もう何年も敏之に対する熱い感情を忘れていた真理であったが、胸の中にモヤモヤと誰に対してか分からない嫉妬心が湧いてくる。
翌日、この日は出勤日であるはずなのに、敏之は家を出ようとしないで何時までも新聞を読んでいる。
読んでいるのか同じところをぼんやり見つめているのか定かではない。
昨日の昼の電話は誰からだったのだろう。
真理は気になるが訊ねられる雰囲気ではないのだ。
ようやく立ち上がった敏之は昨日の旅行鞄に入れたものを出して、元あった場所に片付け始めた。
「あら、旅行に行かないの?」
「うん、田中君の家に不幸が出来たので行けなくなったんだ。」
「それじゃあ。」吉田さんと二人で行けばいいじゃないのと言いかけたが、敏之の落胆ぶりを見ていると、その言葉を飲んでしまった。
田中や吉田と一緒だというのは、その場しのぎの出任せであることを最初から直感で真理には分かっていた。
付き合っている女性との間に、何か亀裂が生じたのかもしれない。
夕食時、黙り込んで食べていた敏之がとんでもないことを言いだした。
「今度の土曜日、真理の行く写真の撮影会に俺も付いて行っていいかな。」
「だってあなたはサークルの仲間ではないでしょう。」
「メンバー以外の者でも付いて行くくらいは許されるだろう。」
「そんなのダメよ。他の人が嫌がると思うわ。」
真理自身が嫌なのだ。
夫に内緒の自分だけの楽しみを、夫に覗き見られるようなことはしたくない。
「メンバーの人に訊いてみるけど、多分ダメだと思うわよ。」
その夜、夫が次の撮影会に付いて行きたがって困っていると、加藤にメールで知らせたら、意外な返事が返ってきた。
<真理さんのご主人ならOKですよ。
僕もお会いしたいので是非一緒に参加してください。>
あれだけ熱心に真理を誘っていた加藤は、自分に特別な思いを寄せているものと信じていただけに、このメールはショックが大きかった。
加藤は拒否したくても、真理に気兼ねして拒否出来なかったのかもしれないと、自分に都合のよい解釈をして気を取り直した。
敏之に加藤の返答通りOKが出たと伝えるべきか、拒否されたと言うべきか迷う。
真理の本心は、家庭から解放される自由な時間や場所を敏之に邪魔されたくないのだ。
しかし昨日からしょげ返っている敏之が少し可哀そうにも思える。
今回は真理が心動かされている山崎が参加しないので、一度くらいは気晴らしに敏之を連れて行っても構わないかと、K子が急用で不参加になったことにして、夫婦で行く決心をした。
当日は秋晴れのよい天気になった。
駅前のレストランで早めの昼食を済ませ近鉄電車に乗った。
京都駅でJR琵琶湖線に乗り換え湖北に向かった。
米原で加藤が他のメンバーと自動車で待っている手はずになっている。
あれ以来、敏之は口数が少なく気持ちが落ち込んでいるのが表情で読み取れた。
電車の中でも二人は殆ど口を利かずに窓の外を眺めていた。
マンションや新しい住宅、田んぼや畑、農家の家並が車窓を流れて行く。
刈り取られたベージュの田中の畑に、真っ赤に熟した柿が鈴なりになって収穫されずに残っている。
真理は前の座席に座ってぼんやりと外を見ている敏之に目を移した。
目の下や頬に深い皺が数本出てきて、いつの間にか老け込んでいるのに気付いた。
それほど近頃は夫の顔を近くでまじまじと見たことがなかった。
この人はどんな女性に心惹かれたのだろうと考える。
顔に? 姿に? 性格に? 何に惹かれたのか。
しかし、今の敏之を見る限り、その女性との関係は破局を迎えているように思える。
電車は米原駅に着き、改札を出ると加藤があの満面の笑顔で待っていた。
翌日、この日は出勤日であるはずなのに、敏之は家を出ようとしないで何時までも新聞を読んでいる。
読んでいるのか同じところをぼんやり見つめているのか定かではない。
昨日の昼の電話は誰からだったのだろう。
真理は気になるが訊ねられる雰囲気ではないのだ。
ようやく立ち上がった敏之は昨日の旅行鞄に入れたものを出して、元あった場所に片付け始めた。
「あら、旅行に行かないの?」
「うん、田中君の家に不幸が出来たので行けなくなったんだ。」
「それじゃあ。」吉田さんと二人で行けばいいじゃないのと言いかけたが、敏之の落胆ぶりを見ていると、その言葉を飲んでしまった。
田中や吉田と一緒だというのは、その場しのぎの出任せであることを最初から直感で真理には分かっていた。
付き合っている女性との間に、何か亀裂が生じたのかもしれない。
夕食時、黙り込んで食べていた敏之がとんでもないことを言いだした。
「今度の土曜日、真理の行く写真の撮影会に俺も付いて行っていいかな。」
「だってあなたはサークルの仲間ではないでしょう。」
「メンバー以外の者でも付いて行くくらいは許されるだろう。」
「そんなのダメよ。他の人が嫌がると思うわ。」
真理自身が嫌なのだ。
夫に内緒の自分だけの楽しみを、夫に覗き見られるようなことはしたくない。
「メンバーの人に訊いてみるけど、多分ダメだと思うわよ。」
その夜、夫が次の撮影会に付いて行きたがって困っていると、加藤にメールで知らせたら、意外な返事が返ってきた。
<真理さんのご主人ならOKですよ。
僕もお会いしたいので是非一緒に参加してください。>
あれだけ熱心に真理を誘っていた加藤は、自分に特別な思いを寄せているものと信じていただけに、このメールはショックが大きかった。
加藤は拒否したくても、真理に気兼ねして拒否出来なかったのかもしれないと、自分に都合のよい解釈をして気を取り直した。
敏之に加藤の返答通りOKが出たと伝えるべきか、拒否されたと言うべきか迷う。
真理の本心は、家庭から解放される自由な時間や場所を敏之に邪魔されたくないのだ。
しかし昨日からしょげ返っている敏之が少し可哀そうにも思える。
今回は真理が心動かされている山崎が参加しないので、一度くらいは気晴らしに敏之を連れて行っても構わないかと、K子が急用で不参加になったことにして、夫婦で行く決心をした。
当日は秋晴れのよい天気になった。
駅前のレストランで早めの昼食を済ませ近鉄電車に乗った。
京都駅でJR琵琶湖線に乗り換え湖北に向かった。
米原で加藤が他のメンバーと自動車で待っている手はずになっている。
あれ以来、敏之は口数が少なく気持ちが落ち込んでいるのが表情で読み取れた。
電車の中でも二人は殆ど口を利かずに窓の外を眺めていた。
マンションや新しい住宅、田んぼや畑、農家の家並が車窓を流れて行く。
刈り取られたベージュの田中の畑に、真っ赤に熟した柿が鈴なりになって収穫されずに残っている。
真理は前の座席に座ってぼんやりと外を見ている敏之に目を移した。
目の下や頬に深い皺が数本出てきて、いつの間にか老け込んでいるのに気付いた。
それほど近頃は夫の顔を近くでまじまじと見たことがなかった。
この人はどんな女性に心惹かれたのだろうと考える。
顔に? 姿に? 性格に? 何に惹かれたのか。
しかし、今の敏之を見る限り、その女性との関係は破局を迎えているように思える。
電車は米原駅に着き、改札を出ると加藤があの満面の笑顔で待っていた。
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