リートリンの覚書

「大嘗祭」 大嘗祭が行われる理由・様々な説論


大嘗祭が行われる理由様々の説論


様々な古文書で大嘗祭の神事は
秘儀とされているので、
何故大嘗祭が行われるのかは
わかっていません。
それゆえに様々な論争がなされています。


折口信夫説“真床覆衾”


昭和の大嘗祭に際して
民俗学者・折口信夫がみずから
「仮説」であることを認めつつ
提示した論です。

日本神話における
天孫降臨の場面を再現することによって

「天皇霊」
を新帝が身につける
神事であるとする仮説です。
広く支持を受けていた仮説です。


神宮の博物館 ホームページより引用


“大嘗祭の時、悠紀・主基両殿には御寝所と寝具があります。これは、日の皇子となられる御方が資格完成のために御寝所に引きこもり、深い物忌みなさる場所。ここに設けられている寝具は魂が身体に入るまで引きこもっているためのもの。”

“古代日本の考え方によれば、血統上では先帝から今上天皇が皇位を継承したことになる。信仰上では先帝も今上も同一で等しく天照大神の御子孫である。御身体は一代ごとに変わるが、魂は不変である。”
(引用・大嘗祭の本義 ―民俗学からみた大嘗祭― 折口信夫 現代語訳 森田勇造)


岡田精司説“聖婚儀礼”


日本史学者、岡田精司が唱えた仮説です。
日本史学界で一定の指示を集めた説です。


真弓常忠論


”神武天皇が、八十梟を討って倭国の王者として君臨されるためには、顕露に見えぬ高皇産霊神の霊が憑りついて、現実に見える神、すなわち“現人神”となられる儀式が必要であったことを意味する。天皇が神として御霊質を得られることによって、はじめて天皇としての御資格をもたれる儀式であるといえる。”
(引用・大嘗祭 真弓常忠)


そのほかの論・D.C ホルトム


D.C ホルトムは、
著書『日本と天皇と神道』で
次のように述べています。

大嘗祭とは
天皇は国家の最高の神官としての資格により、
日本古代の神々と深夜霊交を遂げ、
国民を養い守る五穀の神(豊宇気比売神)を
自らの身体の中に招き入れるのである。


岡田荘司論


岡田荘司氏が、様々な古文書を調べ、
御寝所は神のための物であり
それが使われていないことをあげ、

「真床覆衾」論も聖婚儀礼論も
否定する論考を発表。

新帝が天照大神を初めて迎え、
神膳供進と供食儀礼を中心とする
素朴な祭祀であると主張しました。


現在の主流


現在では、岡田荘司論により、
日本史学界では
「真床覆衾」論も聖婚儀礼論も
ほぼ否定されています。


感想

民俗学者・折口信夫が打ち出した
「真床覆衾」論ですが、
現在では、否定されています。

しかし、
本人が仮説であると
言及しているにも関わらず、
発表された当時かなりの支持を
得ていました。

それは、何故でしょう。

折口は、
日本各地の伝承などの
聞き取り調査や史料・資料調査を
行っていました。

民間の祭事に似たようなものがあり
この仮説を考えたのではないでしょうか。

その祭事を知っている者にとっては
すんなりと腑に落ちるはずです。

また、
大嘗祭をする前と終えた後では
まるで別人のようになられたと
側近たちの伝承があります。

平成の大嘗祭に参加された葉室賴昭氏は、
ご自分の著書のなかで
大嘗祭の前と後の天皇陛下の変化について
語っています。

なによりも、
天皇陛下に特別なものを感じる
国民が多かったのではないでしょうか。

ですから、
折口論を聞いて沢山の人が
納得したのではないでしょうか。

私事ですが幼少時、
御公務で昭和天皇陛下が
自宅の前の国道を通られたことがありました。

お車での移動、
ほんの一瞬の出来事だったのですが、
その当時の様子は今でも覚えています。
その時感じたものは、

“凄い人が来た!!!”

です。
何がと聞かれても
答えることはできないのですが、
とにかく凄い。

今考えますと、
オーラが車からはみ出している感じ
とでもいいましょうか。

(って霊感ないんでオーラなんて見えないですけどね。)

寝所を使う所作はどの
古文書にも記されていない事から、

「真衾覆衾」に関しては否定的意見ですが、

しかしながら私が一番納得したのは、
折口論です。

続く



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