とね日記

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ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平

2021年12月04日 15時56分58秒 | 物理学、数学
ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平

内容紹介:
オペレーションズ・リサーチは、意思決定を助けるために最善の答を見出す科学的な手法です。けれども、ORは純粋科学ではありません。社会現象を対象とするだけあって、ORは実用科学です。したがって、モデル作りの精密さや数学的な厳密さにこだわってORを活用する範囲を局限しないことが肝要です。大局観を失わず、しかし大胆に、斬新な発想のもとでのびのびと、むずかしい数式を使わないことを誇りに、平明で鮮烈な説得力をもって第三者をうならせることがORの醍醐味です。

2015年5月1日刊行、252ページ

著者:
大村 平(おおむら ひとし)
工学博士。1930年秋田県に生まれる。1953年東京工業大学機械工学科卒業。防衛庁空幕技術部長、航空実験団司令、西部航空方面隊司令官、航空幕僚長を歴任。1987年退官。その後、防衛庁技術研究本部技術顧問、お茶の水女子大学非常勤講師、日本電気株式会社顧問、(社)日本航空宇宙工業会顧問などを歴任。

大村先生の著書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で468冊目。

本書は神保町の明倫館書店のワゴンセールで見つけた。その日は物理の本を読もうと思っていたのだが、この本を見とたん30年以上も前の学生時代の風景が蘇ってきた。それは大掃除の最中に昔買った週刊誌や学生時代の写真がでてきて、手を止めて昔の思い出に浸ってしまうようなものだ。すぐ横道にそれてしまうのが僕の読書スタイルだ。

学生時代に応用数学科に在籍していた僕は、土曜日の午前中に東京理科大(神楽坂校舎)の6号館の大教室で、線形計画法の授業をとっていた。クラスの全員が履修していたから教養課程の必修科目だったと思う。この緑色の本は、当時の思い出を脳内から引っ張り出してくれた。

この授業は「数理計画法」という名前の科目で、線形計画法(シンプレックス法)の基礎を学んだ。線形計画法はオペレーションズ・リサーチ(OR: Operations Research)のいちばん基礎的な方法論である。担当教官は林健児教授だった。今回の記事を書くにあたり、このPDFファイルで先生は平成24年(2012年)に87歳で逝去されたことを知ったのだが、僕が教えていただいた1980年代前半、先生は60歳前後でとても陽気でエネルギッシュ、熱意を込めてお話されていた姿が印象に残っている。授業で配布された教材は先生みずから電動タイプライターで入力してお作りになり、クーリエフォントでタイプされたプリントとして毎回配布していただいた。線形計画法では「表」が必須であるし、字下げした行列の添え字を書かなければならないから、切り貼りをしながらお手間をかけて作成されたプリントだった。電動タイプライターで入力できるのは英数字と記号だけだから、プリント教材は英語で書かれている。現代の学生にはそのようなプリント教材のイメージがわかりにくだろう。それはファインマン物理学の「オリジナル・コース・ハンズアウト」のようなものだと思えばよいと思う。

昨今は機械学習やビッグデータ、データサイエンスがもてはやされ、そのための基礎として統計学を学ぶのが推奨されているが、これらの計算はコンピュータの計算速度や記憶容量が大幅に向上したから可能になったのである。僕が学生だった頃は大型計算機といえども主メモリー16メガバイトくらいだったから、コンピュータで社会や企業活動で必要とされるるような生産管理、在庫管理、輸送管理、工程管理などの最適化問題を解決する主要な手法はオペレーションズ・リサーチ(線形計画法、非線形計画法、PERT、シミュレーションなど)の応用数学を使って行われるのが主流だった。

このうち大学の授業で教えられていたのは線形計画法で、手で計算できる範囲の問題に限られていた。そして実務で行われている問題はもっと複雑で手で計算できないから、Fortranなどのプログラミング言語で開発され、パッケージ販売されていたソフトウェアを利用していた時代のことである。

今回紹介する「ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平」は、線形計画法にとどまらずオペレーションズ・リサーチの代表的な手法をカバーし、具体的で身近かな例をあげて計算手順を理解できる。かなりのお得感がある。ユーモアにあふれた読み物スタイルで楽しみながら学べるのが大村平先生の「~のはなし(Amazonで本を検索)」シリーズの特長で、本書も読み流すだけでオペレーションズ・リサーチの勘所を知ることができる。

章立ては以下のとおりだ。(詳細目次はこの記事のいちばん下を参照)

1. ORのすべて、見せます
2. 線形計画法(その1)
3. 線形計画法(その2)
4. 動的計画法
5. 待ち行列と在庫管理
6. PERT
7. シミュレーションとモデル
8. ゲームの理論
9. 意思決定への道
付録(1)シンプレックス法
付録(2)116ページの確率計算


機械学習やデータサイエンスがもてはやされている昨今だから、大学教育にも影響がでているのだろう。きっと統計学や機械学習の授業が増えて、オペレーションズ・リサーチのような分野は流行らなくなっているのだろう。そう思って現在の数学科、応用数学科で何が教えられているのか調べてみることにした。次のページを開くと、東京理科大の数学科、応用数学科の授業内容を知ることができる。

東京理科大学理学部第一部応用数学科:
https://www.tus.ac.jp/academics/faculty/sciencedivision1/applied_mathmatics/

東京理科大学理学部第一部数学科(カリキュラム):
https://math-1.ma.kagu.tus.ac.jp/curriculum/

応用数学科ではオペレーションズ・リサーチや人工知能/機械学習は3年次に選択科目として教えられている。その反面、数学科ではプログラミングの授業はあるもののオペレーションズ・リサーチや機械学習などの応用数学の手法は教えられていないようだ。

他の大学ではどうなのか、少し調べてみたところオペレーションズ・リサーチのような内容は「数理計画法」として、次のような大学、学部、学科で教えられていることがわかった。

東工大では工学院の情報通信系
広島大学では工学部
香川大学工学部電子・情報工学科
岡山県立大学では情報工学部
九州大学では電気情報工学科
東邦大学では情報系学科
筑波技術大学では産業技術学部産業情報学科

応用数学科という学科を設けている大学は少ないし、数理計画法を数学科で教えるのもちょっと違う気がする。理科大では応用数学科で教えられているが、世間一般では工学系、情報系の授業で教えられているようだ。

さらにネット検索してみると、次のページを見つけることができた。

東京理科大学理学部応用数学科のOR教育(PDF)
http://www.orsj.or.jp/archive2/or64-1/or64_1_17.pdf

冒頭には次のように書かれている。理科大では応用数学科のほか工学部情報系、経営工学系でも数理計画法が教えられていることがわかった。

「OR の教育ならびに OR 学会員の規模では、東京理科大学はかなり活発に活動している大学の一つである。実際、OR の教育研究に携わる教員が所属している学部・学科として工学部情報工学科(旧経営工学科)、理工学部情報科学科・経営工学科、経営学部経営学科・ビジネスエコノミクス学科、そして理学部応用数学科があり、複数の学部学科にまたがって OR 研究者が分布している。」

このPDF資料によると応用数学科は(僕が生まれる1年前の)1961年に創設され、当初は「統計学(OR を含む)」、「数値計算・計算機」、「応用解析」の三つの柱を掲げていたようである。その創設に貢献したのが増山元三郎教授と津村善郎教授であり、僕は増山先生の統計学の授業を受けていた。(参考記事:「購入報告:少数例のまとめ方(1964年):増山元三郎」)

また、「数値計算分野がご専門の林健児教授は数理計画法の授業を担当されていて、筆者は林先生の下で連続最適化の研究を行い理学博士の学位を取得した。」ということも1ページ目の右欄に書かれている。

このPDF資料の筆者は誰?と思ってみると矢部博教授である。僕は教養課程で矢部先生から微積分・微分方程式を教えていただいていた。当時、先生はまだ助手をされていた頃で、授業は3号館の2階にあった学食の隣の教室で行なわれていた。(現在、学食は8号館にあるようだ。)矢部先生の授業では明るい緑色でざらざらした表紙の演習書が使われていたことを覚えている。

卒業時の担当教官だった江川嘉美教授にお会いするため、2018年に僕は母校を訪問したことがある。そのとき1号館のエレベーターで、矢部先生にたまたまお会いすることができた。先生にとって僕は何千人もいる教え子のひとりなので覚えていらっしゃらないのは無理もないことだが、僕にとっては十数人足らずの恩師のうちのおひとりだからはっきり覚えている。エレベータ―でご挨拶し、お名刺をいただいていた。

矢部先生のプロフィールはこのページでお読みいただける。ご研究されているのは「社会システム工学・安全システム (数理計画法、最適化)」という分野で、研究課題は「非線形最適化のための数値解法」、そして2018年には「日本オペレーションズ・リサーチ学会業績賞」を受賞されているなど、ORの研究一筋に業績を積んでいらっしゃっているのを知ることができた。そして現在は東京理科大学データサイエンスセンター長をされている。学生時代の「微積分、微分方程式の先生」という僕の印象は、学びの「ま」、学問の「が」にも達していなかった頃の誤解だったことに気がついた。

矢部先生は2006年に、次の本をお書きになっている。Amazonでの評価は上々だ。

工学基礎 最適化とその応用:矢部博


第1章 序章(最適化問題とは、最適化問題の例)
第2章 凸集合と凸関数(勾配ベクトルとヘッセ行列、凸集合 ほか)
第3章 線形計画法(標準形、用語の定義 ほか)
第4章 非線形計画法1(無制約最小化問題)(最適性条件、反復法とは ほか)
第5章 非線形計画法2(制約付き最小化問題)(最適性条件、非線形計画法の双対定理 ほか)


矢部先生がお書きになったPDF資料の2ページ目を読むと、僕のまわりにいらっしゃった先生方の数名が日本オペレーションズ・リサーチ学会に所属し、またORと関連する統計モデリングに関わるご研究をされていたことがわかる。このように恵まれた環境に僕は身を置いていたのだと、30年以上経った今になって気がつき、今回の記事のような文章を書くことになった。それも明倫館書店で日科技連の「ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平」を見つけて読んたのがきっかけである。ワゴンセールには本書のほか、もう1冊「計算を中心とした線形計画法(ORライブラリー 5) :小野勝章」があったので、一緒に購入しておいた。これも日科技連の本だ。いずれ読むことにしよう。




本の紹介記事になるはずが、自分の身の上話に終始してしまった。著者の大村先生は今年6月に91歳でお亡くなりになっている。(ウィキペディアの記事

大村先生は最晩年まで精力的に執筆活動をされていたようだ。「~のはなし」シリーズで、次に読んでみたいのは2017年にお書きになった次の本である。

人工知能(AI)のはなし【改訂版】:大村平



そして大村先生の最後の著作となったのが以下の2冊で、先生にとってはブルーバックス本へのデビューとなった。統計解析は2019年2月、微積分のほうは2020年8月に刊行された本である。

今日から使える統計解析 普及版:大村平」(Kindle版
今日から使える微積分 普及版:大村平」(Kindle版
 


高校生や大学受験生の方には「ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平」を読んでいただき、オペレーションズ・リサーチについて知ってほしい。そして興味がでてきた方には、理科大の応用数学科を受験の候補に入れていただきたい。この学科では流行りの機械学習だけでなく、従来からあるORや統計学などバランスよく学ぶことができるからだ。目先の必要性にとらわれず、幅広い知識と学習経験を積んでおくことが、長いスパンで研究者、企業人として生きていくのに有効だと僕は考えているからだ。


関連ホームページ:

公益社団法人 日本オペレーションズ・リサーチ学会
http://www.orsj.or.jp/

OR(オペレーションズリサーチ)を取り巻くトピックス
http://www.kogures.com/hitoshi/history/or/index.html

東京理科大学理学部応用数学科のOR教育(PDF)
http://www.orsj.or.jp/archive2/or64-1/or64_1_17.pdf

矢部博教授
https://www.tus.ac.jp/academics/teacher/p/index.php?6a5

東京理科大学データサイエンスセンター
https://www.tus.ac.jp/research/datascience_center/

4月20日放送「東京理科大学データサイエンスセンター長・矢部博先生」
http://www.radionikkei.jp/aino/post_6.html

公開講座「東京理科大学 坊っちゃん講座」(無料)
https://www.tus.ac.jp/event/entry/pr/bocchan2021/


関連書籍:

線形計画法: Amazonで検索
オペレーションズ・リサーチ: Amazonで検索
数理計画法: Amazonで検索
最適化数学: Amazonで検索
日科技連(ORライブラリー): Amazonで検索


関連記事:

改訂版 関数のはなし〈上〉:大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d36a9ff4f6196b3fead1b9b6ca4dcf1c

改訂版 関数のはなし〈下〉:大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e668159189be4b635f4d38c3bf252938

改訂版 微積分のはなし〈上〉:大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/61b91ea9f2a66c66a33c507aa2c2d0c0

改訂版 微積分のはなし〈下〉:大村平
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a42023dc1423f9bdf406723d76f81766

FORTRAN入門、COBOL入門
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d4eefc13ed6f252102b8a9ee6ebdcea9


 

 


ORのはなし―意思決定のテクニック:大村平


はじめに

1. ORのすべて、見せます
- 費用対効果を較べる
- 混ぜ合わせのテクニック
- 作戦のモデルを作る
- シミュレーションで優劣を較べる
- オペレーションズ・リサーチの正体は
- オペレーションズ・リサーチを弁護する

2. 線形計画法(その1)
- 混ぜ合わせと割り当てのテクニック -
- 混合問題の口なおし
- 割り当てのテクニック
- 変数がふえたら
- LPの秘術、シンプレックス法

3. 線形計画法(その2)
- 線形とはいうものの -
- 輸送問題をスタート
- 輸送問題を解く
- クラス分け問題
- 巡回セールスマン問題
- 非線形計画法と整数計画法

4. 動的計画法
- 将来への最善を積み重ねて -
- 過去はさておき、将来へ
- 最短のルートを求める
- 確率的な現象でも
- 相手がいても

5. 待ち行列と在庫管理
- 待ち行列に参加して
- 待ち行列のモデルを作る
- 待ち行列の式をころがす
- 待ち行列の性質あれこれ
- 窓口が2つ以上なら
- 在庫管理への誘い
- なん回に分けて発注するか
- 最適な仕入れ個数は

6. PERT
- 最善の日程計画を追求する -
- パートをはじめる
- アロー・ダイヤグラムを描く
- クリティカルパスを見つける
- クリティカルパスを改善する
- PERTを計算する
- PERTを進める

7. シミュレーションとモデル
- シミュレーションさまざま
- お見合いを、もういちど
- 確率を作り出す
- モンテカルロ・シミュレーション
- モデルが決め手

8. ゲームの理論
- ゼロ和2人ゲーム
- サドル点を見つける
- ミニマックス戦略
- 不要な手は捨てる
- 手を混ぜて戦う
- 囚人のジレンマ
- 3人以上のゲーム

9. 意思決定への道
- 確実性のもとで
- リスクのもとで
- 不確実性のもとで
- 特殊事情のもとで
- 効用は金額に比例しない
- 一発勝負では効用を最大に
- 意思決定に奉仕するOR

付録(1)シンプレックス法
付録(2)116ページの確率計算

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待ち行列 (hirota)
2022-01-28 22:45:04
昔、第一種情報処理技術者試験(今だと応用報処理か?)を受けるため過去問を勉強してた時に、待ち行列のナントカの公式を使った問題が出てた。
それが分布関数を仮定せずに使える驚異的な公式だったので興味を持って自力で証明してみたけど、まー計算が大変だった!一体なんて人名の公式だったのかチョッとググったけど全然ヒットしない。昔のノートを探せばわかるんだろうが面倒だなー。
そういえば試験会場から出る時にやたらと勧誘のチラシが配られてて、第二種と違い第一種は戦力として見られてる実感があったね。
返信する
Re: 待ち行列 (とね)
2022-01-29 11:29:41
hirotaさんへ

待ち行列理論で使う驚異的な公式というのが気になります。待ち行列理論ででてくる人名は少なく、ケンドールやポアソンくらいですし。ケンドールは「ケンドール記号」のことだから公式ではないし、ポアソン分布は驚異的ではありません。しつこく検索してみましたが、見つかりません。。

第一種、第二種情報処理技術者試験は懐かしいですね。現在実施されている情報処理関連の試験は関心がないため種類さえ把握していませんが。第一種、第二種の頃より種類が増え、内容も難しくなっているようです。現在はこのような試験区分になっているそうです。

試験区分一覧
https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/seido_gaiyo.html
返信する
待ち行列公式 (hirota)
2022-01-29 21:11:06
紙の山から発掘したところポラチェック・ヒンチンの公式でした。
Félix PollaczekとAleksandr Khinchinの2人が独立に出したそうです。
返信する
Re: 待ち行列公式 (とね)
2022-02-08 13:47:47
hirotaさん

見つけ出してくださり、ありがとうございました。

これらのページに書かれている公式のことですね。

https://www.ouj.ac.jp/mijika/tokei/xml/k3_07004.xml

https://estat.sci.kagoshima-u.ac.jp/cse/contents/orency/pdf/p371.pdf
返信する

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