リートリンの覚書

古事記 上つ巻 現代語訳 三十一 大国主神・稲羽の素菟


古事記 上つ巻 現代語訳 三十一


古事記 上つ巻

大国主神・稲羽の素菟


書き下し文


 故、此の大国主神の兄弟、八十神坐す。然あれども皆国は大国主神に避りまつる。避りし所以は、其の八十神、おのもおのも稲羽の八上比売を婚かむと心有り、共に稲羽に行きし時に、大穴牟遅神に袋を負ほせ、従者と為て率往く。是に気多の前に到る時に、裸の菟伏せり。尓して八十神、其の菟に謂ひて云はく、「汝為むは、此の海塩を浴み、風の吹くに当たりて、高山の尾の上に伏せれ」といふ。故、其の菟、八十神の教へに従ひて伏す。尓して其の塩の乾く随に、其の身の皮悉くに風に吹き拆かえつ。故、痛苦み泣き伏せれば、最後に来ませる大穴牟遅神、其の菟を見て言はく、「何の由に汝泣き伏せる」といふ。菟答へ言さく、「僕、淤岐島に在り。此地に度らむと欲へども、度らむ因無し。故、海の和邇を欺きて言はく、『吾と汝と競ひ、族の多き少なきを計らむと欲ふ。故、汝は其の族の在りの随に、悉く率て来、此の島より気多の前に至るまで、皆列み伏し度れ。尓して吾其の上を蹈み走りつつ読み度らむ。是に吾が族と熟れか多きを知らむ』といふ。如此言ひしかば、欺かえて列み伏せる時に、吾其の上を蹈みて読み度り来、今地に下りむとする時に、吾云はく、『汝は我に欺かえつ』と言ひ竟はる即ち、最端に伏せる和邇に、我を捕らへ、悉く我が衣服を剥ぐ。此に因りて泣き患ふれば、先に行きし八十神の命以ち誨へ告りたまはく、『海塩を浴み、風に当たり伏せれ』とのりたまふ。故、教への如く為しかば、我が身悉く傷はえぬ」とまをす。是に大穴牟遅神、其の菟に教へて告りたまはく、「今急かに此の水門に往き、水を以ち汝が身を洗ひ、其の水門の蒲の黄を取り、敷き散らして、其の上に輾い転ばば、汝が身本の膚の如く、必ず差えむ」とのりたまふ。故、教への如く為しかば、其の身本の如し。此れ稲羽の素菟そ。今者に菟神と謂ふ。故、其の菟、大穴牟遅神に白さく、「此の八十神は、必ず八上比売を得じ。袋を負ひたまへど、汝命獲たまはむ」とまをす。
 是に八上比売、八十神に答へて言はく、「吾は汝等の言を聞かじ。大穴牟遅神に婚はむ」といふ。


現代語訳


 それで、大国主神(おおくにぬしのかみ)の兄弟は、八十神(やそがみ)いました。そうであるが、皆、国を大国主神に譲り避りました。避りしわけは、その八十神の各々が、稲羽の八上比売(やがみひめ)に求婚したいとの心が有りました。共に稲羽に行く時に、大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)に袋を負わせ、従者として率いて往きました。ここに、気多のさきに到る時に、裸の菟が伏していました。しかして、八十神は、その菟に、「お前は、ここの海塩を浴びて、風が吹くのに当たって、高山の尾の上に伏っていなさい」といいました。故に、その菟は、八十神の教えに従って伏しました。しかして、その塩が乾くにしたがい、その身の皮が悉く風に吹き裂がれました。故に、痛み泣き伏せていたところ、最後に来た大穴牟遅神が、その菟を見て、「何故に、お前は、泣き伏せているのだ」といいました。菟は答えて、「僕は、淤岐島(おきのしま)に在ました。この地に渡りたいと思えども、わたる手段がありませんでした。故に、海の和邇(わに)を欺いて、『吾と汝と競いましょう。族(うがら)の多き少なきを計りたいと思います。故に、汝は、その族の在りのままに、悉く率て来て、この島より気多のさきに至るまで、皆、列をなして伏したら、渡りましょう。しかして、吾は、その上を蹈み走りつつ、読みはかりましょう。ここに吾が族といずれか多いかを知ることができましょう』といいました。このように言うと、欺かれて列をなして伏せている時に、吾は、その上を踏んで読み渡ってきました。今、地に下りようとした時に、吾は伝えて、『汝は、我に欺かれのだ』と言い終えるや、すぐに、最端に伏せていた和邇が、我を捕らえ、悉く我が衣服(きもの)を剥ぎました。これによって、泣き患(うれ)いていたところ、先の八十神の命が、『海塩を浴び、風に当たり、伏せなさい』と教えさとしてくださりました。故に、教えの如くしたのですが、我が身は、悉くそこないました」といいました。ここに、大穴牟遅神は、その菟に、「今、すみやかに、この水門(みなと)に往き、水で汝の身を洗いなさい。その水門の蒲(かま)の黄(はな)を取り、敷き散らして、その上で輾転(てんてん)とすれば、汝の身の本(もと)の膚(はだ)の如く、必ずいえるでしょう」と教えました。故に、教えの如くしたところ、その身は本の如くなりました。これが稲羽の素菟(しろうさぎ)です。今は、菟神(うさぎかみ)といいます。故に、その菟が、大穴牟遅神に、「かの八十神は、必ず八上比売を得ることはできません。袋を負っていらっしゃりますが、汝、命(みこと)が獲ることができましょう」といいました。

 ここに、八上比売は、八十神に答えて、「吾は、汝等の言を聞きません。大穴牟遅神と結婚します」といいました。



・八十神(やそがみ)
「八十」とは「多くの」という意味。八十神とは「多くの神々」という意味
・水門(みなと)
水の出入り口。河口
・輾転(てんてん)
1・転がること2・寝返りを打つこと



続きます。

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