とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
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グラショー博士(1979年ノーベル物理学賞)一般公開講演会

2016年08月28日 23時31分28秒 | 物理学、数学
日曜はグラショー博士の一般講演会を聞きに東大の本郷キャンパスに行ってきた。講演会の概要は次のとおりだ。


グラショー博士(1979年ノーベル物理学賞)講演会

日時;2016年8月28日(日)14:00~16:00
場所:東京大学(本郷キャンパス)情報学環・福武ホール ラーニングシアター

講演者 シェルドン・グラショー ボストン大学教授、ハーバード大学名誉教授
(講演者紹介 相原 博昭 東京大学副学長)

講演題目
 「Does science progress through blind chance or by intelligent design?」
  和訳:「科学の進歩をもたらすのは、全くの偶然か、あるいは知的な計画か?」

講演概要
科学と技術における飛躍的進歩とは、ひとつは、あらかじめ立てられた計画に基づいて研究を進めたときに起きます。もうひとつは、セレンディピティ(=偶然に巡り会えた素晴らしいもの)によるもので、全く予期しない発見によって起きます。本講演ではこのふたつが互いに絡み合った様々な歴史的発見をひもとき、基礎研究に予算を割くことの重要性について論じます。


楽しみにしていたこの日がやってきた。ノーベル賞受賞者の講演を聞くのは初めてである。

講演が始まる1時間前には現地に到着。東大の赤門に来たのは小学生のとき以来だ。観光気分で写真を撮った。人通りが絶えないのでこの写真が撮れるまで15分ほどかかった。



会場は赤門を入って左に行ってすぐのところ。地下2階のホールで行われた。






科学系の講演会でご一緒しているYoshYさんとたけのやさんが、今回もいらっしゃっているので3人並んで着席。演壇のすぐ前の席で、ひとつ前には関係者席が設けられていた。ほどなく会場は満員になった。

開始時間になりグラショー博士と東大副学長をはじめ主催関係者が入ってこられた。なんとグラショー先生は僕の斜め前の席に。。。僕はドキドキである。そしてたまたま後ろを向かれたので、軽く会釈をして一言だけお話しすることができた。

主催者がグラショー博士のご経歴(ウィキペディアの記事)を紹介している間、博士は英語に同時通訳された音声を聞かれていた。

博士の講演が始まる。1932年生まれだから84歳になられていらっしゃるのだがお元気そうで、にこやかにお話を始められた。前回来日されたのは10年以上前のことだという。1988年のスーパーカミオカンデの発表の際にも来日されているそうだ。

まずILC(国際リニアコライダー計画)へ期待を寄せていることをお話しになった。

そして今回の公演のテーマ「科学の進歩をもたらすのは、全くの偶然か、あるいは知的な計画か?」を紹介されたうえで、「セレンディピティといっても、キリスト教の神とは関係ありませんよ。」と補足された。

博士はスライドを用意されていて、会場前面のスクリーンに大写しされている。絵や図版はなく文字ばかり。スライドに従ってよどみなくお話しをされるので、僕はメモを取るのと日本語訳の音声を聞くので精いっぱい。最後まで博士の表情を見ている余裕はほとんどなかった。

まず述べられた結論は「科学が進歩するためには、全くの偶然(セレンディピティ)と知的な計画の両方が必要である。」ということ。それを科学の長い歴史の中で見つけてみましょうということなのだ。

哲学者のカントは「計画なしに科学は生まれない。」という考え方をしている。その反面、偶然のいたずらによって発見を成し遂げた科学者もたくさんいるわけだ。

計画的に(カント的に)進められているCERNの加速器では、ここ最近は新しい粒子が見つかる兆候がない。だからILCのような新しい加速器が必要になる。ILCはいろいろなヒッグス粒子を発見する可能性があるからだ。(セレンディピティ的)

セレンディピティ的な発見として次の例をあげられた。

1781 ハーシェルによる天王星の発見
1800 赤外線の発見
1820 エルステッドによる電流が磁場を形成することの発見
1831 ファラデーによる電磁誘導の法則の発見
1895 X線の発見
1896 ベクレルによる放射線の発見
1928 ペニシリンの発見
1932 アンダーソンによる陽電子の発見
1947 ホフマンによるLSDの発明
1974 J/Psi粒子の発見
1984 C60フラーレンの発見
2004 グラフェンの発見


電磁波のセレンディピティ

電磁波の現象としてはカント的(K)とセレンディピティ的(S)な発見がある。

1704 (K) ニュートン(光学) -> 音階
1800 (S) ハーシェル -> 赤外線
1801 (K) リッター -> 紫外線
1888 (K) ヘルツ -> ラジオ波
1894 (S) レントゲン -> X線
1964 (S) ペンジアスとウィルソン -> 宇宙マイクロ波背景放射

そして極めてセレンディピティ的な発見の例としてベクレルによる放射線の発見をあげられた。それは次の3つの偶然が重なったからである。

- ウラン塩(硫酸カリウムウラニル)の蛍光の研究をしていたこと
- 太陽光を使う実験を計画していたのに曇の日が続いていたこと
- 写真乾板が感光してしまわないようにしっかりと包んで引き出しに入れていたこと


化学の分野のセレンディピティ

1669 ヘミングによるリンの発見
1671 ボイルによる水素の発見
1811 ヨウ素の発見
1828 フリードリヒ・ヴェーラーが無機化合物から初めて有機化合物の尿素を合成
1894 アルゴンの発見 -> 不活性ガスの発見につながる
1940 ネプツニウム(元素番号93)の発見


染料の分野のセレンディピティ

1704 顔料の製造を行っていたハインリッヒ・ディースバッハによって紺青(Prussian blue)が偶然発見された
1856 当時18歳の少年化学者であったウィリアム・パーキンは、マラリアの特効薬であるキニーネを合成しようとアニリンを酸化する反応を試すうち、偶然紫色のアニリン染料を作り出した。
1863 ジョセフ・ウィルブランドが色い染料として、トリニトロトルエン(TNT)を開発した。
1897 合成インディゴの発明(インディゴは青藍を呈する染料)
1928 Monastral blueの発明


(分野不統一)のセレンディピティ

1901 X線の発見
1903 放射線の発見
1980 CP対称性の破れの発見
2007 磁気抵抗の発見
2011 ダーク・エネルギーの発見
2011 準結晶の発見(化学)

このように博士は数多くの例を示された。そして次に発見(アイデア)が実用化されるまでにかかった年数を例示された。

- 巨大磁気抵抗効果がギガバイトHDDになるまで3年かかった。
- 光電変換の発見からCCDが作られるまで6年かかった。
- トランジスタは7年かかった。
- 放射線は11年かかった。
- 核エネルギーは19年かかった。
- 一般相対論からGPSまでは78年かかった。
- 太陽光発電は119年かかった。


甘味料のセレンディピティ

1879 サッカリン
1937 Cyclamate
1965 Aspartame
1967 Acesulfane (Coke Zero)
1976 Sucralose
1988 Tagatose

薬品、薬剤のセレンディピティ

26の例があげられていた。(書き取る時間がなかった。)


家庭にあるセレンディピティ

ポストイット、スーパーゲル、ポリカーボネート、ポリエチレン、ワセリン、消しゴム、コーニングウェア、サランラップ、サンドイッチ、ポテトチップ等


理論物理のセレンディピティ

マクスウェルによる電磁波の予言 -> 光
シュレディンガーはハイゼンベルクの行列理論が同等であることに驚嘆(量子力学)
ディラックによる反物質の予言
ゲルマンによるクォークの予言(彼はクォーク理論は数学だけで成り立つことだと思っていた。)
弦理論 -> 量子重力
グラショー博士 電弱理論

結論として言いたいこととしてセレンディピティ的発見から、実用的なものが生まれる。

数論 -> Secure Banking
一般相対論 -> Global Positioning System
ファラデー -> 電磁気の利用
量子力学 -> Global GNPの3分の1(さまざまな製品や技術として実用化されている。)

このように解説のパートは目くるめく間に終わり、質疑応答のパートにうつった。


質疑応答

質疑応答の時間も博士は終始にこやかで、ゆっくりとお答えになっていた。


質問者1: セレンディピティ的発見には(研究や実験への)情熱が必要だと思うのですがいかがでしょうか?

博士の回答: 心構えとしては「楽しむ」ことが重要です。発見は料理や芸術、音楽などあらゆるところに見られます。


質問者2:今日は非常にたくさんの科学者が発見した例を紹介されましたが、とても詳しく知っていらっしゃることから科学者の伝記をたくさん読まれたのだと想像しています。科学者にとって他の科学者の伝記を読むことは研究に役立つとお考えでしょうか?

博士の回答:伝記には研究や発見のことだけでなく、科学者の生い立ちや性格も書かれています。私自身はニュートンに例えられるのは勘弁願いたいですね。ニュートンの性格はよくありませんでしたから。(笑)子供の頃、私は6歳の頃から眼鏡をかけ、太っていました。野球は苦手でした。高校に入ってからSFクラブを作り、同級生のワインバーグ博士と楽しんでいました。化学も好きでしたし、顕微鏡でいろいろなものを見るのも好きでした。物理学に興味をもったきっかけは湯川博士の講演を1948年、高校生のときニューヨークで聞いたことです。ベクトルやテンソルという当時の私にはわからない言葉にワクワクしました。素粒子物理学の道へ進んだのは湯川先生のおかげです。


質問者3:博士のノーベル賞受賞に結びいたご研究とセレンディピティとの関連についてはいかがでしょうか?

博士の回答:大学院はハーバードで、博士論文の担当は(1965年に朝永博士、ファインマン博士と一緒にノーベル物理学賞を受賞した)シュウィンガー博士でした。与えられたテーマは電弱理論に統一性があるかどうかということでした。コペンハーゲンではポスドクとして研究、その後、カルテクで研究しました。1967年、ワインバーグ博士の自発的対称性の破れを電弱理論に適用し、だいぶわかりやすくなりました。そして物理学賞受賞の理由とされた中性カレントのことは自分にとっては12年も前の論文だったので、すっかり忘れていたものだったのです。


最後に会場全員から大きな拍手が贈られ、講演会は無事終了した。録音と撮影が禁止されていたので取りこぼしがあるが、およそこのような流れだった。

東京滞在の後、博士は中国へ行って同じテーマでお話しをされるそうである。


グラショー博士、科学の長い歴史の中におきた数々のセレンディピティを具体的に教えていただき、ありがとうございました。今後の博士のご活躍とご健康を願っています。


関連ページ:

グラショー博士のノーベル物理学賞記念講演(PDF)
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1979/glashow-lecture.pdf

グラショー博士のHP(ボストン大学)
http://physics.bu.edu/people/show/47

YoshYさんによるこの講演会についてのブログ記事です。(2016年9月26日に追記)

グラショー博士講演会
http://time2011.blog40.fc2.com/blog-entry-254.html


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18 コメント

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Unknown (YoshY)
2016-08-29 09:22:02
早いですね。隣に座っていて貴殿の速記とも言えるメモ取りに驚きましたが、結果はほとんど全録と言っていいくらいの報告書で感心しました。

博士のセレンディピティによる発見例は、白か黒かで分けているので、発見者たちに言わせれば、ちゃんと計画してやったのにという声も出そうに思います。しかし切り口としては面白い講演でした。
返信する
YoshYさんへ (とね)
2016-08-29 11:25:27
YoshYさん

講演会のことを教えていただき、ありがとうございました。
スライドに書かれていた文章を全部筆記するのは無理でしたので、キーワードだけをメモしていました。ノートに書きなぐっていたので、あとから判読できないものが5個所くらいありました。

> 発見者たちに言わせれば、ちゃんと計画してやったのにという声も出そうに思います。

その点も含めてセレンディピティなのでしょうねぇ。


充実した日を過ごせてよかったと思っています。
返信する
GNP/3 (hirota)
2016-08-29 11:29:58
量子力学の応用ってーと、まずは身の回りどこにもある電子回路の半導体、同類で電球を駆逐しつつあるフォトダイオードにレーザーに太陽電池、GPSにも載ってる原子時計、病院にあるNMR、化学反応のフロンティア軌道理論、発電は原子炉…あと何があったっけ?
これで1/3あるかなー。
返信する
Re: GNP/3 (とね)
2016-08-29 12:44:08
hirotaさん

僕の理解不足を補っていただきありがとうございました。そのような文脈でグラショー博士はおっしゃっていたのですね。
返信する
もはや化学は量子力学の世界 (やす)
2016-08-30 20:06:28
とねさん

改めて考えますと、かなり昔の私が学生の時代でさえ、有機化学反応は量子力学的世界観で教えられました。量子化学の授業もあり、物理化学の講義ではシュレディンガーの波動方程式が出てきました。

フロンティア軌道論も学びましたが、これに限らず電子雲の分布状態の変化により、化学反応を理解したものです。多くの原子の集合体である分子同士が、離合集散する様を、量子力学的な世界観の上で電子雲の広がり方や官能基のかさばり度合いを頭で想像して、反応を理解するような教育を受けました。

分子は、立体的で電子雲に取り囲まれていて、常に動的に動いているというような描写が、そのときに頭に定着しました。

自分の意図したように新しい反応を発見するには、フロンティア軌道論に限らず、量子力学的世界観が必須なんだと思います。

少し具体的に言えば、大学の教養や専門の有機化学のホンの入り口で登場する「求核置換反応」などは、まさに量子力学的描画による電子雲の広がり方と分子のかさばり度合いを頭の中で想像して、初めて腑に落ちたのを覚えています。

大げさに言えば、化学製品のほぼ全ては量子力学の応用と言いたいけど、さすがに言い過ぎでしょうか?
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Re: もはや化学は量子力学の世界 (とね)
2016-08-30 20:34:58
やすさんへ

化学製品の開発にも量子力学が使われていますね。量子力学の理論が使われる製品はGNPの3分の1から、さらに引き上げられると思います。

そういえば昔こういう記事を書きました。

分子軌道法: 物理学と化学の境界
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/adb9c9e55a1ea2f1883b2a4bfced8f93

高校の化学は暗記物という印象で好きになれませんでしたが、量子化学を学びたいという気持から高校化学も学びなおしてみたいという気持ちがあります。(なかなか手がまわりませんけど。)

フロンティア軌道論は福井謙一先生でしたよね。高校卒業の頃に先生のノーベル賞受賞とその研究内容を新聞記事で読み「ああ、化学はこんなに素晴らしいものだったのか。」と思いました。でも化学の授業はもう終わってしまっていたので、ちょっと間に合いませんでしたね。

しかし、やすさんは本当に幅広い分野の知識がおありですね。すごいと思います。
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化学が強い日本 (やす)
2016-08-30 21:29:35
とねさん

ご紹介頂いた以前の記事を拝読しました。冒頭に示しておられる電子雲の図は、特定の準位の電子の、それも一瞬の状態を切り取ったもののようです。

応用目的に依って視点が変わりますが、常温、定圧のよくある反応条件下では、ベンゼンのパイ電子は、炭素の六角形の上下に2つのドーナツがあるかのような分布をしていると考えることが、多いです。

高校レベルでは、ベンゼン環は二重結合が交互にあると習いますが、量子力学的には2つのドーナツ形状の電子分布の描画なんです。

6個の炭素は電子雲の鎧で護られていて、周りに近づいてくる他の分子の一部にマイナスに分極した部位があっても、ベンゼンの炭素に近寄れないので、極めて反応しづらい....一例ですが、このようなイメージで考えるわけです。

これを覆すような反応を学生時代に色々とやらせてもらった、と言うのは蛇足ではあります。

大学の専門で量子化学を習って、本当にに化学を面白いと感じたのは、とねさんと全く同じです。

分子軌道論の授業では、最初にHOMO/LUMOが出てきますが、ベンゼン環が2つくっついたナフタレン分子をこの粗い近所で計算し、実際に測定したUVスペクトルの結果と照らし合わせることをやりました。覚えたての計算で、事実を説明できるなん、なんて凄いんだろうか?と、期待ぬ胸を膨らませたところ、この程度の近似では事実からいかに遠いかを思い知らされました。かなりの高度な近似計算と、それ相当の計算能力のある計算機が必要なんだ、有機化学は物理学とは違うことも肌に刻み込まれました。

そして、ますます化学が好きになったのは、こんな自分でも、混沌とした化学の世界なら発想があれば、数学が得意な頭の良い人達を超えられるかも知れないなどとも思ったものです。
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ポンデライオンかな? (やす)
2016-08-30 21:40:46
とねさん

ベンゼン環のパイ電子は、ドーナツのなかでも、ミスタードーナツのポンデライオンに近いかも...
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やすさんへ (とね)
2016-08-30 21:43:46
やすさんへ

いまウォーキング中なので、ご返事は明日書かせていただきますね。

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ベンゼン環 (hirota)
2016-08-31 14:28:08
そういえば4n+2のヒュッケル則とかあって、トロポンは7員環だが余分な電子を酸素に押し付けて安定化してる話を何かで読んだっけ。
ヒュッケル則の軌道の数は2n+1だが、この2nは右回りと左回りなんだろうか?
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