とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

くすりの科学知識 (ニュートン別冊)

2017年12月23日 18時43分43秒 | 理科復活プロジェクト
くすりの科学知識 (ニュートン別冊)

内容紹介:
薬とは,一体何なのでしょうか。そもそも「薬が効く」とはどういうことなのでしょうか。体の中には,10万種ともいわれるタンパク質が存在しています。その中の,標的とするタンパク質にぴったりと合い,はたらきを調節する役目をもつ化合物が「薬」です。
これらの薬は,体の中をどのようにめぐり,どのように効果を示すのでしょうか。また,なぜ薬には副作用がつきものなのでしょうか。本書では,薬のしくみについて,基礎からわかりやすく解説していきます。
すぐれた薬は,どのようにつくられているのでしょうか。実は,一つの薬が世に出されるまでには,15~20年という長い年月と,数百億円といわれる莫大な開発費用がかかります。本書では,奥深い創薬の世界にも迫ります。ぜひご一読ください!
2010年11月刊行、232ページ。


理数系書籍のレビュー記事は本書で351冊目。

医学・薬学(そして化学、生物学)は完全に僕の守備範囲外だ。先月、本書が発売されているのを見つけて、Newton別冊にしては珍しいと思って購入した。定価が1500円+税と安かったことも購入の後押しをしていた。

病院や薬とは無縁の生活をしてきたから、薬の知識はほぼ皆無。Newton別冊は一般読者向けだから難しくはないはず。これが物理や数学などの得意分野だったら読むのに2日もかからないだろう。本書は案の定、読み終えるまでのべ1週間くらいかかった。本書はカタカナの薬品名や専門用語がつらかった。

物理や数学に馴染みのない一般読者が、Newton別冊で相対性理論や量子論の本を読むとき、これくらい難儀するのかな?という考えが頭をよぎった。どの分野であっても専門用語を避けることはできないわけだから。

先月末にNewton編集人の高嶋さんによる講演「グラフィック・サイエンス・マガジンの作り方」を聞いたばかりである。文章とイラストがどのように配置され、工夫されているかにも注意して読ませていただいた。

医学・薬学系だと臓器や化学物質、分子構造や遺伝子のイラストが多いから、描くのは大変そうに見える。描く対象にどの色を使うかを決めるのも大変だろうと思った。

本書の詳しい紹介はニュートンプレスのホームページをお読みいただきたい。

ニュートン別冊 くすりの科学知識
http://www.newtonpress.co.jp/separate/back_medical-pharmacy/mook_171205-2.html

章立てはこのとおり。

1 薬の基礎知識
2 創薬の世界
3 画期的な薬
4 薬の事典

いちばんためになったのは、「薬の基礎知識」の章だった。僕は薬がどのようなしくみで効くのかということさえ知らなかったからだ。

意外だったのは、病原や薬の成分の分子レベルの立体構造が薬効に影響をもっていることだ。以前、細胞に入る化学物質と入れない化学物質を鍵と鍵穴の絵で説明している図を見たことがあるが、あくまで概念図として鍵と鍵穴の例を使っているのだと思っていた。

だから分子の立体的な形の違いが薬の働きをもたらすという考えが、僕にとっては目新しい。薬品というものはずいぶん物理的なものなのだなと思うわけである。薬学や化学専攻の人には当たり前のことでも、門外漢には新鮮な驚きである。

カタカナで書かれている化学物質や薬品の名前は、とても覚えきれない。(何度読み返しても覚えられないと思う。)これは仕方ないこととして、解説を理解すれば十分なのだろう。

創薬にとても長い年月がかかることを知っていたが、なぜなのかは想像の域にとどまっていた。本書でこれが具体的に理解できたこと、どの部分に時間とお金がかかるかを理解できたのが有益だった。

読み物として楽しめたのは2「創薬の世界」と3「画期的な薬」の章である。特に興味深かったのはスパコンの「京」を使ったバーチャル心臓による不整脈のシミュレーションだ。薬が心臓に与える影響が、分子レベルのシミュレーションでわかってしまうこと自体が驚きだった。

バーチャル心臓のこともニュースとして知っていたが、よく考えてみると心臓の細胞を作っている分子と薬の分子の形が心筋細胞に与える影響を決めるのだ。心臓の鼓動を力学的に再現する単なる物理シミュレーションではないことに、この研究がもたらす大きな可能性を感じることができた。

4「薬の事典」の章は、いざというときに役立ちそうだが、覚えきれる量ではないから読み流すにとどめた。風邪薬にしても、目薬にしても薬効を見ると同じ薬がさまざまな症状に効くと書かれている。ひとくちに「風邪」といっても種類はたくさんある。

第1章で薬はどのようなしくみで効くかということを知ったが、説明で取り上げられるのは病原と薬効が1対1で対応するケースである。風邪のように実際の病気では複数の症状があらわれることが多い。そもそも人体それ自体が複雑に影響を与える多数の部分で成り立っている。

病原と薬効が1対1で対応するケースなら分かりやすいが、実際に使われる薬を理解するのは相当難しいことなのだろうと思った。


本書では紹介されていなかったが、クライオ電子顕微鏡を創薬に役立てることで、新薬開発に革命がおこるそうだ。これも分子レベルでの解析が創薬の期間短縮をもたらす例である。クライオ電子顕微鏡は、NHKのサイエンスZEROで放送されたばかりだ。

サイエンスZERO「ノーベル賞2017 クライオ電子顕微鏡で新薬誕生!?」
https://hh.pid.nhk.or.jp/pidh07/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20171217-31-25353

NHKオンデマンド(見逃し番組)のリンクはこちら
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017083284SC000/


大いにためになった本書であるが、薬を飲まずに済むならそれに越したことはない。日頃の健康管理と予防が何より大切である。と書きつつタバコを辞められない自分はどうしたものかと思うし、50代半ばになり、これからいろいろ身体に異変がでてくるのだろうなぁと複雑な心境になるわけである。


今年の8月に、次の本が刊行されていたようだ。今日紹介した「くすりの科学知識 (ニュートン別冊)」と読み合わせるのにちょうどよい。来年はこちらを読んでみたいと思った。それにしても表紙の人は苦しそうである。

体と病気の科学知識 (ニュートン別冊)




関連記事:

グラフィック・サイエンス・マガジン Newton の作り方(その1)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ec7f96712045560b6cf3d7b1e851e49e

グラフィック・サイエンス・マガジン Newton の作り方(その2)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06a11387485b7835d8147229d541497b


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くすりの科学知識 (ニュートン別冊)



1 薬の基礎知識

- 薬とは何か?
- 薬はどうやって患部に届くのか?
- 薬が効くしくみ
- 副作用がおきるわけ
- くすりに関する身近な疑問
- 毒と薬の不思議な関係
- 薬の危険な飲み合わせ
- コラム 胃腸薬?どう選ぶ? どんな成分がきく?

2 創薬の世界

- 病気の原因を知る
- “薬のタネ”を探す
- 副作用を減らす
- 新薬開発の流れ
- 抗体医薬品
- オーダーメイド医療
- iPS細胞を用いた創薬研究
- 今後の創薬科学
- 開発中の新薬
- コラム 悪玉コレステロールは体の中で薬を運んでいた!?
- コラム アルツハイマー病治療薬の実現へ大きな一歩
- コラム " バーチャル心臓" で薬の副作用を予測
- コラム がんのウイルス療法の試験的治療が開始

3 画期的な薬

- 感染症の特効薬
- コレステロールを下げる薬
- インタビュー 遠藤 章 博士
- C型肝炎の新薬
- がんを狙い撃ちする薬
- インタビュー 前田 浩 博士
- インタビュー 松村保広 博士

4 薬の事典

- 解熱鎮痛薬
- 片頭痛の薬
- 肩こり・腰痛・筋肉痛の薬
- 風邪の薬
- 強心薬
- 不整脈の薬
- 血圧降下薬
- 胃炎・消化性潰瘍の薬
- 便秘の薬
- 整腸剤・下痢止め
- 潰瘍性大腸炎の薬
- 痔の薬
- 肝臓障害の薬
- 膵臓・胆道
- 甲状腺
- 女性用ホルモン剤
- 骨粗鬆症の薬
- うつ病の薬
- 認知症の薬
- 糖尿病の薬
- 皮膚の薬
- 眼科用薬
- 白内障の薬
- 緑内障の薬
- 点鼻・点耳薬
- 寄生虫・原虫の薬
- 泌尿器の薬
- 免疫抑制剤
- 抗ウイルス薬
- 抗生物質
- 結核の薬
- がんの薬
- 漢方薬
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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (シルキー)
2017-12-26 10:04:10
私も読んでみたくなりました!
また『物理や数学に馴染みのない読者がNewton別冊で相対性理論や量子論の本を読むとき難儀するか?』の問いに対しては『Yes』です。少なくとも私は^^;
返信する
シルキー様 (とね)
2017-12-26 15:32:28
シルキー様
コメントありがとうございます。
自分の専門外の本なので、書いた紹介記事に自信がありませんでしたが、それでも「読んでみたくなりました!」とおっしゃっていただき、うれしいです。

> 『物理や数学に馴染みのない読者がNewton別冊で相対性理論や量子論の本を読むとき難儀するか?』の問いに対しては『Yes』です。

やはり、そのようなものなのですね。今後、物理や数学のブログ記事を書くときに参考にさせていただきます。

返信する
専門の横の話題ですが... (やす (Krtyski))
2017-12-28 11:09:34
とねさん

私も読んでみたいと思いました。というのも抗生物質の合成をやったことがありますが、薬学とか医学は詳しくないので、そんな視点から興味があります。後でアマゾンでポチッとしようと思います。

私の専門の中心に有機反応論があります。原理原則から考え起こして、教科書や有機屋の常識では難しい(或いは不可能)とされている化学反応を、新たにデザインするのが、最も興味を持てる仕事でした(残念ながら過去形です)。

デザインした反応の実証を目的として抗生物質の合成を試みたこともある...冒頭の話に繋がります。

とねさんのご感想のように、分子の3次元形状は非常に重要です。薬効だけでなく、化学反応に深く関わっています。

ところが、3次元形状の話は大学の教養レベルでは教えていないようです。少なくとも学生に興味を持たせるように教えていないと思います。

この重要な話をしないものだから、有機化学は高校だけでなく、大学の教養でも暗記科目に成り下がって、ちっとも面白くないのでしょう。

反応には溶媒(反応が起きる場ですね)がとても深く関与していて、それは分子の立体構造を決定します。リアルの反応が起きている時は、分子の立体構造の変化が極めて重要で、これを正しく理解すれば反応をデザインできます。

そして、溶媒を含めた分子の立体構造の理解は、量子化学(束縛電子の量子力学)が下支えしてくれ、理解に安心感を与えてくれます。量子力学の世界のごく辺鄙なところに有機化学がしっかりと生きています。

分子の3次元構造とは、それほど核心で"何故だか"専門的な分野とされているのは不思議です。高校で教えても良いと思うのに、勿体ないと思います。

有機反応は、原子の電気陰性度と分子のかさばり具合から、最も粗い近似で理解できてしまうものです。だから高校生でも十分に理解可能な筈なんです。
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Re: 専門の横の話題ですが... (とね)
2017-12-28 11:21:11
やすさん
コメントありがとうございます。
分子の3次元構造が化学反応の決め手であることが教養課程の有機化学で教えられていないのは意外でした。あれだけ分子構造式の図が描かれているに。。確かに高分子は原子レベルの細かさでは描ききれないわけですけど、全体的な立体図は描けるはずです。
量子化学と有機化学(、無機化学)の間を埋めるあたりも学んでみたいですね。コンピュータシミュレーションが必須になるでしょうけれど、今後、3D CGを駆使した教材がでてくれば学ぶ者にとって魅力倍増になると思います。
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チョット言い過ぎたかも (やす (Krtyski))
2017-12-28 11:55:26
とねさん

> 分子の3次元構造が化学反応の決め手であることが教養課程の有機化学で教えられていないのは意外でした。

そういえば、教養課程の有機化学では、SN1 反応とか SN2反応とか、場合によってはグリニアル反応などを教えます(言いたいことと直接関係ないので説明は割愛します)。これらを正しく教われば、分子の立体構造の変化が理解の中心に来ます。

なので、前のコメントは言い過ぎたかも知れません。

しかしながら、とある化学系のSNSにて大学生からの質問に答えていたことがあり、その時は SN1やSN2反応をきちんと理解していないケースが見られたので、驚きだけが残っていて、その学生さんの問題でなければ、教え方が悪いと思ったものです。

そのため少し言い過ぎてしまいました!

しかしながら、教養過程では、反応におよぼす溶媒効果は教えるべきで、これがなければ教科書に書いてある反応式は 絵に描いた餅 (Pie in the sky)で終わってしまうので、主張の骨子はそのままとさせて頂きます。


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Re: チョット言い過ぎたかも (とね)
2017-12-28 12:19:39
やすさん
実際のご経験をもとに判断されていたわけですね。いずれにせよ教養課程で使う教科書はたいてい古いものが多いから、最新の考え方を授業でどこまで教えているかは疑問が残ります。SN1反応、SN2反応、グリニアル反応のリンクを貼っておきます。

SN1反応とSN2反応
https://kusuri-jouhou.com/chemistry/halogen.html

グリニアル反応
http://www.nittokasei.co.jpい/grignard/

> 教養過程では、反応におよぼす溶媒効果は教えるべきで、これがなければ教科書に書いてある反応式は 絵に描いた餅 (Pie in the sky)で終わってしまうので、主張の骨子はそのままとさせて頂きます。

はい、承知しました。

余談:「絵に描いた餅」は「castle in the air」とも言うようですね。(Google翻訳は「Rice cake drawn on the picture」と直訳してしまいます。w)
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良いリンクですね (やす (Krtyski))
2017-12-28 16:32:21
とねさん

リンクを追加頂いたのですが、立体構造への言及もありなかなか良いリンクだと思います。

ありがとうございます。
返信する
Re: 良いリンクですね (とね)
2017-12-28 16:44:32
やすさん

どういたしまして。グリニアル反応のほうのリンクに余分な文字を含めてしまっていたので、正しいリンクを書いておきます。

グリニアル反応
http://www.nittokasei.co.jp/grignard/
返信する
グリニアル反応は凄いんですよ! (やす (Krtyski))
2017-12-28 17:09:24
とねさん

正しいリンクをご覧になって、お気づきかも知れませんがグリニアル反応の凄さは、炭素同士をくっつけるところにあります。

有機分子の背骨は炭素です。その骨格、つまり炭素鎖を伸ばすことができる手法はなかなか無いんです。炭素鎖を伸ばせることで有機合成の自由度が格段に上がります。

さらに、グリニアル反応は万能といっても良いくらい、色々な分子で使えて、これを超える万能性を持った手法はまだ無いと思います。

炭素鎖を伸ばす手法としては、今でも少なくとも実験室では主役であり続けることの素晴らしさを紹介したくなって、これを書いています。

そういえば、以前C1化学といって、二酸化炭素から有機物を自在に作ろうという、化学界でのちょっとしたブームがありました。石油をクラッキングして低分子を取り出すのとは違って、二酸化炭素(Cが1個だからC1)から有機分子をビルドアップするという発想の転換です。

工業的に炭素鎖を伸ばす有用な手法が登場しなかったことから、今ではあまり聞かれなくなったワードの1つが、C1化学です。炭素鎖延長の技術はそう簡単ではないということを教えてくれます。

返信する
空中の楼閣 (hirota)
2017-12-29 13:59:23
をGoogle翻訳すると A castle in the air
は置いといて、SN1は置換-求核-1次反応ですか。
1次反応,2次反応とかテストで反応速度の計算問題が出た記憶はあるけど何の反応だったかすら憶えてない!
高校は化学部だったけど数学科に行ってしまったからなー。(みんな火薬を作って爆発させまくる危険なクラブだった)
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