とね日記

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幾何学〈1〉多様体入門:坪井俊

2010年02月19日 13時28分03秒 | 物理学、数学
幾何学〈1〉多様体入門:坪井俊

多様体についての本としては、先日紹介した「多様体の基礎: 松本幸夫」、そして専門家も参照するほどの名著「多様体入門:松島与三」に続き、本書はアマゾンで人気度3位の本である。

東大の数学科の3年生夏学期の講義を基にしているということで、これは無視できないというミーハーな動機で読み始めたのだ。全体を通して僕が理解できたのは8割程度。難しい本だった。応用的な項目には「展開」と記されているのだが、おぼろげながらイメージできるものの、ほとんど理解できなかった。(こういう教科書を全部理解できる人がうらやましい。)「多様体の基礎: 松本幸夫」を先に読んで基本的な概念を理解していてよかったと思う。いきなり今回の本を読んでいたら理解度は3割を切っていたかもしれない。すべてを理解したいのはやまやまだが、ある程度理解した上で先に進むことも大切だ。

いつものように、多様体と聞いても何のことかまったくわからない高校生や一般読者向けの解説からはじめよう。といっても「多様体の基礎: 松本幸夫」のときより少しレベルを上げることにするが。

平面(2次元)のグラフ用紙に曲線を描いたり、3次元(立体)空間の中に2次元の曲面を描いたりするように直交座標の中に線や面のようなオブジェクトを埋め込んでその座標の変化の具合や、2つの線どうしや面どうしの間の対応関係(写像)、交点を求めたりするのが高校や大学1年くらいまでで学ぶ「幾何学」だ。曲線の場合は線上の各点に接線が引けるし、曲面には各点に接平面というものを考えることができる。

このような線や面を多次元に拡張したのが多様体だと思ってよい。1次元から無限次元まで多様体というものを線や面や立体の一般化として考えるのだ。そのようなm次元の多様体がm次元の直交座標の空間(ユークリッド空間)に埋め込まれている。数学だからもちろん架空の世界でのことだ。

多様体上の各点の近く(近傍)にはm次元の局所座標(小さい座標)を考え、その小さい範囲で「微分」をすることができる。微分はすぐ隣の点との間の変化率だ。m次元なのだからすぐ隣の点というのはm方向考えられる。点が移動するたびに微分の値が変われば局所座標は曲線的に隣の局所座標とつながるので、結果的に多様体は曲がった形のものとしてできあがる。

微分はm次元の多様体の各点にその接線を与え、それは「接ベクトル」として考えられるようになる。m次元のそれぞれの方向に微分としての変化率あり、それがm個の変化率のベクトル成分となるから、m個の接ベクトルからm次元の空間を構成できるようになる。これを「接空間」と呼んでいる。つまり多様体の各点には「接空間」というもうひとつの空間が結びついているわけだ。

このことは2次元や3次元で考えるとわかりやすい。2次元座標に描かれた1次元の曲線には1次元の接線(接ベクトル空間)が、3次元座標に描かれた2次元の曲面には2次元の接平面(ベクトルは2方向考えられるので2次元の接ベクトル空間)が与えられる。これらの接線や接平面を一般的に「接空間」と呼んでいるわけだ。

m次元多様体上に関数や微分積分、微分方程式が考え、その延長として理論は発展していく。多様体のそれぞれの点に局所座標があること、そしてその点で微分ができることがいちばん大切なのだ。そして多様体は多次元の微分幾何学や位相幾何学(トポロジー)の基本概念として位置づけられるものである。

数学の中での多様体の位置づけはこちらを参照いただきたい。
http://www.netlaputa.ne.jp/~hijk/memo/topology.html

一般読者向けの説明はここまで。

本書の「はじめに」では学習者向けに多様体を次のように紹介している。

==============================
多様体の理論は、空間内において方程式で定義される曲面の研究や正則関数の自然な定義域としてのリーマン面の研究の中で成立してきたものである。重要な点は多様体上の接ベクトル場と微分1形式は異なるものであることを認識したことにある。ともに多様体の各点にベクトルを与えるものであるが、多様体の間の写像に対して接ベクトルは順方向に写されるのに対し、微分1形式は逆方向に引き戻される。多様体上のベクトル場は、リー代数の構造を持ち、外微分とともに、ドラーム複体を構成する。

ユークリッド空間内の曲面においては、その上の自然なリーマン計量により、接ベクトル場と微分1形式の区別は隠されていた。3次元空間内のベクトル解析では、積極的に接ベクトル場と微分1形式を同一視して理論を構築することができた。しかし、常微分方程式論的な性質は接ベクトル場の性質だけからわかることであり、幾何的積分法であるストークスの定理は、微分形式としての性質だけからわかることである。こうして、多様体論は接ベクトル場と微分1形式の区別をしたことにより、それぞれの理論を独立させ、理論の成立の条件を明らかにした。さらに多様体の上に、リーマン計量の概念を定義し、道のりから定義される距離を持つ幾何学を多様体上の構造として理解できるようにした。このように数学的概念を分化させ、相互関係を明らかにするのは現代数学の特徴であり、このような方法が分野を超えて理論の適用範囲を拡張していくのである。
==============================

はじめて多様体を学ぶのならば、先日読んだ「多様体の基礎: 松本幸夫」がはるかにわかりやすい。発展的な話題は含まれていないが、基礎についてはくどいくらいまで「言葉」と「概念図」を尽くして語りかけてくれているからだ。

一方。「幾何学〈1〉多様体入門:坪井俊」は「例題」とその「解答」、「練習問題」とその「解答」を通じて学んでいく形式をとっており、独学することは十分可能ながらも「講義」が前提になっていることを忘れてはならない。挿入されている図版は「概念」を説明するものではなく、コンピュータ・グラフィクスを使って描いた複雑で魅力的な曲面を持つ多様体の立体図形であり、その表面に描かれているのは曲がった空間での最短距離を与える無数の測地線だったり、トポロジーの本で紹介されるように不思議な形をした物体だったりするわけで、そのほとんどが理解を助けるという目的を超えてしまっていると思った。

本書の良い点についてはアマゾンに投稿されている「多様体論の素晴らしい入門書」というタイトルのレビューがとても参考になるのでお読みいただきたい。

本書について、自分の理解力に満足できたわけではないが、第7章の中の「リーマン計量の存在」という箇所がいちばん印象に残った。リーマン計量というのは空間の各点での曲がり具合を数量的に表す行列のことなのだが、このリーマン計量というものが多様体上に存在するということを証明してしまう、というのがこの部分。リーマン計量が「定義するもの」ではなく「自然に導かれてくることが証明できる」というのが新鮮だった。

なお、本書を読む前提としては大学1、2年で学ぶ線形代数、微分積分、ベクトル解析、常微分方程式、そして集合位相についての理解が必要である。


本書の続きも出版されている。東大の数学科では3年生の冬学期に学ぶ本だそうだ。そして次の「幾何学〈2〉」と「幾何学〈3〉」は、こちらからどうぞ。

幾何学〈2〉ホモロジー入門:坪井俊
幾何学〈3〉微分形式:坪井俊
 

本書に含まれている演習問題は、坪井先生の講義予定ということで幾何学 I, II, IIIのPDFファイルがネット上に置かれている。本書はこれをベースに書かれたものなので購入を検討されている方は参考にしていただきたい。

2004 年度 幾何学 I  講義予定、演習問題(多様体入門)
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~tsuboi/UnivLectures/kikagaku1table2004.html

2009年度・幾何学II・講義予定・講義内容(位相幾何学)
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~tsuboi/UnivLectures/kikagaku2table2009.html

2006 年度 幾何学III 講義予定、演習問題(微分形式)
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/~tsuboi/UnivLectures/kikagaku3table2006.html

また坪井先生の講義の映像はネット上に公開されている。幾何学〈1〉と〈3〉だけでなく、まだ出版されていない「幾何学〈2〉位相幾何学の初歩(ホモロジー群)」の講義映像もある。

講義のページ:
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/video/lecture/

メインページ:
http://www.ms.u-tokyo.ac.jp/video/


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今日紹介したのはこちらの本だ。

幾何学〈1〉多様体入門:坪井俊


目次

はじめに

第1章:多様体について
- なぜ多様体を学ぶのか
- 逆写像定理、陰関数定理(基礎)
- 逆写像定理の証明(基礎):特別な場合、一般の場合
- 本書の概要
- 第1章の問題の解答

第2章:ユークリッド空間内の多様体
- 簡単な例(基礎):曲線、(超)曲面
- ユークリッド空間内の多様体
- 逆写像定理、陰関数定理の意味
- 多様体上の関数、多様体からの写像
- 直線、超平面との関係
- 第2章の問題の解答

第3章:多様体の定義
- 微分可能多様体の定義
- 商空間(基礎)
- 変換群
- C^∞級多様体の間のC^s写像、微分同相写像
- 座標変換
- 向き付け(展開)
- C^∞級写像の存在について
- 第3章の問題の解答

第4章:接空間
- 曲線の接ベクトル
- 接ベクトル空間
- 接写像
- 部分多様体
- 接束(展開)
- 第4章の問題の解答

第5章:多様体上の関数
- 関数の台
- コンパクト多様体のユークリッド空間への埋め込み
- C^∞級写像と多様体の埋め込み、はめ込み
- サードの定理とモース関数
- サードの定理の証明の概略(展開)
- モース関数の存在の証明の概略(展開)
- 関数の空間、写像の空間(展開)
- 第5章の問題の解答

第6章:多様体上のフロー
- 多様体の部分集合の比較、アイソトピー
- フロー
- 常微分方程式の解の存在と一意性(基礎)
- コンパクト多様体上のベクトル場
- 連結多様体上の部分集合の比較
- 第6章の問題の解答

第7章:多様体上の曲線の長さ
- ユークリッド空間内の多様体上の曲線(基礎)
- リーマン計量
- 測地線
- 局所的最短性
- 測地流(展開)
- 等長変換群(展開)
- リーマン計量の存在
- ユークリッド空間の超曲面の測地線
- 第7章の問題の解答

第8章:多様体上のベクトル場
- フローと関数
- フローとベクトル場
- 行列群上の計量(展開)
- k枠場(展開)
- 勾配ベクトル場
- ファイバー束(展開)
- 第8章の問題の解答

参考文献
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用語索引
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4 コメント

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Unknownさんへ (とね)
2012-02-19 10:33:30
コメントありがとうございます。

はい、必要です。本書では常微分方程式を使って問題を解くわけではないのですが、多様体上に関数、微積分、常微分方程式などを考えたり、常微分方程式の解の一意性を証明したりしていますので、証明したりする対象はどういうものかということを知っておく必要があります。そのような意味で「必要」なのですけれども、常微分方程式がどういうものであるのかを知っているのでしたら、それで十分です。
返信する
Unknown (Unknown)
2012-02-19 07:26:16
常微分方程式の知識も要るのですか。
勉強し直して来ます。
返信する
トーラスさんへ (とね)
2010-02-20 03:58:09
長文に渡ってのコメントをいただき感謝しております。トーラスさんはお名前からして位相幾何学さんなのですね。(笑)こういう数学書のレビュー記事にはコメントつかないだろうなぁと思っていたので、うれしいです。

幾何学2の内容が「ホモロジー群やホモトピー群などの位相幾何の内容」であることについてわかり、謎が解けたようでさっぱりしました。1とか2は順序番号というより講義につけられたラベルのようなものですね。

幾何学1のビデオ映像も探してみることにします。

どうもありがとうございました。

トーラスさんのお書きになった
http://ameblo.jp/eulerfermat1989

を確認してやっと気がつきました。東大の数学科の方なのですね!
返信する
http://ameblo.jp/eulerfermat1989 (トーラス)
2010-02-20 03:02:18
お久しぶりです。(といっても前に一回コメントをしただけなので覚えてないかもしれませんが(笑)確かiPhoneの記事だった気がします。)


えっと今回とねさんが紹介された「多様体入門」は、(とねさんが記事で書かれたように)数学科3年の夏学期に行われる「幾何学1」という授業用の教科書です。では「「幾何学2」や「幾何学3」という授業があって、それに対応する教科書があるのかな?」と自然に思うでしょうが、これはまさにその通りで「幾何学2(←まだ売られていない)」、「幾何学3 微分形式」がその指定教科書(もしくはそうなる予定)です。


では「3番目の方が2番目より早く刊行されているのはなぜ?」という疑問に答えておくと、「2、3という番号には本質的に意味はなく、授業を区別するための便宜的なもの」というのが答えです。現に「幾何学2」、「幾何学3」という授業はともに数学科3年冬学期に開講され、内容は(全く関係ないというと大嘘ですが)ある程度独立していて片方だけ勉強することもできます。(さらに言えば、選択科目でもあるのでどちらか一方だけの授業を受けることも可能です!)ということできっと坪井先生は「「幾何学3」の方が書きやすかった」とか「担当した授業が幾何学3だった」とかそこら辺の事情でがあったのではないかと思います。(本人に聞いた訳ではないので分かりませんが。)



ちなみに「幾何学2」ではホモロジー群やコホモロジー群、ホモトピー群といった位相幾何の内容をやり、「幾何学3」では微分形式やドラーム理論といった微分幾何の内容をやります。ということで確かに内容は独立してますよね?(まぁドラーム理論は微分形式と(コ)ホモロジー群が深い関係にあるとかいう話ですが細かいことは気にしない気にしない(笑))



最後に、坪井先生が「幾何学1」の授業をしたときの様子をビデオ撮影したものが確かインターネットで見れた気がします。(すいません。URLは忘れてしまいました。。。)もしかすると見ることで理解が深まるかもしれません。


以上長々と失礼しました。。。
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