NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

仮想の狭間(9)

2010-04-13 11:22:45 | 仮想の狭間
 亮太が夏休みに入って、百合子は早朝の弁当作りの仕事がなくなった。
朝が楽になり、夫を送り出すと庭の花の手入れをしたり、テレビをし見たりしてゆっくりした時間を過ごしていた。
亮太の高三の夏は部活もなく、受験勉強に励んでくれるものと期待していた。
しかし先日から亮太の様子を見ていると、机に向かって勉強をしている姿をほとんど見かけない。
彼の部屋の前を通ると、ベッドに座りこんで携帯に向かって左の指を忙しく動かしている姿を見ることが多い。
夜に夫の壮介が帰ってきたら、それとなく注意をしてもらうつもりでいた。
しかし最近会社の景気が悪く、リストラで大勢の社員が整理され、残っている社員につけが回って来るらしく毎日帰りが遅い。
疲れきった顔で帰宅する壮介に亮太のことは話し難く、自分で言うしかないと諦める百合子であった。
 翌朝8時になっても、9時になっても亮太は自分の部屋から出てこない。
食卓の上が片付かないのに しびれを切らした百合子は亮太の部屋のドアをノックした。
「亮太、まだ寝ているの。
早く起きて食事をしなさい。」
返事がないので中に入ると、昨日の服を着たままぐっすりと眠りこけている。
無理やり揺り起こして食卓につかせた。
亮太は眠そうな顔をして、パンを口に運んでいる。
「亮太、この夏休みにしっかりと受験勉強をしないと、目的の大学に入れないわよ。いつも携帯ばかりいじっているように母さんには見えるんだけど。
もう少し勉強に本腰を入れたらどうなの。」
「煩せえなあ。 ひとのことは放っといてくれよ。」
亮太は横を向いてサラダに付いている茹で卵を口に入れ、牛乳で流し込むとプイッとまた自分の部屋に戻ってしまった。
こんな口のきき方を以前はしなかったのにと、百合子は悲しくなってくる。
洗濯物を取りに亮太の部屋へ入ろうとしても、ドアが開かない。
昨日まではドアを開けたままだったのに、今日は中から紐で縛って開けられなくしているのだ。
この家を建てたとき、建築業者から教育上よくないと言われて、どの部屋にも鍵を付けていない。
中学時代からこれまで、反抗期らしきものはなかったように思う。
それはサッカーに打ち込んでいる息子に、あまり口を出さなかったので反抗をしなかったのか。
今頃反抗期がやってきたのだろうか。
最近の亮太をどう扱っていいのか思いあぐねていた。

 
その日以来、亮太は母親の百合子にほとんど口を利かなくなった。
腹の減るのは我慢が出来ないのか、食事時にはダイニングにやって来る。
しかし百合子が話しかけても、
「別に。」とか
「煩せえ。」と言うだけで、会話をしないのだ。
夏休み前までは、帰ると学校であった事などを楽しそうに話してくれていたのに。
どうして変わってしまったのだろう。
時々自転車で出かけるが、行き先を訊いても応えない。
不安と腹立たしさにむしゃくしゃした気分でパソコンを開けた。
他人のブログやホームページを見ていても、気分が落ち込むばかりで面白くない。
ふと窓に目を向けると、白いレースのカーテンの内側に引き寄せてある暗い色の厚手のカーテンが気になった。
この家を建てた際、落ち着いた雰囲気のある家にしたいと、暗い茶系統のカーテンで家中を統一したのである。
しかし今はこの暗い色が、余計に気分を暗くさせているように感じる。
ネットの通販でカーテンを見てみた。
すぐに気に入った明るい色のカーテンを見つけることが出来た。
クリームがかったベージュの地に、薄緑色の小さな花の模様が織り込まれている。
家中のカーテンの枚数を数え、計算すると30万円ほどするが迷いなく注文した。
今の百合子はこれで憂さ晴らしをしたいのだ。
二日ほどしたら、通販会社から振込用紙が送られてきた。
壮介の給料が振り込まれる預金口座から、その代金を引き出すわけにはいかない。
この口座は住宅ローンや公共料金、税金や生活費など毎月必要な費用を払うと、あとは余裕がない。
カーテンの代金を、さてどこから出そうかと百合子は考えた。
亮太の進学の費用として、ボーナスの一部を預金している分がかなり貯まっているので、そこから引き出そうと思い付いた。


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