数学書の紹介記事は久しぶりになってしまった。というのも今回読んだ「ヴィジュアル複素解析」という本が600ページもある分厚いものだったからだ。(英語版のPDFはここに公開されている!)
アマゾンのレビューでも「驚くべき本!」と記されているとおり数学書としてはユニークな本だった。複素解析というのは複素数を変数とする関数の理論であり、以前「複素関数」という大学の教科書のような本で勉強した。高校までで習うのは実数関数で、XY平面にグラフで描ける関数だ。だから実数関数やその微分、積分にしても視覚的にわかりやすいし、立体の曲面のグラフだってXYZの3次元のグラフを描けばなんとか表現できる。けれども変数xをa+biのように複素数に拡張すると、関数の値yも複素数になるから、xもyも2次元つまり合計4次元でないとグラフが描けないことになる。
複素関数を視覚化するためにとっておきの方法がある。それは「写像」という考え方だ。変数zを複素平面上の点として表し、その関数値f(z)はまた別の複素平面上の点として表すのだ。こうすれば関数を平面上の点から点への写像として表せることになる。実際にf(z) = z^2 + z + 1 という2次関数をこの方法で表現するとこのページのようになる。zの値をマウスで動かしてf(z)の値がどのように変化するか確かめてほしい。このような関数があるのだということ、そして関数があるのだからその微分や積分も定義できるということ、実数関数には見られない美しい公式がその世界で成り立っていることを意識した上で、この本が読めるようになるのだ。
通常、複素関数についての教科書は数式の羅列で読むのに骨が折れる。得られる公式がいかに美しくても、なかなかその意味をイメージすることができないものだ。実数関数の場合には微分や積分も「接線の傾き」や「曲線の下の面積」などと具体的にイメージできるのに対して、複素関数では微分や積分すらイメージできない。しかしこの「ヴィジュアル複素解析」は違う。500点以上の図版を使って複素関数をビジュアルな形で説明している。くどいまでに難しい概念を幾何的にイメージさせてくれる。
また、この本は射影幾何学的な要素も強い。それも複素関数にからめての話だ。実数関数で分母の値が0になると関数値は無限大に発散してしまうのだが、それは複素関数でも同様だ。複素関数ではそれを複素平面上の「特異点」として取り扱う。しかし、関数値としての複素平面を球面に射影することによって曲面上の幾何学が生まれ、そこでは平面上で無限遠の点と特異点の立場を逆転させることができる。(数学的に正確ではないが、説明のための方便と思ってご勘弁を。)平行線は射影された曲面上で交わる。つまりリーマン幾何学という曲がった空間の幾何学へと話は展開される。図示するとこのようなイメージである。
どうもうまく説明できないので、以下の2つのページを参照してほしい。(あ~あ、とうとう説明を投げ出してしまった。。。)ともかく次のようなことがビジュアルかつ数式付きで説明されているわけだ。
メービウスのわだち:
http://izumi-math.jp/F_Nakamura/mebius/mebius.htm
双曲的非ユークリッドの世界
http://web1.kcn.jp/hp28ah77/japanese.htm
ひとつだけ不満が残った。この本はあくまで複素関数と幾何学の本である。第10章から物理学への応用が展開されていたが、僕にはなんだかこじつけのような気がしてならなかった。最後まで幾何学の臭いがぷんぷんしており、物理的な実体とはかけはなれているように思えたからである。複素関数や射影幾何学の理論が整然としていればいるほど、現実世界を示唆する法則のイメージから遠ざかってしまうのだ。僕は数式を通じてもっと近い距離で物理現象を実感したいのだ。
ちなみにこの本の原書は英語であり、ちゃんとしたホームページがある。目次や本の内容の一部をPDFで見れるようになっているので参考にしてほしい。
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英語版のPDFはここに公開されている!
Visual Complex Analysis:
http://umv.science.upjs.sk/hutnik/NeedhamVCA.pdf
英語版の紹介ページ:
http://usf.usfca.edu/vca/
以下は日本語版の目次(章立てより1つ下のレベルまで)である。
第1章:幾何と複素数の代数
オイラーの公式
いくつかの応用
変換とユークリッド幾何
第2章:変換としての複素関数
多項式
べき級数
指数関数
正弦関数と余弦関数
多機能関数
対数関数
円周上の平均
第3章:メービウス変換と反転
反転
反転の三つの応用例
リーマン球面
メービウス変換の基本的性質
行列としてのメービウス変換
視覚化と分類
二つまたは四つの鏡映への分解
単位円板への自己同型
第4章:微分(伸縮ひねりの概念)
不思議な現象
平面内の写像の局所的記述
伸縮ひねりとしての複素微分係数
簡単な例
等角=解析的
臨界点
コーシー・リーマンの方程式
第5章:微分(伸縮ひねり)の幾何
コーシー・リーマンの方程式の本性
解析関数の剛性
log z の微分の視覚化
微分の公式
多項式、べき級数と有理関数
べき関数の視覚化
exp z の微分の視覚化
幾何によるE'=Eの解
高次微分係数の応用:曲率
天体力学
解析接続
第6章:非ユークリッド幾何
球面幾何
双曲幾何
第7章:回転数と位相
回転数
ホップの次数定理
多項式の偏角の原理
位相的偏角の原理
ルーシェの定理
最大と最小
シュヴァルツ・ピックの補題
一般化された偏角の原理
第8章:複素積分とコーシーの定理
実積分
複素積分
複素反転
共役写像
べき関数
指数写像
基本定理
パラメータ表示を用いた計算
コーシーの定理
一般のコーシーの定理
道に沿う積分の一般的公式
第9章:コーシーの公式とその応用
コーシーの公式
無限回微分可能性とテイラー級数
留数計算
円環におけるローラン級数
第10章:ベクトル場(その物理とトポロジー)
ベクトル場
回転数とベクトル場
閉曲面上の流れ
第11章:ベクトル場と複素積分
フラックスと仕事量
ベクトル場による複素積分
複素ポテンシャル
第12章:流れと調和関数
調和双対
等角不変性
強力な計算道具
複素曲率再訪
障害物のまわりの流れ
リーマンの写像定理の物理
ディリクレ問題
我々が電気回路を理解できるのも、複素関数のおかげ、と思うと有り難い教本に見えてきました。
お小遣いの都合をつけてなんとか入手したと思います。
ではでは。
お久しぶりです!コメントありがとうございます。
朝カルで竹内薫先生の授業がなくなってしまって僕も残念です。
今後は単発の講演会などでお会いできるかもしれませんね!
このヴィジュアル複素解析の中で複素関数の定理や公式をビジュアルに説明している箇所はページ数で20%くらい、メービウス変換の球面幾何や双曲幾何、射影幾何についての説明が60%くらい。物理への応用(?)が10%くらいです。(合計して90%ですが、残りの10%は巻頭の「導入」にあてたページです。)
僕は双曲幾何への興味が不足していたためか、退屈な部分もありました。定理や公式が美しすぎると、疑り深い性格の僕としてはそこに人工的なものを感じてしまうからかもしれません。物理のように秩序のなさそうなものの中に
法則を見出していくほうが自分の性に合っているのかもしれません。
量子脳理論で知られるロジャー・ペンローズ先生は「とりこになってしまった。」と絶賛しているのが本書です。