スウェーデンの王立科学アカデミーは6日、2020年のノーベル物理学賞を、ブラックホールの研究で成果を上げた英オックスフォード大のロジャー・ペンローズ氏(89)ら欧米の3人に授与すると発表した。
3氏はオックスフォード大学のロジャー・ペンローズ氏、ドイツのマックスプランク研究所のラインハルト・ゲンツェル氏、カリフォルニア大学のアンドレア・ゲーズ氏。
ペンローズ氏はアインシュタインの一般相対性理論を基にブラックホールが形成されることを理論的に証明。ゲンツェル氏とゲーズ氏は銀河系の中心に、非常に小さいにもかかわらず質量の大きな物体が存在すると発見した。その正体がブラックホールであると考えられている。
授賞式は新型コロナウイルスの流行を考慮し、オンラインで(とね日記賞の発表と同じ)12月10日に開かれる。賞金は1千万スウェーデンクローナ(約1億2千万円)の半分はペンローズ氏に、残り半分がゲンツェル氏とゲーズ氏に贈られる。
The Nobel Prize in Physics 2020
https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2020/summary/
Announcement of the Nobel Prize in Physics 2020
今年はも昨年の物理学賞と同様「宇宙」の分野で受賞が決まった。また、2017年の物理学賞も一般相対性理論、ブラックホールの分野に授賞されている。発表では次のようなスライドが映された。
地球をグリンピースのサイズに押しつぶせばブラックホールになる。
事象の地平面(Event Horizon)をはさんでブラックホールの外と内で空間(Space)と時間(Time)の役割が入れ替わる。(解説)外の空間では、自由に空間を行き来できるが、時間を操ることが出来ない。事象の地平面内では、空間を行き来が出来ないが、時間を制御できる。なお、ブラックホールの中心が特異点(Singularity)である。下記の「関連書籍:」に解説書を紹介しておいた。
(拡大)
ブラックホールの外と内を説明。時間が流れるのは事象の地平面までである。
銀河系の中心近くの恒星の群れ、この動画のようにある領域を中心にして公転している。
コンピュータで解析すると、中心には超巨大な質量の「何か」があることがわかる。太陽の400万倍の質量の超大質量ブラックホールだと考えられている。(拡大)
発表のタイミングで公開されたプレスリリースを和訳したものを載せておこう。
プレスリリース(英語):
https://www.nobelprize.org/uploads/2020/10/press-physicsprize2020.pdf
日本語訳:
2020年ノーベル物理学賞
“ブラックホール形成が一般相対性理論の確固たる予測であるという発見に対して”
”
ロジャー・ペンローズ, 1931年英国コルチェスター生まれ。1957年ケンブリッジ大学で博士号取得、英国オックスフォード大学教授
“私たちの銀河系の中心にある超大質量コンパクト天体の発見に対して”
ラインハルト・ゲンツェル, 1952年ドイツ Bad Homburg vor der Höhe生まれ。1978年ボン大学で博士号取得、マックスプランク研究所ディレクター、米国カリフォルニア大学バークレー校教授。
アンドレア・ゲーズ, 1965年、米国ニューヨーク市生まれ。1992年、米国カリフォルニア工科大学で博士号取得、米国カリフォルニア大学教授
ブラックホールと銀河系の最も深い秘密
今年のノーベル物理学賞は、宇宙で最もエキゾチックな現象の1つであるブラックホールについての発見に対して授賞します。 ロジャー・ペンローズは、一般相対性理論がブラックホールの形成につながることを示しました。 ラインハルト・ゲンツェルとアンドレア・ゲーズは、目に見えない非常に重い物体が私たちの銀河の中心にある星々の軌道を支配していることを発見しました。 超大質量ブラックホールは、現在説明できる唯一の可能性です。
ロジャー・ペンローズ は、ブラックホールがアルバート・アインシュタインの一般相対性理論の直接の結果であるということの証明に独創的な数学的方法を使用しました。アインシュタイン自身は、ブラックホールが実際に存在することを信じていません。これらの超重量級のモンスターは、そこに入るすべてのものを捕らえ、光さえも逃げることはできません。
アインシュタインの死から10年後の1965年1月、ロジャー・ペンローズは、ブラックホールが実際に形成される可能性があることを証明し、それらを詳細に説明しました。ブラックホールは、その中心にあらゆる既知の自然法則を停止してしまう特異点を隠しています。彼の画期的な論文は、アインシュタイン以降、最も重要な一般相対性理論への貢献と見なされています。
ラインハルト・ゲンツェル と アンドレア・ゲーズ の2人は、1990年代初頭以来、私たちの銀河の中心にあるいて座A *と呼ばれる領域にフォーカスしてきた天文学者のグループをそれぞれ率いています。銀河系の中心に最も近く最も明るい星の軌道は、より正確にマッピングされています。これらの2つのグループの測定値は一致しており、どちらも星の寄せ集めを引っ張る非常に重く、目に見えない物体を見つけ、目まぐるしい速度で駆け回らせています。私たちの太陽系より小さいその領域には、太陽の約400万個ぶんの質量が集まっています。
ゲンツェルとゲーズは、世界最大の望遠鏡を使用して、星間ガスと塵の巨大な雲を通して銀河系の中心まで見る方法を開発しました。彼らは技術の限界を広げ、地球の大気によって引き起こされる歪みを補正するために新しい技術を洗練、独自の機器を構築し、長期的な研究に取り組んでいます。彼らの先駆的な研究は、銀河系の中心にある超大質量ブラックホールのこれまでで最も説得力のある証拠を私たちに与えてくれました。
「今年の受賞者による発見は、コンパクトで超大質量の物体の研究において新たな境地を開きました。けれども、これらのエキゾチックな物体は、将来の研究を動機付ける多くの謎をもたらしています。それらの内部構造についての謎だけでなく、ブラックホールのすぐ近くの極端な条件下で重力の理論をテストする方法についての謎もあります」とノーベル物理学委員会の議長のデヴィッド・ハヴィランドは述べました。
イラスト
以下のイラストは非商用目的である限り無料で使用できます。著作権はスウェーデン王立科学アカデミー、Johan Jamestadに帰属します。
イラスト: Cross section of a black hole (pdf)
イラスト: The Milky Way (pdf)
イラスト: Stars closest to the centre of the Milky Way (pdf)
今年の賞の関連文献
ポピュラー・サイエンス: Black holes and the Milky Way’s darkest secret (pdf)
サイエンス: Theoretical foundation for black holes and the supermassive compact object at the galactic centre (pdf)
ペンローズ博士、ゲンツェル博士、ゲーズ博士、物理学賞受賞おめでとうございます。
受賞後の電話インタビュー再生: ペンローズ博士 ゲンツェル博士 ゲーズ博士
感想、コメント:
発表された瞬間、ツイッター上では「なんと!今年はペンローズさんか!」と、歓声が上がった。
今年の物理学賞を当てることができた方は、まずいないだろう。受賞者が数学者だったからだ。とはいってもペンローズ博士の受賞理由はブラックホールだから納得がいく。(ペンローズ博士は宇宙物理学・理論物理学者でもある。)そして博士と長年共同研究されていたホーキング博士が存命でいらっしゃったら、きっと共同受賞されていたことだろう。(参考記事:「ホーキング博士の訃報に接し (Stephen Hawking passed away)」)
とても驚いたが、じゅうぶん納得のいく授賞だと思った。素粒子物理学や物性物理などと異なり、今年のテーマは一般の方にも理解しやすく、興味を引く内容なのがよかったと思う。
物理学賞ではこの数年、予想を裏切る授賞が見られるようになった。これまで素粒子物理学と物性物理学の領域での授賞が交互に行われるパターンが続いてきたのだが、2015年にブラックホールからの重力波が初観測されて依頼、一般相対性理論、宇宙、ブラックホールの研究領域への授賞が始まったからだ。予想するのは、いっそう難しくなった。
関連動画:
今回受賞された3人の先生方の動画を紹介しておこう。ゲーズ博士の動画は日本語字幕付きだ。
2020 Nobel Lectures in Physics
Roger Penrose | Full Interview | Gravity, Hawking Points and Twistor Theory
A Fork in the Road to Reality, Dr. Roger Penrose. Oxford University, UK
ペンローズ博士の動画: YouTubeで検索
Reinhard Genzel - Testing General Relativity with Infrared Interferometry
ゲンツェル博士の動画: YouTubeで検索
アンドレア・ゲーズ:超大質量ブラックホールを探す(日本語字幕付き):お勧め動画
ゲーズ博士の動画: YouTubeで検索
関連書籍:
一般相対性理論からブラックホールの存在を世界で初めて予言したのは、ペンローズ博士ではなくカール・シュヴァルツシルトで1915年のことだ。シュヴァルツシルトの業績は、ブラックホールの周囲(シュヴァルツシルト半径)の事象の地平面(事象の地平線)の発見にあり、今回の受賞につながったペンローズ博士の業績は、むしろホーキング博士との共同研究で得られたブラックホールの中心の特異点(シンギュラリティ)の発見である。(参考:ウィキペディア「特異点定理」)
ブラックホールの特異点を解説した本を紹介しておこう。最初の2冊はペンローズ博士の著書と、博士の理論の紹介本だ。どちらも一般の方がお読みになれる難易度である。
「宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか: ロジャー ペンローズ」(原書)(原書Kindle版)
「ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉:竹内薫」(Kindle版)
ペンローズ博士の本で原書でもよいという方には、こちらがお勧め!
(日本語での紹介記事)(ペンローズ博士の講演動画)
「The Road to Reality: A Complete Guide to the Laws of the Universe: Roger Penrose」(Kindle版)
ペンローズ博士の著書: 日本語版 英語版
2018年3月にお亡くなりになったホーキング博士がご存命であれば、ペンローズ博士と共同受賞したことであろう。そのかわりにゲンツェル博士、ゲーズ博士のどちらかは受賞できなくなる。
ペンローズ博士の受賞には、ホーキング博士の貢献もあると思う。あらためて追悼させていただくとともに、功績を称えて博士の著書とペンローズ博士との共著を紹介しておく。(ただし、共著のほうは数式が多く含まれているので、理系の大学生以上でないとお読みいただけない。)
「ホーキング、宇宙を語る:スティーヴン・W. ホーキング」(紹介記事)(原書)
「ホーキングとペンローズが語る 時空の本質―ブラックホールから量子宇宙論へ」(紹介記事)
なお、物理学賞発表で使用された2番目のスライドで、ブラックホールの外と内では空間と時間の役割が入れ替わることが説明されたが、これに興味を持った方がいると思う。その詳しい解説は、次の本の第III章「ブラック・ホールの時空構造」に書かれている。ただし、この本は名著であるものの、初版は1973年刊行、そしてこの新装版は2003年刊行と、とても古い本なので現在では誤りだとわかっている理論も書かれている。お読みになる方はご注意いただきたい。(簡単かつ手短かな解説でよければ、このページの「揺らぎは時間と空間の区別さえ崩壊させる」という節に書かれている。)
「新装版 相対論的宇宙論―ブラックホール・宇宙・超宇宙」(Kindle版)
ゲンツェル博士とゲーズ博士の研究テーマ、超大質量ブラックホールに関心がある方には、講談社ブルーバックスの次の2冊をお勧めしたい。
「巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る: 本間希樹」(Kindle版)(紹介記事)
「ゼロからわかるブラックホール: 大須賀健」―空を歪める暗黒天体が吸い込み、輝き、噴出するメカニズム(Kindle版)(紹介記事)
関連記事:
史上初!ブラックホールを撮影し、その存在を証明
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3bdd0676cf497a9731a729d3a0da5a4
巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る: 本間希樹
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c847e0b9662e20720b9e6acf5cd4f370
ゼロからわかるブラックホール: 大須賀健
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d3f08c2ddb0f6168b502dac4a70f3a7e
ホーキング、ブラックホールを語る:BBCリース講義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6fb5c3578db1c26382c831983fd44e04
ホーキング、宇宙を語る:スティーヴン・W. ホーキング
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/1e3dbc9b3d10d4a9b6518b6b32429e22
ホーキングとペンローズが語る 時空の本質―ブラックホールから量子宇宙論へ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/619ab76ac18fd5c0416ff82e4cad85f4
ブラックホールと時空の歪み: キップ・S. ソーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/76795b03e7dc89cd08dac67dc25b73ab
ブラックホール戦争:レオナルド・サスキンド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c8ad22de70df7be8e51a066ca8354106
ブラックホールと時空の方程式:15歳からの一般相対論:小林晋平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f4401f2ce79451070b7b9c089f304315
一般相対性理論入門 ブラックホール探査: テイラー、ホイーラー
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一般相対論の世界を探る―重力波と数値相対論:柴田大
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/50d12fda1c0e59132d6f5f2e73d9e302
ホーキング博士の訃報に接し (Stephen Hawking passed away)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/63860b8ac08b47f1fc9c5cbac3f9ca8f
神は老獪にして…: アブラハム・パイス:アインシュタインの人と学問
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d9258ed7a2d52173116ccd6e61ba0881
映画『インターステラー(2014)』
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/58711fc5335ca00f51a5d22df3f6cc58
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英語原文:
The Nobel Prize in Physics 2020
“for the discovery that black hole formation is a robust prediction of the general theory of relativity”
Roger Penrose, born 1931 in Colchester, UK. Ph.D. 1957 from University of Cambridge, UK. Professor at University of Oxford, UK.
“for the discovery of a supermassive compact object at the centre of our galaxy”
Reinhard Genzel, born 1952 in Bad Homburg vor der Höhe, Germany. Ph.D. 1978 from University of Bonn, Germany. Director at Max Planck Institute for Extraterrestrial Physics, Garching, Germany and Professor at University of California, Berkeley, USA.
Andrea Ghez, born 1965 in City of New York, USA. Ph.D. 1992 from California Institute of Technology, Pasadena, USA. Professor at University of California, Los Angeles, USA.
Black holes and the Milky Way’s darkest secret
Three Laureates share this year’s Nobel Prize in Physics for their discoveries about one of the most exotic phenomena in the universe, the black hole. Roger Penrose showed that the general theory of relativity leads to the formation of black holes. Reinhard Genzel and Andrea Ghez discovered that an invisible and extremely heavy object governs the orbits of stars at the centre of our galaxy. A supermassive black hole is the only currently known explanation.
Roger Penrose used ingenious mathematical methods in his proof that black holes are a direct consequence of Albert Einstein’s general theory of relativity. Einstein did not himself believe that black holes really exist, these super-heavyweight monsters that capture everything that enters them. Nothing can escape, not even light.
In January 1965, ten years after Einstein’s death, Roger Penrose proved that black holes really can form and described them in detail; at their heart, black holes hide a singularity in which all the known laws of nature cease. His groundbreaking article is still regarded as the most important contribution to the general theory of relativity since Einstein.
Reinhard Genzel and Andrea Ghez each lead a group of astronomers that, since the early 1990s, has focused on a region called Sagittarius A* at the centre of our galaxy. The orbits of the brightest stars closest to the middle of the Milky Way have been mapped with increasing precision. The measurements of these two groups agree, with both finding an extremely heavy, invisible object that pulls on the jumble of stars, causing them to rush around at dizzying speeds. Around four million solar masses are packed together in a region no larger than our solar system.
Using the world’s largest telescopes, Genzel and Ghez developed methods to see through the huge clouds of interstellar gas and dust to the centre of the Milky Way. Stretching the limits of technology, they refined new techniques to compensate for distortions caused by the Earth’s atmosphere, building unique instruments and committing themselves to long-term research. Their pioneering work has given us the most convincing evidence yet of a supermassive black hole at the centre of the Milky Way.
“The discoveries of this year’s Laureates have broken new ground in the study of compact and supermassive objects. But these exotic objects still pose many questions that beg for answers and motivate future research. Not only questions about their inner structure, but also questions about how to test our theory of gravity under the extreme conditions in the immediate vicinity of a black hole”, says David Haviland, chair of the Nobel Committee for Physics.
Illustrations
The illustrations are free to use for non-commercial purposes. Attribute ”© Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences”.
Illustration: Cross section of a black hole (pdf)
Illustration: The Milky Way (pdf)
Illustration: Stars closest to the centre of the Milky Way (pdf)
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Scientific Background: Theoretical foundation for black holes and the supermassive compact object at the galactic centre (pdf)