「場の量子論(II)-ファインマン・グラフとくりこみを中心にして(量子力学選書):坂本眞人」(Kindle版)(詳細)
内容紹介:
好評既刊「場の量子論―不変性と自由場を中心にして―」の続刊として、本書ではファインマン・グラフを駆使しつつ、場の量子論において相互作用をどのように取り扱うかをできる限りわかり易く説明し、くりこみなどの理論的枠組みを理解してもらうよう努めた。論理の飛躍をなくして、議論の流れを一歩一歩着実に追えるよう、他書では省かれているようなことがらにも紙面を割き、特に、すべての式を読者が確実に導けるよう導出過程を省略することなく丁寧に解説した。さらに重要な式に対してはその物理的な意味を詳しく述べた。
特徴として、初学者に少しでも門戸を広げられるよう、詳しい式の導出や説明を極力省かない方針とした。特に、得られた式の物理的意味の理解に時間が費やせるように試みた。
また、本文中には、読者のつまずきやすい箇所でのコメントに加え、式導出や証明、役に立つ公式や考え方のアドバイスなどの注釈を設けた。さらに、“check”と題した問題も設けられており、意欲のある読者は是非チャレンジしてもらいたい。その解答は、裳華房ウェブページ上で公開している。
2020年9月25日刊行、592ページ。
著者について:
坂本眞人(さかもと まこと)
HP: http://www2.kobe-u.ac.jp/~dragon/
1985年3月九州大学大学院理学研究科博士後期課程修了。及び理学博士の学位取得。4月日本学術振興会特別研究員。所属機関:九州大学理学部。1986年4月日本学術振興会奨励研究員。所属機関:九州大学理学部(1986年4月~1987年3月)。京都大学基礎物理学研究所(1987年4月~1987年3月)。1988年4月京都大学基礎物理学研究所研究員。5月神戸大学理学部物理学科助手。ニールスボーア研究所文部省在外研究員(1992年3月~1993年4月)。2007年4月神戸大学大学院理学研究科物理学専攻助教授。
理数系書籍のレビュー記事は本書で471冊目。
昨年4月に書いた1冊目の「場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人」の紹介記事の最後のほうで「1冊他の本を読んでから、2分冊目を読もうと思っている。」と書いていた。しかし、他の本への寄り道は1冊ではなく14冊になった。僕の読書予定はまったくあてにならない。
先日(といっても昨年末だが)「早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰」を読んだことで、素粒子物理学への興味が再燃し、重い腰をあげて場の量子論2冊目の読書を再開することができた。600ページ近くあるので、読破するのは相当の気合いと継続力が求められる。
第2冊の章立ては次の通り。
1.場の量子論への招待 -自然法則を記述する基本言語-
2.散乱行列と漸近場
3.スペクトル表示
4.散乱行列の一般的性質とLSZ簡約公式
5.散乱断面積
6.ガウス積分とフレネル積分
7.経路積分 -量子力学-
8.経路積分 -場の量子論-
9.摂動論におけるウィックの定理
10.摂動計算とファインマン・グラフ
11.ファインマン則
12.生成汎関数と連結グリーン関数
13.有効作用と有効ポテンシャル
14.対称性の自発的破れ
15.対称性の自発的破れから見た標準模型
16.くりこみ
17.裸の量とくりこまれた量
18.くりこみ条件
19.1 ループのくりこみ
20.2 ループのくりこみ
21.正則化
22.くりこみ可能性
各章の概要を本書から引用しておこう。
1.場の量子論への招待 -自然法則を記述する基本言語-
場の量子論は、相対論的不変性と量子力学が成り立っている世界(それは我々が住んでいる宇宙だ!)を記述する理論体系である。このことは、場の量子論が素粒子の世界を記述するだけでなく、自然法則を記述する基本言語であることを強く示唆する。読者に、この推測が正しいかどうかを判断してもらうことが、本書の目的の1つである。この章では、本書全体の流れをつかんでもらうために、場の量子論とはどのような理論体系なのかを概観する。
2.散乱行列と漸近場
これから第5章までは、散乱問題にまつわる話題について考察する。散乱問題は、相互作用をもつ場の量子論のとっかかりとしては申し分のない題材だ。なぜなら、散乱前の始状態と散乱後の終状態には漸近場としての自由粒子が用意できるので、これまで学んできた自由場の知識を活用できるからだ。本章では、相互作用場と漸近場の関係を明らかにし、相互作用場は1粒子の生成・消滅だけでなく、多粒子の生成・消滅を引き起こす演算子であることを明らかにする。
3.スペクトル表示
前章では、相互作用場と漸近場の関係について議論した。この章では、相互作用をもつ場の量子論に対する一般的要請を述べて、2点グリーン関数に対するスペクトル表示を議論する。スペクトル表示は、グリーン関数の一般的性質を調べるための強力な道具の1つである。ここでは、スペクトル表示を用いて、2点グリーン関数から1粒子状態の寄与を取り出して、前章での漸近場との対応を明らかにする。
4.散乱行列の一般的性質とLSZ簡約公式
この章では、散乱行列の一般的性質を議論し、系のもつ対称性が散乱においてどのように保たれるのかを議論する。また、散乱行列とグリーン関数との関係を与えるLSZ簡約公式を導く、この公式から、散乱の情報はT積で与えられるグリーン関数にすべて含まれていることがわかる。最後に、散乱問題における、数学的諸問題、第2章で用いた漸近条件に対する数学的基礎付けについても議論する。
5.散乱断面積
前章で導いたLSZ簡約公式は、散乱行列とグリーン関数を結びつけるものだった。この章では、実験で直接測定される物理量として、素粒子散乱過程における断面積と不安定粒子の崩壊率の定義を与え、それらと散乱行列の関係を明らかにする。
6.ガウス積分とフレネル積分
次章で議論する経路積分表示は、文字通り積分によって記述されている。そこでは、ガウス積分、より正確にはフレネル積分が基本的な積分として重要な役割を担う。ここでは、ガウス積分とフレネル積分の公式、およびそれらの拡張についてまとめて議論しておく。
7.経路積分 -量子力学-
量子力学の定式化には、微分方程式を用いたシュレディンガー方程式とブラ・ケットを用いた演算子形式がよく用いられる。本章で、第3の量子化法 - 経路積分 - を紹介する。経路積分は、その名の通り、積分を使って取りうるすべての経路の和として定式化される。そこでは、非可換な量を用いた演算子形式と違って、可換な c数(あるいは反可換なグラスマン数)のみが使われる。そのため、有限自由度の量子力学系を取り扱う。次章では、それを無限自由度の場の量子論へ拡張する。
8.経路積分 -場の量子論-
場の量子論は、無限自由度の量子力学系と見なすことができる。この対応を用いて、前章で求めた量子力学系での経路積分表示を用いて場の量子論へ拡張する。得られた経路積分表示を用いて、ファインマン伝播関数の性質について詳しく考察する。また、運動方程式および保存則が、n点グリーン関数の中でどのような形で実現されているかを、経路積分の観点から明らかにする。最後に、有限温度の場の理論とユークリッド経路積分の間の密接な関係について紹介する。
9.摂動論におけるウィックの定理
この章では、前章で求めた経路積分表示を使ってグリーン関数に対する摂動論を展開し、摂動計算を行う際の基礎となるウィックの定理について説明する。
摂動論では、自由粒子の周りで展開を行う。つまり、摂動論が意味をみつためには、(自由)粒子による記述がよい近似で成り立っていることが前提となる。後の章でファインマン・グラフやファインマン則を学ぶが、それらは粒子描像を使って摂動計算を理解するためのものである。粒子描像が成り立たない系や非摂動論的効果が重要な系では、ここで行う摂動論は使えない。そのときは、摂動論を超えた手法が必要となる。
10.摂動計算とファインマン・グラフ
摂動計算に現れる摂動項は、ファインマン・グラフ(ファインマン・ダイアグラム、ファインマン図)とよばれる図形によって表すことができる。本章の目的は、具体的計算を通じてファインマン・グラフの修得を目指し、ファインマン・グラフの有用性を実感してもらうことである。
11.ファインマン則
これまでグリーン関数の摂動計算を通じて、ファインマン・グラフを導入した。ファインマン・グラフは、素粒子物理学を理解する上で欠かせない道具である。本章では、ファインマン・グラフと式との対応関係を、ファインマン則の形で定式化する。また、より実用的な運動量空間でのファインマン・グラフとファインマン則についても紹介する。
12.生成汎関数と連結グリーン関数
第10章で求めたグリーン関数は、すべての外線が連結しているグラフだけでなく、一般的に非連結なグラフも含んでいる。本章ではまず初めに、外場を導入してn点グリーン関数を生成する生成汎関数を導入する。次に、その生成汎関数から、連結グラフのみを含む連結グリーン関数とその生成汎関数が得られることを示す。
13.有効作用と有効ポテンシャル
前章では、連結グリーン関数に対する生成汎関数 W[J] を定義した。この章では、W[J] から、より重要な頂点関数に対する生成汎関数 Γ[φ] を導入する。 Γ[φ] は有効作用、あるいは量子作用積分とよばれ、出発点の(古典)作用積分 S[φ] に量子論的補正が加わったものである。
有効作用が重要な理由は、これまで出会ってきたグリーン関数の中でより基本的な構成要素であることに加え、第16章以降で議論するくりこみの中心的役割を果たすからである。また、理論の真空状態を決めるための有効ポテンシャルは有効作用から得られる。
14.対称性の自発的破れ
本章と次章で、これまでとは少し趣を変えて、対称性の自発的破れについて議論する。対称性の自発的破れは、作用積分あるいはハミルトニアンのもつ対称性を真空状態が破るときに起こる。身近な代表例は磁石だ。磁石を記述するハミルトニアンは回転対称性をもつが、磁石には特定の方向を向いたN極とS極が現れ回転対称性を破っている。本章では、対称性の自発的破れに対する理論的側面を明らかにし、連続的対称性の自発的破れに伴って、質量をもたない粒子があらわれること(南部-ゴールドストンの定理)を証明する。次章では、素粒子標準模型における対称性の自発的破れの役割を解説する。
15.対称性の自発的破れから見た標準模型
素粒子標準模型には、クォーク・レプトンおよびゲージ場の質量項が含まれていない。それなのになぜ、電子などのレプトンやクォークは質量をもっているのだろうか?また、電磁気力と弱い力はどちらもゲージ理論によって記述されているにもかかわらず、なぜ性質が大きく異なるのか?これらの疑問に対する答は、対称性の自発的破れにある。標準模型では、ヒッグス場が非自明な真空期待値をもつことによって、標準模型のもつ SU(2)xU(1)_Y ゲージ対称性が U(1)_em ゲージ対称性へと自発的に破れる。そのとき、クォーク・レプトンおよび W^± ボソンと Z^0 ボソンと呼ばれるゲージ場が質量を獲得する。つまり、我々の宇宙に存在する粒子は、対称性の自発的破れを通じて質量を獲得しているのである。また、質量をもたない光子は電磁気力の源、質量をもった W^± ボソンと Z^0 ボソンは弱い力の源となり、電磁気力と弱い力は異なる性質をもつことになる。本章では、対称性の自発的破れの観点から、素粒子標準模型を解説する。
16.くりこみ
ファインマン・グラフのループ運動量積分から発散が現れる。この発散は、4元運動量の大きさが無限大になる紫外領域から生じるので紫外発散とよばれる。この発散を、理論に含まれる質量、結合定数、場の規格化定数に取り込むことによって、物理量から発散を取り除くことができる。この操作をくりこみとよぶ。具体的な計算に進む前に、本章では、ファインマン・グラフを使って発散がどのような形で現れるかを概観して、くりこみに対するイメージをもってもらうことにする。
17.裸の量とくりこまれた量
前章で、ファインマン・グラフの発散は本質的に外線の数が E=2 と E=4 のグラフから現れることを見た。本章以降で、これらの発散を取り除くための処方箋、すなわち、くりこみについて順を追って説明する。本章では、発散を取り除くための摂動論的枠組みを説明した後に、裸の量とくりこまれた量の間の関係を明らかにする。特に、裸のグリーン関数/頂点関数とくりこまれたグリーン関数/頂点関数の関係を求め、連結グリーン関数の生成汎関数 W[J] と有効作用 Γ[φ] はくりこまれた量のみで与えられることを示す。また、物理量が有限な値をもつためには、頂点関数が有限にくりこめればよいことを説明する。
18.くりこみ条件
前章では、発散を取り除くために相殺項を導入した。これらの相殺項のパラメータは、頂点関数に現れる発散と相殺するように選ばれる。しかし、その決め方は一意的ではない。なぜなら、任意の有限量を相殺項のパラメータに加えても、発散の除去には影響がないからである。この相殺項の不定性をなくすために、くりこみ条件が課せられる。本章では、よく使われるくりおみ条件を紹介して、その物理的意味を議論する。
19.1 ループのくりこみ
この章では、くりこまれた摂動論を用いて、2点頂点関数と4点頂点関数に対する1ループ量子補正を計算する。くりこみ条件を課すことによって、1ループレベルでの相殺項を求め、2頂点関数と4頂点関数から発散が取り除かれることを具体的に確かめる。1ループのくりこみが具体的に計算できるようになれば、くりこみに対する理解が格段に進むはずだ。
20.2 ループのくりこみ
前章では、1ループのくりこみを行い、相殺項によって2点と4点頂点関数から紫外発散が取り除かれることを見た。本章では、2ループのくりこみを行う。2ループでは1ループにはなかった部分グラフの発散が現れる。しかし、1ループのくりこみが正しく実行されていれば、部分グラフの発散は1ループの相殺項によって自動的に取り除かれることがわかる。そして、、2ループのくりこまれた2点と4点頂点関数が紫外発散を含まない有限な関数となることを確かめる。そのとき、ファインマン・グラフがいかに有用なツールであるかを実感するだろう。
21.正則化
前章までの解析で、2点頂点関数と4頂点関数を2ループまで計算して、ループ運動量積分から現れる紫外発散を相殺項によって取り除けることがわかった。本章では、そこで行われた発散の取り扱いを数学的に正当化するため、発散積分を有限積分におきかえる正則化について議論する。また、ループ運動量積分を実行するための公式を導出して、1ループの2点と4点頂点関数における運動量積分を具体的に実行する。代表的なものとして、運動量切断正則化、パウリ-ヴィラス正則化および次元正則化を紹介する。
22.くりこみ可能性
これまでγφ^4理論のくりこみについて詳しく調べてきた。そこでは、ファインマン・グラフの紫外発散を相殺項によって取り除くことができた。本章ではγφ^4理論に対するくりこみの解析を、より一般の理論に対して行う。紫外発散を取り除くためにどのような相殺項が必要かを解析することによって、どのような相互作用をもつ理論がくりこみ可能、あるいはくりこみ不可能となるかをあきらかにする。また、くりこみ可能性の観点から、素粒子物理学における標準模型を眺めてみる。
1冊目と今回読んだ2冊目は、間違いなく現在日本語で読める場の量子論の教科書の中では最良のものだと思う。ファインマン・グラフとくりこみ理論について、これまで読んだどの教科書よりも計算方法が具体的で多くのページが割かれていた。とはいえ、僕の理解度は7割程度にとどまった。また、1冊目が刊行されたのは2014年、2冊目が刊行されたのは2020年だ。どちらも素粒子標準模型で未検出だったヒッグス粒子が2012年にLHCで検出され、その質量が126 GeVであることが確認された後の教科書だ。最新の情報を盛り込んだ新しい教科書となっている。
祝!:ヒッグス粒子発見
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f88350541542f732fec74af583a29e50
この2冊だけでなく裳華房の「量子力学選書」にはお勧めの本ばかり揃っている。
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「場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人」(Kindle版)(詳細)(紹介記事)
「場の量子論(II)-ファインマン・グラフとくりこみを中心にして(量子力学選書):坂本眞人」(Kindle版)(詳細)
1冊目が437ページであるのに対し、2冊目は592ページある。急がずじっくり取り組んでほしい。
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場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/f68fdd9b2a4e8ba2dfa88d4afcb3b716
場の量子論〈第1巻〉量子電磁力学:F.マンドル、G.ショー
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/08726ab931904f76d9c26ff56d219e53
場の量子論〈第2巻〉素粒子の相互作用:F.マンドル、G.ショー
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内容紹介:
好評既刊「場の量子論―不変性と自由場を中心にして―」の続刊として、本書ではファインマン・グラフを駆使しつつ、場の量子論において相互作用をどのように取り扱うかをできる限りわかり易く説明し、くりこみなどの理論的枠組みを理解してもらうよう努めた。論理の飛躍をなくして、議論の流れを一歩一歩着実に追えるよう、他書では省かれているようなことがらにも紙面を割き、特に、すべての式を読者が確実に導けるよう導出過程を省略することなく丁寧に解説した。さらに重要な式に対してはその物理的な意味を詳しく述べた。
特徴として、初学者に少しでも門戸を広げられるよう、詳しい式の導出や説明を極力省かない方針とした。特に、得られた式の物理的意味の理解に時間が費やせるように試みた。
また、本文中には、読者のつまずきやすい箇所でのコメントに加え、式導出や証明、役に立つ公式や考え方のアドバイスなどの注釈を設けた。さらに、“check”と題した問題も設けられており、意欲のある読者は是非チャレンジしてもらいたい。その解答は、裳華房ウェブページ上で公開している。
2020年9月25日刊行、592ページ。
著者について:
坂本眞人(さかもと まこと)
HP: http://www2.kobe-u.ac.jp/~dragon/
1985年3月九州大学大学院理学研究科博士後期課程修了。及び理学博士の学位取得。4月日本学術振興会特別研究員。所属機関:九州大学理学部。1986年4月日本学術振興会奨励研究員。所属機関:九州大学理学部(1986年4月~1987年3月)。京都大学基礎物理学研究所(1987年4月~1987年3月)。1988年4月京都大学基礎物理学研究所研究員。5月神戸大学理学部物理学科助手。ニールスボーア研究所文部省在外研究員(1992年3月~1993年4月)。2007年4月神戸大学大学院理学研究科物理学専攻助教授。
理数系書籍のレビュー記事は本書で471冊目。
昨年4月に書いた1冊目の「場の量子論: 不変性と自由場を中心にして(量子力学選書):坂本眞人」の紹介記事の最後のほうで「1冊他の本を読んでから、2分冊目を読もうと思っている。」と書いていた。しかし、他の本への寄り道は1冊ではなく14冊になった。僕の読書予定はまったくあてにならない。
先日(といっても昨年末だが)「早すぎた男 南部陽一郎物語 時代は彼に追いついたか:中嶋 彰」を読んだことで、素粒子物理学への興味が再燃し、重い腰をあげて場の量子論2冊目の読書を再開することができた。600ページ近くあるので、読破するのは相当の気合いと継続力が求められる。
第2冊の章立ては次の通り。
1.場の量子論への招待 -自然法則を記述する基本言語-
2.散乱行列と漸近場
3.スペクトル表示
4.散乱行列の一般的性質とLSZ簡約公式
5.散乱断面積
6.ガウス積分とフレネル積分
7.経路積分 -量子力学-
8.経路積分 -場の量子論-
9.摂動論におけるウィックの定理
10.摂動計算とファインマン・グラフ
11.ファインマン則
12.生成汎関数と連結グリーン関数
13.有効作用と有効ポテンシャル
14.対称性の自発的破れ
15.対称性の自発的破れから見た標準模型
16.くりこみ
17.裸の量とくりこまれた量
18.くりこみ条件
19.1 ループのくりこみ
20.2 ループのくりこみ
21.正則化
22.くりこみ可能性
各章の概要を本書から引用しておこう。
1.場の量子論への招待 -自然法則を記述する基本言語-
場の量子論は、相対論的不変性と量子力学が成り立っている世界(それは我々が住んでいる宇宙だ!)を記述する理論体系である。このことは、場の量子論が素粒子の世界を記述するだけでなく、自然法則を記述する基本言語であることを強く示唆する。読者に、この推測が正しいかどうかを判断してもらうことが、本書の目的の1つである。この章では、本書全体の流れをつかんでもらうために、場の量子論とはどのような理論体系なのかを概観する。
2.散乱行列と漸近場
これから第5章までは、散乱問題にまつわる話題について考察する。散乱問題は、相互作用をもつ場の量子論のとっかかりとしては申し分のない題材だ。なぜなら、散乱前の始状態と散乱後の終状態には漸近場としての自由粒子が用意できるので、これまで学んできた自由場の知識を活用できるからだ。本章では、相互作用場と漸近場の関係を明らかにし、相互作用場は1粒子の生成・消滅だけでなく、多粒子の生成・消滅を引き起こす演算子であることを明らかにする。
3.スペクトル表示
前章では、相互作用場と漸近場の関係について議論した。この章では、相互作用をもつ場の量子論に対する一般的要請を述べて、2点グリーン関数に対するスペクトル表示を議論する。スペクトル表示は、グリーン関数の一般的性質を調べるための強力な道具の1つである。ここでは、スペクトル表示を用いて、2点グリーン関数から1粒子状態の寄与を取り出して、前章での漸近場との対応を明らかにする。
4.散乱行列の一般的性質とLSZ簡約公式
この章では、散乱行列の一般的性質を議論し、系のもつ対称性が散乱においてどのように保たれるのかを議論する。また、散乱行列とグリーン関数との関係を与えるLSZ簡約公式を導く、この公式から、散乱の情報はT積で与えられるグリーン関数にすべて含まれていることがわかる。最後に、散乱問題における、数学的諸問題、第2章で用いた漸近条件に対する数学的基礎付けについても議論する。
5.散乱断面積
前章で導いたLSZ簡約公式は、散乱行列とグリーン関数を結びつけるものだった。この章では、実験で直接測定される物理量として、素粒子散乱過程における断面積と不安定粒子の崩壊率の定義を与え、それらと散乱行列の関係を明らかにする。
6.ガウス積分とフレネル積分
次章で議論する経路積分表示は、文字通り積分によって記述されている。そこでは、ガウス積分、より正確にはフレネル積分が基本的な積分として重要な役割を担う。ここでは、ガウス積分とフレネル積分の公式、およびそれらの拡張についてまとめて議論しておく。
7.経路積分 -量子力学-
量子力学の定式化には、微分方程式を用いたシュレディンガー方程式とブラ・ケットを用いた演算子形式がよく用いられる。本章で、第3の量子化法 - 経路積分 - を紹介する。経路積分は、その名の通り、積分を使って取りうるすべての経路の和として定式化される。そこでは、非可換な量を用いた演算子形式と違って、可換な c数(あるいは反可換なグラスマン数)のみが使われる。そのため、有限自由度の量子力学系を取り扱う。次章では、それを無限自由度の場の量子論へ拡張する。
8.経路積分 -場の量子論-
場の量子論は、無限自由度の量子力学系と見なすことができる。この対応を用いて、前章で求めた量子力学系での経路積分表示を用いて場の量子論へ拡張する。得られた経路積分表示を用いて、ファインマン伝播関数の性質について詳しく考察する。また、運動方程式および保存則が、n点グリーン関数の中でどのような形で実現されているかを、経路積分の観点から明らかにする。最後に、有限温度の場の理論とユークリッド経路積分の間の密接な関係について紹介する。
9.摂動論におけるウィックの定理
この章では、前章で求めた経路積分表示を使ってグリーン関数に対する摂動論を展開し、摂動計算を行う際の基礎となるウィックの定理について説明する。
摂動論では、自由粒子の周りで展開を行う。つまり、摂動論が意味をみつためには、(自由)粒子による記述がよい近似で成り立っていることが前提となる。後の章でファインマン・グラフやファインマン則を学ぶが、それらは粒子描像を使って摂動計算を理解するためのものである。粒子描像が成り立たない系や非摂動論的効果が重要な系では、ここで行う摂動論は使えない。そのときは、摂動論を超えた手法が必要となる。
10.摂動計算とファインマン・グラフ
摂動計算に現れる摂動項は、ファインマン・グラフ(ファインマン・ダイアグラム、ファインマン図)とよばれる図形によって表すことができる。本章の目的は、具体的計算を通じてファインマン・グラフの修得を目指し、ファインマン・グラフの有用性を実感してもらうことである。
11.ファインマン則
これまでグリーン関数の摂動計算を通じて、ファインマン・グラフを導入した。ファインマン・グラフは、素粒子物理学を理解する上で欠かせない道具である。本章では、ファインマン・グラフと式との対応関係を、ファインマン則の形で定式化する。また、より実用的な運動量空間でのファインマン・グラフとファインマン則についても紹介する。
12.生成汎関数と連結グリーン関数
第10章で求めたグリーン関数は、すべての外線が連結しているグラフだけでなく、一般的に非連結なグラフも含んでいる。本章ではまず初めに、外場を導入してn点グリーン関数を生成する生成汎関数を導入する。次に、その生成汎関数から、連結グラフのみを含む連結グリーン関数とその生成汎関数が得られることを示す。
13.有効作用と有効ポテンシャル
前章では、連結グリーン関数に対する生成汎関数 W[J] を定義した。この章では、W[J] から、より重要な頂点関数に対する生成汎関数 Γ[φ] を導入する。 Γ[φ] は有効作用、あるいは量子作用積分とよばれ、出発点の(古典)作用積分 S[φ] に量子論的補正が加わったものである。
有効作用が重要な理由は、これまで出会ってきたグリーン関数の中でより基本的な構成要素であることに加え、第16章以降で議論するくりこみの中心的役割を果たすからである。また、理論の真空状態を決めるための有効ポテンシャルは有効作用から得られる。
14.対称性の自発的破れ
本章と次章で、これまでとは少し趣を変えて、対称性の自発的破れについて議論する。対称性の自発的破れは、作用積分あるいはハミルトニアンのもつ対称性を真空状態が破るときに起こる。身近な代表例は磁石だ。磁石を記述するハミルトニアンは回転対称性をもつが、磁石には特定の方向を向いたN極とS極が現れ回転対称性を破っている。本章では、対称性の自発的破れに対する理論的側面を明らかにし、連続的対称性の自発的破れに伴って、質量をもたない粒子があらわれること(南部-ゴールドストンの定理)を証明する。次章では、素粒子標準模型における対称性の自発的破れの役割を解説する。
15.対称性の自発的破れから見た標準模型
素粒子標準模型には、クォーク・レプトンおよびゲージ場の質量項が含まれていない。それなのになぜ、電子などのレプトンやクォークは質量をもっているのだろうか?また、電磁気力と弱い力はどちらもゲージ理論によって記述されているにもかかわらず、なぜ性質が大きく異なるのか?これらの疑問に対する答は、対称性の自発的破れにある。標準模型では、ヒッグス場が非自明な真空期待値をもつことによって、標準模型のもつ SU(2)xU(1)_Y ゲージ対称性が U(1)_em ゲージ対称性へと自発的に破れる。そのとき、クォーク・レプトンおよび W^± ボソンと Z^0 ボソンと呼ばれるゲージ場が質量を獲得する。つまり、我々の宇宙に存在する粒子は、対称性の自発的破れを通じて質量を獲得しているのである。また、質量をもたない光子は電磁気力の源、質量をもった W^± ボソンと Z^0 ボソンは弱い力の源となり、電磁気力と弱い力は異なる性質をもつことになる。本章では、対称性の自発的破れの観点から、素粒子標準模型を解説する。
16.くりこみ
ファインマン・グラフのループ運動量積分から発散が現れる。この発散は、4元運動量の大きさが無限大になる紫外領域から生じるので紫外発散とよばれる。この発散を、理論に含まれる質量、結合定数、場の規格化定数に取り込むことによって、物理量から発散を取り除くことができる。この操作をくりこみとよぶ。具体的な計算に進む前に、本章では、ファインマン・グラフを使って発散がどのような形で現れるかを概観して、くりこみに対するイメージをもってもらうことにする。
17.裸の量とくりこまれた量
前章で、ファインマン・グラフの発散は本質的に外線の数が E=2 と E=4 のグラフから現れることを見た。本章以降で、これらの発散を取り除くための処方箋、すなわち、くりこみについて順を追って説明する。本章では、発散を取り除くための摂動論的枠組みを説明した後に、裸の量とくりこまれた量の間の関係を明らかにする。特に、裸のグリーン関数/頂点関数とくりこまれたグリーン関数/頂点関数の関係を求め、連結グリーン関数の生成汎関数 W[J] と有効作用 Γ[φ] はくりこまれた量のみで与えられることを示す。また、物理量が有限な値をもつためには、頂点関数が有限にくりこめればよいことを説明する。
18.くりこみ条件
前章では、発散を取り除くために相殺項を導入した。これらの相殺項のパラメータは、頂点関数に現れる発散と相殺するように選ばれる。しかし、その決め方は一意的ではない。なぜなら、任意の有限量を相殺項のパラメータに加えても、発散の除去には影響がないからである。この相殺項の不定性をなくすために、くりこみ条件が課せられる。本章では、よく使われるくりおみ条件を紹介して、その物理的意味を議論する。
19.1 ループのくりこみ
この章では、くりこまれた摂動論を用いて、2点頂点関数と4点頂点関数に対する1ループ量子補正を計算する。くりこみ条件を課すことによって、1ループレベルでの相殺項を求め、2頂点関数と4頂点関数から発散が取り除かれることを具体的に確かめる。1ループのくりこみが具体的に計算できるようになれば、くりこみに対する理解が格段に進むはずだ。
20.2 ループのくりこみ
前章では、1ループのくりこみを行い、相殺項によって2点と4点頂点関数から紫外発散が取り除かれることを見た。本章では、2ループのくりこみを行う。2ループでは1ループにはなかった部分グラフの発散が現れる。しかし、1ループのくりこみが正しく実行されていれば、部分グラフの発散は1ループの相殺項によって自動的に取り除かれることがわかる。そして、、2ループのくりこまれた2点と4点頂点関数が紫外発散を含まない有限な関数となることを確かめる。そのとき、ファインマン・グラフがいかに有用なツールであるかを実感するだろう。
21.正則化
前章までの解析で、2点頂点関数と4頂点関数を2ループまで計算して、ループ運動量積分から現れる紫外発散を相殺項によって取り除けることがわかった。本章では、そこで行われた発散の取り扱いを数学的に正当化するため、発散積分を有限積分におきかえる正則化について議論する。また、ループ運動量積分を実行するための公式を導出して、1ループの2点と4点頂点関数における運動量積分を具体的に実行する。代表的なものとして、運動量切断正則化、パウリ-ヴィラス正則化および次元正則化を紹介する。
22.くりこみ可能性
これまでγφ^4理論のくりこみについて詳しく調べてきた。そこでは、ファインマン・グラフの紫外発散を相殺項によって取り除くことができた。本章ではγφ^4理論に対するくりこみの解析を、より一般の理論に対して行う。紫外発散を取り除くためにどのような相殺項が必要かを解析することによって、どのような相互作用をもつ理論がくりこみ可能、あるいはくりこみ不可能となるかをあきらかにする。また、くりこみ可能性の観点から、素粒子物理学における標準模型を眺めてみる。
1冊目と今回読んだ2冊目は、間違いなく現在日本語で読める場の量子論の教科書の中では最良のものだと思う。ファインマン・グラフとくりこみ理論について、これまで読んだどの教科書よりも計算方法が具体的で多くのページが割かれていた。とはいえ、僕の理解度は7割程度にとどまった。また、1冊目が刊行されたのは2014年、2冊目が刊行されたのは2020年だ。どちらも素粒子標準模型で未検出だったヒッグス粒子が2012年にLHCで検出され、その質量が126 GeVであることが確認された後の教科書だ。最新の情報を盛り込んだ新しい教科書となっている。
祝!:ヒッグス粒子発見
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1冊目が437ページであるのに対し、2冊目は592ページある。急がずじっくり取り組んでほしい。
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