地球を8062万個の立方体に分割すると、その1辺の長さは23.8キロメートル、立方体1つの質量は74.1兆トンになる。これが僕がこれまでの記事で「微小立方体」と呼んでいたものの正体だ。
* これまでの経緯
「物体の全質量は大きさのない質点にすべて集中しているものとして計算を行う。」というニュートン力学の大前提に疑問を持ち、ニュートンの公式を一般化し「大きさのある球体によって発生する引力の大きさ」を極座標で計算する3重積分の式を数式計算ソフトMaximaで解けるか試してみた。そして前回「引力の積分式の解析解が得られた! - 重心と質点の話」という記事で答が出たと思ったのだが、前提にした積分式に誤りを見つけ、再計算が必要になったというのがこれまでの状況だ。
その後、正しい積分区間条件でやり直しているのだがなかなかうまくいかない。前提となる積分式を求めるための幾何計算は何度も図に書いて確認し、検算も行った。Maximaが間違えて計算してるのか、それとも解けるはずがない問題なのか不明だ。
当初得られた「地球の北半球だけ」を考慮した式に具体的な値を入れると引力は計算できるのだが、観測点の高度が低いときの値がだいぶずれていた。けれども高度が高くなると値が本来あるべき値に一致してくる。だから完全に間違っているとは言えないのだ。それでも「南半球」の引力を計算しようとすると、とたんに全くおかしな値が出力される。どうも何か変だ。
あれほど長い途中経過の数式を見事に凝縮してしまった「神様の手品」は、見せかけだけのクリスマスプレゼントだったのかどうかは、まだ僕にはわかっていない。
* 解析解で引力を計算することの本当の意味
そもそも解析解が正しく求められ、正しい引力の数値がそこから引き出されたらそれはうれしいことなのだが、それには物理現象の確認という以上の意味がある。およそ320年前にニュートンが提唱した球体における質点の定理(=決め事)が3世紀という長い時を経てついに「数学的に証明済み」になることだからだ。物理学史上での意義はとても大きい。
その証明は将来物理学に貢献することはないのでノーベル賞は無理だが「イグノーベル賞」には十分値すると思う。益川先生のように文部科学大臣には会えないと思うが、NHKの「サイエンスZERO」に呼ばれて安めぐみさんとお話できる可能性は十分にあるだろう。そして番組収録終了後に一緒にお食事するチャンスだってある。友達にだってなれるかもしれない。だから僕はこの問題をあきらめるつもりはない。(後日追記:この定理は証明されていた。次の記事を参照。)
* パソコンでの数値計算
ともかくニュートンの質点定理(=物体の質量を大きさのない質点に集中させる)が正しいのかを「大きさのある完全に球体と仮定した地球」で調べてみようと思い「北極点に1キログラムの物体を置く」という条件で、パソコンを使った数値計算(シミュレーション)をしてみた。
結果を先に言ってしまうと「ニュートンの質点定理は正しかった」のだ。計算出力はこのとおり。たくさんの微小立方体から実際に同じ数値がでくるのは当然なのだが不思議な気がする。だってものすごい数のベクトル和なのだから。まさに線形性の勝利と言えよう。
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観測点の地表からの高度(Km)...: 0
ニュートン方式での引力.......: 9.832188
微小立方体分割方式での引力...: 9.805374
上の2方式での誤差(%).........: 0.272714
地球の分割個数...............: 80624754
微小立方体の1辺の長さ (Km)..: 23.757463
微小立方体1個の質量 (兆トン): 74.096350
北半球が引力に寄与する割合(%): 79.315630
地球体積の数値積分での誤差(%): 0.005660
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地表での重力加速度の測定値は 9.8m/s^2 (正確には9.80665)なので、地球のあらゆる部分の微小引力が1つの物体を引き寄せる引力にまとめられるという理屈は1キログラムの物体を引っ張る微小引力の総合計が 9.8N であることを裏付けている。
今回の数値計算でもこの9.8という数値が得られるかがポイントとなるわけだ。ニュートン方式(理論値)のほうがずれているのは問題ではない。これは地球を完全に球体だとし、平均密度の値から求めた数値なので実際の測定値とのずれが生じて当前なのだ。いちばんの関心事は理論値と微小立方体分割方式の「ずれ」のほうである。
興味深かったのは地球の北半球が寄与する引力の割合が79.3%だということだ。北半球は北極点に置いた物体を斜め下方向に引っ張る割合が大きいからロスする力も大きいと想像していたが、南半球のほうが距離が長いので全体の引力への貢献度はずっと小さいのだ。観測点の距離が北極点から上空に離れるにつれて両者の割合は50%ずつに近づいていく。
* 分割数をいくつに設定するか
直交座標系で数値計算することにした。地球の分割数を増やせば計算精度はあがるはずだ。けれども計算時間は分割数に比例してかかるし、分割数を増やせば1つの立方体の体積や微小引力は小さくなり、それを総合計したときの「桁落ち」で精度は落ちたり、計算の途中の割り算で「桁あふれ」すると精度どころの話ではなくなってしまう。これは計算に使用するC言語の倍精度型変数の有効桁数による制限なのだ。結果の詳細は以下のリンクをご覧いただきたい。
実行結果詳細1:分割個数はどこまで増やせるか
http://tonechan.or.tp/personal/simulation/gravity/gravity_result1.txt
その結果、8062万個程度でいちばん精度がよく、計算の限界だということがわかった。冒頭でも述べたがこの分割数だと立方体の質量は74.1兆トンで1辺の長さは23.8キロメートルになる。とても「微小」とは言えない。(笑)
* 観測点の高度を上げると
観測点の高度を上げると次のようになった。引力がぐんぐん小さくなるのは予想どおりだが、北半球と南半球の引力の割合が50%に近づいていく様子は、なるほどと思ってしまう。
実行結果詳細2:観測点の高度を上げると引力はどう減るか?
http://tonechan.or.tp/personal/simulation/gravity/gravity_result2.txt
* プログラムと計算時間について
できるだけ手っ取り早く作りたかったので、計算速度や精度を向上させる工夫は全くせず、ロジックを簡単にすることだけに集中した。計算に使ったC言語のソースプログラムは、次のリンクからご覧いただきたい。斜めから引っ張る引力から真下に引っ張る引力の成分を求めるところで三角関数の余弦定理を使っているので高校生以上でないと難しいかもしれないが、プログラムとしては初心者でもわかるシンプルなものだ。「アルゴリズム事典」のような本に登場する「ナントカ法」などと呼ばれる高度な技は一切使っていない。
gravity1.c: 地球を微小立方体に分割して万有引力を計算する。
http://tonechan.or.tp/personal/simulation/gravity/gravity1.c.txt
いざ計算を実行するにあたってとうとう「とねスパコン」の出番がきたかと期待したが、その必要はなかった。たった1台のパソコンで8062万個の微小立方体の引力の合計は12.5秒で計算できてしまったのだ。CPUは Celeron 2.6GHz である。今さらながらパソコンの能力に驚いてしまった。
* 次の課題
ニュートンの質点定理には「球体の場合は」と書いてある。「結論:物体の質点は一般に存在しない - 重心と質点の話」で述べたとおり、球以外の物体で「引力の方向の中心という意味での質点」は存在しない。
けれども仮に「重心を質点だと錯覚」したときに、ニュートンによる公式と微小立方体分割方式では引力の計算値と方向に違いはでてくるだろうか?つまり大きさのある非対称的な物体で同じようなことを検証してみたい。「僕が物理と数学にハマリだしたきっかけ - 重心と質点の話」という記事で重心の位置の求め方を紹介したが、引力の方向と重心の方向が一般に一致するとはまだ誰も言っていないと思うのだ。
どのような形を選べばよいか?プログラムのロジックをできるだけシンプルにするため、いろいろな形を候補にして計算手順を模索しているところである。
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後日追記:
ニュートン自身はこの証明をなんと幾何学だけで行なっていたことを「悪魔の妄想」という有名な物理学ブログの作者から教えていただいた。その証明は「ニュートンはすごい!」という記事でお読みいただける。
この話は次の記事に続く。
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関連記事:
万有引力についてのこの一連の記事を最初から読みたい方は、「僕が物理や数学にハマりだしたきっかけ - 重心と質点の話」という記事からお読みください。
ニュートンは「球体のときにだけ大きさのない質点がその全質量が集中し、球の中心(=重心)と一致して外部の他の質点に力学的作用(引力)をおよぼす。」と言ってるだけなのに、一般の形をした物体でも重心=質点と信じ込んでいる人は多いですよね。それに高校の物理の力学もことわらないうちに球体でない物体の中に「点」を置いて計算していますし。人工衛星の軌道の「ぶれ」や、回転楕円体の等重力面の法線は、重心が質点にならないことがよくわかる例だと思います。
> ノーベル賞ものですよ楽々。
えっ、そうですか???
> 水星の近日点問題とかダークマターとか
> 知ってます?
近日点問題って一般相対論の影響で理論的な歳差によるずれに加えてさらにずれているという問題ですよね?
ダークマター(暗黒物質)についてはニュートン(雑誌)やサイエンスZERO程度の知識しかないですけど、これって質点や重心の話と関係があるのですか?
> α崩壊、中性子=陽子+電子
これも今回の話と関係があるのですか????
「僕が物理と数学にハマリだしたきっかけ」という記事からこの話をはじめたのですが、今回も僕はどっぷりハマッてしまっています。(笑)
リンクがまちがっていたようです。
ダイキサウンドのHPなんです。
自分で持っているpvが小さいのしかなく、
http://www.daiki-sound.jp/
ここに元のがあるらしいので、
もし取り込めたらいいなと思っています。
むずかしい物理のところでも
よろしくお願いいたします。
こういうものの取り込みって僕はやったことがないので詳しくないですが、他の映像でできるものか、少し試してみますね。
もしできたとしても、やり方はここには書かずに直接Hazzさんにメールします。
Hazzさんご自身の映像についてはHazzさんに肖像権があるのでご自身がダウンロードしてもいいのですが、公開の場所にダウンロード手順を書いてしまうのは、著作権侵害を一般に対して助長してしまうことだからです。
私も最近数値計算にちょっとはまり気味・・・・
実は図のほうは借用物でして。。。(汗) m(_ _)m
こういうCGをボクセル(Voxel)というのだそうです。
無料ソフトで簡単に描けます。
http://www.den.rcast.u-tokyo.ac.jp/~michi/glct/index.html
http://vcad-hpsv.riken.jp/jp/release_software/V-Xgen/
http://www.forest.impress.co.jp/article/2001/02/13/voxelpainter.html
> 私も最近数値計算にちょっとはまり気味・・・・
ブログ拝見させていただきました。ずいぶん楽しんでいらっしゃるようですね。紹介されていたC++の本は読んだことはありませんでしたがFORTRAN77の本は大学のときの教科書と同じだったので懐かしいです。
ですので、こちらに書きます。(どの言葉が禁止ワードなのか少しずつ文章を削ったのですけれど、短くなりすぎたので途中でやめてしまいました。)
「パーコレーション」の記事に対して:
ランダムな模様だけでなく、クラスターも生成されるのは不思議ですね。この計算の元となる数学理論もあると思いますが、理論でもクラスターの生成は導けるのか調べてみたくなりました。
パーコレーションの図は全てランダムに生成したやつです。
点を打つ確率p、打たない(空白)の確率は1-pです。それを100かける100回繰り返して升目毎に、点を打つか、打たないを決定してゆくだけです。
for(i=0,i<100,i++)
{
for(j=0,j<100,j++)
{point[i][j]=ramdom(1 or 0)
}
}
のような感じです。クラスターは偶然にできるだけですが、pが0.6程度に大きくするとクラスターができる割合が急激に増加するようです。やってみると結構面白いんです。
数学理論は勿論あって、本がでています。 面白そうだと思った本> http://www2.odn.ne.jp/yuseisha/kaiseki/perco.htm
(ざっと目を通しただけですが、面白そう)
アトムさんの記事の説明で理解できていました。僕のコメントでの書き方が不十分だったようで。。。
いただいたコメントですが、プログラムの途中で切れてしまったようですね。投稿通知メールのほうでは切れていなかったので、他の読者の方のために以下に続きを書いておきます。数学の本の紹介もありがとうございました。面白そうです!
以下、アトムさんのコメントで途切れてしまった部分をペーストします。(プログラムコード中の半角の不等号の記号が悪さをしていたようですので全角にしたらうまく投稿できました。)
for(i=0,i<100,i++)
{
for(j=0,j<100,j++)
{point[i][j]=ramdom(1 or 0)
}
}
のような感じです。クラスターは偶然にできるだけですが、pが0.6程度に大きくするとクラスターができる割合が急激に増加するようです。やってみると結構面白いんです。
数学理論は勿論あって、本がでています。 面白そうだと思った本> http://www2.odn.ne.jp/yuseisha/kaiseki/perco.htm
(ざっと目を通しただけですが、面白そう)