから僕の頭の中ではあっという間に無限次元空間まで存在することになってしまった。

でも、そんな心配をしなくてもいいことがだいぶ後になってから - 大人になってから理解できるようになった。それは大数学者ガウス(1777年-1855年)のおかげである。僕の心配は1827年 - 『曲面の研究』という本で解決されていた。彼が研究していたのは「曲面論」という2次元曲面の微分幾何学だ。これによると「曲面の性質はその曲面の上の2点間の距離や角度などの量だけですべて表すことができる。」という。専門的に言えば「内在幾何」というそうだ。つまり曲面が存在するためにはその周囲に3次元空間は必ずしも無くてよいというのがその意味するところである。だから大雑把に言えば曲がった3次元空間を含む高次元の空間を考える必要もなくなったのだ。

たとえば球面の方程式は普通 x, y, z と半径の r の間の関係式として表現されるが、これら4つの変数はどれも球面を取り囲む3次元空間に存在する位置や長さを表している。けれども内在幾何を使えば同じ球面をこれらの変数を全く使わず、球面上の無限小の線素(duやdv)や球面上の曲率、線素どうしがなす角度などだけで表すことが可能になるのだ。球面上だけに内在する幾何学的な量だけで形が決まるので、3次元空間は存在しなくてもよくなる。あまり正確なものではないが、これが「内在幾何」の説明だ。

内在幾何のやさしい解説は「宇宙の形、ガウスの曲面論と内在幾何(第1回)」から始まる3回の連載記事をお読みいただきたい。

ガウスが研究したのは2次元の曲面までの話。その後、曲がった3次元だけでなく一般のn次元の曲がった空間を表す数学理論を研究したのがガウスの弟子であり、今日紹介する本の著者のベルンハルト・リーマン(1826年-1866年)である。リーマン幾何学、リーマン多様体の創始者だ。

本書「幾何学の基礎をなす仮説について」は同じタイトルでリーマンが1854年、28歳のときにゲッティンゲン大学で行なった歴史的な記念講演(ゲッティンゲン大学への就職講演)を冒頭の20ページに掲載している。この部分は数式がほとんどないので数式が苦手なでも読むことができる。亡くなる前年にこの講演を聴いたガウスは大いに感銘を受けたと伝えられている。

この講演の内容は昭和17年に菅原正巳先生(1917-2011)によって和訳、出版され、度々の重版を重ねられたのだが絶版になり、先月やっとちくま学芸文庫から復刊されたのだ。原本は金沢工業大学にも所蔵されており、解説を読むことができる。

幾何学の基礎にある仮説について
ゲッティンゲン, 1867年, 初版.
https://www.kanazawa-it.ac.jp/dawn/110/186701.html

本書ではリーマンの記念講演のほか、ワイル(1885-1955)による序文とリーマン記念講演の解説、訳者の菅原先生による解説、ミンコフスキー(1864-1909)の「空間と時間」と題した講演、これを訳された菅原先生の解説などを読むことができる。しかしリーマンの記念講演以外は数式満載なので微分幾何学を学んでからでないと読むことができない。

リーマンの記念講演が行われたのは1854年。当時の日本は幕末で坂本龍馬は18歳。この年は黒船来航の翌年にあたり、龍馬が江戸での15カ月の剣術修行を終えて土佐へ帰国した年だ。新島八重はまだ9歳だった。

リーマンの研究はその後、テンソルの絶対微分学としてリッチ、レヴィ・チビタなどによって発展し、アインシュタインが特殊相対論から重力場の存在を許した一般相対論を導くために必要な数学的な道具となった。

さらにワイルやカルタンはより一般な接続の観点から幾何学をとらえ、クラインの幾何を変換群から見る立場とリーマンのアイデアを統一した。また曲面の幾何において曲面全体にわたる大域的な性質の研究、ポアンカレ、バーコフ、モース、アダマールによる測地線の研究、ホップによる定曲率空間、カルタンによる対称空間の研究を通してリーマン幾何学は力学系や変分学、位相幾何学とも結びつき、計量に関する曲率などの局所的な性質と空間全体にかかわる大域的性質の関連が必要であることがわかってきた。また、多様体の概念が計量や接続と切り離して現代数学の言葉で定義され、リーマン幾何学の基本的な諸概念も整備され、ホップとリノウによってリーマン空間の完備性が定義され大域的な概念が明確になった。

リーマンの記念講演は一般相対論によって曲がった空間が提唱される62年前のことだ。リーマン自身、現実の空間が曲がっているなどとは予想もできないことだと思う。けれどもこの講演の最後に、彼は量子力学や素粒子物理学を予感させるようなことを述べているのだ。

1)リーマン幾何学と全く異なる有り様が測り知れぬほど小さい空間に成り立っているかもしれない。そのような無限小の空間で成り立つ物理量の関係がこれまでの経験則に一致していないとしたら、それを説明する新しい幾何学の仮定に従うべきである。

2)空間の基礎をなす実在的なものが離散多様体を造るか、または物理量の量的関係の基礎を空間以外に、物体間に働く結合力に求めなければならない。

この講演が行われたのはアインシュタインが活躍する50年以上も前のこと。またマックスウェルが電磁気学の基礎方程式を発表する10年前でもある。講演が行われたときリーマン幾何学は数学の世界だけの理論であったはずだ。量子力学と素粒子物理学の到来を予感した天才数学者のインスピレーションには人間の知力を超えたひらめきの萌芽があったに違いない。

量子力学の誕生はこの講演の70年後、素粒子物理学は80~90年後のことであることを考えると、彼の洞察力には畏怖さえ感じさせられる。リーマンは数学者であって物理学者ではない。空間の性質の理解からどのようなインスピレーションでミクロの世界の物理学を予感できたのだろうか?


今年は「大栗先生の超弦理論入門」や「NHKスペシャル:神の数式」などのおかげで、一般の人が空間について考えたり想像をめぐらせることになった。10次元や26次元やコンパクトに巻き取られた余剰次元の存在を私たちが納得できるまでにはしばらく時間がかかりそうだ。しかし空間というものに「曲がる」という性質があることを認めることで、その極端な有り様として超弦理論の余剰次元がコンパクトに巻き上げられることも少しは理解できるようになるのかもしれない。

私たちの常識を超える空間の概念を160年も前の数学者がすでにものにしていたことを知ることのできる貴重な本を今回紹介させていただいた。


関連書籍:曲がった空間やリーマン幾何学を学びたい人のために。

数学が苦手な一般読者にはこの本がよいだろう。今月発売されたばかりだ。

伸び縮みする時間と空間―光速度不変の原理で理解する (Newton別冊)」(解説ページ




一般相対性理論を学ぶためにリーマン幾何学を学びたいのであれば、「EMANの相対性理論」がよいのはもちろんであるが、本で学ぶのであればこれらの教科書がよい。

相対性理論への数学的第一歩 ~共変微分のやさしい説明~」(レビュー記事




 

 

幾何学の基礎をなす仮説について:ベルンハルト・リーマン


はしがき
重版序

幾何学の基礎をなす仮説について(リーマン)
- ワイルの序
- 研究の方針
- I.「n重に拡がったもの」という概念
- II.「n次元多様体に可能な量的関係
- III. 空間への応用
- 摘要
- 解説(ワイル)
- 解説(訳者)

空間と時間(ミンコフスキー)
- 解説(訳者)
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2 コメント

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Unknown (sio)
2013-12-13 18:53:25
共立から出てる「現代数学の系譜」シリーズにもリーマン等の微分幾何関係の論文の邦訳が入っているんだが、それとは別物だったのか、これ。。。他の本や論文でも複数邦訳があるものも珍しくないし、紛らわしい。出版社やアマゾンのページで何の底本の復刊なのか明記してくれないと困る。これに限らず、復刊本や翻訳本全般にいえるのだが。本来こういうことは出版社の仕事だろう、とでも書いておけば中の人が見てくれるかな?同一タイトルでも内容が別物だったり全く同じだったり訳者が同じだったり違ったりと購入するまで中身がわからないのは詐欺商法だろう。

この前のデカルトの幾何の文庫化では全集のと全く同じ奴を掴まされたのだが(全集版が絶版のになったばかりで数万円で買ったばっかなのに)、実に紛らわしい商法だな。しかも幾何関係の古典は図がTeXで再入力されておらず、図版がスキャン画像の手抜きというお粗末なものが多い。ある19世紀の数学や物理学の専門書や論文の邦訳では、本文はTeXなのに図版がスキャンでJPEGノイズ丸見えの荒い汚い画像とか時代錯誤も甚だしい。タイプライターで数式が手書きだった時代じゃないんだぞ。数式はもちろん、幾何学図形のOCRは誰も開発していないのだろうか。これでは初等幾何や解析幾何などの絶版本や著作権切れの昔のものを復刊するときも、二の舞になりかねない。数式の電子化はTeXなどがほぼ実用レベルかつスタンダードが確立されてフリーのオープンソースで使えるが、図形関係のソフトのスタンダードがTeX程に確立されていないのも問題だな。三次元画像については3D映像化なども実用化されつつあるから電子版では対応してほしいし、電子版では数式処理ソフトとの連携なども勧めて欲しいが未だに埋め込み画像では。。。初等幾何関係の作図や証明をするソフトも幾つかあるんだが、数値計算や数式処理ソフトほどは普及していないし(専門レベルでのニーズが少ないのもあるかもしれないけど)、画像だけ読み込んでいろいろ変換とかできれば便利だろうに。
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sio様 (とね)
2013-12-13 19:21:02
コメントありがとうございます。

共立の「現代数学の系譜」シリーズの「リーマン,リッチ,レビ=チビタ,アインシュタイン,マイヤー リーマン幾何とその応用」を僕は持っていませんのですが、こちらは翻訳者が矢野健太郎先生なので今回紹介したのとは別物だと思います。

図や数式を含む数学書、物理学書は著者自身がTeXやグラフィック処理ソフトを使って執筆していない限り満足のいく品質の本は出版されにくいですよね。

さらに電子書籍化となると、満足できる理数系書籍はまだ1冊もお目にかかったことがありません。はやく英語並みの読書環境が実現されるといいと思います。
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