「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて: マックス・テグマーク」(Kindle版)
内容紹介:
いまいちばんオリジナルな物理学者、マックス・テグマークが導く過去・現在・未来をたどる驚異の旅!物理学、天文学、数学をもとに、著者は大胆な仮説「数学的宇宙仮説」――私たちの生きる物理的な現実世界は、数学的な構造をしている――そして、究極の多宇宙理論を展開します。人間とは何か?あなたは時間のどこにいるのか?人間は、取るに足りない存在なのか?多くの科学者、数学者から称賛を集めたまったく新しい万物の理論!
2016年9月21日刊行、491ページ。
著者について:
マックス・テグマーク: ウィキペディア
宇宙論研究者。スウェーデン王立工科大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。現在、マサチューセッツ工科大学(MIT)物理学教授。これまでに200を超える論文を発表し、そのうち14は被引用回数が500回を超え、うち5つは1000回を超える。特に、情報理論を用いた高度なデータ解析で知られ、全天の広い範囲を対象に銀河分布を調べる大規模プロジェクト、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)での功績は最も有名。この仕事はサイエンス誌の「ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー2003」でも言及された。このほか、量子力学の基本問題への貢献でも知られ、現在では宇宙の未開拓領域を探索するプロジェクトにも関わっている。
理数系書籍のレビュー記事は本書で431冊目。
結論から書いておこう。本書は僕にとって稀に見るハズレ本だった。内容が高度過ぎて理解できなかったからではない。多宇宙理論が信じられないからでもない。また翻訳が悪いからでもない。(翻訳は素晴らしかった。)
ハズレである理由は、一般人が読むためのポピュラーサイエンス書、科学教養書として、文章や解説すること自体がスバ抜けて下手だと感じたからだ。これまで科学書を400冊以上読み、それぞれの本について紹介記事を書いた僕の感想である。
テグマーク博士は専門領域では天才なのかもしれない。けれども科学教養書の読みやすさに点数をつければ100点満点中5点から10点である。今のところ日本語版として刊行されている博士の本は本書だけである。
だから博士が考えている多宇宙理論が難しいかどうかということ以前に、読者の意欲を削いでしまうほど読みにくいということなのだ。(個人的な感想である。)第I部まではなんとか読めるのだが、第II部あたりから最後までは読むのにとても難儀した。
どのような意味で読みにくいかを箇条書きすると、次のようになる。
- 思いつくことを、そのまま書き進めている。そして話が脇道にそれる箇所があり、戻ってくるまで時間がかかる。読者はその都度振り回される。
- 話題の出し方が唐突で、論理的つながりがあるように感じられない。書いているうちに思い出したことを、そのまま書くというスタイル。つまり、記述している内容が全体として整理されていない。
- 物理的に実在する多宇宙の仮説はレベルI~IIIと設定しているが、その根拠としての理論的土台をシュレーディンガー方程式の波動関数やヒルベルト空間、相対性理論とし、何度もこのように基本的な物理理論の解説に立ち戻って解説している。波動関数やヒルベルト空間を持ち出すだけで、それが解説しているテーマとどうつながるのかがほとんど省略されている。場の量子論も紹介されるが、すぐヒルベルト空間の話に戻ってしまうのだ。そしてヒルベルト空間については解説していない。大学レベルの物理学を学んだ者としてはバカバカしく思えてしまう。
- 物理や数学のテーマとは関係ない自分の恋人の話、離婚の話が何度かでてくる。その逸話を書くことで何を言いたいのか不明なのだ。(唐突にプライベートの話が入る。)
- 量子論発展史、コペンハーゲン解釈、相対性理論の説明が粗雑で下手。そして長い。説明のために持ち出すたとえ話が回りくどくてわかりにくい。
- 論理的整合性を埋めるための根拠が内容的に説明するのが難しいときは、自身のプレプリント(Archive.org)を参照してもらうようにURLを紹介している箇所がいくつもある。アメリカ人の読者であっても専門的な論文を読めるはずがない。
- 素人の僕が言うのは僭越かもしれないが、博士はおそらく現代数学を深く理解していないと思う。(Amazon.comで星1つの評価をつけている人の中にも、「he doesn't know mathematics」と書いている人がいる。)
- レベルIV多宇宙というのは、純粋に数学的な多宇宙のことだ。この宇宙の数は無限だという。その根拠は極論すれば「自然数が無限だから」というようなもの。少し制限を設けてはいるが数学理論であればなんでもありという理論。大方の人が受け入れることはできないだろう。
- 数学的な宇宙には量子論がない古典的宇宙や量子的宇宙があるという。これも確率論を含んだ数学と含まない数学によって規定される。それは数学であって「宇宙」とは呼ばないのが一般的な解釈だ。テグマーク博士はイデア界を信じる完全なプラトニストと言ってよい。数理物理が好きな僕もその傾向が強いのだが、博士の主張はあまりにもこじつけが強いと感じた。数学と物理学のつながりは「NHK数学ミステリー白熱教室」や「数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル」で紹介した「ラングランズ・プログラム」のように、一歩一歩確認していくべきものだと僕は感じた。
このような感想なのだが、章立てを書くと次のようになる。
第1章 実在とは何か
第I部 宇宙を俯瞰する
第2章 空間での私たちの位置
第3章 時間軸上の私たちの位置
第4章 数値で見た私たちの宇宙
第5章 私たちの宇宙の起源
第6章 多宇宙の世界へようこそ
第II部 ミクロの世界を拡大する
第7章 宇宙を構成するレゴブロック
第8章 レベルIII多宇宙
第III部 一歩下がって見る
第9章 内的実在、外的実在、合意的実在
第10章 物理的実在と数学的実在
第11章 時間は幻想か
第12章 レベルIV多宇宙
第13章 生命、宇宙、すべて
そして本書で紹介される多宇宙は次のように4つのレベルに分けて考えられている。レベルIVは数学的宇宙で、実在するレベル1~3の物理的多宇宙すべてを含んでいる。(レベル1~3の宇宙はすべて数学で定式化されるから、数学的宇宙の一部となるのは当然の話だ。)
拡大
ウィキペディアの「多元宇宙論」の中の「テグマークの分類」に整理された形で、説明を読むことができる。
本書で、まともに読めるのは第I部までである。ここまでで現在私たちがほぼ受け入れているインフレーション宇宙論、宇宙背景放射、ダークマター、ダークエネルギーなどが解説される。精密科学になったばかりの宇宙の理解である。
このあたりまでのことは「宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス」をお読みになるほうがわかりやすいのだが、テグマーク博士の本のほうがすぐれている点もある。
それは博士自身が宇宙背景放射の画像を得るためのプログラムを書いていたという事情があるからだ。関与していた科学者がどのようにして138億光年先の宇宙の画像を得るに至ったか、その苦労の歴史を知ることができる。本書でお勧めの部分はここである。
しかし本書の他の部分は、多宇宙というほとんど何も分かっていない領域では数学を駆使すれば何でも言えるということを実践している一人の学者の、著者曰く"個人的な探求"を書いているだけだった。
テグマーク博士は「エヴェレットの多世界解釈」が正しいと信じている。この理論を信じている科学者は少ないのだが、博士は「ほとんどの科学者はエヴェレットの論文を読まずに彼の理論を批判している。この論文をすべて読むと、これが正しいものだとわかるので読んでみるべきだ。」と主張している。
エヴェレットの博士論文(多世界解釈を提唱した1957年に発表した論文)は、この139ページのPDFファイルがフルバージョンとして公開されている。興味がある方は、お読みになってみるとよいだろう。
The Many-Worlds Interpretation of Quantum Mechanics (1957)
https://www-tc.pbs.org/wgbh/nova/manyworlds/pdf/dissertation.pdf
多宇宙について知りたい方にはブライアン・グリーンの「隠れていた宇宙(上)(下)」をお読みになったほうがよいと思う。
本書の評価
参考までに日本語版と英語版のAmazonサイトでの評価を載せておこう。邦訳された科学書の場合、日本のアマゾンの読者コメントより米国アマゾンの読者コメントのほうが、知識と見識のある方がしっかりと書いていることが多く、とても参考になる。★1つや2つなど低い評価のコメントであっても、日本人の書評より外国人の書評の方が具体的ではるかにわかりやすい。
Amazon.co.jpでの評価: 見てみる
Amazon.comでの評価: 見てみる
レビューを読むと日本語版を読んでいる方は、評価が低い人から高い人まで、ほとんどの人が本書を理解できていないことがわかる。
英語版を読んだ日本人の方で、本書に関して高い評価をつけたうえで説明を(日本語で)書いている人がいらっしゃるので、お読みになるとよい。本書の特徴を詳しくお書きになっている。
強力な「多世界」説、そのルーツは何処に?(レビューを開く)
英語版
翻訳のもとになった原書はこちらである。2014年に刊行された。
「Our Mathematical Universe: My Quest for the Ultimate Nature of Reality: Max Tegmark」(Kindle版)
この他、博士は「Life 3.0: Being Human in the Age of Artificial Intelligence」(Kindle版)という本をお書きになっている。この本はまだ邦訳されていない。日本人による評価は良いようだが、外国人による評価は「数学的な宇宙」と同様だ。(英語版の評価を見てみる。)
今回は酷評することになってしまったが、高い評価をしている人がいることも事実である。あくまでも僕の個人的な感想として参考にしていただきたい。
関連動画
本書のテーマに沿ってテグマーク博士が講演している動画は、こちらである。ただし日本語字幕はない。
Max Tegmarkを使った数学の宇宙
Q&A - The mathematical universe with Max Tegmark
Max Tegmark: "Our Mathematical Universe" | Talks at Google
関連記事:
宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6f36e8eedba5ee63a4f919d30a2cb20
隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1abbca21c0188f43d7d72af39287f2
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e8b34dc9e4a3d21e82de47960f2a07d
感想: NHK数学ミステリー白熱教室
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b0d53d030bf82e8016a1071fadb16063
数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/43ca100e56e15427613b009af55c8f7d
メルマガを書いています。(目次一覧)
応援クリックをお願いします。
「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて: マックス・テグマーク」(Kindle版)
はじめに
第1章 実在とは何か
- 思った通りとは...
- 究極の問いとは何か?
- 旅の始まり
第I部 宇宙を俯瞰する
第2章 空間での私たちの位置
- 宇宙に関する疑問
- 空間はどこまで広がっているか
- 地球の大きさ
- 月までの距離
- 太陽と太陽系の惑星までの距離
- 恒星までの距離
- 銀河までの距離
- 空間とは何か?
第3章 時間軸上の私たちの位置
- 太陽系の起源
- 銀河はいつどのように生まれたのか
- 謎のマイクロ波はどこから来たのか
- 原子はどこから来たのか
第4章 数値で見た私たちの宇宙
- 求む、精密宇宙論
- 宇宙背景放射ゆらぎの精密測定
- 銀河分布の精密測定
- 究極の宇宙地図
- ビッグバンはどう始まったのか
第5章 私たちの宇宙の起源
- ビッグバンの問題点
- インフレーションの仕組み
- 何度もうれしい贈り物
- 永久インフレーション
第6章 多宇宙の世界へようこそ
- レベルI多宇宙
- レベルII多宇宙
- 多宇宙についての中間総括
第II部 ミクロの世界を拡大する
第7章 宇宙を構成するレゴブロック
- 原子というレゴブロック
- 原子核というレゴブロック
- 素粒子物理学のレゴブロック
- 数学的なレゴブロック
- 光子というレゴブロック
- 微視的世界では物理法則が破綻する?
- 量子と虹
- ド・ブロイからシュレーディンガーへ
- 量子力学の奇妙さ
- 意見の不一致が始まる
- 微視的世界に閉じ込められていない量子力学の「奇妙さ」
- 量子力学の混乱
第8章 レベルIII多宇宙
- レベルIII多宇宙
- 錯覚としての量子力学の偶然性
- 量子検閲
- 再発見の喜び
- あなたの脳が量子コンピューターでない理由
- 主体、対象、環境、そして熱力学第二法則
- 量子自殺
- 量子不死?
- 多宇宙の統一
- 物理学者の見解の変化ーーー多世界か多言か
第III部 一歩下がって見る
第9章 内的実在、外的実在、合意的実在
- 外的実在と内的実在
- 真実、すべての真実、そして真実のみ
- 合意的実在
- 外的実在と合意的実在を結びつける物理学
第10章 物理的実在と数学的実在
- 至るところにある数学
- 数学的宇宙仮説
- 数学的構造とは何か
第11章 時間は幻想か
- 物理的実在が数学的たりえる理由
- 人間とは何か
- あなたは空間のどこにいるか(そして何を認識するか)
- あなたは時間のどこにいるか
第12章 レベルIV多宇宙
- レベルIV多宇宙を信じる理由
- レベルIV多宇宙とはどのようなものか
- レベルIVが意味すること
- 私たちはシミュレーション宇宙に住んでいるか
- 他の仮説との関係
- レベルIV多宇宙を検証する
第13章 生命、宇宙、すべて
- 物理的実在の大きさ
- 物理学の未来
- 宇宙の未来ーーー私たちの宇宙はどう終わるか
- 生命の未来
- あなたの未来ーーー人間は取るに足りない存在か
謝辞
参考図書
訳者あとがき
内容紹介:
いまいちばんオリジナルな物理学者、マックス・テグマークが導く過去・現在・未来をたどる驚異の旅!物理学、天文学、数学をもとに、著者は大胆な仮説「数学的宇宙仮説」――私たちの生きる物理的な現実世界は、数学的な構造をしている――そして、究極の多宇宙理論を展開します。人間とは何か?あなたは時間のどこにいるのか?人間は、取るに足りない存在なのか?多くの科学者、数学者から称賛を集めたまったく新しい万物の理論!
2016年9月21日刊行、491ページ。
著者について:
マックス・テグマーク: ウィキペディア
宇宙論研究者。スウェーデン王立工科大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。現在、マサチューセッツ工科大学(MIT)物理学教授。これまでに200を超える論文を発表し、そのうち14は被引用回数が500回を超え、うち5つは1000回を超える。特に、情報理論を用いた高度なデータ解析で知られ、全天の広い範囲を対象に銀河分布を調べる大規模プロジェクト、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)での功績は最も有名。この仕事はサイエンス誌の「ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー2003」でも言及された。このほか、量子力学の基本問題への貢献でも知られ、現在では宇宙の未開拓領域を探索するプロジェクトにも関わっている。
理数系書籍のレビュー記事は本書で431冊目。
結論から書いておこう。本書は僕にとって稀に見るハズレ本だった。内容が高度過ぎて理解できなかったからではない。多宇宙理論が信じられないからでもない。また翻訳が悪いからでもない。(翻訳は素晴らしかった。)
ハズレである理由は、一般人が読むためのポピュラーサイエンス書、科学教養書として、文章や解説すること自体がスバ抜けて下手だと感じたからだ。これまで科学書を400冊以上読み、それぞれの本について紹介記事を書いた僕の感想である。
テグマーク博士は専門領域では天才なのかもしれない。けれども科学教養書の読みやすさに点数をつければ100点満点中5点から10点である。今のところ日本語版として刊行されている博士の本は本書だけである。
だから博士が考えている多宇宙理論が難しいかどうかということ以前に、読者の意欲を削いでしまうほど読みにくいということなのだ。(個人的な感想である。)第I部まではなんとか読めるのだが、第II部あたりから最後までは読むのにとても難儀した。
どのような意味で読みにくいかを箇条書きすると、次のようになる。
- 思いつくことを、そのまま書き進めている。そして話が脇道にそれる箇所があり、戻ってくるまで時間がかかる。読者はその都度振り回される。
- 話題の出し方が唐突で、論理的つながりがあるように感じられない。書いているうちに思い出したことを、そのまま書くというスタイル。つまり、記述している内容が全体として整理されていない。
- 物理的に実在する多宇宙の仮説はレベルI~IIIと設定しているが、その根拠としての理論的土台をシュレーディンガー方程式の波動関数やヒルベルト空間、相対性理論とし、何度もこのように基本的な物理理論の解説に立ち戻って解説している。波動関数やヒルベルト空間を持ち出すだけで、それが解説しているテーマとどうつながるのかがほとんど省略されている。場の量子論も紹介されるが、すぐヒルベルト空間の話に戻ってしまうのだ。そしてヒルベルト空間については解説していない。大学レベルの物理学を学んだ者としてはバカバカしく思えてしまう。
- 物理や数学のテーマとは関係ない自分の恋人の話、離婚の話が何度かでてくる。その逸話を書くことで何を言いたいのか不明なのだ。(唐突にプライベートの話が入る。)
- 量子論発展史、コペンハーゲン解釈、相対性理論の説明が粗雑で下手。そして長い。説明のために持ち出すたとえ話が回りくどくてわかりにくい。
- 論理的整合性を埋めるための根拠が内容的に説明するのが難しいときは、自身のプレプリント(Archive.org)を参照してもらうようにURLを紹介している箇所がいくつもある。アメリカ人の読者であっても専門的な論文を読めるはずがない。
- 素人の僕が言うのは僭越かもしれないが、博士はおそらく現代数学を深く理解していないと思う。(Amazon.comで星1つの評価をつけている人の中にも、「he doesn't know mathematics」と書いている人がいる。)
- レベルIV多宇宙というのは、純粋に数学的な多宇宙のことだ。この宇宙の数は無限だという。その根拠は極論すれば「自然数が無限だから」というようなもの。少し制限を設けてはいるが数学理論であればなんでもありという理論。大方の人が受け入れることはできないだろう。
- 数学的な宇宙には量子論がない古典的宇宙や量子的宇宙があるという。これも確率論を含んだ数学と含まない数学によって規定される。それは数学であって「宇宙」とは呼ばないのが一般的な解釈だ。テグマーク博士はイデア界を信じる完全なプラトニストと言ってよい。数理物理が好きな僕もその傾向が強いのだが、博士の主張はあまりにもこじつけが強いと感じた。数学と物理学のつながりは「NHK数学ミステリー白熱教室」や「数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル」で紹介した「ラングランズ・プログラム」のように、一歩一歩確認していくべきものだと僕は感じた。
このような感想なのだが、章立てを書くと次のようになる。
第1章 実在とは何か
第I部 宇宙を俯瞰する
第2章 空間での私たちの位置
第3章 時間軸上の私たちの位置
第4章 数値で見た私たちの宇宙
第5章 私たちの宇宙の起源
第6章 多宇宙の世界へようこそ
第II部 ミクロの世界を拡大する
第7章 宇宙を構成するレゴブロック
第8章 レベルIII多宇宙
第III部 一歩下がって見る
第9章 内的実在、外的実在、合意的実在
第10章 物理的実在と数学的実在
第11章 時間は幻想か
第12章 レベルIV多宇宙
第13章 生命、宇宙、すべて
そして本書で紹介される多宇宙は次のように4つのレベルに分けて考えられている。レベルIVは数学的宇宙で、実在するレベル1~3の物理的多宇宙すべてを含んでいる。(レベル1~3の宇宙はすべて数学で定式化されるから、数学的宇宙の一部となるのは当然の話だ。)
拡大
ウィキペディアの「多元宇宙論」の中の「テグマークの分類」に整理された形で、説明を読むことができる。
本書で、まともに読めるのは第I部までである。ここまでで現在私たちがほぼ受け入れているインフレーション宇宙論、宇宙背景放射、ダークマター、ダークエネルギーなどが解説される。精密科学になったばかりの宇宙の理解である。
このあたりまでのことは「宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス」をお読みになるほうがわかりやすいのだが、テグマーク博士の本のほうがすぐれている点もある。
それは博士自身が宇宙背景放射の画像を得るためのプログラムを書いていたという事情があるからだ。関与していた科学者がどのようにして138億光年先の宇宙の画像を得るに至ったか、その苦労の歴史を知ることができる。本書でお勧めの部分はここである。
しかし本書の他の部分は、多宇宙というほとんど何も分かっていない領域では数学を駆使すれば何でも言えるということを実践している一人の学者の、著者曰く"個人的な探求"を書いているだけだった。
テグマーク博士は「エヴェレットの多世界解釈」が正しいと信じている。この理論を信じている科学者は少ないのだが、博士は「ほとんどの科学者はエヴェレットの論文を読まずに彼の理論を批判している。この論文をすべて読むと、これが正しいものだとわかるので読んでみるべきだ。」と主張している。
エヴェレットの博士論文(多世界解釈を提唱した1957年に発表した論文)は、この139ページのPDFファイルがフルバージョンとして公開されている。興味がある方は、お読みになってみるとよいだろう。
The Many-Worlds Interpretation of Quantum Mechanics (1957)
https://www-tc.pbs.org/wgbh/nova/manyworlds/pdf/dissertation.pdf
多宇宙について知りたい方にはブライアン・グリーンの「隠れていた宇宙(上)(下)」をお読みになったほうがよいと思う。
本書の評価
参考までに日本語版と英語版のAmazonサイトでの評価を載せておこう。邦訳された科学書の場合、日本のアマゾンの読者コメントより米国アマゾンの読者コメントのほうが、知識と見識のある方がしっかりと書いていることが多く、とても参考になる。★1つや2つなど低い評価のコメントであっても、日本人の書評より外国人の書評の方が具体的ではるかにわかりやすい。
Amazon.co.jpでの評価: 見てみる
Amazon.comでの評価: 見てみる
レビューを読むと日本語版を読んでいる方は、評価が低い人から高い人まで、ほとんどの人が本書を理解できていないことがわかる。
英語版を読んだ日本人の方で、本書に関して高い評価をつけたうえで説明を(日本語で)書いている人がいらっしゃるので、お読みになるとよい。本書の特徴を詳しくお書きになっている。
強力な「多世界」説、そのルーツは何処に?(レビューを開く)
英語版
翻訳のもとになった原書はこちらである。2014年に刊行された。
「Our Mathematical Universe: My Quest for the Ultimate Nature of Reality: Max Tegmark」(Kindle版)
この他、博士は「Life 3.0: Being Human in the Age of Artificial Intelligence」(Kindle版)という本をお書きになっている。この本はまだ邦訳されていない。日本人による評価は良いようだが、外国人による評価は「数学的な宇宙」と同様だ。(英語版の評価を見てみる。)
今回は酷評することになってしまったが、高い評価をしている人がいることも事実である。あくまでも僕の個人的な感想として参考にしていただきたい。
関連動画
本書のテーマに沿ってテグマーク博士が講演している動画は、こちらである。ただし日本語字幕はない。
Max Tegmarkを使った数学の宇宙
Q&A - The mathematical universe with Max Tegmark
Max Tegmark: "Our Mathematical Universe" | Talks at Google
関連記事:
宇宙が始まる前には何があったのか?: ローレンス・クラウス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6f36e8eedba5ee63a4f919d30a2cb20
隠れていた宇宙(上):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/4a1abbca21c0188f43d7d72af39287f2
隠れていた宇宙(下):ブライアン・グリーン
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/6e8b34dc9e4a3d21e82de47960f2a07d
感想: NHK数学ミステリー白熱教室
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b0d53d030bf82e8016a1071fadb16063
数学の大統一に挑む:エドワード・フレンケル
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/43ca100e56e15427613b009af55c8f7d
メルマガを書いています。(目次一覧)
応援クリックをお願いします。
「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて: マックス・テグマーク」(Kindle版)
はじめに
第1章 実在とは何か
- 思った通りとは...
- 究極の問いとは何か?
- 旅の始まり
第I部 宇宙を俯瞰する
第2章 空間での私たちの位置
- 宇宙に関する疑問
- 空間はどこまで広がっているか
- 地球の大きさ
- 月までの距離
- 太陽と太陽系の惑星までの距離
- 恒星までの距離
- 銀河までの距離
- 空間とは何か?
第3章 時間軸上の私たちの位置
- 太陽系の起源
- 銀河はいつどのように生まれたのか
- 謎のマイクロ波はどこから来たのか
- 原子はどこから来たのか
第4章 数値で見た私たちの宇宙
- 求む、精密宇宙論
- 宇宙背景放射ゆらぎの精密測定
- 銀河分布の精密測定
- 究極の宇宙地図
- ビッグバンはどう始まったのか
第5章 私たちの宇宙の起源
- ビッグバンの問題点
- インフレーションの仕組み
- 何度もうれしい贈り物
- 永久インフレーション
第6章 多宇宙の世界へようこそ
- レベルI多宇宙
- レベルII多宇宙
- 多宇宙についての中間総括
第II部 ミクロの世界を拡大する
第7章 宇宙を構成するレゴブロック
- 原子というレゴブロック
- 原子核というレゴブロック
- 素粒子物理学のレゴブロック
- 数学的なレゴブロック
- 光子というレゴブロック
- 微視的世界では物理法則が破綻する?
- 量子と虹
- ド・ブロイからシュレーディンガーへ
- 量子力学の奇妙さ
- 意見の不一致が始まる
- 微視的世界に閉じ込められていない量子力学の「奇妙さ」
- 量子力学の混乱
第8章 レベルIII多宇宙
- レベルIII多宇宙
- 錯覚としての量子力学の偶然性
- 量子検閲
- 再発見の喜び
- あなたの脳が量子コンピューターでない理由
- 主体、対象、環境、そして熱力学第二法則
- 量子自殺
- 量子不死?
- 多宇宙の統一
- 物理学者の見解の変化ーーー多世界か多言か
第III部 一歩下がって見る
第9章 内的実在、外的実在、合意的実在
- 外的実在と内的実在
- 真実、すべての真実、そして真実のみ
- 合意的実在
- 外的実在と合意的実在を結びつける物理学
第10章 物理的実在と数学的実在
- 至るところにある数学
- 数学的宇宙仮説
- 数学的構造とは何か
第11章 時間は幻想か
- 物理的実在が数学的たりえる理由
- 人間とは何か
- あなたは空間のどこにいるか(そして何を認識するか)
- あなたは時間のどこにいるか
第12章 レベルIV多宇宙
- レベルIV多宇宙を信じる理由
- レベルIV多宇宙とはどのようなものか
- レベルIVが意味すること
- 私たちはシミュレーション宇宙に住んでいるか
- 他の仮説との関係
- レベルIV多宇宙を検証する
第13章 生命、宇宙、すべて
- 物理的実在の大きさ
- 物理学の未来
- 宇宙の未来ーーー私たちの宇宙はどう終わるか
- 生命の未来
- あなたの未来ーーー人間は取るに足りない存在か
謝辞
参考図書
訳者あとがき
「そこんとこ詳しく」と聞いても、もっと分からない説明したり、単に繰り返すだけだったり。
これで聴く方は諦めてしまうから、改善もされず変化なしとなります。
新しい事をする人では考えがアチコチに飛ぶ発散的思考が有利ですが、説明には向きません。
この人の基本は「この宇宙の実在を信じていない」でしょう。
我々が「実在」と思っているものは単なる論理的可能性に過ぎないと思えば、同様に論理的に正しいものは同等に「実在」する。としか思えないでしょう。
僕自身は、「多世界解釈」が正しいなら、その内 1つだけが存在する「1世界解釈」も矛盾はない、と言う事で「考えるだけ無駄」が結論です。
> 説明できない専門家っていますねー。
おっしゃるとおりですね。テグマーク博士はまさに発散的思考の方だと思います。
ご察しのとおり、とても読みにくい本でした。ブログにレビューを書かないのであれば、途中で投げ出していたと思います。レビュー記事を書くのだから、最後まで読まないといけません。我慢しながら読み通しました。
多宇宙は僕も信じていませんし、考えるのは無駄だと思っています。しかし、インフレーション理論を認めると「永久インフレーション」が必然となり、泡宇宙のように次々と宇宙が誕生すると書かれていました。そうなのかな?と半信半疑というところです。
もちろん面白いのは大好きですから、僕も乗っかりますが。
多重発生宇宙は、説が覆されることがあるかもしれないわけですね。
生きている間に、何等かの進展や発見があればいいなぁと思っています。(完全解明までは期待していません。)
この本の内容とは関係がない話で恐縮なのですが、
宇宙は純粋数学で動いていると思います。
なぜなら物理には自明という概念がなく、
何にでも理由がありますよね?
例えば、
「電子の質量は9.10938356*10^-31kgなのは何故か」
を考えたとき、それは自明である、とはなりません。
何かより基礎的な法則でこの値になっている、と考える。
では、そのより基礎的な法則がそうなっているのは何故か
と考えていくと、物理の領域ではゴールがないでしょう。
何故か?何故か?何故か?を繰り返せるので。
一方の純粋数学は自明という概念がある。
例えば「素数が2,3,5...なのは何故か?」
と問われると、それは自明としか言えない。
より基礎的な原理や法則はない……。
なので、物理を突き詰めると、純粋数学に突入すると思うのです。
そこまで人類が到達できるかは不明ですが、論理的に考えるとそうなると思うのです。
いかがどしょうか?
本書とは関係のない話だと思いますが、数学的宇宙という言葉にピンときましたので……。
コメントありがとうございます。
僕も物理法則、物理現象の背後をつかさどっているのは数学であると感じています。これはガリレオが言った「宇宙は数学という言葉で書かれている」という主張を、もっと拡大解釈したものです。
しかし、「数学は発明か、それとも発見か」という議論があることでわかるように、数学の中には明らかに人間が発明したように見えるものがあります。ですので、テグマーク博士が提唱している宇宙としての数学構造という文脈で、このように人間が発明した数学を含まれるのかどうか、どのような数学を指しているのかということを慎重に確認しなければならないと思います。
「NHK数学ミステリー白熱教室」や「数学の大統一に挑む」という記事へのリンクを、今回のブログに追記しておきました。僕はこれらの記事で紹介されている「ラングランズ・プログラム」のように一歩一歩研究を重ねて、数学と物理学の関係を解き明かしていったほうがよいと思いました。テグマーク博士の主張が正しいとしても、いきなり過ぎるなぁと感じたわけです。
数理論理学では常識的な論理とは違う各種の論理が研究されてますから、進化の束縛から抜け出しつつあるような感もありますが。
また、数学構造の奥底に「人が勝手に作った数学」と言う考えが通用しないような深淵が見つかりつつある状況でもありますから、今後は無意識の思い込みを覆す代物が色々出てきそうでワクワクです。
自己存在の根底を揺るがすモノが出てきて人類が絶望する可能性もあるけど。
> 数学構造の奥底に「人が勝手に作った数学」と言う考えが通用しないような深淵が見つかりつつある状況でもありますから、今後は無意識の思い込みを覆す代物が色々出てきそうでワクワクです。
そのように人が勝手に作った数学の考えが通用しない深淵が見つかり始めているのですか!
既存の数学では「ゲーデルの不完全性定理」のようなものも見つかっていますが、そのような「深淵の数学」の中にも、自己存在の根底を揺るがすモノがあるのかもしれませんね。このようなレベルの数学世界が、私たちの物理世界とつながりがあるのか、それとも、別の法則体系で規定される物理世界とつながりを持つものかについても、好奇心を掻き立てられます。
ラングランズ・プログラムの話、僕も同感です。
と言いつつ実は数年前にも何回かコメントさせて頂いたことがあるのですが、
前使ってたハンドルネームが使いにくくなってしまったので、匿名で失礼します。
とねさんには合わなかったですか、この本。
個人的にはすごく好きな一冊なんですけどね〜。
とねさんの仰る通り、万人に読みやすい本ではありませんが、
第1章辺りも著者が注意しているように、
これは客観的な解説書というよりは
著者の個人的な探求を通して書かれた啓蒙書です。
そう思って読めば、まぁ、冗長な解説や脇道に逸れるくらいは、
むしろこの本のスタンスとして許容できる気がします。
内容が正しいか間違えてるかは原論文にあたってないのでわかりませんが、
(特にレベルIVの宇宙の話などは)ぼくにはとても刺激的で、とても楽しく読めた一冊でした。
数物系の学部生辺りにだったら薦めてしまいます(笑)
>「数学は発明か、それとも発見か」
ぼくは(も?)この本を読んでいるときにこれはひっかかりました。
素朴に考えると、数学的構造自体が人間の脳が産み出したもので、
それを特別視するのはちょっと気持ち悪い気がします。
加えて、意識とか複雑さとかいう話をするときに、
数学・物理・化学などどんなに客観的に思える道具でも、
それは人間が作り出したものなんだから、どうしても自己言及を避けられて無いというか、
例えば「意識は複雑な構造を持つ」と言った場合の「意識」「複雑」「構造」という
どの部分を切り取っても自己言及的になってしまっている気がします。
人間と石ころを比べたときに、そりゃ人間が作り上げた科学的の視点から観れば人間の方が複雑だけど、
それでは人間が作り上げた科学を忘れたときに
そこに本質的な「違い」というものはあるのだろうか。
世界の法則を解き明かす理論を作るのであれば、
そんなの別に気にしなくて良いのでしょうが、
究極の実在とはなにかを明らかにしたいと言われると、そこを外して良いのだろうかと少し疑問ですね。