「量子現象の数理:新井朝雄」第1章
「量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋」、「量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋」の続編である本書は、ページ数が上記2冊を合わせたくらいであるのと、内容が極めて濃いので章ごとにレビュー記事を書くことにした。(全体の章立ては記事のいちばん下を参照。全体の詳細な目次はこのページを参照。)
なお本書全体で物理量を表す「演算子」には、数学(関数解析)で使われる「作用素」という用語が当てられている。第1章の構成は次のとおりだ。
第1章:物理量の共立性に関わる数理
- はじめに
- 単独の物理量に関する測定(I) - 純点スペクトル的な物理量の場合
- 単独の物理量に関する測定(II) - 一般の場合
- 複数の物理量の測定による状態の一意的決定(I) - 純点スペクトル的な物理量の組の場合
- 複数の物理量の測定による状態の一意的決定(II) - 一般の場合
- 代数的な特徴づけ
付録A:可分なヒルベルト空間の巡回ベクトルによる直交分解
ノート
演習問題
関連図書
この章の内容は冒頭に次のように要約されている。
量子力学系における複数の物理量の組 (A1,A2,...,An) は、その中のどのAjの観測も他の物理量Ak (j≠k) の観測によって擾乱されることなくできる場合、共立的に観測(測定)可能であるという。この章の目的は、複数の物理量の共立的観測可能性の根底になる数学的構造を見極めることである。複数の物理量が共立的に観測可能であるとき、それらの観測が状態を「一意的に」定めることの数学的本質も明らかにする。
つまり位置 x と運動量 p のように非可換な物理量の組に関しては、一般化されたハイゼンベルクの不確定性関係が適用されるので、そのような物理量は共立的ではありえない。したがって、物理量が共立的であるためには、それが可換な物理量の組であることが必要である。だが、これは十分条件ではない。その根底にある数学的構造をスペクトル理論、作用素解析を用いて詳しく論じている。
まず、単独の物理量の測定という簡単な場合、ヒルベルト空間H上の物理量をあらわす自己共役作用素の固有ベクトルが完全正規直交系をもつとき、その作用素は純点スペクトル的であるといい、すべての固有値の多重度が1のときこの物理量は測定によりその状態が一意に決まる。
そしてこれはスペクトルが「単純」な自己共役作用素に一般化され、この作用素によって表される物理量を極大観測量と呼ぶ。位置作用素 x や運動量作用素 p もそれぞれ単独に測定するときは極大観測量になり状態は一意に決まるのだ。
次に説明されるのが複数の純点スペクトル的な物理量の組の測定の場合だ。この場合に状態が一意に決定できるためには、H上の複数の自己共役作用素T1,...,Tnのすべての同時固有値が単純であることが必要十分条件である。このとき物理量A1,...,Anは強可換で、これらはひとつの物理量で表すことができる。
一般の場合についてはH上の強可換な物理量の組(A1,...,An)とおくと、これらは可換な観測量の極大な組になること、ひとつの極大観測量で表すことができることが証明される。
ざっとこのようなことが詳細に渡って証明されている。著者の新井先生には申し訳ないが、全体的に僕の理解度は7割止まり。大まかな意味合いは理解できたものの、数学の証明の細かい部分についていくことができなかった。
ところで章末の関連図書の中に学生時代に教えていただいた梅垣先生の「作用素代数入門―Hilbert空間よりvon Neumann代数:梅垣寿春」を見つけたのはうれしかった。学生当時のことは「25年目にわかった真実」という記事に書いている。本章の「代数的な特徴づけ」という節で自己共役作用素Aに同伴するフォン・ノイマン代数について言及されているので、詳細は梅垣先生の教科書を参照せよということらしい。作用素とスペクトル理論を使って表した物理量の共立性は、可換代数の構造によっても説明可能であることが本章の最後のほうの4ページで示されている。
量子力学の枠組みの中で物理量がどのように決定されるかという、本質的なテーマに対し深い理解が得られる章なので、いつかもう一度読み直したいと思っている。「量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋」、「量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋」にくらべて難易度はずっと高いので、第2章以降も心して読むことにしよう。
第2章のレビュー記事はこちらからどうぞ。
「量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋」
「量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋」
「量子現象の数理:新井朝雄」
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ヒルベルト空間論:保江邦夫
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https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fa4d9da634afbdb8a9dfc1ac162f7afe
量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/196b59dc50fca361ba523036e7eeb908
量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a4ef01e94a8c0384cec353ebe4d542e4
「量子現象の数理:新井朝雄」
章立て
第1章:物理量の共立性に関わる数理
第2章:物理量の自己共役性
第3章:正準交換関係の表現と物理
第4章:量子力学における対称性
第5章:物理量の摂動と固有値の安定性
第6章:物理量のスペクトル
第7章:散乱理論
第8章:虚数時間と汎関数積分の方法
第9章:超対称的量子力学
「量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋」、「量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋」の続編である本書は、ページ数が上記2冊を合わせたくらいであるのと、内容が極めて濃いので章ごとにレビュー記事を書くことにした。(全体の章立ては記事のいちばん下を参照。全体の詳細な目次はこのページを参照。)
なお本書全体で物理量を表す「演算子」には、数学(関数解析)で使われる「作用素」という用語が当てられている。第1章の構成は次のとおりだ。
第1章:物理量の共立性に関わる数理
- はじめに
- 単独の物理量に関する測定(I) - 純点スペクトル的な物理量の場合
- 単独の物理量に関する測定(II) - 一般の場合
- 複数の物理量の測定による状態の一意的決定(I) - 純点スペクトル的な物理量の組の場合
- 複数の物理量の測定による状態の一意的決定(II) - 一般の場合
- 代数的な特徴づけ
付録A:可分なヒルベルト空間の巡回ベクトルによる直交分解
ノート
演習問題
関連図書
この章の内容は冒頭に次のように要約されている。
量子力学系における複数の物理量の組 (A1,A2,...,An) は、その中のどのAjの観測も他の物理量Ak (j≠k) の観測によって擾乱されることなくできる場合、共立的に観測(測定)可能であるという。この章の目的は、複数の物理量の共立的観測可能性の根底になる数学的構造を見極めることである。複数の物理量が共立的に観測可能であるとき、それらの観測が状態を「一意的に」定めることの数学的本質も明らかにする。
つまり位置 x と運動量 p のように非可換な物理量の組に関しては、一般化されたハイゼンベルクの不確定性関係が適用されるので、そのような物理量は共立的ではありえない。したがって、物理量が共立的であるためには、それが可換な物理量の組であることが必要である。だが、これは十分条件ではない。その根底にある数学的構造をスペクトル理論、作用素解析を用いて詳しく論じている。
まず、単独の物理量の測定という簡単な場合、ヒルベルト空間H上の物理量をあらわす自己共役作用素の固有ベクトルが完全正規直交系をもつとき、その作用素は純点スペクトル的であるといい、すべての固有値の多重度が1のときこの物理量は測定によりその状態が一意に決まる。
そしてこれはスペクトルが「単純」な自己共役作用素に一般化され、この作用素によって表される物理量を極大観測量と呼ぶ。位置作用素 x や運動量作用素 p もそれぞれ単独に測定するときは極大観測量になり状態は一意に決まるのだ。
次に説明されるのが複数の純点スペクトル的な物理量の組の測定の場合だ。この場合に状態が一意に決定できるためには、H上の複数の自己共役作用素T1,...,Tnのすべての同時固有値が単純であることが必要十分条件である。このとき物理量A1,...,Anは強可換で、これらはひとつの物理量で表すことができる。
一般の場合についてはH上の強可換な物理量の組(A1,...,An)とおくと、これらは可換な観測量の極大な組になること、ひとつの極大観測量で表すことができることが証明される。
ざっとこのようなことが詳細に渡って証明されている。著者の新井先生には申し訳ないが、全体的に僕の理解度は7割止まり。大まかな意味合いは理解できたものの、数学の証明の細かい部分についていくことができなかった。
ところで章末の関連図書の中に学生時代に教えていただいた梅垣先生の「作用素代数入門―Hilbert空間よりvon Neumann代数:梅垣寿春」を見つけたのはうれしかった。学生当時のことは「25年目にわかった真実」という記事に書いている。本章の「代数的な特徴づけ」という節で自己共役作用素Aに同伴するフォン・ノイマン代数について言及されているので、詳細は梅垣先生の教科書を参照せよということらしい。作用素とスペクトル理論を使って表した物理量の共立性は、可換代数の構造によっても説明可能であることが本章の最後のほうの4ページで示されている。
量子力学の枠組みの中で物理量がどのように決定されるかという、本質的なテーマに対し深い理解が得られる章なので、いつかもう一度読み直したいと思っている。「量子力学の数学的構造 I:新井朝雄、江沢洋」、「量子力学の数学的構造 II:新井朝雄、江沢洋」にくらべて難易度はずっと高いので、第2章以降も心して読むことにしよう。
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「量子現象の数理:新井朝雄」
章立て
第1章:物理量の共立性に関わる数理
第2章:物理量の自己共役性
第3章:正準交換関係の表現と物理
第4章:量子力学における対称性
第5章:物理量の摂動と固有値の安定性
第6章:物理量のスペクトル
第7章:散乱理論
第8章:虚数時間と汎関数積分の方法
第9章:超対称的量子力学