「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」
(「日本の古本屋」で検索)
内容紹介:
アルキメデスの著作を収めた現存する唯一の写本、C写本。本書ではそこから解読された数学史における驚くべき発見の数々と、この奇蹟の写本がどのように幾世紀もの歳月を生き延びたのかが語られる。空前の歴史ミステリー。
2008年5月23日刊行、456ページ。
原書:2007年10月23日刊行、352ページ。
著者について:
リヴィエル・ネッツ(Wikipedia, 紹介ページ)
スタンフォード大学教授で専門は古代科学。アルキメデスに関する第一人者であり、アルキメデスのパリンプセストの解読編集作業を担当している。
ウィリアム・ノエル(Twitter: @willnoel , 紹介ページ)
ウォルターズ美術館で写本・稀覯本を扱う学芸員。アルキメデスのパリンプセスト・プロジェクトのディレクターを務める。
翻訳者について:
吉田 晋治(紹介ページ)
翻訳家。1972年生まれ。東京大学理科一類中退。現在は翻訳学校フェロー・アカデミーで講師を務める。(訳書を検索: 単行本 Kindle版)
理数系書籍のレビュー記事は本書で447冊目。
この本は2008年に刊行されているので、ご存知の方は多いと思う。(僕は今回初めて知った。)読んでみたところ超お勧め本だとわかったので、キーを叩く指にも力が入る。ひとことで言えば古代ギリシャ数学の凄さへの覚醒だ。
古代ギリシャの数学者アルキメデス(紀元前287年? - 紀元前212年)の偉業やアルキメデス・パリンプセストと呼ばれる写本の存在に僕が気づいたのは「神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史: マリオ・リヴィオ」という本で紹介されていたからだ。早く読みたいと思いつつ3か月もたってしまった。
アルキメデスについて
物理学や天文学、数学の教養書では、ユークリッド、プラトン、ピタゴラス、アリストテレス、プトレマイオスを引用することは多いものの、アルキメデスはそれほど引用されることがない。もちろん誰でも知っている古代ギリシャの数学者なのだが、僕はほとんど関心をもっていなかった。
というのは、アルキメデスを知ったのは小学生のときのことで、彼の業績は自分でも考えつきそうなことだと誤解していたからだ。それはたとえば、黄金の冠の金の純度を知る方法のことである。湯舟に浸かったアルキメデスは浴槽から溢れるお湯を見て「エウレカ!(発見した!)」と叫んだという逸話。お湯があふれるほど小さな浴槽がこの時代にあったのか?浴槽が小さくてもお湯を沸かすのは手間がかかりそうだけど?などと子供ながらに思って、きっとこれは作り話なのだろうと思っていた。
また、天秤や梃の原理も小学校で習う。また三角形の重心は中学で学ぶし、高校では数学Aの単元で証明方法を学ぶ。そんなことは自分でも思いつけるから、僕も古代ギリシャに生まれていたらアルキメデスになれたのだろうと思っていた。古代ギリシャの数学はその程度なのかと高をくくっていた。
しかし本書を読み、それは大きな間違いだとわかったのである。アルキメデスの著作は、活版印刷された本を17世紀のガリレイやニュートン、ライプニッツが読み、彼らに大きな影響を与えた。特にニュートン、ライプニッツによる微分・積分の発明はアルキメデスの著作を読まなければ不可能だったはずだ。ニュートンがケプラーの3法則を証明し、万有引力の法則を提示した『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』も書かれることはなかったと思われる。
古代ギリシャ数学は幾何学を使った証明で成り立っている。ユークリッドを基礎数学に例えれば、アルキメデスの幾何学は応用数学と言ってよい。そして、平面図形や立体図形の体積や重心を求める問題には、図形の「重さ」を考えに入れて証明をするというアプローチをとっている。物理の問題を数学的に解くという「数理物理学」の先駆けという意義付けができるのだ。
アルキメデスの時代、論文や長い手紙は巻き物の形態のパピルスに手書きしていた。それが現代の「本」に相当しているわけだが、手書きだから原本は1巻しかない。もちろんそれはとっくの昔に失われている。それなのに、現代の私たちが彼の著作を読めるのはなぜなのだろう?ピタゴラス学派の研究は、断片的に知られているが、それは他の書物の中に引用されていたおかげだ。
だから古代ギリシャ時代の著作物が丸ごと現代に伝えられているのは奇跡と言ってよいのである。16世紀に活版印刷が発明され、本として多数印刷されるようになるまで、ほとんどの手書きの巻物や冊子が散逸、紛失してしまっていた。
アルキメデス・パリンプセストについて
だから、本書で紹介されているのはアルキメデスが書いたオリジナルではなく「写本」なのだ。そしてその写本が作られたのは西暦975年だということがわかっており、さらにあろうことか、西暦1200年頃にアルキメデスの写本は分解されたうえに記述が消され、他の7冊の写本と合わせて冊子に製本されてから、別の本 - キリスト教の祈祷書にされてしまったのである。そして20世紀になって発見されたのだ。そこまでの経緯と本書の内容を要約した動画があるので、まずこれをご覧いただきたい。本書の著者による15分の講演動画だ。
ウィリアム・ノエル:失われたアルキメデスの写本の解読(日本語字幕あり)
特に本書では「アルキメデス・パリンプセスト」の詳細が解説されている。パリンプセストとは羊皮紙に書かれた写本のことで、古代ギリシャ語で書かれたアルキメデスの著作がこの祈祷書の中に発見されたのだ。アルキメデスの論文は祈祷書の下に隠れているから解読はほとんど不可能と思われた。
アルキメデスの著作ついて
本書によると、アルキメデスの写本はもともとA写本、B写本、C写本があり、重複はあるものの異なる論文が書かれている。このうちA写本は1564年に、B写本は1311年に行方不明になっており、現存する唯一の写本がC写本なのだ。本書ではそこから解読された驚くべき発見の数々と、この奇蹟の写本がどのように幾世紀も生き延びたのかが語られる。空前の歴史ミステリーである。
アルキメデスの論文には以下のものがあるが、後に古代ギリシャ語で写字生が冊子に書き写した3つの写本には次のように収められていた。複数の写本に収められている論文は、全部が揃うことでほぼ完全なものになる。
『砂粒を数える者』(A写本)
『平面の釣り合いについて』(A写本、B写本、C写本)
『放物線の求積について』(A写本、B写本)
『球と円柱について』(A写本、C写本)
『円柱の計測』(A写本、C写本)
『螺旋について』(A写本、C写本)
『円錐状体と球状体について』(A写本)
『浮体について』(B写本、C写本)
『方法』(C写本)
『ストマキオン』 (C写本)
A写本とB写本は、写字生により複製が行われた後に失われてしまった。現在私たちがそれらの内容を知ることができるのは、その後さらに複製されたり、ラテン語や英語に翻訳されたものが16世紀以降に数多く印刷、製本化されたおかげだ。いちばん重要なC写本は、その存在は知られていたものの発見されずに1906年まで数百年間、眠っていたのである。特にC写本に書かれている『方法』が重要なのだ。
C写本が隠れているアルキメデス・パリンプセストは、1906年に発見され1922年に行方不明になった。写本は70年以上にわたり行方不明のままで、その後再び発見された。その間に価値を高めるために偽造者によりページの一部に絵が加えらている。これらの捏造された絵の下にあるテキストや以前は読むことができなかった文は、1998年から2008年にかけて行われた紫外線、赤外線、可視光線、レーキングライトおよびX線による画像の科学的・学術的な研究により明らかとなったのである。
全ての画像とメタデータ付きの学術的な校正を経た文字起こし版は、現在Archimedes Digital Palimpsestのウェブサイトで自由に利用できるようになっており、OPennや他のウェブサイトでもクリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC-BYのもと、利用できるように提供されている。
The Archimedes Palimpsest (official web site)
https://www.archimedespalimpsest.net/
Archimedes Digital Palimpsest (OPenn Library)
https://openn.library.upenn.edu/Data/0014/ArchimedesPalimpsest/
Archimedes Digital Palimpsest (Internet Archive Wayback Machine)
https://web.archive.org/web/20090221151641/http://archimedespalimpsest.net/
本書について
本書の章立ては次の通り。(詳細目次は、本記事のいちばん下に記載)
はじめに
第1章:アメリカのアルキメデス
第2章:シラクサのアルキメデス
第3章:大レースに挑む 第1部 破壊から生き残れるか
第4章:視覚の科学
第5章:大レースに挑む 第2部 写本がたどった数奇な運命
第6章:1999年に解読された『方法』―科学の素材
第7章:プロジェクト最大の危機
第8章:2001年に解き明かされた『方法』―ベールを脱いだ無限
第9章:デジタル化されたパリンプセスト
第10章:遊ぶアルキメデス―2003年の『ストマキオン』
第11章:古きものに新しき光を
エピローグ:広大な宇宙の本
本書は2人の著者が交互に1章ずつ担当するという構成をとっている。奇数章の著者、ウィリアム・ノエル氏はウォルターズ美術館の学芸員で、アルキメデスの写本を預かり、古典学者から画像処理技術者まで、あらゆる分野の専門家を動員して写本解読プロジェクトを進行させている。彼は主にこの本の来歴と、プロジェクトの状況を語る。
偶数章を担当しているのは、現在もっとも注目されているギリシャ数学の若手研究者、スタンフォード大学のリヴィエル・ネッツ氏であり、この写本の解読、数学的分析を行なっている。本書ではアルキメデスの数学の解説と、写本解読の成果を解説する。この偶数章がノエル氏の奇数章に劣らず魅力的だ。
入手に至る2300年間の経緯
アルキメデスが論文を書いてから現在に至るまでの経緯は複雑で、このページに書かれている。日本語に訳したものを載せておこう。
1998年10月、羊皮紙の葉のボロボロの原稿がオークションで匿名の入札者に200万ドルで売られた。千年前の写本には、古代の最も偉大な数学者と見なされているギリシャの数学者、アルキメデスによる最も初期の著作が含まれていた。コンスタンティノープルでの作成からニューヨークのクリスティーズでのオークション・ブロックまでの174ページのボリュームの旅の物語は長く複雑だ。
紀元前287〜212年頃
紀元前212年にシラキューズで亡くなる前に、アルキメデスは彼の最も重要な論文や方程式のいくつかをギリシャ語のパピルスの巻物のコレクションに書き留めていた。これらには、機械的定理の方法、浮体について、円柱の計測、球と円柱について、螺旋について、および平面の釣り合いについてが含まれる。
紀元前212年-西暦1000年
元のアルキメデスの巻物は失われたが、幸いなことに、未知の人物が少なくとも1回は事前に他のパピルスの巻物に複写した。
1000年頃(975年)
コンスタンティノープルで働く写字生は、付随する図や計算を含むアルキメデスの論文のコピーを羊皮紙に手書きし、それを本にまとめた。
1200年頃(1229年)
クリスチャンの僧侶がアルキメデスのテキストにギリシャ語で祈祷文を手書きし、古い数学のテキストを新しい祈祷書に変えた。この本は現在のパリンプセストであり、以前に削り取られた、または洗い流されたアルキメデスのテキストの上に祈祷文のテキストの層が書かれた原稿だ。
1200-1906年頃
何世紀にもわたって、僧侶の祈祷書は宗教学で使用されていたが、最終的にはコンスタンティノープルのマルサバ修道院に保管された。そこで保管されていた本は、1204年の第4回十字軍でコンスタンティノープルが陥落したことを含め蔵書の多くが燃やされ、その後も何度かの災厄に見舞われた。
1906年
デンマークの言語学者ヨハン・ルズヴィグ・ハイベアは、イスタンブールの聖墳墓教会の図書館で失われた原稿を発見し、テキストの基礎となる層をアルキメデスの作品として特定し、すべてのページを写真に収めた。ハイベアは、ルーペを唯一の助けとして使用して、パリンプセストの影のある最下層から書き写した。彼は、付随する画像とともに彼の転写を1915年に公開した。(公開ページ)
注意:従って今回の写本の解読結果が出るまでに刊行されたC写本について書かれた数学書は、上記の公開ページを翻訳したものである。抜けや間違い、図版の不足があるのだ。
1907-1930年
パリンプセストは行方不明になり、盗まれたと考えられていた。この期間のある時点で、おそらく1929年以降、偽造者は、おそらくその価値を高めようとして、おそらくその下のアルキメデスのテキストに気づかずに、金箔で中世の福音主義の肖像画のコピーを本の4ページに描いた。
1930年頃
骨董品のアマチュアコレクターであるフランス人家族の一員がイスタンブールに旅行し、地元のディーラーからアルキメデス・パリンプセストを購入した。外の世界には知られていないが、それは次の70年間、家族のパリの家に保管されていた。
1971年
オックスフォードの古典教授であるナイジェル・ウィルソンは、ケンブリッジ大学の図書館に保管されている古い原稿のページを調べた。彼はそれを、ハイベアが65年前に写真を撮り、転写した、行方不明のアルキメデス・パリンプセストのページとして特定していた。ウィルソンは、1846年にギリシャの修道院図書館で見たパリンプセストについて説明したドイツの学者コンスタンティン・ティシェンドルフが、さらなる調査のためにページを引き裂いたと推測していた。
1991年
アルキメデス・パリンプセストのフランス人所有者は、パリのクリスティーズの専門家に内密にアプローチして評価を求めた。鑑定士は、原稿が失われたアルキメデス・パリンプストであることを発見した後(一部はハイベアの写真と比較することにより)、80万ドルから120万ドルの間で評価した。
1998年-現在
1998年の秋に査定額の約2倍の200万ドルで販売されて間もなく、原稿の匿名の億万長者の所有者は、メリーランド州ボルチモアのウォルターズ美術館に貸し出した。ここで、ついにアルキメデス・パリンプストは修復者と学者のチームによって清掃、画像化、翻訳が行われた。
最新の解析で発見されたこと
写本Cの『方法』と『ストマキオン』が新たに解読されたことにより、次のことが発見された。これらの4つは、本書で詳しく解説されている。
1)無限の概念
ギリシャ数学は「無限」を慎重に扱っていた。アルキメデスは従来の「可能無限」を使い曲線で囲まれた図形や立体図形の面積や体積を求めていたと考えられていた。ところが最新の解読により、本当の「実無限」を使って証明、求積をしていたことが判明した。無限が数学で正しく扱われ積分法が厳密になったのは19世紀にコーシーによる証明が行われるようになってからである。また、20世紀になってカントールが導入した無限集合に匹敵する概念にまで到達していたことがわかった。アルキメデスは幾何を「量」の概念に結び付けて「実無限」を巧みに証明に使うことで、放物線と直線で囲まれる面積や円柱の切片の体積などの求積問題を解いた。これが後の17世紀に積分法の発明に結び付いたのだ。
2)組み合せ論の創始
アルキメデスの著作には『ストマキオン』というパズルがある。このパズル自体はアルキメデスが考案したものではないが、彼はこのパズルを研究していたことがわかっていた。しかし、何を研究したかはわかっていなかった。今回の解読で、彼はパズルを並べて正方形を作る組み合せが何通りあるのかを研究していたことが判明した。そして彼は正しい答え「17152通り」を得ていた。これは後に組み合せ論という数学の分野となる内容だ。
3)図形の描き方についての工夫
アルキメデスの図形の描き方に特徴があることが今回の解読で判明した。私たちは、証明問題を解くとき正確な図形を描くのが普通だ。けれども、アルキメデスはあえて不正確な図を描いて証明のための説明に使っている。これは特定の(正確な図形)を描くと、問題に対する思考が限定されてしまうことを防ごうとするためで、あえて不正確な図を提示することで概念を一般化して考えさせるためのものであることがわかったのだ。私たちにとって図形は証明の補助だが、アルキメデスにとっての図形は証明そのものなのである。
4)ヒュペレイデス、アリストテレスの著作の発見
アルキメデス・パリンプセストにはアルキメデスの著作だけでなく、他に6人の著作が含まれていることがわかった。その中に古代ギリシャの雄弁家のヒュペレイデスの演説とアリストテレスの文章の注釈書が発見された。これまで考えられてきた古代ギリシャ史への修正をもたらす可能性がある。
関連動画
上記の15分の動画のほか、以下の解説動画をご覧になることをお勧めする。
The Archimedes Palimpsest(再生時間1時間4分)
https://www.youtube.com/watch?v=Xe9uQVGkz9k
William Noel on The Archimedes Codex(再生時間42分48秒)
https://www.youtube.com/watch?v=BCcRF-MYFmM
Abigail Quandt Takes Apart the Archimedes Palimpsest(再生時間3分15秒)
https://www.youtube.com/watch?v=Du3l32MWWbE
Archimedes Palimpsest Challenge: Modern Adhesive(再生時間1分22秒)
https://www.youtube.com/watch?v=fGM5geQNfEs
Restoring The Archimedes Palimpsest by Will Noel, Ep25(再生時間6分28秒)
https://www.youtube.com/watch?v=t3IP_FmGams
Archimedes Palimpsest Damage Compared Against Heiberg Photos(再生時間25秒)
https://www.youtube.com/watch?v=CqvWLAxD8zM
Archimedes Palimpsest(プレイリスト)
https://www.youtube.com/watch?v=20ClC8zg9Nk&list=PL4F2552AE4B0891AD
原書、翻訳版
日本語版のほか、翻訳のもとになった英語版、そしてフランス語版を紹介しておこう。どれも古文書を彷彿させる装丁で気分が盛り上がる。英語版のKindle版はたったの369円だ。日本語版は絶版のため、以下のAmazonのリンクのほか、日本の古本屋のサイトのリンクを載せておく。(「日本の古本屋」で検索)
「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」
「The Archimedes Codex: Reviel Netz, William Noel」(ペーパーバック)(Kindle版)
「Le codex d'Archimède: Reviel Netz, William Noel」
関連書籍
本書ではある程度、アルキメデスの数学を学ぶことができるが、もっと深く学びたい方のために数学の割合を多くした本を2冊紹介しておく。この2冊は、アルキメデス・パリンプセストの解読と公開が終わった後に刊行されたものだ。そして、どちらの本も本書の著者ウィリアム・ノエル氏に協力し、本書にも記載がある数学者の斎藤憲先生の著書である。「アルキメデス『方法』の謎を解く」のほうが気軽に読める。「天秤の魔術師 アルキメデスの数学」のほうがより専門的で数学の解説の分量が多い。
「アルキメデス『方法』の謎を解く: 斎藤 憲」(Kindle版)
「天秤の魔術師 アルキメデスの数学: 林 栄治、斎藤 憲」(紹介記事)
リヴィエル・ネッツ氏によるアルキメデスの数学の解説書。英語で書かれているので、お読みになれるのならこの2冊がいちばん詳しい。
「The Works of Archimedes: Volume 1: Archimedes, Reviel Netz」(ペーパーバック)(Kindle版)
「The Works of Archimedes: Volume 2: Archimedes, Reviel Netz」(Kindle版)
以下の2冊は、とても高価だ。Amazonには「英語」と書かれているが、肝心の数学の解説は、今回のプロジェクトで読み取ったアルキメデス本人が書いた古代ギリシャ語で書かれている。米国Amazonのレビューを読むと、英語で書かれていると勘違いして買ってしまったアメリカ人のコメントが投稿されているようだ。
「The Archimedes Palimpsest Volume 1: Reviel Netz, William Noel, Nigel Wilson, Natalie Tchernetska」
「The Archimedes Palimpsest Volume 2: Reviel Netz, William Noel, Nigel Wilson, Natalie Tchernetska」
(2 Volume Set)
関連記事:
天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/54693051fc92adcb0f20c52ce9d9841a
メルマガを書いています。(目次一覧)
「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」
(「日本の古本屋」で検索)
はじめに
第1章:アメリカのアルキメデス
- 競売にかけられたアルキメデス
- アルキメデスを救う
第2章:シラクサのアルキメデス
- アルキメデスとは何者か
- 科学以前の科学
- 円を正方形にする
- 限りなく続く仮想の対話
- 放物線を正方形にする
- 可能無限を超えて
- 証明と物理学―数学と物理学の統合
- パズルと数―史上初の「組み合わせ論」
- 死とその後
第3章:大レースに挑む 第1部 破壊から生き残れるか
- 友人へ送った1通の手紙
- 図書館のなかに保管される
- 媒体の移行―巻き物から冊子本へ
- 嵐の予兆
- 方舟にたどり着く
- ビザンチン・ルネサンス
- A、B、Cの3つの写本
- C写本はどのように作られたか
第4章:視覚の科学
- 数式以前の科学
- ギリシャ数学は視覚の科学
- シラクサの砂
- 古代ギリシャの図の論理
- 数学は美しい
- 中世を起源とする数学記号
- 数学は経験の問題である
第5章:大レースに挑む 第2部 写本がたどった数奇な運命
- 災厄が降りかかる
- イタリアへ流れ着いたアルキメデス
- ダ・ヴィンチが知らなかった本
- 消された文字
- 砂漠に埋もれた写本
- 復活の兆し
- 死からよみがえる
- パリに消える
第6章:1999年に解読された『方法』―科学の素材
- 重心の発明
- 天秤の法則
- 放物線の奇妙な法則
第7章:プロジェクト最大の危機
- 経路が行き詰まる
- ハイベアの写真
- 偽造された細密画
- 歴史を書き換えたウィロビーの手紙
- 新たな歴史
- ≪カサブランカ≫的仮説
- 読者へのお願い
- フォリオに施された集中治療
- ハイベアも気づかなかった発見
- アルキメデスを救った神への愛
第8章:2001年に解き明かされた『方法』―ベールを脱いだ無限
- 円柱の切片の体積
- 2001年3月に読み取れた『方法』
- 数学、物理学、無限―そして、その先
第9章:デジタル化されたパリンプセスト
- 光で浮き上がったテキスト
- デジタルの元になる数字
- 写本をデジタルで“調理”する
- 失敗だったレシピ
- 最初のことば
- 疑似カラー画像
- 頭脳を収める新しい箱
- パリンプセストからの新たな声
- パレンティが見つけた双子の写本とは?
第10章:遊ぶアルキメデス―2003年の『ストマキオン』
- マラスコ氏から届いた小包
- 『ストマキオン』を解釈する
- 意外な組み合わせ
- 古代の組み合わせ論?
- ピースを組み合わせる
第11章:古きものに新しき光を
- 頭脳が集結する
- 新たなアプローチ
- ビームタイム
- 2006年3月によみがえる
- だれの贈り物なのか
エピローグ:広大な宇宙の本
- アルキメデスのための夜なべ
- 幸運をもたらしたパトロン
- 文献学者という探検家
- 道具の開発者
- アルキメデスが示した科学の青写真
- 「広大な本」
謝辞
解説
監訳者あとがき
参考図書
索引
(「日本の古本屋」で検索)
内容紹介:
アルキメデスの著作を収めた現存する唯一の写本、C写本。本書ではそこから解読された数学史における驚くべき発見の数々と、この奇蹟の写本がどのように幾世紀もの歳月を生き延びたのかが語られる。空前の歴史ミステリー。
2008年5月23日刊行、456ページ。
原書:2007年10月23日刊行、352ページ。
著者について:
リヴィエル・ネッツ(Wikipedia, 紹介ページ)
スタンフォード大学教授で専門は古代科学。アルキメデスに関する第一人者であり、アルキメデスのパリンプセストの解読編集作業を担当している。
ウィリアム・ノエル(Twitter: @willnoel , 紹介ページ)
ウォルターズ美術館で写本・稀覯本を扱う学芸員。アルキメデスのパリンプセスト・プロジェクトのディレクターを務める。
翻訳者について:
吉田 晋治(紹介ページ)
翻訳家。1972年生まれ。東京大学理科一類中退。現在は翻訳学校フェロー・アカデミーで講師を務める。(訳書を検索: 単行本 Kindle版)
理数系書籍のレビュー記事は本書で447冊目。
この本は2008年に刊行されているので、ご存知の方は多いと思う。(僕は今回初めて知った。)読んでみたところ超お勧め本だとわかったので、キーを叩く指にも力が入る。ひとことで言えば古代ギリシャ数学の凄さへの覚醒だ。
古代ギリシャの数学者アルキメデス(紀元前287年? - 紀元前212年)の偉業やアルキメデス・パリンプセストと呼ばれる写本の存在に僕が気づいたのは「神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史: マリオ・リヴィオ」という本で紹介されていたからだ。早く読みたいと思いつつ3か月もたってしまった。
アルキメデスについて
物理学や天文学、数学の教養書では、ユークリッド、プラトン、ピタゴラス、アリストテレス、プトレマイオスを引用することは多いものの、アルキメデスはそれほど引用されることがない。もちろん誰でも知っている古代ギリシャの数学者なのだが、僕はほとんど関心をもっていなかった。
というのは、アルキメデスを知ったのは小学生のときのことで、彼の業績は自分でも考えつきそうなことだと誤解していたからだ。それはたとえば、黄金の冠の金の純度を知る方法のことである。湯舟に浸かったアルキメデスは浴槽から溢れるお湯を見て「エウレカ!(発見した!)」と叫んだという逸話。お湯があふれるほど小さな浴槽がこの時代にあったのか?浴槽が小さくてもお湯を沸かすのは手間がかかりそうだけど?などと子供ながらに思って、きっとこれは作り話なのだろうと思っていた。
また、天秤や梃の原理も小学校で習う。また三角形の重心は中学で学ぶし、高校では数学Aの単元で証明方法を学ぶ。そんなことは自分でも思いつけるから、僕も古代ギリシャに生まれていたらアルキメデスになれたのだろうと思っていた。古代ギリシャの数学はその程度なのかと高をくくっていた。
しかし本書を読み、それは大きな間違いだとわかったのである。アルキメデスの著作は、活版印刷された本を17世紀のガリレイやニュートン、ライプニッツが読み、彼らに大きな影響を与えた。特にニュートン、ライプニッツによる微分・積分の発明はアルキメデスの著作を読まなければ不可能だったはずだ。ニュートンがケプラーの3法則を証明し、万有引力の法則を提示した『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』も書かれることはなかったと思われる。
古代ギリシャ数学は幾何学を使った証明で成り立っている。ユークリッドを基礎数学に例えれば、アルキメデスの幾何学は応用数学と言ってよい。そして、平面図形や立体図形の体積や重心を求める問題には、図形の「重さ」を考えに入れて証明をするというアプローチをとっている。物理の問題を数学的に解くという「数理物理学」の先駆けという意義付けができるのだ。
アルキメデスの時代、論文や長い手紙は巻き物の形態のパピルスに手書きしていた。それが現代の「本」に相当しているわけだが、手書きだから原本は1巻しかない。もちろんそれはとっくの昔に失われている。それなのに、現代の私たちが彼の著作を読めるのはなぜなのだろう?ピタゴラス学派の研究は、断片的に知られているが、それは他の書物の中に引用されていたおかげだ。
だから古代ギリシャ時代の著作物が丸ごと現代に伝えられているのは奇跡と言ってよいのである。16世紀に活版印刷が発明され、本として多数印刷されるようになるまで、ほとんどの手書きの巻物や冊子が散逸、紛失してしまっていた。
アルキメデス・パリンプセストについて
だから、本書で紹介されているのはアルキメデスが書いたオリジナルではなく「写本」なのだ。そしてその写本が作られたのは西暦975年だということがわかっており、さらにあろうことか、西暦1200年頃にアルキメデスの写本は分解されたうえに記述が消され、他の7冊の写本と合わせて冊子に製本されてから、別の本 - キリスト教の祈祷書にされてしまったのである。そして20世紀になって発見されたのだ。そこまでの経緯と本書の内容を要約した動画があるので、まずこれをご覧いただきたい。本書の著者による15分の講演動画だ。
ウィリアム・ノエル:失われたアルキメデスの写本の解読(日本語字幕あり)
特に本書では「アルキメデス・パリンプセスト」の詳細が解説されている。パリンプセストとは羊皮紙に書かれた写本のことで、古代ギリシャ語で書かれたアルキメデスの著作がこの祈祷書の中に発見されたのだ。アルキメデスの論文は祈祷書の下に隠れているから解読はほとんど不可能と思われた。
アルキメデスの著作ついて
本書によると、アルキメデスの写本はもともとA写本、B写本、C写本があり、重複はあるものの異なる論文が書かれている。このうちA写本は1564年に、B写本は1311年に行方不明になっており、現存する唯一の写本がC写本なのだ。本書ではそこから解読された驚くべき発見の数々と、この奇蹟の写本がどのように幾世紀も生き延びたのかが語られる。空前の歴史ミステリーである。
アルキメデスの論文には以下のものがあるが、後に古代ギリシャ語で写字生が冊子に書き写した3つの写本には次のように収められていた。複数の写本に収められている論文は、全部が揃うことでほぼ完全なものになる。
『砂粒を数える者』(A写本)
『平面の釣り合いについて』(A写本、B写本、C写本)
『放物線の求積について』(A写本、B写本)
『球と円柱について』(A写本、C写本)
『円柱の計測』(A写本、C写本)
『螺旋について』(A写本、C写本)
『円錐状体と球状体について』(A写本)
『浮体について』(B写本、C写本)
『方法』(C写本)
『ストマキオン』 (C写本)
A写本とB写本は、写字生により複製が行われた後に失われてしまった。現在私たちがそれらの内容を知ることができるのは、その後さらに複製されたり、ラテン語や英語に翻訳されたものが16世紀以降に数多く印刷、製本化されたおかげだ。いちばん重要なC写本は、その存在は知られていたものの発見されずに1906年まで数百年間、眠っていたのである。特にC写本に書かれている『方法』が重要なのだ。
C写本が隠れているアルキメデス・パリンプセストは、1906年に発見され1922年に行方不明になった。写本は70年以上にわたり行方不明のままで、その後再び発見された。その間に価値を高めるために偽造者によりページの一部に絵が加えらている。これらの捏造された絵の下にあるテキストや以前は読むことができなかった文は、1998年から2008年にかけて行われた紫外線、赤外線、可視光線、レーキングライトおよびX線による画像の科学的・学術的な研究により明らかとなったのである。
全ての画像とメタデータ付きの学術的な校正を経た文字起こし版は、現在Archimedes Digital Palimpsestのウェブサイトで自由に利用できるようになっており、OPennや他のウェブサイトでもクリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC-BYのもと、利用できるように提供されている。
The Archimedes Palimpsest (official web site)
https://www.archimedespalimpsest.net/
Archimedes Digital Palimpsest (OPenn Library)
https://openn.library.upenn.edu/Data/0014/ArchimedesPalimpsest/
Archimedes Digital Palimpsest (Internet Archive Wayback Machine)
https://web.archive.org/web/20090221151641/http://archimedespalimpsest.net/
本書について
本書の章立ては次の通り。(詳細目次は、本記事のいちばん下に記載)
はじめに
第1章:アメリカのアルキメデス
第2章:シラクサのアルキメデス
第3章:大レースに挑む 第1部 破壊から生き残れるか
第4章:視覚の科学
第5章:大レースに挑む 第2部 写本がたどった数奇な運命
第6章:1999年に解読された『方法』―科学の素材
第7章:プロジェクト最大の危機
第8章:2001年に解き明かされた『方法』―ベールを脱いだ無限
第9章:デジタル化されたパリンプセスト
第10章:遊ぶアルキメデス―2003年の『ストマキオン』
第11章:古きものに新しき光を
エピローグ:広大な宇宙の本
本書は2人の著者が交互に1章ずつ担当するという構成をとっている。奇数章の著者、ウィリアム・ノエル氏はウォルターズ美術館の学芸員で、アルキメデスの写本を預かり、古典学者から画像処理技術者まで、あらゆる分野の専門家を動員して写本解読プロジェクトを進行させている。彼は主にこの本の来歴と、プロジェクトの状況を語る。
偶数章を担当しているのは、現在もっとも注目されているギリシャ数学の若手研究者、スタンフォード大学のリヴィエル・ネッツ氏であり、この写本の解読、数学的分析を行なっている。本書ではアルキメデスの数学の解説と、写本解読の成果を解説する。この偶数章がノエル氏の奇数章に劣らず魅力的だ。
入手に至る2300年間の経緯
アルキメデスが論文を書いてから現在に至るまでの経緯は複雑で、このページに書かれている。日本語に訳したものを載せておこう。
1998年10月、羊皮紙の葉のボロボロの原稿がオークションで匿名の入札者に200万ドルで売られた。千年前の写本には、古代の最も偉大な数学者と見なされているギリシャの数学者、アルキメデスによる最も初期の著作が含まれていた。コンスタンティノープルでの作成からニューヨークのクリスティーズでのオークション・ブロックまでの174ページのボリュームの旅の物語は長く複雑だ。
紀元前287〜212年頃
紀元前212年にシラキューズで亡くなる前に、アルキメデスは彼の最も重要な論文や方程式のいくつかをギリシャ語のパピルスの巻物のコレクションに書き留めていた。これらには、機械的定理の方法、浮体について、円柱の計測、球と円柱について、螺旋について、および平面の釣り合いについてが含まれる。
紀元前212年-西暦1000年
元のアルキメデスの巻物は失われたが、幸いなことに、未知の人物が少なくとも1回は事前に他のパピルスの巻物に複写した。
1000年頃(975年)
コンスタンティノープルで働く写字生は、付随する図や計算を含むアルキメデスの論文のコピーを羊皮紙に手書きし、それを本にまとめた。
1200年頃(1229年)
クリスチャンの僧侶がアルキメデスのテキストにギリシャ語で祈祷文を手書きし、古い数学のテキストを新しい祈祷書に変えた。この本は現在のパリンプセストであり、以前に削り取られた、または洗い流されたアルキメデスのテキストの上に祈祷文のテキストの層が書かれた原稿だ。
1200-1906年頃
何世紀にもわたって、僧侶の祈祷書は宗教学で使用されていたが、最終的にはコンスタンティノープルのマルサバ修道院に保管された。そこで保管されていた本は、1204年の第4回十字軍でコンスタンティノープルが陥落したことを含め蔵書の多くが燃やされ、その後も何度かの災厄に見舞われた。
1906年
デンマークの言語学者ヨハン・ルズヴィグ・ハイベアは、イスタンブールの聖墳墓教会の図書館で失われた原稿を発見し、テキストの基礎となる層をアルキメデスの作品として特定し、すべてのページを写真に収めた。ハイベアは、ルーペを唯一の助けとして使用して、パリンプセストの影のある最下層から書き写した。彼は、付随する画像とともに彼の転写を1915年に公開した。(公開ページ)
注意:従って今回の写本の解読結果が出るまでに刊行されたC写本について書かれた数学書は、上記の公開ページを翻訳したものである。抜けや間違い、図版の不足があるのだ。
1907-1930年
パリンプセストは行方不明になり、盗まれたと考えられていた。この期間のある時点で、おそらく1929年以降、偽造者は、おそらくその価値を高めようとして、おそらくその下のアルキメデスのテキストに気づかずに、金箔で中世の福音主義の肖像画のコピーを本の4ページに描いた。
1930年頃
骨董品のアマチュアコレクターであるフランス人家族の一員がイスタンブールに旅行し、地元のディーラーからアルキメデス・パリンプセストを購入した。外の世界には知られていないが、それは次の70年間、家族のパリの家に保管されていた。
1971年
オックスフォードの古典教授であるナイジェル・ウィルソンは、ケンブリッジ大学の図書館に保管されている古い原稿のページを調べた。彼はそれを、ハイベアが65年前に写真を撮り、転写した、行方不明のアルキメデス・パリンプセストのページとして特定していた。ウィルソンは、1846年にギリシャの修道院図書館で見たパリンプセストについて説明したドイツの学者コンスタンティン・ティシェンドルフが、さらなる調査のためにページを引き裂いたと推測していた。
1991年
アルキメデス・パリンプセストのフランス人所有者は、パリのクリスティーズの専門家に内密にアプローチして評価を求めた。鑑定士は、原稿が失われたアルキメデス・パリンプストであることを発見した後(一部はハイベアの写真と比較することにより)、80万ドルから120万ドルの間で評価した。
1998年-現在
1998年の秋に査定額の約2倍の200万ドルで販売されて間もなく、原稿の匿名の億万長者の所有者は、メリーランド州ボルチモアのウォルターズ美術館に貸し出した。ここで、ついにアルキメデス・パリンプストは修復者と学者のチームによって清掃、画像化、翻訳が行われた。
最新の解析で発見されたこと
写本Cの『方法』と『ストマキオン』が新たに解読されたことにより、次のことが発見された。これらの4つは、本書で詳しく解説されている。
1)無限の概念
ギリシャ数学は「無限」を慎重に扱っていた。アルキメデスは従来の「可能無限」を使い曲線で囲まれた図形や立体図形の面積や体積を求めていたと考えられていた。ところが最新の解読により、本当の「実無限」を使って証明、求積をしていたことが判明した。無限が数学で正しく扱われ積分法が厳密になったのは19世紀にコーシーによる証明が行われるようになってからである。また、20世紀になってカントールが導入した無限集合に匹敵する概念にまで到達していたことがわかった。アルキメデスは幾何を「量」の概念に結び付けて「実無限」を巧みに証明に使うことで、放物線と直線で囲まれる面積や円柱の切片の体積などの求積問題を解いた。これが後の17世紀に積分法の発明に結び付いたのだ。
2)組み合せ論の創始
アルキメデスの著作には『ストマキオン』というパズルがある。このパズル自体はアルキメデスが考案したものではないが、彼はこのパズルを研究していたことがわかっていた。しかし、何を研究したかはわかっていなかった。今回の解読で、彼はパズルを並べて正方形を作る組み合せが何通りあるのかを研究していたことが判明した。そして彼は正しい答え「17152通り」を得ていた。これは後に組み合せ論という数学の分野となる内容だ。
3)図形の描き方についての工夫
アルキメデスの図形の描き方に特徴があることが今回の解読で判明した。私たちは、証明問題を解くとき正確な図形を描くのが普通だ。けれども、アルキメデスはあえて不正確な図を描いて証明のための説明に使っている。これは特定の(正確な図形)を描くと、問題に対する思考が限定されてしまうことを防ごうとするためで、あえて不正確な図を提示することで概念を一般化して考えさせるためのものであることがわかったのだ。私たちにとって図形は証明の補助だが、アルキメデスにとっての図形は証明そのものなのである。
4)ヒュペレイデス、アリストテレスの著作の発見
アルキメデス・パリンプセストにはアルキメデスの著作だけでなく、他に6人の著作が含まれていることがわかった。その中に古代ギリシャの雄弁家のヒュペレイデスの演説とアリストテレスの文章の注釈書が発見された。これまで考えられてきた古代ギリシャ史への修正をもたらす可能性がある。
関連動画
上記の15分の動画のほか、以下の解説動画をご覧になることをお勧めする。
The Archimedes Palimpsest(再生時間1時間4分)
https://www.youtube.com/watch?v=Xe9uQVGkz9k
William Noel on The Archimedes Codex(再生時間42分48秒)
https://www.youtube.com/watch?v=BCcRF-MYFmM
Abigail Quandt Takes Apart the Archimedes Palimpsest(再生時間3分15秒)
https://www.youtube.com/watch?v=Du3l32MWWbE
Archimedes Palimpsest Challenge: Modern Adhesive(再生時間1分22秒)
https://www.youtube.com/watch?v=fGM5geQNfEs
Restoring The Archimedes Palimpsest by Will Noel, Ep25(再生時間6分28秒)
https://www.youtube.com/watch?v=t3IP_FmGams
Archimedes Palimpsest Damage Compared Against Heiberg Photos(再生時間25秒)
https://www.youtube.com/watch?v=CqvWLAxD8zM
Archimedes Palimpsest(プレイリスト)
https://www.youtube.com/watch?v=20ClC8zg9Nk&list=PL4F2552AE4B0891AD
原書、翻訳版
日本語版のほか、翻訳のもとになった英語版、そしてフランス語版を紹介しておこう。どれも古文書を彷彿させる装丁で気分が盛り上がる。英語版のKindle版はたったの369円だ。日本語版は絶版のため、以下のAmazonのリンクのほか、日本の古本屋のサイトのリンクを載せておく。(「日本の古本屋」で検索)
「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」
「The Archimedes Codex: Reviel Netz, William Noel」(ペーパーバック)(Kindle版)
「Le codex d'Archimède: Reviel Netz, William Noel」
関連書籍
本書ではある程度、アルキメデスの数学を学ぶことができるが、もっと深く学びたい方のために数学の割合を多くした本を2冊紹介しておく。この2冊は、アルキメデス・パリンプセストの解読と公開が終わった後に刊行されたものだ。そして、どちらの本も本書の著者ウィリアム・ノエル氏に協力し、本書にも記載がある数学者の斎藤憲先生の著書である。「アルキメデス『方法』の謎を解く」のほうが気軽に読める。「天秤の魔術師 アルキメデスの数学」のほうがより専門的で数学の解説の分量が多い。
「アルキメデス『方法』の謎を解く: 斎藤 憲」(Kindle版)
「天秤の魔術師 アルキメデスの数学: 林 栄治、斎藤 憲」(紹介記事)
リヴィエル・ネッツ氏によるアルキメデスの数学の解説書。英語で書かれているので、お読みになれるのならこの2冊がいちばん詳しい。
「The Works of Archimedes: Volume 1: Archimedes, Reviel Netz」(ペーパーバック)(Kindle版)
「The Works of Archimedes: Volume 2: Archimedes, Reviel Netz」(Kindle版)
以下の2冊は、とても高価だ。Amazonには「英語」と書かれているが、肝心の数学の解説は、今回のプロジェクトで読み取ったアルキメデス本人が書いた古代ギリシャ語で書かれている。米国Amazonのレビューを読むと、英語で書かれていると勘違いして買ってしまったアメリカ人のコメントが投稿されているようだ。
「The Archimedes Palimpsest Volume 1: Reviel Netz, William Noel, Nigel Wilson, Natalie Tchernetska」
「The Archimedes Palimpsest Volume 2: Reviel Netz, William Noel, Nigel Wilson, Natalie Tchernetska」
(2 Volume Set)
関連記事:
天秤の魔術師 アルキメデスの数学:林栄治、斎藤憲
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/54693051fc92adcb0f20c52ce9d9841a
メルマガを書いています。(目次一覧)
「解読! アルキメデス写本: リヴィエル・ネッツ、ウィリアム・ノエル」
(「日本の古本屋」で検索)
はじめに
第1章:アメリカのアルキメデス
- 競売にかけられたアルキメデス
- アルキメデスを救う
第2章:シラクサのアルキメデス
- アルキメデスとは何者か
- 科学以前の科学
- 円を正方形にする
- 限りなく続く仮想の対話
- 放物線を正方形にする
- 可能無限を超えて
- 証明と物理学―数学と物理学の統合
- パズルと数―史上初の「組み合わせ論」
- 死とその後
第3章:大レースに挑む 第1部 破壊から生き残れるか
- 友人へ送った1通の手紙
- 図書館のなかに保管される
- 媒体の移行―巻き物から冊子本へ
- 嵐の予兆
- 方舟にたどり着く
- ビザンチン・ルネサンス
- A、B、Cの3つの写本
- C写本はどのように作られたか
第4章:視覚の科学
- 数式以前の科学
- ギリシャ数学は視覚の科学
- シラクサの砂
- 古代ギリシャの図の論理
- 数学は美しい
- 中世を起源とする数学記号
- 数学は経験の問題である
第5章:大レースに挑む 第2部 写本がたどった数奇な運命
- 災厄が降りかかる
- イタリアへ流れ着いたアルキメデス
- ダ・ヴィンチが知らなかった本
- 消された文字
- 砂漠に埋もれた写本
- 復活の兆し
- 死からよみがえる
- パリに消える
第6章:1999年に解読された『方法』―科学の素材
- 重心の発明
- 天秤の法則
- 放物線の奇妙な法則
第7章:プロジェクト最大の危機
- 経路が行き詰まる
- ハイベアの写真
- 偽造された細密画
- 歴史を書き換えたウィロビーの手紙
- 新たな歴史
- ≪カサブランカ≫的仮説
- 読者へのお願い
- フォリオに施された集中治療
- ハイベアも気づかなかった発見
- アルキメデスを救った神への愛
第8章:2001年に解き明かされた『方法』―ベールを脱いだ無限
- 円柱の切片の体積
- 2001年3月に読み取れた『方法』
- 数学、物理学、無限―そして、その先
第9章:デジタル化されたパリンプセスト
- 光で浮き上がったテキスト
- デジタルの元になる数字
- 写本をデジタルで“調理”する
- 失敗だったレシピ
- 最初のことば
- 疑似カラー画像
- 頭脳を収める新しい箱
- パリンプセストからの新たな声
- パレンティが見つけた双子の写本とは?
第10章:遊ぶアルキメデス―2003年の『ストマキオン』
- マラスコ氏から届いた小包
- 『ストマキオン』を解釈する
- 意外な組み合わせ
- 古代の組み合わせ論?
- ピースを組み合わせる
第11章:古きものに新しき光を
- 頭脳が集結する
- 新たなアプローチ
- ビームタイム
- 2006年3月によみがえる
- だれの贈り物なのか
エピローグ:広大な宇宙の本
- アルキメデスのための夜なべ
- 幸運をもたらしたパトロン
- 文献学者という探検家
- 道具の開発者
- アルキメデスが示した科学の青写真
- 「広大な本」
謝辞
解説
監訳者あとがき
参考図書
索引